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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第四章 金行の奸計編
74/112

第五話 黒幕発覚


 昨晩の工藤家は何者かによる投石のせいでひどく慌ただしくなっていたが、それでも時間の流れは世界的に平等のようだ。


 あっという間に夜は更け、翌日となった。


 今日は土曜日。


 公務員という職業柄、要同様休日であった父、良樹は、早速ガラスの修理業者に電話をかけた。昨日割られたガラスを治すためだ。割れたままにしておくのは防犯上よろしくない。ガラスの修理には値が張るが、そういう所ではお金をケチらない方がいいのである。


 家から比較的近い場所にいる業者に頼んだので、正午あたりには到着して直し始めてくれるとのこと。


 要は内心で自責のようなものを感じながら、ぽっかりと穴のできた全開口窓のガラス面をジッと見つめていた。

 自分の身の回りにはここ最近、不可解な出来事が相次いでいた。そこを考えると十中八九、昨日の投石もその「不可解な出来事」の一つにカテゴライズしていいだろう。

 つまり自分は、自分の事情に家族を巻き込んでしまったことになる。

 そう思うと、両親に対して引け目を感じずにはいられなかった。本来出す必要のないはずの出費を、出させてしまっているのだから。


 だが、そんな要に良樹は、


「大丈夫だから、お前はどこか外へ行ってリラックスしてきなさい。水はちゃんと飲むんだよ」


 そう柔和な笑みで告げつつ、お札を一枚手渡してきた。


 自責の念に駆られている自分の心を見透かしたのかそうでないのか、それは分からない。しかし要はそんな父の優しさに甘えることにした。


 そして思った。こんなくだらないことに執念を燃やす連中を、一刻も早く黙らせようと。


 その具体的な方法を考えながら、要は淡水町(あわみずまち)の街路を一人歩いていた。


 敵を止めるには、まずここ最近に襲って来た連中の正体と、その音頭をとっている奴の居場所を突き止める必要がある。

 襲って来たメンツは毎回違っていた。そんな連中がみんな例外なく自分一人を集中攻撃してくるのだ。しかも、組織だったやり方で。連中を束ねている存在が、背後に必ずいるはず。そいつが指示を出しているのだ。

 問題はそこから先だ。自分への襲撃をやめさせるために、首謀者に対してどのように働きかけるのか。

 できれば、話し合いでなんとかしたい。その方が自分も相手も痛くない。一番平和な解決法だ。

 しかし、それは限りなく望み薄だろう。他人の家の窓ガラスを平然とぶち割るような連中が、話し合いなんかでおとなしくなるとは考えにくい。仮にその場は話し合いでカタがついても、そんなものは空誓文(そらせいもん)でしかない。きっとまた同じことを繰り返してくる。

 なら、ぶっ飛ばすか? いや、それもあまり解決には繋がりにくい。後でまた「工藤要を襲え」と命じられたらそれまでだからだ。


 どうしたら、向こう側を諦めさせることができるだろう? なかなか良い案が出てこない。


「あっつ……」


 要は額の汗を手の甲で拭いつつ、思わずぼやいた。

 正午となって最高潮の勢いを誇る太陽光が、じりじりと全身を熱する。

 行く先にいくつも水たまりが見えるが、それはアスファルト表面の熱が作り出した逃げ水なので、実際は水たまりなど存在しない。毎年これを見るたび、夏真っ盛りなんだなと思う。


