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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第三章 水行の侵食編
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最終話 訪れた平和+α


 アブラゼミとヒグラシが同時に鳴き、夏の到来をやかましくアピールする。

 天上に浮かぶ太陽はウザったいほどに強く輝き、刺さるような日光を下界へ放出し続けている。太陽光と大地の熱反射の板挟みになるためかなり暑く、本当に六月中旬なのかと疑わしくなる。七月八月に入ったらどうなってしまうのだろうか。


 そんな凶暴な太陽熱から逃れるべく、要、菊子、達彦の三人は、体育館裏の日陰で昼食をとっていた。


 シオ高はごく普通の県立高校だ。高偏差値の有名進学校のように、全教室冷暖房完備などという慈愛に満ちた設備ではない。なので皆、避暑地探しに必死だった。


 そして要たち三人は、その避暑地探しで絶好の穴場を見つけた。それがこの体育館裏である。


 日陰が大きく、風通しも良い。昼休み前の授業で滲んでいた汗がすっかり乾いていた。


 三人が、それぞれ用意した昼食を腹に収めてすぐの事だった。


「じゃーん。今日は暑いから、シャーベット持ってきたよ」


 菊子が横長の小さなクーラーボックスを開けた。白い冷気を纏って姿を現したのは、カップに入った三つのオレンジシャーベット。


 野郎二人は「おおっ」と歓喜の声を上げた。


「キク、これ俺らも食べていいの?」

「うんっ。だって、そのために持ってきたんだもん。スプーンも三つあるでしょ」

「つーか倉橋、これよく溶けなかったな」

「このボックス、魔法瓶構造だから保冷時間がすごく長いの。一日経ってもほとんど氷が溶けないんだよ」


 言いながら、菊子はシャーベットを使い捨てスプーンとともに要たちへ配っていく。


「ありがと、キク。いただきます」

「ご相伴に預からせてもらうぜ。いただきます」


 そう一言述べてから、カップの蓋を開ける。もらったスプーンで中身をひと掬いし、口に運んだ。


 シャーベットのかけらを舌と硬口蓋ですりつぶした瞬間、心地よい冷たさと爽やかなみかん風味が口いっぱいに広がった。


「「うまい!」」


 男二人は、同時に舌鼓を打った。スプーンを持つ手が、自然とカップと口の間を往復する。


 菊子は口元に手を当てながら「良かった」と雅に微笑む。そして彼女もシャーベットを掬い取り、口に入れる。


 達彦は一度手を止めると、菊子の方を向き、


「ってか、マジうまいなこれ。一体どこで買ったんだ?」

「えっと……売り物じゃないの。わたしのお家のコックさんが作ってくれたの」

「ほーん、なるほどね。んじゃ、うまいのも納得ってもんだな」


 スプーンをくわえながら、呑気な声で言う達彦。


 しかし、普通は使わない「わたしの家のコックさん」という言葉をすんなり受け入れている達彦に違和感を覚えた要は、


「あれ、達彦って、キクがお嬢様だって事知ってたっけ?」

「えっ? あ、ああ、うん。この前聞いたんだよ。最初耳にした時はぶったまげたけどな」


 菊子はほんのり染まった頬を、長い髪で恥ずかしそうに覆い隠しながら、


「か、カナちゃん、前も言ったと思うけど、お嬢様だなんて大袈裟だよ……お父さんが大っきな会社をやってるってだけで……」

「そういうのをお嬢っていうんだってば」


 要は呆れ笑いを浮かべながらそう言う。自覚が無いのは本人ばかりなり、か。


 三人はそうして会話に花を咲かせながら、シャーベットを順調に減らしていった。


 やがて、全員のカップが空っぽになった後、要はホッと一息つきながら口を開いた。


「今思うと、こんな風にまったり過ごすのって久しぶりな気がするよ」

「だよなぁ。ここしばらく、色々物騒な事が起こりまくりだったしよ」


 達彦がそう同意した。


 ――鴉間を倒した日から、すでに三日が経っていた。


 あの日以来、カツアゲ被害者の増加がぴったりと止んだ。理由は簡単。ヌマ高のトップが岩国にすげ変わったからだ。


 元々、シオ高生を狙ってのカツアゲを指示していたのは鴉間だった。しかしヌマ高生が鴉間を畏怖していたのは、実力に対してというよりも、彼のバックにあった『五行社(エレメンツ)』という組織の存在に対してというのが大きかった。


