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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達/岳兎佐助
第三章 水行の侵食編
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第二十一話 一番なりたい自分


 闘いに熱を出していたせいで気がつかなかったが、すでに陽はほとんど西の彼方に沈み、空の青は黒に変わりつつあった。


 公園の端に立てられた街灯にもほのかな光が灯り、辺りを淡く照らしていた。


「ふぅっ…………ふぅっ…………」


 息を切らせながら、要は公園の広場のど真ん中に立ち尽くしていた。


「はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……」


 眼前には、要よりはるかに間隔の短い呼吸を繰り返しながら、大の字でバテている鴉間の姿。

 だらんと力を抜き、全体重を抵抗なく地面へ預けているのがよくわかる。もう体力の限界なのだろう。

 いったい何度攻撃を躱したのか、比較的体力に余裕のあった要ですら数え切れていないのだ。あんな激しい攻撃動作をそれだけの回数行えば、こんな風にもなるだろう。


 ――もう、いいだろう。


 あんな攻防を繰り返すことに意味は無いし、面倒だ。


 何より、これ以上やるのはいじめと変わらない気がした。


 要は踵を返し、達彦たちの元へ向かおうとした。


 だがそれより先に、達彦と女子の二人がこちらに歩み寄って来ていた。


「やったなおい! お前すげぇよ! まさかホントに二七人と大ボスを同時にやっちまうとはな!」


 合流早々、達彦が嬉々としてこちらの肩を叩き、テンション高めにそう言ってきた。


 要は達彦の手をやんわりと払うと、ジト目で軽く睨みながら、


「発破かけて送り出したの、誰だっけ?」

「俺だねぇ。でも後々「大丈夫かよ」って感じで心配になってよ。まぁしかし、お前は本当に連中を全滅させられたんだ。結果オーライってもんだろ」

「随分調子いいよねお前。まあ、でも、その……ありがと。お前にああ言われなかったら、正直ムリだったかも」


 達彦はしばらくぽかんとしていたが、すぐに「礼には及ばんよ」と笑ってくれた。


 要はそれに笑い返した後、すぐにある事に気がついた。


「……あれ? そういえば、ここに転がってたヌマ高の奴らは?」


 そう。倒れていたはずの二七人ものヌマ高生が、綺麗にいなくなっていたのである。これも夕から夜への変化と同様、何度も向かって来る鴉間に気を取られていたから気がつかなかった。


 達彦は「ああ、そのことか」と思い出したように言うと、


「その鴉間って野郎が一方的に倒されるようになってしばらくしたら、ビビって逃げ出しやがった。「もし鴉間さんがやられたら、次はまた俺らがターゲットになるかもしれない」ってよ。よっぽどお前が怖かったんだろうなぁ」

「……どうせ逃げるなら、鴉間(こいつ)も連れて帰れば良かったのに」

「そんな余裕なさそうだったぜ。ま、あの連中はこの新しいボスに情なんかなかったんだろ。だったら、我が身を真っ先に可愛がりたくなる方が自然ってもんだ」


 それにしたって、少し寂しい話だった。

 あんなに大勢の子分を従えても、そこにあるのは肉食動物のような力関係のみ。自分より強いから従う。こいつの側につくと得だから従う。それ以外何もない空虚な関係。

 その関係の冷淡さを見た気がして、なんだか嫌な感じがした。


「あの……ありがとう、工藤くん。助けてくれて」


 少し遠慮がちな声。達彦の隣にいた女子だった。


「えっ? ああ、いいよ礼なんて。ていうか、礼なら俺よか達彦に言ってやって。こいつがこっそり俺の携帯に通話して居場所を叫ばなかったら、俺がここまで来れることはなかったんだし」

