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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第四章 金行の奸計編
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第三話 動機不明の襲撃


 易宝から、突然お使いを頼まれた。


 『五行社(エレメンツ)』の「金」を名乗る少年、三枝窮陰が去った後、要は達彦たちと別れた。


 そのまま易宝養生院までの短い帰路を歩くはずだったが、突然易宝からメールが届いた。


『トイレと脱衣所の電球が切れた。金が足りるなら帰りに買ってきて欲しい。代金は後で返す』


 その簡潔な一文が入力されていた。所望する電球の型と、その値段を付け加えて。

 要は残金が足りていない事を祈りながら財布を覗いたが、タイミングの悪いことに、今回の持ち合わせはかなり良かった。

 面倒だったが、トイレや脱衣所が暗いのは困る。なので要は爪先の方向を変え、潮騒町のホームセンターへと歩を進めた。


 ホームセンターは、易宝養生院から北に進んだ場所にある。それほど遠くはないが、歩きだと少し時間がかかる。

 最初はそこまで行きたくないがために、近くのコンビニに寄った。が、欲しい型の電球は売っていなかった。そんなことが繰り返されても無駄な時間を食ってしまうので、コンビニで妥協せず、確実に売っているであろうホームセンターまで行くことにした。急がば回れとよく言うだろう。


 そしてホームセンターに来て、無事欲しかった型の電球を購入できた。二つも買ったので、財布の中身が結構削れてしまった。レシートはちゃんと持っているので、後で易宝に返してもらおう。