 あまりに気温が高いせいか、立ち止まっているだけで汗が湧き出る。

 要は飲み物を常に携帯しながら、連なる三階、四階建てのビルディングの影に入りながら歩く。しかし大いなる太陽の輝きの前では、それは無駄な抵抗に等しかった。


 ダメだ、暑すぎる。飲み物があってもこれはたまらない。


 コンビニでも見つけて、そこで少し涼もう。このままだとバテる。


 要は途中で買った緑茶の残りを飲み干し、途中に見つけたゴミ箱にボトルを捨てる。


 確か、この道を真っ直ぐ行った先は十字路だったはず。そこへ着いたら、今歩いている右の歩道から左の歩道へ移り、そこをさらに真っ直ぐ向かった先にコンビニがあったはず。


 要は目標位置を決めると、歩く足を早めた。


 だがその途中、前方からビリリリィィィ!! という耳障りな音が聞こえてきた。


 要は思わず眉をひそめた。バイクもしくはスクーターの駆動音だ。しかもマフラーを改造して、やかましくしたタイプの。


 見ると、前方から一台のスクーターが、道路を通って近づいて来ていた。


 それに乗っているフルフェイスヘルメットの男を、怪訝な目で見る。こんなうるさい乗り物に乗りたがる奴の気が知れない。そんなニュアンスを込めて。


 まあでも、すぐにすれ違って後ろへ遠ざかるだろう。それまで我慢すればいいだけだ。そう思った要は歩調を全く変えなかった。


 しかし、ハンドルから下ろされた男の左手が持っていたモノを見て、思わず足を止める。


 特殊警棒。


 要との距離が近づくと、男は縮んでいた警棒をジャキッ、と伸ばし、後ろへ引いて構えた。


 ――まさか。


 ここ最近連続してやって来る謎の襲撃者のせいで神経が過敏になっていたせいか、これからあの男のしようとしていることが瞬時に読め、そして瞬時に対応できた。


 要はアスファルトの熱を覚悟し、地面に自ら転がった。


 そして、真上を何かが風を切って通過。


 路肩の縁石(えんせき)の向こう側にあるタイヤと目が一瞬並行の位置関係になり、そして左へ流れていった。


 やかましい駆動音が遠ざかったのを確認すると、要はゆっくりと立ち上がった。


「ここまでやるのかよ……!」


 思わず独り言がもれる。正気を疑う口ぶりだった。

 スクーターに乗ってすれ違いざまに殴るなんて、もはや通り魔の行いに等しい。連中は一体、何を考えているんだ。


「くそっ、せっかくの休みだっていうのに」


 思わず毒づいた。


 だが予定通り、コンビニには行くことにした。暑いのもまた事実である。


 要はいつまた襲われても対処できるよう、警戒心を忘れず、周りに気を配りながら慎重に歩く。


 十字路に近づくたび、少しずつ人通りも増えていく。要にはそれらが全て敵に見えそうだった。

 気を張っているせいか、さっきよりも体感温度が上がって余計に暑く感じる。

 要は歯噛みせずにはいられなかった。慣れ親しんだ町だってのに、どうしてこんなおっかなびっくりで過ごさなきゃいけないんだ。本当に腹が立つ。


 ようやく十字路までたどり着く。


 左の歩道へ移るべく、横断歩道の前に立つ。今はまだ歩行者信号が赤なので、青になるのをジッと待った。


 自分の他にも、青信号を待つ人が数人いた。要はその集まりの先頭に立っている。


 一台の路線バスが、今まさにこちらへ左折しようとしていた。その曲がる速度はゆっくりだった。車体の大きさと、安全運転のせいだろう。


 その時だった。




 突然――背中に強い圧力が与えられた。




「え……」


 要はかすれた声でうめく。痛くはない。しかし前触れなく加えられたその力によって、体が前方へと押し出された。


 前のめりになって進む体。


 たたらを踏んだので倒れることはなかったが、その足は横断歩道の中へと否応なく踏み入ってしまう。


 そして、右側には――ゆっくりと迫るバスのフロント部。


「うわっ!!」


 要が尻餅をつくのと同時に、バスも停車。なんとかぶつからずに済んだ。


 心臓が胸郭を突き破らんばかりの勢いでバクバクと高鳴る。


 しかし、パニックになりかけていた心の舵を必死にとり、要は考える。