「……その、鹿賀くん、だったよね? あの時、助けに出てきてくれてありがとう。あなたが来なかったら、どうなってたか……本当にありがとう」


 女子はそう念を押すように感謝を重ねると、達彦に深く頭を下げた。


 達彦は、困惑気味でいてまんざらでもなさそうな表情で頭を掻きながら「いや、別に」と小さく返した。

 そして照れ隠しか、今度は急に言葉の勢いを強めて、


「よ、よしっ! もう暗くなるし、そろそろ帰んぞ! あんた、下校には電車使うか?」

「うん。それがどうしたの?」

「いや、駅まで一人で帰れるかなって。俺もこれから諸用で電車使うからよ、良かったら送っていくぞ? まだヌマ高のバカ共がうろついてっかもしれねぇし」

「ううん、大丈夫。ここから駅ってそんなに遠くないし、大通りに出れば人通りもそこそこ多いし。ありがとうね」


 そっか、と引き下がる達彦。


 三人の間を流動する空気は穏やかだった。


 しかし次の瞬間、その空気を一気に冷却させるように、横槍が入れられた。




「――敵を前にして随分楽しそうですね。御三方」




 要は思わず声のした方を振り返る。


 今までバテていた鴉間が、上半身を起こして座った状態でこちらを見つめていた。


 汗にまみれ、疲労が顔にはっきり出ている。だがその瞳は不気味なほど活発に光っていた。


「僕を倒した程度でパーティー気分だなんて、随分と楽観的ですね。これから先、もっと地獄を見るかもしれないっていうのに」


 鴉間のそんな皮肉に尖った台詞を、達彦は一笑に付しつつ、


「なんだそりゃ? そんなナリで言われても、負け惜しみにしか聞こえねぇぞ」

「そう思いたければ思ってください。確かにあなたの言うとおり、今の僕にはもう戦意も体力も残っていない。でも、"それだけ"。僕を下したことなんて一時的な快楽に過ぎないんですよ。おそらくそう遠くない日に『五行社(エレメンツ)』の誰かが、工藤要、あなたを制裁しにやって来るでしょう。あなたは勝ったんじゃない。虎の尾を踏んだんだ。近いうち、それを身をもって思い知るがいいでしょう!」


 嗜虐に満ちた笑みを浮かべ、そう言い放つ鴉間。

 





「――随分、負け犬じみた台詞を吐くようになったではないか。「水」よ」






 その時、再び違う声が降りかかってきた。


 聞いたことの無い、重低音のような男の声だ。


 その場にいた全員が、一斉に音源の方へ視線を向ける。


 そこには、見知らぬ一人の男が立っていた。

 巨漢と形容できる男だった。身長は軽く見積もって一九〇センチほどで、がっちりした体格からは鋼鉄のような頑健さを感じる。その肉体を包む黒緑色の前開きジャケットとスラックスは、昔の軍服を連想させるデザインだった。

