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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第一章 入門編
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第六話 今日は休め


「いててててててて!」

「こら、暴れるんじゃない」


 蛍光灯の白い光に照らされた易宝養生院の施術室にて、要はスツールに腰掛け、易宝から手当てを受けていた。


 付着していた鼻血は綺麗に拭き取られ、殴られた頬には大きな絆創膏が貼ってある。

 現在は上半身裸にされ、打たれた箇所に濡れタオルを当ててから湿布を貼り付けられている。


 易宝は湿布をそっと要の打撲箇所に貼りながら呆れたようにため息をつき、


「全く、本当に厄介事に巻き込まれていたとは…………この場合、ひび割れた杯子(ベイズ)の代金は請求できるかのう?」

「は? 代金?」

「いや、こっちの話」


 なんのこっちゃ。


 要は手当てを受けながら、首だけを巡らせて施術室を見渡す。

 窓から差し込む夕日をスカイグリーンのカーテンで遮られ、白中心の明るい無彩色で覆われたその空間には、施術台や薬品の入った棚など必要最低限の物しか置いておらず、自分たちの声や衣擦れの音以外全く無音だ。湿布の匂いと相まってものすごく落ち着く。

 以前通っていた淡水中学の保健室を思い出す。あの頃もケンカでアザ作って、保健の先生が呆れながらもちゃんと手当てしてくれたっけ。


 やがて、全ての患部に湿布を貼り終える。


「よし、最後の仕上げだ。カナ坊、そこに座ったまま楽にしてろよ」


 要はこくんと頷き、言われた通りリラックスする。


 易宝は要の体表面に手をかざす。

 そして、細く、深い呼吸を繰り返しながら、かざした手をあちこちへ移動させていく。

 首筋、体幹、両肩、両腕、易宝の手は自分の体に触れる薄皮一枚の間隔を保ちながら、上半身をくまなく巡る。

 

 最初は易宝が何をやっているのか分からなかった要だが、三分ほど経つと、自身の体に変化を感じ始めた。

 体の力が抜け、だるくなってきたのだ。

 だるいのだが、嫌なだるさではない。ぬくい、心地よいだるさ。

 それに、なんだか眠くなってきた。まぶたが重い。まだ上半身裸だが、このまま寝ても別にいい。そんな風に思えるほど、要の精神は安らいでいた。


 これは一体なんだろう。


 その謎の行為が開始してから五分経つと、易宝は自身の両手を戻してこすり合わせ「よし」と一息つく。


「終わったぞ。服を着ろ」


 要は床に置いておいたワイシャツと学ランを身に付け、まだ先ほどのだるさを感じながら易宝に訊いた。


「今のって……?」

「気功治療だ」

「気功?」

「そうだ。人間誰しも、自力で痛みや症状を消そうとする「自然治癒力」というものが存在する。わしは気の力を用いておぬしの「自然治癒力」へ干渉し、そしてそれを高めたのだ。今夜しっかりメシを食って早く寝れば、明日にでも痛みは消えるだろうよ」

「そっか……よくわかんないけど、アリガト、師父(せんせい)


 だが、要はふとあることに気がつき、冷えた顔をした。


「あっ…………どうしよう、俺、治療費持ってないかも」


 自分は武術道場として足を運んでいるここ易宝養生院だが、本来は中医学病院。つまり、治すことが商売だ。

 自分が練習に来るのを待っているかと思い、痛い体を引きずってここに立ち寄ったわけだが、つい手当てを受けることを勧めてくる易宝に流される形で治療を受けてしまった。

 現在、要の財布を膨らませている額は二千円弱。足りるだろうか。


 易宝はニヤァと意地の悪そうな笑みを見せながら言った。


「福沢の親父一名様だ」

「え、ええっ!? 一万!?」


 どうしよう、払えない。これで俺は犯罪者の仲間入り? 明日の朝刊に載るんだろうか。要は気功治療の心地よさから一転、絶望的な気分になった。きっと血の気が引いた顔をしているだろう。