 自動ドアをくぐり抜け、外へ出る。


「あっつ……」


 冷房の良く効いた店内から一転、熱気にさらされた。皮膚の表面がじとっとする。


 電球の入った買い物袋を鞄に入れてから、店の外壁にくっついた自販機でコーラを買う。キャップを開けてボトルに口を付け、良く冷えた赤褐色の炭酸飲料を喉に通していく。


 最近、救急車のサイレン音を聞く頻度が増えていた。暑さのせいかそうでないのかは知らないが、水分はとっておいた方がいい。


「……んっ?」


 ふと、コーラを飲む要の喉の動きが止まった。


 急に――どこかから視線を感じた気がしたのだ。


 周囲をキョロキョロと見回した。しかし、あるのは駐車場と数台の車、あと自販機くらいだ。何人か人はいたがみんな普通の大人で、怪しい者などいない。


 要は「気のせい」と結論付け、歩き出した。


 ホームセンターの敷地から出て、道路側にガードレールが立てられた歩道を一直線に歩く。


 遠く前方には小さな十字路があり、今歩いている歩道はそこで左へ続く曲がり角となっている。要はそこを曲がるつもりだった。


 遠いなーと思って漫然と進んでいるうちに、あっという間に曲がり角は近くなった。


 要は片手のコーラボトルの中身を少し飲む。刺激とともに喉が潤され、体が冷える。


 そういえば、昔も真夏の日差しの中、コーラ片手に歩いたっけ。


 その時は自分一人ではなく、ある友達も一緒だった。


 自分みたいな捻くれた子供と仲良くしてくれた、奇特な奴だった。


 親友と呼んでいい奴だった。


 五年前に転校して離れ離れになってしまったが、奴と遊んだことは今でもよく覚えている。


 転校が決まった時、あいつの前では「転校先でも元気でやれよ」と笑顔で振舞ったが、影ではめちゃくちゃ泣いた。そのことは今でも忘れない。


 今、どうしているだろう。元気でやってるといいな。


 そう考えながら、曲がり角を曲がろうとした時だった。




 ――目の前を、何かが風を切って通過した。




 そして「カンッ」という、木が硬いものを叩く音が足元から聞こえた。


「――!?」


 要は驚きながらも、その音のした所を見た。


 自分の爪先の十数センチ先で、細長い角材の先端がアスファルト上を跳ねていた。


 そして、その角材を先端から視線でたどっていくと、それを握る手が見つかる。そこからさらに見上げると――一人の男と目が合った。


 その男の格好は、どう見ても持っている角材を振り下ろした後の姿勢だった。


「バッカお前! 振り下ろすタイミングが早すぎんだよ!」


 その後ろにいる三人の男の一人が、非難するように、それでいて面白がるように言った。


 身だしなみを捨てて、派手さのみに執着したような格好。どう見ても普通の連中じゃない。明らかに悪そうな奴らだ。


 理由は分からないが、さっきの角材も意図的に振り下ろしたに違いない。


 要は否応なしに警戒心を抱かされた。自然と体が数歩下がり、半身の体勢を作る。


「……なんだよ、あんたら」


 警戒心を隠すことなく露わにし、そう尋ねる要。


 男四人は塊になって要に近づく。


 その先頭にいる角材を持った男は、開き直ったような口調で答えた。


「ごめーん、ぶっちゃけ恨みは無いんだよねぇ。ただ、キミの顔見てたらなんかムカついちゃってよぉ。そういうわけだからぁ、俺らのストレス発散に協力してくれよぉ」


 どういうわけだ、と要は心の中で悪態をついた。


 何がストレス発散だ。こいつらは、こちらが曲がり角を曲がろうとした時に振り下ろしたのだ。明らかに待ち伏せしていたクチだろう。計画的犯行の匂いがぷんぷんする。


 連中の言っている事には突っ込みどころ満載だが、今はそうも言っていられない。


 連中はすでにやる気満々だ。


 そして、早速角材持ちの男が突っ込んできた。


「ヒャッホー! 一番乗りぃ!!」


 角材を肩に担ぐように振りかぶり、ダッシュしてくる。


 要の対応は速かった。


 鞄で頭上を守りながら、男へ向かって走る。


 男は、角材を勢いよく振り下ろす。


 鞄の中の教科書が角材の一撃を受け止める、硬く重い感触。鞄越しに衝撃を受け止め、手根がしびれる。


 要は止まらず男の懐へ入り、踏みつけるように足裏を叩き込んだ。『蹬脚(とうきゃく)』だ。


「ぐあっ――!!」


 助走の勢いも合わさった蹴りは、男の体を後ろへ勢いよく押し流した。そして、後ろにいる仲間の一人を巻き込んで盛大に倒れる。


 仲間をやられた事に熱くなったのか、まだ倒れていない二人の男が同時に向かって来た。


 要は片手に持っていたボトルを思い切り横に薙ぐ。


「ぎゃっ!」「うわっ!」


 中に入っていたコーラが円弧を描いて放たれ、鞭のように二人の目元にかかった。それによって二人は目を押さえた。


 その隙を狙い、要は素早く接近。


 まず一人の腹を『蹬脚』で踏み蹴った。


 蹴られた男がくの字になって吹っ飛んでいる間に、要は素早くもう一人の懐を取る。


 縮めた脚部と背筋を同時に伸ばしてから、素早く一歩前へ踏み込む。その動きによって生まれたアーチ状の力の軌道に自身の頭部を乗せ、男の土手っ腹に振り下ろした。


「ギャ!!!」


 崩陣拳実戦技法『浪形把(ろうけいは)』の勁力を使った頭突きをまともに受け、男の体が一瞬の絶叫とともに真後ろへ弾かれた。尻を水切りよろしく数度地面にバウンドさせ、やがて大きく離れた位置で仰臥(ぎょうが)する。