 さっき背中から自分を押した何か。それは明らかに人間の掌の形をしていた。『散手』の時、易宝の掌打をよく食らっていた自分だからこそ、触覚だけでそれが分かった。


 先ほどまでいた場所を振り向く。

 唖然とした顔で自分を見つめる、数人の大人たち。そして、そんな彼らの隙間から見える先で――一人の男が背を向けて逃げていた。


「待てっ!!」


 その人物が犯人であると即座に確信した要は、バスのフロントガラス越しに見える運転手に軽く頭を下げてから、立ち上がって追いかけた。


 動きの遅い路線バスで良かった。もし普通の車だったら、エライ事になっていただろう。


 もしかすると、あいつもそれを織り込み済みで背中を押したのかもしれない。「まあ怪我は少しするかもだけど、死ぬことはないだろう。だからいいや」といった感じで。


「――ふざけんなよ……!」


 それを悟った瞬間、はらわたが煮えくり返った。交通事故は被害者だけじゃなく、加害者側もその罪で苦しむんだ。やっていいことと悪いことの区別もつかない大馬鹿野郎が。


 要は走る足を速めた。

 しかし、結構な差ができている上、相手もなかなか足の速い人物であるため、追いつかない。

 それでも、なお追い続けた。絶対に捕まえてやる。そして、こんなふざけた真似を繰り返させている奴を洗い出してやるんだ。

 流れゆく風景に、もはや注意はいっていなかった。ただ逃げる帽子の人物を追跡することのみに集中していた。盲目的だった。


 だからなのだろう。そいつが足を止めるのに合わせてストップした時――初めて自分は誘い込まれたのだと気づいた。


 その場所は、広い路地裏だった。薄暗くて比較的涼しいその空間は、学校の教室ほどの面積がある。入ってきた細い一本道を除き、建物の外壁が周囲を刑務所よろしく覆っている。

 そして、中央に立つ自分をドーナツのように囲う形で――悪そうな男たちが何人も立っていた。どう見ても敵って感じだ。

 取り囲む敵の数は、軽く見積もっても十数人はいた。


 入ってきた道へ引き返そうとはもちろん考えた。しかしそれよりも早く、残った一人がそこを塞いだ。


 やられた。完全に退路を断たれ、全方向を囲まれた。


 要は内心の焦りを悟られぬよう、毅然とした態度で強く尋ねた。


「いい加減にしろ! どうして俺を狙うんだ! お前らにそうしろと命令してる奴は一体誰なんだ! 教えろ!」


 男たちはぷっ、と一斉に吹き出し、高らかな笑声を発した。明らかに小馬鹿にするような笑いだった。その中の一人が、


「俺らはただテメーをぶちのめしたいだけだ! 理由なんかねぇよ!」

「嘘だ! そんな衝動的な理由で、ここまで周到な準備をするはずがないだろ! 明らかに俺をおびき寄せて、ここで袋叩きにする腹積もりだったんじゃないのか!? なら、それをする理由はなんだ!?」

「理由なんかねーって言ってんだろバーカ! ちゃんと耳付いてるんですかぁ!? あったとしても、テメーに教える義理はねぇっての」


 ダメだ、話にならない。連中はどうあっても、理由の無い衝動的行為だということにしたいらしい。


 こうなったら、力に訴えるしかないようだ。というか、連中はすでにやる気満々である。

 幸いにも、ここはそれなりにスペースが広い。敵が大勢いることも含めても、まだ幅に余りがある。これなら、マシに闘える。

 こいつらを全員やっつけてから、首謀者の名前とその目的をゆっくり聞き出すとしよう。


 要は剣を上段に振りかぶるような心構えを持ち、視界を広くした。


「いけ! やっちまえ!!」


 一人がそう喝した途端、その他大勢の男たちも一斉に走り出した。円陣を内側へ縮めるようにして向かって来る。


 要は素早く見回す。円を形作る男の一人に目を付けると、両腕を胸と顎の前でクロスさせながら一直線に走り出した。


 お互いがお互いに向かって走ったため、距離はすぐに狭まった。


 男の右肩の像が小さくブレた。――『初動』だ。これから殴りかかってくるつもりだろう。腕の長さ(リーチ)は男の方が勝っている。なら、そうしたくなるのも無理はない。

 だが、要にとってはいいカモだった。やってきた拳を防ぎ、そのまま相手の腕を滑り伝って懐へ侵入。『蹬脚』で思い切り吹っ飛ばしてやる。


 男は右拳を動かした。いいぞ、予定通りだ。

 