 ゴツゴツした岩石を削って作ったような厳つい顔立ち。潔いほどに剃った坊主頭。その容貌は、屈強な歴戦の兵士を思わせた。


 岩をくりぬいたような鋭い眼差しは、鴉間を真っ直ぐ捉えていた。


「ははは……! 誰かと思えばあなたですか――「()」」


 鴉間のその台詞を聞き、要は謎の大男へ向いた目を見開く。


 「水」と呼んできたその大男に、鴉間は「木」と呼び返した。「水」と「木」は両者とも――『五行社』のチーム構成の元ネタとなっている「五行説」の中に含まれている。


 つまりこの大男は『五行社』の一人。つまり、鴉間の仲間であるということになる。


 仲間の登場に歓喜したのか、鴉間は飛び上がる勢いで立ち上がり、大男に嬉々として言った。


「いいところに来てくれました! さぁ、工藤要はここにいます! おまけに奴は僕との一戦で弱ってますよ!」


 この状況に、要は果てしない危機感を抱いていた。


 噂によると、『五行社』は人数こそ少ないが、一人一人がそれを補って余りある実力を持っているとのこと。


 こっちは、鴉間の相手をしたせいでかなり消耗しているのだ。そこへまた鴉間と同格――それ以上ということもあり得る――の仲間が現れた。


 そんな奴に今攻めて来られたら、間違いなく勝ち目は無い。


 鴉間の言葉に了解したのか、大男が無言でこちらへ歩き出した。足が長い分歩幅も大きいようで、すぐに視界の中で大男の姿が拡大していく。


 鴉間は勝利を確信したように破顔し、再度まくし立てた。


「さぁさぁ、倒すなら今です「木」! あなたの拳法『艮拳(こんけん)』の一撃なら、今の工藤要をノックアウトさせるなんて靴下を履くより簡単なことだ! こいつは僕にここまで手傷を負わせるという大罪を犯した! 『五行社』に手を出すことがどれだけ愚かしいことなのかを教え――――」


 しかし、その台詞は途中で途切れた。


 一体いつの間に接近したのだろうか、気がつくとすぐ目の前に、裏拳を外側へ振り抜いた大男の姿。その巨体は近くから見ると、余計に迫力と圧迫感があった。


 そして、その裏拳の延長線上では――鴉間がおかしな格好で宙を舞っていた。


 鴉間がドサッ、と落下すると、


「――(さえず)るな。この面汚しが。貴様には今日限りで「水」の席を降りてもらう」


 先ほど聞こえてきたのと同じ声色で、大男の口から侮蔑の言葉が呟かれた。


「なっ……!?」


 要はひたすら呆気にとられていた。


 こいつ、自分の仲間を――やりやがった。


 信じられないという思いも抱いたが、それ以上に強い憤りを感じた。


 気がつくと、要はその大男に食ってかかっていた。


「おいお前っ! 何やってんだよ!? 鴉間(そいつ)はお前らの仲間なんじゃないのか!?」

「仲間だと? 笑わせるな。敗北によって『五行社』の面子に泥を塗ったその男は、もはや獅子身中の虫でしかない」

「だからって、追い出すことは無いだろ! 一回負けたくらいで!」

「組織やグループについて何も考えたことの無い貴様が口を挟むな。一度無様に負けた者を『五行社』に入れておいたら、周囲の者は誰も我々に恐れを抱かなくなる。だから間引いたのだ」


 表情一つ変えず、淡々と冷酷なことを言ってのける大男。


 どいつもこいつも、自分の仲間を平然と切り捨てやがって。要にはその大男が、鴉間を置いて逃げたヌマ高生と同じに見え、そして嫌悪を感じた。


「そもそも、憤っている暇があるのか工藤要? 言っておくが、鴉間の言っていることは本当だ。大人しくしていればいいものを、貴様は今この時から我々『五行社』を本格的に敵に回した。こんなクズのことを気にしている余裕があるのなら、まずは自分の心配をするべきではないのか?」

「なんだとこの野郎っ!」


 要は拳を握り締め、憤然と大男へ歩み寄ろうとするが、


「やめておけ工藤要。オレは「土」に「工藤要を叩きのめせ」と命じられているわけではないから、今は手を出すつもりはない。だが、自衛のためには遠慮なく拳を振るわせてもらう。消耗している今の貴様が、『五行社』の一角に名を連ねるオレに勝てると思うか?」


 その静止の言葉を聞き、ピタリと足を止めた。そして、歯噛みする。


 悔しいが、こいつの言うことは正しかった。


 大男は顔色一つ変えぬまま背を向けると、


「自己紹介がまだだったな。オレは『五行社』の「木」の称号を持つ、緒方戒(おがた かい)という。そう遠くない日に、また会うことになるだろう。その時は今度こそ容赦しない。貴様を全力で叩き潰す」


