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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達/岳兎佐助
第四章 金行の奸計編
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第七話 片鱗


 夏休みが近い最近は、午前中で下校になる日が多かったが、今日は珍しく午後まで授業が続いた。


 外は、うだるような熱気に満ちていた。

 アスファルトの表面では、陽炎がゆらゆらと踊っている。まるで汽水の底に溜まった海水のようだ。

 上空に燦然と輝く太陽。その周囲には、綿飴のような入道雲がいくつも浮かんでいた。

 肌を焼く直射日光の勢いは、日差しのピークである正午とあまり変わっていない。夏になり、日が長くなったからだ。


 鞄を背負うように持ちながら、要は校門を抜けた。


 学校指定のTシャツに、ジャージのズボンという格好の要は、現在一人だった。

 普段なら達彦か菊子と一緒に下校するところだが、今日は違った。

 今朝のあの時以来、自分と達彦たちとの間には、気まずい空気が続いていたのだ。

 一応、謝りはした。でもだからといって、それで解決する話ではなかった。


 彼らは自分の力になりたいと言ってきた。

 しかし、要としてはそれは勘弁して欲しかった。気持ちは嫌じゃないが、今回の相手は彼らの手に余り過ぎる。できないことをやらせようとするなんて、アホのすることだ。

 だから、自分一人でなんとかしてみせる。

 それが一番正しいやり方だ。

 疑いようがない。

 自分は間違ってない。


「……よし」


 要は肚に力を込め、自分に気合いを入れ直した。

 具体的な解決策は、まだ分からない。

 でも、覚悟は決まった。

 もう後手には回り続けない。今度はこっちからも何か仕掛けてやる。

 だが、能動的に仕掛けるにしても、考えてやらないとダメだ。『軍隊蟻』の数は多く、個々の力量もそこらの不良より高い。むやみやたらに突っ込んだら、ミイラ取りがミイラになる展開に陥りかねない。


 目的を一度はっきりさせよう。


 『軍隊蟻』を差し向け続けているのは、「金」である三枝窮陰。

 つまり、三枝に自分を襲うのをやめさせれば、このしつこい襲撃の連続も終わる。

 でも、どうやって? 三枝が、自分の言う事を素直に聞いてくれるとは思えない。

 いや、そもそも三枝の居場所が分からない。

 とにもかくにも、まず三枝を見つけられなければ、何も始まらない。


 つまり、まず最初に目的にするべきは、説得より――三枝の居場所もしくは溜まり場を突き止める事。


 大まかな行動方針もめでたく決まった。後はそれをどう解決するかに知恵を絞るだけ。


 しかし、その問題よりも――


「ハロー、工藤要ちゃん」

「お帰りでちゅかぁ?」

「俺ら、君が来るのをずっと待ってたんだよ? 指の関節鳴らしながら」

「とりあえず、人いないトコで仲良くケンカでもしよーぜ」


 自分の行き先を塞いでいる、この大勢の敵をまずはなんとかしなくてはならなかった。











 いぶし銀の軌跡が、潮騒町の道路に疾る。

 走行する大型二輪の総身を彩るのは、年月の経過でくすんだシルバーカラー。曇った鏡面のような体色が、午後三時を過ぎた今なお輝く太陽の光を鈍く反射している。


 その愛機にまたがる青年、竜胆正貴は、フルフェイスヘルメット越しに風の圧力を感じていた。


 今日は、本当は仕事があるはずだった。だが職場である中華料理店の店主に急用ができた。幸運にも予約の客はいなかったため、今日は休みとなったのである。

 なので竜胆は、こうして知っている道をなぞるようにバイクを走らせていた。

 目的などない。強いて言うなら、走ることそのものが目的と言っていい。

 おもちゃもゲームも買ってもらえず、遊び相手もいなかった竜胆にとって、バイクを走らせることは数少ない娯楽の一つだった。すでに働ける歳になり、給料だってもらっている。しかし、今更別の遊びなど覚える気にもなれなかった。空気の圧力を感じながら、道路を風のように駆け抜ける快感は、もはやDNA単位で竜胆の体に刻み込まれているだろう。