 だが、要が両の前腕部を左寄りに構えた時だった――男の骨盤とウエストの辺りに、ねじれるような『初動』が生まれたのは。


 次の瞬間、男は右拳を途中で止め、全身に反時計回りのひねりを加えた。

 その旋回によって、要の前方をさえぎっていた男の立ち位置が少し左へズレて、目の前に通り道が出来上がった。

 しかし、それは要を逃がすための温情ではなかった。


 男は自分の前を素通りしようとする要の腹部めがけて――膝を入れてきた。


「うっ!?」


 ひどい鈍痛といがらっぽさを味わう。相手の蹴る力に、自分が向かって来た勢いも加算され、膝という鈍器は腹の奥へ深々と食い込んだ。


 倒れる事はなかったが、要は数歩後ろへたたらを踏んだ。


 腹を押さえておとなしくしていたかったが、相手はそれを許してくれなかった。すぐに斜め前から敵が近づいて来た。


「おらぁ!!」


 その男は片膝を持ち上げると、その足のかかとで一直線にこちらを突いてきた。

 軽やかでキレのある鋭い蹴りを、要は全身のひねりで紙一重で回避。そのまま男の横合いへ移動し、すれ違いざまに軸足の膝裏を踏み蹴ってバランスを崩させ転ばせる。

 何か習っているのか、なかなか良い蹴りだった。まともにもらっていたらタダでは済まなかったかもしれない。


 その男を通過したことで、ようやく要は連中の包囲の外へ脱することができた。


 牢獄から抜け出したような清々しい気分になるが、安心するのはまだ早かった。敵の反応は迅速で、包囲に失敗してもほとんどまごつかず、すぐにこちらへ向かってきたのだ。


 一番乗りで接近してきた男は、拳を真っ直ぐ走らせた。要はそれを片腕に滑らせて後ろへ流し、そのまま相手の腕の中に入り込む。

 そのまま一撃入れようと思った瞬間、視界が急に暗転した――かと思えば、腹に重々しい衝撃がぶつけられた。男はもう片方の手で要の目を覆って視界を奪い、腹に蹴りを叩き込んできたのだ。目が見えなければ『初動』も分からない。なかなか厄介な手段だと思った。


 蹴られた勢いのまま後ろへ流され、壁に強くもたれかかる。


 次に近づいて来た敵のフックをしゃがんで躱し、そのままその胴体へ寄りかかるように体当たり。押し返す。


 右腕を突然横から敵に掴まれ、引っ張られた。それに対して要はあえて逆らわず、その引く力に乗って敵に体当たりをしかけた。

 普通の相手ならば、それでぶっ倒すことができたはずだった。

 しかし今回の相手はモノが違った。体当たりが直撃する寸前で要の腕から手を離すと、まるで闘牛士のように身をかわした。


「うわっ……!」


 目標を失った要は、慣性のまま前に投げ出された。

 おぼつかない足取りでなんとかバランスは保ち続け、そしてストップ。

 しかし、その停止位置で待ち構えていた男が、間伐入れずに殴りかかってきた。


「うぐっ!」


 バランス確保のために全身が本能的に硬直していた要は完全に対応が遅れた。男の無骨な拳を二の腕で受け止める。それが刹那の時間帯で準備できる、最善の防御法だった。

 腕の芯まで響く痛みとともに、要は数歩後退。

 後ろにいた敵から、今度は右脇腹辺りへ回し蹴りを叩き込まれた。

 悶えたくなるほどの鈍痛とともに、体が横へ投げ出される。

 そのまま男たちの集まりのただ中に放り込まれ、次々と殴る蹴るを受けた。


 要は顔と頭を両腕で守りながら、四方八方から飛んでくる痛みと衝撃に耐える。


 ――こいつら、三下じゃない。


 この連中とやりあって、最初に抱いた感想がそれだった。

 巧妙なフェイントと駆け引き。

 素人には出せないであろう見事な蹴り。

 起点の良さ。

 それらが、そのへんの不良とは一線を画していた。


 要は「全員倒して首謀者の正体を聞き出す」という最初の目的を投げ捨てる。

 こいつらは一人一人が強い。ヌマ高とはわけが違う。単独で全滅させようなんて考えは捨てた方がいい。


 なら、ここは闘うことより、逃げることを優先するのが吉だろう。


 絶え間なく全身に生まれ続ける痛みにピリオドを打つべく、要は出し惜しみ無しの切り札を発動した。


「――『纏渦』っっ!!」


 真っ直ぐ放たれた爆速の螺旋拳。

 クリーンヒットした眼前の相手は一瞬白目を剥き、そして磁石が反発するような勢いで後ろへ飛んだ。

 影響はそれだけではない。足底から頭頂部まで強大な螺旋力をまとった要の五体は、まるで回転中の独楽よろしく周囲からの打撃を弾き返したのだ。それによって拳を勢いよく押し戻された周りの男たちは、微かに体勢を崩した。