 そんな自分を見て、易宝は腹を抱えて笑い出した。


「ハハハハッ! や、嘘だ嘘! そんなナスみたいな顔するなってーーーーハハハハハハーーーー!!」

「……………………え?」

「クフフフッ…………いや……ウチはそんな高い施術料は取らんし、ましてやおぬし相手なら尚更金なんか取らんよ」


 笑いを噛み殺しながら途切れ途切れに話す易宝に、要は頬を染めて食ってかかった。


「おっ、脅かすなよなっ! 明日の朝刊に「男子高校生、治療費を踏み倒す」って記事が顔写真ごと載るかと思ったぞっ」

「悪い悪い」

「ったく…………って、ホントに払わなくてもいいわけ?」

「当たり前だろう? おぬしはわしの弟子。武術を教えるだけじゃなく、弟子の怪我を治してやるのも師の役目だ。これからは怪我をしたら来るといい。わしが治してやる。こう見えて、この辺じゃ結構評判だぞ、わしの腕は」

「う……うん」

「…………それで? 一体何があった? できれば聞かせておくれ」


 そう促す易宝に頷き、要は説明を始めた。

 先ほど、校舎裏で達彦とケンカをしたこと。

 そのケンカで、成す術なく散々殴られたこと。

 だが最後は運良く、崩陣拳の初歩の技法『開拳』を当てられたこと。

 

「ふんふん、それで、その鹿賀ってのはどうなった?」

「吹っ飛んだよ。そんでもって、痛そうな顔して苦しんでた」

「だろうよ。崩陣拳は全身の力を一点に集めて打ち込むが、足腰を使う時は大地の力も借りるからな。素人にはいささかキツかろう」

「大地の力?」

「地を踏み切ることで生じる、地球からの「反発力」だ。この世のあまねく物質には大なり小なり「反発力」、つまり他の物質から衝撃をうけた時それを押し返す力が存在する。そして地球も見方を変えれば一つの物質だ、つまり「反発力」がちゃんと存在する。後ろ足を伸ばす動作は、足底を踏み切ることで地球から跳ね返ってきた「反発力」を体の中に通すためのものだ。その力は「繋がり」を持った全身の筋肉を水路代わりにして上半身に行き届く。その力に「通背」で生まれた力、そして勢いのある重心移動を組み合わせて相手にぶち込めば――その威力は推して知るべしだろうよ」

「大地の力、か…………なんかすげーなぁ」 

「だが、どんなに強力な一撃でも、当たらんと意味がない。おぬしがリーチ的に差のあるソイツに『開拳』をブチ込めたのも、ほぼ奇跡と言っていい」


 確かに、あれは運が良かったとしか言いようがない。

 達彦が自分に嫌味を言うためにわざわざ近くまで来てくれ、そして至近距離といえる間隔に狭まっても油断し、距離をそのままにした。要に強力な隠し玉があるとも予想せず。

 それらの要素のどれか一つでも欠ければ、『開拳』を当てるなど夢物語だっただろう。


「はっきり言おう。カナ坊――その勝負おぬしの負けだ」


 易宝はきっぱりと言い放った。


 要はしゅんとする。


「やっぱりそうか…………俺もあの時、このままじゃダメだと思ったよ」

「そうだ。確かにおぬしはその鹿賀ってのをぶちのめしたかもしれん。だがそれは相手がミスをしてくれたからだ。おまけに今日、おぬしは何度殴られた?」


 要は気まずそうに顔を背けて言った。


「…………わかんない。途中から数えられなかった。死ぬほど殴られた、としか言えない」

「それではダメだ。馬鹿正直に突っ込んで、よけずに殴られて、殴られて、ようやく反撃できました、では話にならんのだ。それではいつか一撃必殺の技を持つ相手に簡単にやられてしまう。武術では攻撃だけではなく、防御や回避、そして攻撃を当てやすくする術も合わせて覚えないといかん」