 だが『五行社』を除名されたことによって、鴉間の権威は地に落ちた。それにより、ヌマ高生には鴉間の命令に従う義理がなくなった。

 おまけに鴉間が倒されたことによって、ヌマ高で要に敵う者は誰もいなくなったらしい。おまけに二七人を一人であしらったという事実が校内で話題になり、それによってヌマ高生の大多数が、要に対して本格的な畏怖の感情を抱いたそうだ。

 シオ高生へのカツアゲ行為が沈静化するのは、自然な流れだった。


 ヌマ高の内部事情なんて知ったことではないし、連中にどう思われようが構わない。だがカツアゲ被害が出なくなったことは素直に喜ばしい。


 菊子がポンと自分の手を叩くと、思い出したような口調で、


「そういえば、わたしのクラスの女の子たちが、カナちゃんの事かっこいいって騒いでたよ」

「え、ええ? そ、そうなの……?」

「うんっ。沼黒の人達相手に勇敢だよね、って」


 まるで自分の事のように微笑みながら言う菊子とは違い、要は複雑な表情のまま頬を赤くしていた。


 ……そう。カツアゲ被害者がいなくなったことは、確かにめでたいことである。


 しかし一方、それに付随するように、シオ高内では恥ずかしい現象が起きていた。


 達彦と一緒にいたあの女子が、要の活躍を学校中に触れ回っていたのだ。


 いや、触れ回ったというのは正確じゃない。彼女が少数の友達や知り合いに話し、そこからねずみ算式に広がっていったという方が正しい。


 とにかく、それによって要の武勇伝が学校中で話題となったのだ。


 二〇人を超える相手をたった一人で、しかも無傷で倒してみせ、なおかつ敵のボスを苦戦の末に破る。そんな漫画のような熱い展開が、生徒たちの間で話題沸騰だった。


 おまけに、仲間に裏切られて暴行を受ける鴉間(てき)に手を差し伸べるという善行(?)が、要のヒーロー的存在感をさらに膨れ上がらせた。


 実際、要はそれを最初に聞いた時、恥ずかしさでほっぺたが熱くなった。ある意味、誘拐事件の後よりも賞賛されている気がしたのだ。


 要がそれを素直に口に出すと、達彦が当然だと言わんばかりの口調で言葉を返してきた。


「さもありなん、って感じだろ。誘拐事件の時と違って、今回の連続カツアゲ事件はシオ高生が当事者なわけだからな。それが解決した嬉しさもあるんだろうよ」

「なるほどな……」

「そう。だからこそこの間、"アイツ"もお前に謝ってくれたんじゃねぇの?」


 達彦のその発言は、昨日の朝、教室で起きた出来事に言及していた。


 以前ヌマ高生にやられて、体中に包帯やら絆創膏やらでくるまれたクラスメイトがいたが、その彼が謝ってきたのだ。要があくびを噛み殺しながら朝の教室に入った瞬間、「ごめん、この間は悪かった!」といきなり頭を下げてきたのである。

 彼の言う「この間」とは、要に対して暴言を吐いてしまった時の事であった。

 その時のことに、要は別段腹を立ててはいなかった。なのでそのように謝罪させていることに対して罪悪感すら感じ、「いいって、気にしてないし」と恐縮した態度で彼の頭を上げさせた。