 かといって、昔のように制限速度スレスレ、もしくはオーバーして走ったりはしない。自分、もしくは誰かが不幸になるリスクを孕んだ走りは、もうしないことにしていた。自分が楽しく、他人も傷つかない。それが一番だ。


 ハンドルパイプに反射していた日光が、突然消えた。

 赤信号となった十字路の路肩で停止し、空を見る。激しく輝きを発していた太陽が、分厚い雲の影に隠れようとしていた。

 さらに、さっきまで端っこに控えていた他の積乱雲もどんどん集まっていき、青空を曇天に塗りつぶしつつあった。


 竜胆は眉をひそめた。これは一雨来る。今朝「今日は強い日差しが一日中続きます」と言ったお天気キャスターを恨めしく思った。

 この雲の分厚さとドス黒さから考えて、大雨と一緒に落雷も降るだろう。

 雷には良い思い出が無い。昔、仲間の一人が走行中に稲妻に打たれ、生死の境をさまよったことがあるからだ。現在はピンピンしているが。


 その仲間から得た教訓に従い、竜胆はどこかの店に停車し、そこで雨宿りをしようと考えた。


「ん?」


 その時、複数人の声がゴチャ混ぜになったような、騒音が耳に入った。


 声のする方向――現在停車している位置から見て、遠く後ろにある曲がり角――を見ると、そこには大勢の男たちがひとかたまりになって歩道を走っていた。


 男たちは血眼だった。まるで獲物を追いかける野生の獣のような殺伐とした気配を感じた。


 やがて男たちは横道の奥へと進み、消えていった。


 連中の姿が見えなくなる直前――竜胆には一瞬だが、連中の先頭を走っていた一人の人物の姿が見えた。

 男たちより一回り小柄で、線が細い体型。上にTシャツ、下にジャージのズボンを履いている。

 顔も、おぼろげながらほんの少しだけ視認できた。可憐に整った目鼻立ち。一見少女に見えなくもないが、女顔の男だって今時は珍しくない。なので、男女どちらとも考えられる。


 そして、その顔の造作から一人の少年――工藤要を連想した。


 一直線に走る彼の後ろを、”いかにも”な風貌の男たちが必死にダッシュしている。

 これは、追われているのではないだろうか。

 ひと月前、要が「水」の従えるヌマ高生に連れて行かれるシーンとデジャヴして見えた。

 ……いや、いくら彼がトラブルに巻き込まれやすいといっても、こんな頻繁に追っかけ回されている光景に出くわすなどありえないのではないか。

 それに、見えた顔もかなりおぼろげだった。見間違いということもあり得る。

 ましてや、追われているのかどうかすら怪しいではないか。


 いや、待て。要が『五行社(エレメンツ)』の「水」を叩きのめしたことは、もうすっかり有名な話だ。『五行社』にはすでに、要を狙う明確な理由がある。ならさっきのはやっぱり――