「な、なら、その方法を教えてくれ、師父!」


 焦る気持ちになっていた。弱点をはっきりと指摘されたことで、それを解決せずにはいられなくなったのだ。


 易宝は顎に手を当て思案顔になりながら、

 

「んー……そうだのう…………『開拳』はまだ未完成だが、このまま行けばもうすぐモノに出来るだろうし、そろそろ身法や歩法くらいは並行して教えても支障は出ないかもしれんな――――よし、いいだろう。教えよう」

「ようしっ! なら善は急げだ、早く着替えて――」

「いや、今日はもう帰れ」

「始めようぜ――ってなんで!?」


 納得いかない、といったリアクションをとる要。


「なんでって、そんなケガしておいて何を言うか、アホめ」

「い、いや平気だって! もう全然元気――」

「うり」

「はいやぁ!?」


 殴られた場所を易宝にグッと押され、その痛みで思わず変な声を上げてしまった。


 涙目で睨む要を、易宝は呆れた目で見て告げた。


「そう慌てるんじゃない。痛みが引かないうちに修行したところで対して身には付かん。傷に障るだけだ」

「でも……」

「いいかカナ坊、休むことが怠けることだと思っているなら、それは大きな間違いだ。日本の武道の世界では「限界を超えて自身を神の領域へ近づけるよう精進せよ」といった考え方が強い。だが中国の武術は違う。「どれだけ強く功夫があろうとも、人間はどこまでいっても人間。老いたり首を切ったり心の蔵を潰したりすれば簡単に死ぬ人間でしかない」という考え方だ。ここだけ聞くとニヒリスティックだと思ってしまうかもしれんが、もっと深く意味を突き詰めると「無理をするな。どこかが痛ければ素直に休息をとれ」ということだ。わしは日本人は好きだが、こいつを分かっていない者が多いのは宜しくないと思っている。だからこの国は過労死やうつ病が絶えんのだ」

「……つまり?」

「今日は家に帰ってゆっくり休め。翌日には痛みは消えるだろうから、そしたら来るといい。そん時はおぬしの教えて欲しい事をちゃんと教えてやる」


 易宝の有無を言わさぬ口調に要はしばし押し黙ると、


「……うん。わかった」


 観念して小さく頷いた。


「いい子だ。それともう一つ、おぬし「師父が首を長くして待っているだろうから早く行かなくちゃ」みたいに思って、足を引きずりながらここに来たのかもしれんが、もしそうだとしたらそんな義務感を感じる必要はないぞ? 基本、練習する、しないは自由だ。もし練習に来なくても、そのことでわしが怒ることはない。その時は自由に過ごす。だからもう少し楽に考えるといい」


 図星を突かれ、要は目を丸くする。


「そんなんでいいの?」

「うむ。無理矢理覚えさせても意味がないからのう。本人の「覚えたい」という意思があってこそ、技は身につくものだ」

「分かった。でも、できる限り練習に来るから。俺、技覚えたいし」

「そうか」


 易宝は優しく微笑んだ。

 そして、その笑みを朗らかなものに変えて手を前へしっしっと払う。

 

「よし、なら帰った帰った! それでもってちゃんと休みな」

「お、おう。それじゃ、バイバイ師父。できればまた明日」

「ああ、晩安(おやすみ)。よく寝るんだぞ」


 子供を気遣うような優しい声色で易宝に帰宅を促されるまま、要は鞄を持って玄関へ行き、外履きとして使っているカンフーシューズを履いて易宝養生院を後にした。


 久しぶりに見る帰り道の夕日は、なんだか懐かしい感じがした。


読んでくださった皆様、ありがとうございます!


「そうだ、書こう!」

思い立ったが吉日とばかりにキーボードを勢い任せに叩き始めた結果、なんと三時間で書き上がりました……

自分でも驚くほどの異例のスピードです。

まぁ、文字数がいつもの半分だからでしょうねぇ。


次回からは体捌きなどの修行に入ります。

他の攻撃技を習うのは、あとほんのちょっと先になる予定です。

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