 そのまま歩き出した。


 大男――緒方戒の背中は徐々に小さくなっていき、やがて広場側の出入り口の奥へと消えていった。


 先ほどまで落ち着いていた気分が一転、再び緊張していた。


 鴉間以外の『五行社』が現れたことで、自分は本格的に『五行社』と敵対したのだということを否応なく納得させられた。

 そして、「木」である緒方戒も拳法を身につけているという。それを考えるに、『五行社』全員が拳法を使えると思っていいだろう。

 修行を積んだ今の自分と互角か、またはそれ以上の実力を持った相手があと四人いる。

 そしていつか、そいつらともやり合わなければならない。

 一体、自分の力がどこまで通用するだろうか。要は不安な気持ちを否めなかった。


「――だ、そうだぜ、鴉間とやら。オメーの仲間は冷てぇな。あっさりと見限っていきやがったぜ。で、どうするよ? まだ他に泣きつける組織でもあんの?」


 達彦は胎児のように横たわる鴉間の傍らへ歩み寄り、煽るようにそう尋ねる。


「嘘だ……僕は……っていうのに…………なんだ……は……」


 だが鴉間は心ここにあらずといった表情で、ブツブツとうわごとのように何かを呟き続けている。仲間に切り捨てられたことが流石にショックだったのだろう。


 そしてさらに、次の騒ぎの種がやって来た。


「オラ、テメーら来い! 今がチャンスだぞ! 憂さ晴らししてぇ奴ぁ遅れんなー!!」


 その野太い掛け声とともに、緒方戒が消えた出入り口から――ヌマ高の夏服に身を包んだ集団がワラワラと押し寄せてきた。


 軽く十数人に達する集団だ。連中の顔をざっと見たことで、さっき闘ったヌマ高生とは違うメンツだと分かった。


 連中の先頭を走る男には見覚えがあった。

 忘れもしない。鴉間との一回目の闘いで敗北後、自分の腕を踏み折ろうとした男。ヌマ高の元トップ――岩国だった。


 岩国はヌマ高生グループを後ろに従えて、鴉間のすぐ近くで足を止めた。


 そして、底意地悪そうなニヤケ顔を浮かべて言う。


「聞ぃーいーたーぞーぉ? 鴉間ぁ、テメェ『五行社』に間引かれたみてぇだなぁ。俺ぁ一部始終見てたぜぇ? 工藤要がヌマ高(ウチ)の連中とやり合う所から、テメェがあの坊主頭の『五行社』にぶっ飛ばされるシーンまで、ピンキリでよ。いやー愉快だねぇ、いつかこういう日が来てくれると思ってたんだよ」


 鴉間は茫然自失だった表情を一気に引き締めると、岩国を睨んで居丈高な口調で告げた。


「……そのやかましい口を閉じてください、岩国毅。そして自分の分際を知ってください。一体誰に向かって口を利いているつもりなんですか? 僕は現沼黒高校のトップで――ぐっ!?」


 岩国に脇腹を蹴られ、発言を途中でストップさせられた鴉間。


「いつまでも番長ヅラしてんじゃねぇよ、このドカスがぁ!!」


 岩国はそう叩きつけるように吐き捨て、同じ箇所をもうひと蹴りした。


 数度転がってから、ゲホゲホと苦しげに咳き込む鴉間。


 しかし、岩国は再び歩み寄って、無慈悲にその体を踏んだ。


 奴が鴉間を見下ろす目は、ひどく落ち窪んで見えた。嗜虐や憤怒、怨恨といった感情が読み取れるようだった。


 ――そこには、鴉間にへーこらしていた頃の岩国はいなかった。


「俺ぁずっとこのタイミングを待ってたんだよ! 『五行社』は面子を守るために、負けた奴を平気なツラして切り捨てるって話だからよぉ! テメェが誰かに負けることで後ろ盾をなくし、それでいて、もう戦えねぇほどにまで疲れきったこの瞬間を、俺は心待ちにしてたんだよ!! それをやったのはクソッタレの工藤要だが、それでいいと思った! なぜなら現時点では工藤要よりも、テメェに対して一番ムカついてんだからよぉ! 今までよくも散々ナメた態度とってくれたなぁ!? 今からそいつをたっぷり精算してやんよぉ!!」