 要はそのほんのわずかな間の隙を見逃さなかった。『纏渦』の一撃によってこじ開けた前方のスペースへ、猫のような俊敏さで飛び込んだ。


 ――暴力渦巻く人の塊の中を、からくも抜け出すことに成功した。


 運がいいことに、目と鼻の延長線上には自分が入ってきた道があった。あそこからなら逃げられる。


 要は矢のごとく駆け出す。


 途中途中で立ちはだかってくる男たちの攻撃を躱し、かいくぐりながら進む。回避だけなら、相手の『初動』が見える自分の方に分があるのだ。


 そして、出口を塞いでいる男の前へと到達。

 男は拳を振り出そうとしてくるが、機先を制して要は跳躍。飛び込みながら左右二連続の爪先蹴りを放った。『二起脚(にききゃく)』だ。 

 蹴りは二発とも狙いあやまたずヒット。男は空を仰ぎ見るようにしながら倒れた。

 要は着地。そして目の前に伸びた狭い一本道を全速力で走り出した。


「待てコラ!! 逃げんなボケが!!」


 そんな暴力的な静止の声を無視して、要はただただ必死に逃げ続けた。

 途中で砂をかけたり、設置してあったポリペールのゴミ箱を蹴飛ばしたりして後ろからの進行を妨害しながら、着々と距離を広げていく。




 ――その逃走劇は、隠れた時間も合わせて二時間以上に及んだ。


 要はせっかくの休日を楽しむ事ができず、疲労感のみを引きずって帰ることになった。


 結局、コンビニには寄れなかった。










 それから一夜が明け、日曜日となった。


 今度こそマシな休日を送ってやる。要はそう固く決意した。


 しかし、それは「マシにならない」というフラグだったらしい。


 私服に着替えて外に出歩くと、やはりというべきか、石ころを見つけるのと同じ頻度で不良とエンカウントし、そして襲われた。

 要は応戦するも、連中の一人一人がそこらへんの不良より腕が立つ。おまけに、きまってこちらにとって不利な地形で襲撃されるため、少し倒しつつ逃げるしかなかった。


 これはたまらないと思って家に引き返した。だがそこで待っていたのは、金魚のように口をパクパクさせて狼狽している亜麻音だった。

 なんと、また何者かの投石によってガラスを破られたらしい。今度はトイレの窓だそうだ。


 割れたガラスをようやく修復できた途端にこれである。普段から温厚さを崩さない良樹も流石に憤った。


 警察には相談した。しかし、やる事といえば犯人らしき人物の特徴を聞いてから被害届を書く程度。それで投石が収まる保証はどこにもない。犯人が見つからなければ話にならないのだ。

 それにこれは気のせいかもしれないが、相談を受けた警察の態度がなんだか及び腰なように感じたのだ。まるでこの案件に関わりたくなさそうな、そんな警察官にあるまじき姿勢を。


 ここ最近頻発する襲撃に備え、要は警戒心を常に持ち続けなければならなかった。

 そのためだろうか、心にも余裕がなくなっているような気がした。

 そう――「良樹が当てた猫の餌を易宝に渡す」という予定が、忘却の彼方に追いやられてしまうほどに。


 日曜日の夜。要は工藤家を後にし、易宝養生院へとやってきた。


 勝手知ったる他人の家とばかりに、インターホンを鳴らさず玄関へと入り「ただいまー」と挨拶した。


 靴を脱いで中に入り、リビングまでやって来る。そこで易宝と鉢合わせした。


「おおカナ坊、よく来――」


 易宝はそこで言葉を止めると、怪訝な表情でこちらの顔を覗き込んできた。


「……どうした? そんな怖い顔して。わし、何かやらかしたかのう?」

「え……? 俺、そんな顔してるの?」


 こくん、と頷きを見せる易宝を確認後、要はポケットから携帯を取り出し、消えたディスプレイを鏡代わりにして自分の顔を見た。


「……うわ、ほんとだ」


 酷い顔だった。目つきが悪く、眉間にはシワが寄っていて、唇も頑なに閉じきられている。常に周囲を威嚇しているかのようなその顔つきは、まるで自分が最近相手にしているチンピラのようだった。