 だが、そうこう考えているうちに、信号が青に変わった。

 いつの間にか後ろには、自分と同じような大型二輪に乗った人が一人信号待ちしていた。今自分のいる路肩の隣には、車が三台ほど縦に並んでいる。

 雨宿りするにせよ引き返すにせよ、今のこの状態では、まずある程度前に進まないとダメだ。


 仕方なしにバイクを走らせる竜胆。

 そして、隣を走る車が別々の道へ流れ、後方の大型二輪が自分を追い越した時、竜胆はあくまで安全運転に徹しつつ考えた。

 要らしき人物を助けるために引き返すのか、それとも気のせいだと捨て置いて雨宿り場所を探すのか、そのどちらを取るべきかを。


 しかし、その思考はまたも打ち切られることになる。


 左側に伸びた歩道に歩いている、大柄な金髪の少年。


 鹿賀達彦だった。


 速度を緩めて路肩に車輪を寄せ、やがて達彦の前で停車させた。


 びっくりした顔の達彦をよそに、竜胆は爽やかに挨拶した。


「やあ鹿賀くん。最近、君とはよく会うね」

「……なんだ、あんたか、竜胆正貴」


 最初は警戒している様子だったが、こちらの声を聞いた途端、達彦は安堵したように態度を軟化させた。

 その反応を見て、竜胆は気がついた。そういえば、自分の顔はヘルメットで覆われているのだった。これじゃパッと見、誰だか分からない。警戒するのも当然だろう。


 達彦の様子は、少し消沈気味に見えた。まるで何かに対する罪悪感、やるせなさを、一緒に胸の奥へ押し込んでフタを閉じたような感じ。


 かつて敵対した自分に対し、心を許していない部分はもちろんあるだろう。だがそれを差し引いても、今の達彦は普段通りではなかった。


「どうしたんだい? なんか元気がなさそうだけど」

「別に。あんたにゃ関係ねぇよ」


 にべもない。


 せっかく停車したのだから、もう少し話したい。


 何かいい取っ掛りはないものかと熟考していると、先ほど思考停止したばかりの事柄を想起する。


 気がつくと、それを口にだしていた。


「そ、そういえばさっき、悪そうな連中に追い掛け回されてた人を一人見たなぁ。なんか見た感じ、工藤くんっぽかったけど」

「……なに?」


 得意げに口にした竜胆だったが、それに対する達彦の反応は予想以上にオーバーだった。

 大きく見開かれた目で、こちらを射抜いていた。

 かと思えば、ガードレールから身を乗り出し、ライダースジャケットの胸ぐらを掴み上げてきた。


「おいっ! あいつが追われてるってどういうこった!? あいつ今どこにいる!?」

「よ、よく分からないけど、落ち着きたまえよ。あと、質問は一度に一つにして欲しいな」


 竜胆がそう諭すと、達彦はハッとし、ゆっくりと手を離した。


「……悪い。一旦落ち着くわ」


 達彦は少し深呼吸する。


「それで? 君は一体何をそんなに焦っているんだい?」


 竜胆が何気ない口調でそう問うと、達彦はゆっくりと、落ち着きを戒めるように話し始めた。

 最近、要が謎のグループから執拗に、そして陰湿に襲撃されていること。

 要が周りの力を一切頼ろうとせず、たった一人で闘っていること。

 そして、先ほど竜胆が目にしたあの集団も、その謎のグループなのではないか、という推測を。


「なるほどね。なら、俺がさっき見たのは、工藤くんで間違いなかったのかもしれない」


 最近、執拗に何度も襲われているなら、さっきもまた"そう"なのだという予測に行き着くことができる。


 そんな竜胆の一言に、達彦は悔しげに歯噛みした。


「あのクソ馬鹿野郎……ヤバイなら素直にヤバイって言いやがれってんだよ…………! そうすりゃ、手伝いの一つもしてやれたっつーのに……」


 独り言のように吐き捨てられた言葉。悔いるような、憤るような響きが含まれていた。


 竜胆は、冷静に返した。


「……工藤くんは、君や他の友達を巻き込むまいとしてるんじゃないのかな」

「分かってるよ、んなこと! だからこそムカつくし、ムカついたんだよ俺は! 巻き込むまいとしてるって事は、俺を弱いと侮ってる気持ちの裏返しじゃねぇか! ひと月前もそうだった! 先輩の女子に助けを求められてケンカした時、あいつはアッパー食らって地面に転がった俺に向かって何て言ったと思う? 「あとは俺一人でなんとかするから」だ。俺はまだ余裕でやれた。なのにあいつは俺を見限って一人で突っ走った。あいつは俺が弱いから、足でまといだから、どうせ頼りにならないと侮ってるから、いつも除け者にしてやがるんだ!」