 唾が飛ぶほどの勢いでそう言い募りながら、何度も鴉間を踏みつけにする。


 一足一足に、憎しみがこもっていた。


 しばらく蹴ると、岩国は一度足を止める。率いていた他のヌマ高生達の方を振り返り、心底愉快そうな表情で提案した。


「おいオメーら、これからヌマ高"元"総番、鴉間匡サマへの報復大会だ!! ルールは簡単! 以前から溜めていた鬱憤を足に込めて、ここに転がってる鴉間を蹴っ飛ばすだけ! 参加費無料! こいつに対して恨みがある奴は遠慮なく来い!!」

「「「「「「ヘイッ、「岩国さん」ッ!!」」」」」」


 ――ヌマ高トップの座がすげ変わった瞬間だった。


 もちろん、他のヌマ高生たちは心の中では服従などしていないのかもしれない。だが鴉間への不満や、こき使われた恨みというある意味強固な繋がりによって、今、連中は一枚岩となったのだろう。


 鴉間の周囲を、制服の集団がワラワラと取り囲んでいく。


 そして、一人目が蹴ったのを皮切りに、他のヌマ高生も次々と鴉間を足蹴にしていった。


「オラァ! くらえ鴉間ぁ!」「死ねボケぇ!」「散々人のこと見下しやがって!」「どうしたぁ!? 今までみてぇにスカしたツラで反撃してみろやぁ!」「くたばりやがれ!」「オラ、靴の裏舐めろや!」「死ね!」「消えろ!」「カスが!」


 呪詛を吐きながら、狂ったように片足を前後に往復させるヌマ高生。

 

 無数の靴音と罵詈雑言が混ざり合い、聞くに堪えない雑音となる。


 林のように並ぶ足の隙間から微かに見える鴉間は、両手で頭を抱えながらうずくまり、ただただ何もせず蹴られ続けていた。


 その姿は、ひどく惨めに映った。


 要の肩にポンと手が置かれる。


「――ほっとけ。あのバカが指示したおかげで、何人のシオ高生が泣きを見たと思ってんだ。いい薬ってもんだろ」


 その手の主、達彦は神妙な顔でそう静かに諭してくる。


 ――達彦の言うとおりだ。


 鴉間がヌマ高を手駒にしてカツアゲなんかやらせなければ、自分の周囲の人が傷を作ることなんかなかったんだ。

 以前、包帯と絆創膏だらけで登校してきたクラスメイトを思い出すといい。酷い有り様だったじゃないか。

 挙句の果てに、達彦までボロボロにされた。


 そうだ。同情になんか値しない。

 あの連中と同じように痛罵こそすれ、助けてやる義理がどこにある。

 放っておけばいい。痛い目を見せておけばいい。

 人を無闇に傷付けたらどんな目にあうのかを学び取るいい機会だ。受ける痛みは、その授業料みたいなものだ。


 ――それなのに。


 それなのに、心の奥底では「助けたい」「止めたい」などと強く思ってしまっている。


 周囲の人間に掌を返され、一人ぼっちで苦痛を受けている鴉間に同情しているのかもしれない。


 しかし、それだけじゃない。




 ――僕にだってなぁ!! お前みたいな頃があったんだよっ!!!


 ――所詮世の中嘘と欺瞞とおためごかしのオンパレード!! まっとうな姿勢を貫こうとする奴から足元を掬われるんだよっ!! 僕がそうだった!! だからこそそんなクソッタレな世の中の真理に気がつけた!!


 ――どうしてっ!! どうしてお前が報われて、あの頃の僕が報われなかった!? 僕だってあの頃はお前みたいに頑張ってたんだ!! なのにクソみたいなインチキのせいで全てが水の泡になった!!