 あっという間に、四人の雑魚寝状態が出来上がった。


 要は誰かに見つからないうちに、ここを離れようと思った。


 だが、また同じ曲がり角から――見知らぬ男たちがワラワラと湧き出てきた。


 連中は全員、はっきりとこちらを向いていた。自分狙いであることは明白だった。


 要は軽く目算した。一、二、三、四、五…………十人以上はいる。


 この程度の数、今の自分なら楽勝だ。よし、応戦しよう。


 だが、今度は後ろからも、多くのダミ声が重なり合ったような音が聞こえてきた。


 見ると、遠く反対側からも、大人数の集団が走って来ていた。


 マズイ。この道は車道、歩道問わず一本道だ。いくら一人で三十人近くを倒せるようになったといっても、この人数で挟み撃ちをされると勝率がグッと下がる。


 何か方法はないのか? 要は必死で周囲を見回す。


 そして、あるものが目に付いた。


 ――ホームセンター。


 咄嗟にあることを思いついた要は、全力で逆走した。


 それに反応したのか、前後を遮る集団の迫る速度が速くなった。


 しかし連中が挟撃するよりも、要が目的地へたどり着く方が早かった。


 転がり込む勢いでホームセンターの自動ドアをくぐった。


 勢いよく入店した自分を訝しむ店員を無視。陳列棚をいくつも通過し、奥まで来て立ち止まる。


 要はしめた、と心の中で勝ち誇った。


 いくら連中でも、公共の場で派手な行動はしたがらないだろう。この中にはトイレも自販機もあるし、クーラーも効いている。連中がバカバカしくなっていなくなるまで、ここに立てこもっていよう。


 そう思っていた。


 だが、甘かった。


 自動ドアはゆっくりとその口を開け――大量のヤンキーどもを嘔吐のように吐き出した。


 おいおい嘘だろっ!? 勘弁してくれよ! 


 ガラの悪い男たちが一度に大勢わらわらと入って来て、店員さんは皆真っ青な顔をしている。


「いたぞ!! ガキはあそこだ!!」


 男の一人がこちらを指差した途端、全員の眼差しがその一点に絞り込まれた。


 瞬間、大集団が雪崩のようにこちらへ押し寄せてきた。


 要は出せる限りの速さを振り絞って逃げ出した。


 このホームセンターの広さなら、さっきの場所よりは楽に闘える。でも、店の中だ。周りの人や品物の事を考えると、ここでやり合うのはよろしくない。


 よって、要の選択は逃げの一手に絞られた。


 だが、店の中を荒らしたくないという自分の思いに反して、追いかけてくる男たちは途中途中で陳列棚などにぶつかり、品物を派手に床にばらまいた。


 要は思わず顔を覆った。なんてことするんだあいつらは。


 しかし、今最もするべきは自分の心配だ。なので要は逃げ足に集中する。


 逃走に使えそうなルートを頭の中で検索。

 このホームセンターに来るのは始めてじゃない。前に一度か二度来ている。

 その時の記憶によれば、ここの出入り口は二つ。

 一つは、さっき自分が入ってきた正面の出入り口。

 もう一つは、この建物の左端にある資材コーナーの入口。資材コーナーは外に露出しているため、そこから出られる。

 前者だと、連中と向かい合うハメになってしまうため却下。となると、消去法的に後者を選ばなければならない。

 幸いにも、資材コーナーは真っ直ぐ走った先だ。連中との間隔は大きく開いている。このまま全力ダッシュを続ければ、逃げられるはずだ!


 資材コーナーへ出るための自動ドアは、程なくしてはっきりと見えた。


 要は残った距離をすぐに縮め、自動ドアをくぐり抜けた。

 外に出たことで、周囲を取り巻く空気が一気に熱を持つ。周囲に積まれた大量の木材のせいか、ほのかな木の香りも含まれていた。

 木材、石材、土などのあらゆる資材が整然と陳列しており、それらの隙間を縫うような形で伸びた通路は、全て外の駐車場へ向かって伸びていた。


 よし、ちゃんと外に通じている。早速ここから逃げよう。


「――待ってたヨーン、おチビちゃん!!」


 だが進もうとした瞬間、綺麗に積み置かれた赤レンガの裏から一人の男が飛び出してきた。


 ――待ち伏せっ!?