 ……達彦の意見も、あながち間違っていないだろう。

 「一人でなんとかする」という言葉は、「一人の方が楽だ」という意味にも取ることができる。

 つまり、達彦がいたら「邪魔」なのだ。

 無論、達彦の気遣っての言葉である可能性も否定できない。だが、自分はその現場に居合わせていないから、推測や憶測を上回る答えを出すことは不可能だ。当事者である達彦から聞いて、間違いなく「足でまとい」と同じニュアンスに聞こえたのだろう。

 達彦は、その事に憤っている。


 そこから読み取れる感情は、二つしかない。


 ――要と対等の立ち位置に立ちたい。


 ――要を助けたい。


 達彦は次の瞬間、こう持ちかけてきた。


「なあ、竜胆。あんた前に言ってたよな? 「いつか借りは返す」って。なら、その「借り」を今返してくれねぇか?」

「……ほう?」


 竜胆は目を微かに細め、面白そうに微笑む。その話を今持ち出してくるとは。


 彼が頼んできそうな事を、竜胆は一つしか思いつかなかった。


「あんたは聞くまでもなく、かなりの使い手だ。一度ぶっ飛ばされた俺だからこそ分かる。その腕前――今だけ俺に貸しちゃくれねぇか」


 遠回しな言い方だが、彼が何を言いたいのかは容易に分かった。

 自分の予想は見事に当たっていた。

 達彦は、要を助けて欲しいと言っているのだ。


 竜胆は熟考――するまでもなかった。

 「借りを返せ」と言われたのなら是非もない。

 それに自分も今、ちょうどUターンしようと思っていた所なのだから。


「いいよ。俺の六合刮脚、今だけ君に預けるとしよう」


 必然的に、竜胆はそう答えたのだった。


「すまん。恩に着る」


 達彦は頭を下げた。


「じゃあ善は急げだ。ヘルメットがもう一つある。二ケツして追いかけよう」


 竜胆は一度バイクのエンジンをエンジンを切ると、鍵を外す。ハンドルの手前にあるキーシリンダーの一つにそれを差し込み、開錠する。収納スペースの蓋が開き、中にはフルフェイスヘルメットが一つ。それを達彦に投げてよこした。


 再びエンジンをかけ直し、後ろのシートを手で示しながら告げた。


「ほら、早くそれをかぶってここに……ん?」


 だが、竜胆の言葉はそこで途切れた。


 我知らず、達彦の体を、爪先から頭のてっぺんまで眺めていた。


 彼の五体を隅から隅までなぞるように見て、強く感じたのは――違和感。


 骨格位置が、綺麗に整っているのだ。

 通常、人間は社会生活を送る上で余計な動作を行い過ぎているせいで、姿勢と骨格位置に何らかの「ズレ」が存在しているものだ。

 しかし、今の達彦の体にはそれがなかった。


 ――前後左右どちらへも傾かず、真っ直ぐに起こされた骨盤。

 ――無駄な湾曲が無く、強い張りを持った脊椎。

 ――内側へ飲み込むようにすぼめられた胸。

 ――余計な力みの消えた両肩。

 ――耳と肩口が垂直の関係になるほど引かれた顎関節。

 ――真上を向いた百会。


 肉体の持つ潜在能力を発揮することのできる、理想的な姿勢だ。


 初めてあった頃の彼は、このような整然とした骨格を持っていなかった。


 そう。その姿勢はまさしく――


「……いや、すまない。少し待って欲しい」


 ガードレールを跨ごうとしていた達彦を、思わず静止させる。

 そういえば、達彦はこう言っていた。

 ――手伝いの一つも"してやれた"。

 つまり、今なら要を助けてやることができるという意味。


 竜胆は遠回しに、しかし確実にその意味が分かるであろう質問を投げかけた。


「鹿賀くん――君の「老師」は、一体誰だい?」


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


竜胆氏のお助けマンとしての地位が確立されてきている件について(`・ω・´)

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