 鴉間は、本当は今の自分が嫌いなのかもしれない。

 平気で嘘をつく今の鴉間は、過去の辛い出来事をきっかけに生まれてしまった人格なのかもしれない。

 残酷な現実を無理矢理納得するため、自分で自分の性格を捻じ曲げてしまったのかもしれない。

 「本当はこんな自分になりたくなんかなかった」と、心のどこかで思っているのかもしれない。


 具体的な原因は分からない。

 でも、あの叫びの内容から、鴉間が今の嘘つきな自分を嫌っていることをなんとなく察する事ができる。

 最後の鴉間の攻撃からは、小狡いフェイントが完全に消えていた。あれは、そんな本当の気持ちがにじみ出た動作なのかもしれない。


 つまり――本当は変わりたがっている。


 だって、今の自分が嫌いであるということは、変わりたいと思っている事の裏付けなのだから。


 自分も昔、弱かった自分が嫌で、変わりたいと切に願っていたことがあった。


 だからこそ「変わりたい」と思っているであろう鴉間に、シンパシーを抱かずにはいられなかった。


 だからこそ――そんな鴉間を放置したくなかった。


 要は、肩に置かれた手を振りほどいた。


「おいっ!」


 達彦の静止の声に耳を貸さず、ヌマ高生たちへ迷いなく歩を進める。


 そして、騒ぎを上げる人垣の近くで立ち止まり、




「おい。そのへんにしておいたらどうだ」




 落ち着いた、しかしはっきり聞こえるような声で言い放った。


 ヌマ高生全員が足を止め、こちらを一斉に振り返る。


 要はもう一度、同じような言葉を告げた。


「それくらいでいいだろ。もうやめとけ。それでもって家に帰れ」


 背中側から達彦の「あちゃー、何やってんだあのバカ……」と嘆くような小声が聞こえてきた。


 当然というべきか、ヌマ高生たちは揃って不満げに眉根をひそめた。その中の一人がこちらへ歩み寄って来て、目で威嚇しながら言った。


「おい、あんまし調子乗んなコラ。テメーだって鴉間とやりあったせいで疲れてんだろ? 今のテメーにこの人数でかかりゃ簡単にフクロにぷぼっっ――――!!?」


 得意げな口調が、途中で潰れたような呻き声に変化。要が腹のど真ん中へ『纏渦』を叩き込んだためだ。


 男の体は強風に飛ばされたダンボール箱よろしくめちゃくちゃな転がり方をしながら、凄まじい勢いで遠ざかった。十数メートル先まで離れたところでようやく止まる。


 うつ伏せでぐったりしたまま動かない男の姿を、他のヌマ高生達は唖然とした表情で眺めていた。


 要は視線で焼くようにそんな連中を睨みながら、一言。


「――次は誰がああなりたい?」


 転瞬、ヌマ高生たちの唖然とした顔が、一気に青ざめる。


 今のは示威行動だ。

 『纏渦』は、今の自分の技の中で最高の威力を誇る。そういった技をもったいぶらずに見せつけることで、その他大勢を威嚇する。

 おまけに、岩国はこう言っていた。「工藤要がヌマ高生と一人で闘う所から、ずっと鴉間の様子を見ていた」と。

 ということは、自分が二七人を一人で蹴散らすシーンも見ているということになる。

 手前味噌になるが、そんな芸当をやってのける者はあまりいないだろう。自分でも未だに信じられないくらいだ。

 そしてその事実は、先ほどの示威行動の効果を高めるスパイスの働きをしてくれるだろう。


 即興で思いついた策なので、穴だらけだ。正直、うまく乗ってくれたらラッキーである。


 しかし、畏怖するような目で見てくるヌマ高生たちを視界に確認して、そのラッキーを見事に引き当てたことを確信。


 こちらが一歩踏み出すたび、連中も揃って一歩下がる。


 要はとどめの一撃のつもりで発言した。


「いいか? もう一度言うぞ。鴉間を蹴るのはやめろ。それでもってこれから先、こいつに仕返ししようなんてふざけた考えも起こすな。もしやるっていうんなら――今のパンチをお前ら全員にぶち込んでやる。例外は無い。全員平等に打つ。それが嫌なら…………言うとおりにしろっ!!!」