 要は泡を食って飛び上がりそうになったが、鉄製ナックルダスターを装備した男のストレートパンチをなんとか体の捻りで回避。


 そのまま男の腕の中に入る。その際、手に持っていた空のボトルを素早くポケットの押し込んだ。これで片手が空いた。


 要はその手で渾身の正拳突き『開拳』を繰り出した。拳が一矢のごとく空気を切り、宙を疾る。


 この間合いなら外さない。そう思っていた。


「おっと危ねえ!」


 が、要の拳は当たらなかった。男がスウェーのように上半身を反らしつつ、体の位置を小さく動かしたからだ。


 絶対に当たると思った一撃を躱され、要は我知らず目を丸くした。


 しかし、惚けている暇はなかった。男の右肩周辺の像がブレて見えたのだ。攻撃の前の『初動』である。


 要は迅速に腰を深く落とす。瞬間、顔のあった位置を男の高速ジャブが通過した。


 さらに男の左肩に『初動』が発生。

 こいつの格闘スタイルはほぼ間違いなくボクシングだ。なので次にやって来るのはストレートか、もしくはフックだろう。


 そうはさせない。要はポケットに押し込んであった空のボトルを手に取り、男の顔に投げつけた。


「うわ!」


 ボトルは眉間に当たった。男は目元を手で覆う。


 そして、男が完全に持ち直した頃には、すでに要はその懐へ潜り込んでいた。


 足底から渦を巻くイメージで、五体全てを同時に螺旋回転。相手の腹部に添えてあった拳をゼロ距離から爆進させた。


「『纏渦(てんか)』っ!!」


 強大な正拳をその身に受けた男は、面白いほど軽々と後ろへ吹っ飛んだ。仰向けになり、動かなくなる。


 要は安堵のため息をつく。少し手強い相手だったが、『纏渦』をまともに食らったのだ。しばらくは立てないだろう。


 そのまま逃げようとしたが、前方を見渡して唖然とする。


 なんと、敵は一人ではなかった。悪そうな男が資材コーナーのそこかしこに立っており、みんなして自分を睨んでいたのだ。


 ――要はようやく、連中の術中にはまった事を知る。


 奴らは自分がここに来る事を見越して、先回りして待っていたのだ。

 群れているだけじゃない。きちんと組織だった行動も取れている。

 下手な不良より、ずっと厄介な相手だ。


 程なくして、連中は一斉に向かってきた。


 要の周囲の通路は、前方と左右の三方向。連中はその三つの通路を通って押しつぶすように接近してくる。

 後ろの自動ドアの向こうからは、着々と追っ手が近づいてきている。


 まさに袋のネズミだった。


 ――くそっ、どうすればいいんだ!?


 敵の群れが迫る中、要は必死に頭を回転させた。

 

 周囲を素早く見回し、何か利用できるものが無いか探す。


 そして、前方の通路を作っている左右の堆積のうち、右側に注目した。


 そこに積み上げられていたのは、米袋を思わせる透明の袋に入った敷砂利。

 要の身長並の高さがあるが、堆積のピークから下まで一、二段ずつ下がるように積まれており、まるで階段のようだった。


 ――これなら、いけるかもしれない。


 まず、店の人に「ごめんなさい」と心の中で謝る。


 そして――要は敷砂利の袋でできた階段を勢いよく駆け上った。


 堆積の一番上まで一秒足らずで登りきり、無事に前後左右四方向からの挟撃は避けられた。


 しかし連中は、今度は要の足元に積まれた敷砂利の袋をどんどん引っ張り出し始めた。足場を崩すつもりだ。


 崩される前に、要は一つ前にある培養土の袋の山に飛び移った。


 すると連中がまた袋の山を崩し始めたので、今度は一つ隣にある敷石の積み重ねの上に移動。


 飛び移って、飛び移って、飛び移る。まるで香港アクション映画のような逃亡劇を繰り広げていた。


 店員が呆然とした顔でこちらを見つめていた。――当分この店来れないな。


 そして、とうとう駐車場近くへとたどり着く。


 要は今乗っていた材木の山から飛び降りると、再び全速力で走り出した。資材コーナーから駐車場へ出る。


「待てコラァ!! 逃がすか!!」


 続いて、資材コーナーから大勢の男たちが漏れ出すように出てきて、こちらへ向かって走行してきた。


 それを見て、全速力のはずの要の足がさらに速まった。まるで雪崩から逃げるスキーヤーの気分だ。


 ホームセンターの敷地から再び脱する。


 しかし、なおも駆け続ける要。


 同じく、男たちも要を追うのをやめなかった。


 要は逃げ足を止めないまま、今まで余裕が無くて抱けないでいた当然の疑問を、今更ながら抱いた。


 ――どうしてあいつらは、俺を狙うんだっ?







 連中をどうにか撒くことができたのは、約二〇分後だった。



読んで下さった皆様、ありがとうございます!


最近暑いです。

暑いっていうか、ぬくいです。

そのせいか、やる気がよく消失します。

ある意味、猛暑より恐ろしいですね、春の陽気って(*´-`)

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