 ――そこまで連想させて、ようやく気がついた。


 きっと、ひっきりなしに続く襲撃や嫌がらせのせいで、心身ともに追い詰められているせいだ。それが顔に現れてるんだ。

 そういえば電車に乗ってた時、乗客の何人かが俺を避けて通ってた気がする。


「何かあったのかカナぼ――」


 案ずるような易宝のセリフは――キッチン前にある窓ガラスの破砕音で打ち切られた。


「っ!」


 突然耳朶を打ってきたショッキングな音に、要は肩を激しくビクつかせた。


 そして、ゴトンッ、という重々しい音を立てて床に落下したのは、拳ほどの大きさの石。


 割れたガラスの向こう側に、逃げ始めている一人の男が見えた。キャップ帽子にサングラスを着用している、怪しさ満点の風貌。


 既視感がありまくるその姿を指差し、要は声を張り上げた。


「あいつだよ師父(せんせい)!! あいつが――――あれ?」


 後ろを振り返る。易宝はすでにそこにはいなかった。


 探そうと思ったが、まずは犯人を取り押さえるのが先決だと感じたため、慌てた足取りで玄関へ向かった。

 靴を中途半端に履き、外出する。


「ぐあっ、離せコラーー!!」


 だが玄関口をくぐった瞬間、聞いたことの無い声が苦痛混じりの絶叫を轟かせた。


 歩道へ出ると、易宝養生院(いえ)から少し離れた場所で――易宝が犯人を取り押さえていた。どうやらいち早く追いかけていたようだ。


 背筋のラインに膝から乗っかられてうつ伏せにされた挙句、腕の関節を極められている。あれではまず起き上がることはできまい。


「くそ、離しやがれ! 俺が一体何したってんだよ!?」

「とぼけるでない小僧。おぬしが割れたガラスの向こうで投擲のポーズをしていたのは確認済みだ。それで納得ができんのなら、さっきの石におぬしの指紋が付いていないか確認してみるか? ○リコさんを連れてきてやるぞ」

「ち、ちくしょ――――いてててててて!!」


 喚き散らそうとした男は必死に痛みを訴える。易宝が肘関節を締める力を強めたからだ。


「悔しがる前に、おぬしにはやることがあるだろう? 謝罪した上で、ガラス代を払ってもらうぞ」

「ふ、ふざけんててててててててて!! わかった! わかりました! ごめんなさい、もうしません!! 金もちゃんと出しますから!! 早く離してくれよぉ!!」

「天に誓うか?」

「誓います!! 誓いますから!!」


 ……あっさりと解決してしまった。


 だがそこで、要はふと思った。これは――黒幕の正体を聞き出すチャンスなのではないか?


 気がつくと、押さえ込まれている男のもとへ駆け寄り、強い口調で問い詰めていた。


「おい! お前、この間ウチの窓ガラス割った奴だよな!? 白状しろ! お前らは一体何者だ!? それでもって、お前らを使って俺を襲わせてる奴は一体誰なんだ!? いないなんて言わせないぞ!」


 男はいくばくか逡巡すると、口を開いた。


「…………し、指示を出したのは『五行社(エレメンツ)』の「金」、三枝窮陰だ。俺らはその三枝さん直属のグループ『軍隊蟻』」


 なっ――――!!


 要は絶句する。


 ……その可能性は考えていた。でもはっきりした証拠が無いため、ずっと無視していた。


「なんでだ!? どうしてあいつは「俺を襲え」なんて命令を出した!? 仲間になるのを断ったからか!?」

「……悪いが、理由は知らねぇ。とにかく「工藤要を徹底的に追い詰めろ」としか言われてねぇんだ。だが三枝さんはお前を仲間にする事、まだ諦めてねぇみたいだったぜ」


 男の言葉を聞いて、要は脳内を疑問符でいっぱいにした。


 ――俺を、追い詰める?

 ――まだ仲間にすることを諦めてない?


 仲間にしたい相手を、手下に襲わせるのか。

 それでは逆効果ではないのか?

 やってる事が、矛盾している気がした。


 一体、何がしたいというのか。三枝窮陰という少年は。







 男が割ったガラス代を渡して去った後も、要はずっとその事を考えていた。



読んで下さった皆様、ありがとうございます!


いやぁ、我ながらいつもより展開早いですね。

第四章は短めに終わるとは言ってありましたが、これは全十話いくかいかないかって感じかなぁ。

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