 持てる限りの覇気をもって喝破する。ついでに自分のいないところで鴉間に危害を加えないよう、釘も刺しておく。


 要と岩国はしばし睨み合う。その間、公園を深い静寂が支配する。誰ひとり言葉を発さない。


 だが、やがて岩国は心底苦々しく切歯すると、


「…………おい、オメーら、行くぞ」


 そう気まずそうに言って踵を返し、元来た出入り口へと早歩きで戻っていった。


 残ったヌマ高生たちも「あ、待ってくっさーい」などと声を上げながら、岩国の後に追従する。


 一人、また一人と出入り口へと吸い込まれていき、やがて全員公園からいなくなる。


 再び、要、達彦、女子、鴉間の四名のみが公園に残った。


「た、助かったぁー……」


 要はすっかり脱力し、地面に尻餅を付いた。


 良かった。引き下がってくれて本当に良かった。


 正直言うと、逆上して襲いかかられでもしたら危なかった。最初に因縁をつけてきたヌマ高生の言うとおり、もうあの人数を相手にできるほどの体力的余裕はなかったのだから。


 ハッタリが通じてくれて良かった。もしかして俺、役者の才能あるかもね。


「いて!」


 だが突然背中に何かがぶつけられ、その痛みでビクッと飛び上がった。


 振り返ると、そこには非難がましい目でこちらを見下ろす達彦が立っていた。背中付近に出された片足から察するに、蹴られたのだろう。


「こんのバカ! 何考えてんだお前は!? 連中がビビって退散したからよかったものを、そうじゃなかったらどうしてくれるつもりだったんだ、えぇ!? また元の木阿弥じゃねぇか!」


