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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第五章 北京編
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第十七話 こそこそとした勇姿

 深嵐の言いつけ通りに森を真っ直ぐ進んできた菊子は、眼前に広がる光景に思わず進む足を止めた。


 菊子が半身を隠している木から、数本の木立を隔てた先にある開けた空間。そこは最近よく通いつめている円形広場だった。中心点に恐ろしく幹の太い大樹が地を穿つように生え、周囲には短い雑草がカーペットのごとく敷き詰められていた。


 そこにいる人物は三人。要と奐泉、そして禿頭の大男。


 あの大男とは直接言葉を交わしたことはないが、顔だけは何度か見たことがあった。あの古めかしい四合院に寝泊まりをしている『公会(ギルド)』とかいう集団の一員だ。名前は……忘れた。


 要と奐泉の二人は――その大男と戦っていた。


 大男はその巨体に内包した圧倒的な暴力を発散し、蹂躙し、あっという間に自分に有利な形勢を作り上げた。


 要は合計三発の技を全て無効化され、果てに稲光に等しい速度の掌打で胸を打たれ、おもちゃの人形よろしくめちゃくちゃに転がっていった。


 奐泉は要が倒れる前からすでに草の上にうつ伏せとなっている。そのまま動かない。


 あの二人は決して弱くない。しかし、大男はそれを楽々とあしらうほどの力を持っていた。……もしかすると、臨玉が戦っても危ないかもしれないほどの力を。


 これはもう戦いとして成立していない。一方的な暴虐だ。素人目から見ても、力の差は歴然であった。


 しかし、それでも要は立ち上がった。臆する事なく、あの強大な怪物に立ち向かい続けようとしている。どうしてそこまで勇敢になれるのか、彼の心の中を覗いて知りたいと思った。


 そして自分は――そんな彼をただ棒立ちで見ていた。


 加勢するでもなく――したところで何も出来ないが――、逃げるでもなく、ただ遠くの木陰から眺めているだけの傍観者。それが今の自分だった。


 目に移る圧倒的な暴力に、菊子の足が笑っていた。強者に対する本能的な恐怖心が判断力を著しく鈍らせ、立ち止まるというどっちつかずな選択に耽溺させているのだろう。


 ……いや、少し違った。


 あそこへ向かうことも、彼らを見捨てて自分だけ逃げ去ることも両方怖い。結果、それらのどちらも選ばないで済む行動をとっているだけなのだ。


 しかし、このままでいいわけがなかった。


 あの大男が口にした言葉を一部、思い出してみるといい。


『工藤要――(うぬ)にはこれから死んでもらう。そしてこれは暴挙ではない。「聖戦」である』


『貴様は簡単には殺さん。貴様の祖先の蛮行によって同胞が受けた苦しみ、痛み、そして屈辱の全てを――そのちっぽけな一身で「清算」してもらう』


 人殺しを行う意志力を包み隠さず現した発言を脳裏で振り返った菊子は、思わず総毛立った。おぞましさに思わず我が身を掻き抱く。


 その言葉の通りであるなら、自分が逃げようが、要の元へ駆けつけようが、彼は等しく「死」を味わうということ。


 ――どうしたらいいのだろう。


 菊子は今までにない危機感を感じると同時に、それを打破するアイデアを思いつけない自身の頭の足りなさを呪った。


 期末試験で学年一位という結果を叩き出した自分に対し、周囲がひたすら賞賛の言葉を浴びせかけた事は記憶に新しい。でも、だから何だというのか。どれだけペーパーテストで高得点を取っても、どれだけ多くの言語を話せたとしても、目の前で苦しんでいる想い人一人助けられない。自分の無力さがただただ呪わしい。


 そんな風に自分を責めていた時、深嵐が放った言葉が思い起こされた。


 ――出来ない事を、無理にやろうとしなくてもいいのよ。


 それが脳裏を通過した瞬間、自己嫌悪で曇っていた心に晴れやかな陽光が差し込んだ。


 そうだ。できない事を無理矢理やろうとしてはいけない。そんな事をするから裏目に出るのだ。


 自分の今持っているカードを有効に使うのだ。


 わたしなんかに一体何があるっていうんだろう――そのように再び暗雲を起こそうとする思考を問答無用で排除。


 大丈夫。考えろ。深嵐も言っていたではないか、「何ももってない人なんかいない」と。なら、自分にも何かが備わっていたとしても不思議ではない。その中から、この状況を何とかできる材料を探り当てるのだ。そして、その上手な使い方も一緒に考える。




 さあ。一人(ソロ)ブレインストーミングを始めよう。




 この状況をどうすればいい――あの男の人を止める――わたしじゃ止められない――なら、わたし以外の誰かに止めてもらえばいい――誰に――あの男の人と同等か、あるいはそれ以上の強さを持った誰かに――臨玉さん――ダメ。臨玉さんは今別荘にいない――じゃあ誰に――深嵐さん――ダメ。今どこにいるのかわからない――あの(ひと)「最近、近くに隠れて見物してる」って言ってた。この辺りに隠れてるかも――なら、大声で「助けて」って言えば聞こえるかも――ダメ。そしたらわたしがあの男の人に見つかっちゃう。もし見つかったら殺されるかもしれない――じゃあ他に誰がいるの――劉さん。あの人も臨玉さんと同じくらい強い。止められるかもしれない――どこにいるか分かるの――カナちゃんがさっき「師父は師合院にいる」って言ってた――じゃあ電話しよう――ダメ。スマートフォン忘れちゃった。そもそも番号が分からない――ならどうしよう――――――直接呼びに行く。




 結論――自分の足で四合院まで走り、易宝を呼んでくる。




 方針と手段は固まった。後は行動に移すのみ。


 菊子は極力音を立てぬよう気を配りつつ、左に生え連なった木立の間を縫うようにゆっくりと移動し始めた。今いる位置は広場の西方向。四合院へ続く獣道までたどり着くには北方向まで円弧軌道にズレなければならない。幸い、あの大男はまだこちらに気づいていない様子。チャンスは今しかない。


 一歩、一歩、また一歩と、泥棒のような無音の横歩きを繰り返す。一歩踏み出すたびに心音のリズムが狭まっている気がする。見つかったら終わりなのだ。緊張するなという方が無理な話である。


 それでも、止まらない。止まってたまるか。バクバクと全身に強く響く心音を無視し、ひたすら移動を続ける。


 ――結局、獣道への到着までには数分を要した。


 その間、立ち向かっては倒され、立ち向かっては倒されを繰り返す要の姿を否応なしに見せられたため、心が痛んだ。しかしその痛みの分「この状況を何とかしなくちゃ」という気概がさらに強まった。


 ふと、大男の後ろでうつ伏せになっていた奐泉と目が合った。彼女は倒れたまま動けないだけで、意識は持っていたようだった。


 ――大丈夫です。わたしが今助けます。


 そう視線を送り、菊子は踵を返して獣道を走り出した。




読んで下さった皆様、ありがとうございます!


分量が少ないですが、ここで区切った方がテンポがいい気がしたので、upさせていただきました。

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