 そうして、彼とは和解した。


 ここ最近の間で発生していたあらゆる困難や軋轢が、鴉間を打ち倒したことによって一気に良い方向へと向かっていた。


 要は愚直に高めた拳で、全ての困難を吹き飛ばしたのだ。


 鴉間は「嘘こそ最強の武器」だと声高に言っていた。

 確かに、嘘は便利だという意見には一理ある。「嘘も方便」という言葉もあるくらいだから。

 しかし、嘘では決して切り開けない道も確かに存在する。

 馬鹿正直に高めたこの拳で解決しなければ、今のような晴れやかな気分にはなれなかっただろう。


「あ、そういや一昨日知り合いに聞いたんだけどよ、鴉間の野郎、ヌマ高を自主退学したらしいぜ?」


 達彦が不意に話題を変えた。


 要は少し驚いて、目を丸くしながら、


「え? そうなの?」

「ああ。他のガッコに転校したそうだ。ま、懸命な判断だと思うぜ。あのままヌマ高にいても、一〇〇パーいじめの的になってただろうしな」


 それは言えてると思った。

 ヌマ高生たちには、散々アゴで使われた恨みがあるだろう。そんな集団の中に残っていれば、鴉間は悲惨な目にあっていたに違いない。


「それで、どこの高校なんだ、達彦?」

「それが埼玉らしいんだ」

「埼玉ぁ?」


 思わず間抜けな声が出てしまった。随分と遠くに行ったものだ。


 達彦は続ける。


「「波磯(なみいそ)高校」ってガッコだ。別にヌマ高みたくバカ揃いってわけでもねぇ、至って普通の県立高校だそうだ。特徴はというと、サッカー部が強えって事くらいかな。全国大会の常連って言われてるほどらしい」

「ふーん……」


 要は納得したように声をもらす。


 どうして埼玉まで行き、そんな学校に通おうなどと考えたのかは、自分には分からない。


 でも埼玉なら、ヌマ高生や、『五行社』の傘下にいる不良たちに襲われることはないだろう。表面上は従っていても、心中では『五行社』を恨みに思っている奴はいっぱいいるはずだ。『五行社』を除名になった今、そいつらから狙われる可能性だってなくはないのだから。


 これを機に、鴉間が少しでも改心し、まっとうな道を歩んでくれればいいと思った。

 そして、今度こそまともな人間関係を構築して欲しい。

 情の無い、力の強弱のみで成り立つ関係が、どれほど儚く虚しいものであるかを、三日前によく知ったから。


 高らかなチャイムの音が耳に入った。


「あ、カナちゃん、鹿賀くん、予鈴が鳴ったよ」

「やっべ、早よ戻らねぇと! 次って英語だろ!? 英語の先ちゃん、授業に遅れると小言がうるせぇから苦手なんだ! 立て、要!」

「あ、ああ!」


 三人は立ち上がり、各々のゴミや持ち物を持って体育館裏を後にした。










 ――それから約半年後、波磯高校サッカー部に、転校早々エースとなったスーパー選手が現れたという話をクラスメイトから耳にすることになるが、それはまた別の話。

読んで下さった皆様、ありがとうございます!


第三章、完結いたしました!!

気がつけば崩陣拳も第三章。

受けないであろうジャンルと作者の力量不足ゆえ、連載当初は100ポイント入れば御の字と思っていましたが、なんと気がつけば900ポイントを通過しておりました……

正直、ポイントを集めることはあまり重要視しておりませんでしたが、沢山ポイントが入ったことで今作が目立つようになり、それによってさらに読んで下さる読者の方が増えたことは、まさしく嬉しい誤算と呼べます。

これも応援して下さった皆様のお陰です、ありがとう!!


さて、第四章ですが……正直、どういう話にしようか迷っております。

いや、全く考えてない訳では無いのですよ? ただ、書きたいことが多過ぎて、どれを選んでいいのか迷っているのが現状です(−_−;)

でも、そのうちけじめはキチンとつけ、書き始めるつもりですので、どうか気長に待っててやってください(´・ω・`)


以上、魔人ボルボックスでした。

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