 責めるような、呆れたような声で言う達彦。


 まったくもって正論だ。正論過ぎて耳が痛くなった。


 女子はヌマ高生たちが去った後であるにもかかわらず、未だに顔面蒼白のまま棒立ちしていた。怖い思いをさせてしまったみたいだ。


 要は素直に反省して、


「……ゴメンナサイ。今度からもっと周りを見て行動します」

「……ま、でも結果的に連中は去ってくれたんだから、結果オーライってもんだろ。もう過ぎた話はここまでにして、もう帰ろうぜ」


 要は達彦の意見に頷き、立ち上がった。女子も首を無言で縦に振って賛成を示す。


 そして、三人一緒に出入り口へ歩き出そうとした時だった。




「なんで助けたんですか」




 鴉間のそんな声に引き止められた。


 要は思わず足を止め、振り返った。


 鴉間は背中を丸めてうなだれながら、地面の上で胡坐をかいていた。垂れた前髪と夜の闇のせいで、どんな表情をしているのか全く見えなかった。


 精根尽きたような消沈ぶりをそのままに、鴉間は再度口を開いた。


「なんで、僕を助けたんだ。放っておいた方が、我関せずを決めていた方が苦労しないはずなのに……どうしてあなたは、わざわざ損な選択をしたんだ」


 まるで数日感飲まず食わずで過ごした後のような、低く、枯れ果てた声色だった。


「……情けでもかけたつもりか。周囲の人間から突然裏切られて、挙句に足蹴にされていた僕が哀れに映ったか。憐憫でも抱いたか。そんなに僕は無様だったか」


 とことんひねくれた事を言ってくれる。


 確かに、自分は少なくとも鴉間に同情していた。それは事実だ。


 でも、最終的に自分を突き動かした感情は、同情では断じてなかった。


「……勘違いすんなよ。少なくとも、お前のためじゃあない」


 要はそう前置きをしてから、正直な気持ちを口にした。




「――そうしたかったから、だよ。ただの自己満足」




 そう。自己満足だ。

 そうしたかったから。そうせずにはいられなかったから。そうしないと後で最悪な気分になると思ったから。

 ただ、それだけ。

 哀れみでもなければ正義感でもない。ただ、自分のためにやったことなのだ。


「用はそれだけか? じゃあもう帰るからな。お腹も減ったし」


 要はそうそっけなく告げると、再び鴉間へ背を向ける。


 そして、今度こそ三人で、潮騒公園を後にしたのだった。











 去りゆく工藤要の後ろ姿を、鴉間匡はただただ見つめていた。

 公園から出て姿を消した後も、工藤要が出て行った出入り口から目が離せないでいた。

 全身を覆う鈍い痛みなどすっかり忘れ、呆然としていた。


 頭の中では、先ほど耳にした工藤要の一言が、何度もエコーしていた。


『そうしたかったから、だよ。ただの自己満足』


 この言葉を聞いて、匡はようやく気づいた。自分と彼の、決定的な違いに。


 それは、工藤要が――本当に自分のしたい選択をしていたことだ。


 中学時代に相手チームを貶めて以来、自分は幾度も嘘をつき、そして数多くの騙し打ちを楽しんでいた。

 しかしその一方、心のどこかでそんな行為に迷いを抱いていた。

 でも、今までその事をあえて意識しないようにしていた。

 相手チームに復讐しようと思ったあの時も、心のどこかには「待った」をかけている自分がいた。しかし、それからあえて目を背け、腐った選択肢を選んだ。


 ――怖かったのだ。


 サッカー部時代の時のような真っ直ぐなスタンスを貫いていたら、またいつか小狡い奴に陥れられ、傷ついてしまうかもしれない。

 だったら、ひねくれてしまえばいい。「世の中所詮嘘だらけだ」と無理矢理自分を納得させれば、傷付く心配はなくなる。


 そう。ただ傷付くことが怖かっただけ。


 そんな恐れが、今の嘘つきな鴉間匡を作り出したのだ。


 だからこそ、工藤要に対してあんな八つ当たりのようなことを叫んだのだ。

 自分はかつて工藤要を、奇影拳による真正面からの不意打ちで破っている。

 しかし彼は目には目をという形で、自分を罠にハメて勝ったりはしなかった。まっとうに努力して実力をつけ、その力でもって勝ってみせた。

 自分が本当に進みたかった道を進んでいる者を目の前にして、自分は嫉妬していたのだ。


 しかし、今はそんな嫉妬心を抱いていなかった。


 自分は本当に選びたい選択肢、なりたい自分からそっぽを向いていた。「難しいから。傷付くから」という理由で、汚くて楽な選択肢に耽溺していた。


 しかし工藤要は自分と違い、自分が本当に望む選択肢を選んだに違いない。あそこまでの実力を短期間でつけるのは、決して楽ではなかったはずだ。だが要はその選択肢にしがみつき続け、あの強さを手に入れた。


 そして先ほども、自分の本当に選びたい選択肢からは目を背けなかった。そして、自分を助けてくれた。


 そんな彼を見て、嫉妬心は憧憬に近い感情に変わってしまった。

 そして、思ってしまったのだ――自分も「一番なりたい自分」になりたい、と。


 汚れることも厭わず、地面に大の字で横になった。


「……はははっ」


 思わず、笑みがこぼれる。それは中学時代以来ずっと浮かべた事の無い、清々しい笑みだった。


 『五行社』をクビになり、それに付随してヌマ高での権威も失墜した。


 しかし、タイミング的にはいい断捨離になったかもしれない。


 自分も目指してみよう。一番なりたい自分を。


 匡は目を閉じ、考えた。


 一番なりたい自分、それは――――

読んで下さった皆様、ありがとうございます!


あかん……もう少しコンパクトな文字数で終わらせる予定だったのに、一万字超えてしまった……まだまだ未熟なり(´・ω・`)


次回で第三章は完結となります。

その後、恒例の技紹介に加えて、新規の読書の方のために簡単な登場人物紹介を加えようかと思っております……

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