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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第三章 水行の侵食編
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第十話 辛酸


「――これでよし、っと」


 竜胆は袖をめくって露わになった要の左肩に湿布を貼り付け、一息ついたようにそう呟く。


「あ、ありがと……」


 要は左肩に付着した冷たい感触を確かめながら、やや口ごもった声で礼を告げた。


 現在、要は竜胆とともに、淡水町のドラッグストアの壁際に座っていた。


 鴉間率いるヌマ高生たちのもとを去った後、竜胆のバイクに乗せられてここまで連れてこられた。バイクの相乗りは初めてだったので、走行中は気が気ではなかった。


 到着するや、竜胆は要をこの壁際に座らせてから店の中に入り、しばらくしてから二つのレジ袋を持って戻って来た。その二つのレジ袋のうちの一つには湿布などの薬品が入っており、竜胆はそれを使って手当てをしてくれた。


 そして、現在に至る。


 現在の時間帯は昼過ぎ。太陽は相変わらずさんさんと照りつけていたが、今いる場所は日陰なので比較的涼しかった。


 ハッカ飴にも似た濃厚な薬品臭が鼻をつつく。湿布が貼られた場所は左肩だけでなく、腹部、背中、右肩もだった。全て鴉間に打たれた箇所だ。ダメージに反して打撃を受けた回数はたった四回だったので、患部の位置は正確に覚えていられた。そこへ竜胆に応急処置を施してもらったのだ。それを行っていた時の彼の手つきは、妙に手馴れているような感じが見受けられた。


 隣に腰を下ろしていた竜胆は、薬品が入っていた方とは別の、もう一つの袋をカサリと要に見せつつ、


「昼食だ。君の分もあるけど、よかったら食べるかい? 飲み物もあるよ」

「……いいのか?」

「ああ。ちなみに奢りだから、代金を返す必要はないよ。別に大した物でもないし。どうする?」


 要はしばし逡巡するが、グゥゥ、という音で腹が催促をしだした。おまけにヌマ高の連中と遭遇するまでは水を求めてさまよっていた。それを思い出すと、忘れかけていた喉の渇きも復活した。


「……それじゃ、お言葉に甘えて」


 生理的欲求に従うことにした。


 差し出された袋から自分の分を取り出し、要はまず飲み物のミネラルウォーターに口をつけた。途端、ずっと引きずっていた喉の渇きを早く癒さんとばかりに、意思とは反して体がボトルの中の水をものすごい勢いで飲み込んでいき、あっという間に空となった。


 喉に潤いが生まれた後、食事であるパン二個を口にし始めた。奢ってもらったものだと思うと、すぐに食べきるのがもったいなく感じた。なのでちまちまと少しづつ口にしていく。


 やがて、それも完食する。


「……ごちそうさま」


 そう呟いてから気づいた。


 ――体の痛みがさっきよりも引いている。


 湿布の貼られた部位へしきりに視線を送っているこちらの様子を見て、竜胆はやや得意げに言った。


「もう痛くないだろ?」

「あ、ああ……」

「よかった。君は随分痛がってたけど、外傷は思ったより少なかったみたいだからね。昔、師に習った打ち身への応急処置を行えば、今のとおりさ」

「そっか……」


 要が気の抜けた声で相槌を打つ。鴉間の「虚」を突く攻撃は、人間の意識の隙間を狙って大ダメージを与えるというものだ。受ける痛みこそ凄まじいが、打撃の衝撃自体はそれほど強くなかった。だから外傷が少なかったのだろう。純粋な威力が比較的高めだったのは、背中へ受けた『騰空戳穿』という技と、腹部に打ち込まれた『黒虎出洞』という技くらいだ。


 不意に、竜胆は少し意地悪っぽい笑みを浮かべて告げた。


「――君に負わされた足のケガは、完治まで一週間はかかったけどね」


 ビクッとして、思わず竜胆から距離を取った。


 途端、竜胆は可笑しそうに笑いをこぼしながら、


「はははは、そう身構えなくても、仕返ししようなんて考えてないって。あの時のことはもう気にしてないから」

「ほ、本当かよっ?」

「本当だよ。もしそのつもりなら、あの場で沼黒の連中に加担してるはずだろう?」

「……それもそうか」


 ひとまず肩をなでおろす要。


「今更だけど、竜胆……さん?」

「竜胆で構わないよ」

「じゃあ、竜胆……その、助けてくれてサンキューな。あんたが来てくれなかったら、俺の右腕はポッキリ折れてたと思う」

「うん。どういたしまして」


 軽い調子で頷かれてしまった。


 そんな竜胆に対し、要は力なくこうべを垂れながら問うた。


「……でも、やっぱり疑問なんだよ。どうして俺を助けたのさ? あんたは俺に一回やられてケガまでしてるんだろ? 恨みこそすれ、どうして助けようなんて思えたんだ?」

「そうだねぇ。最初は確かに恨んでたよ。君の事を」


 要はギョッとした顔で身構える。それに対して竜胆は「だから「最初は」だってば」と苦笑混じりにこちらをなだめてから続けた。


「俺はあの時、初めてケンカに負けたんだ。幼少期、「ある人」に授かったこの六合刮脚のおかげで、俺に勝てる奴は素人、格闘技経験者問わず皆無だった。これからも勝ち星は増え続けるのみだろうと考えていた矢先だ――君が現れ、薄氷でありながら勝利を持っていかれたのはね」


 要はふと疑問を持ち、それを素直にぶつけた。


「なあ、あんたに拳法を教えたのって……」

鄧銀雪(とう ぎんせつ)、っていう中国人だよ」


 聞いた事のある名前に驚き、思わず身を乗り出した。


「それって『無影脚』の……!?」

「やっぱり知ってたのか。そう、俺は昔その鄧銀雪に武術の手ほどきを受けたんだ。鄧老師は文化大革命の影響で失伝しかけた六合刮脚門を立て直すため、今も世界中を旅しながら伝承という種を蒔いて回っている。彼はその行為を生きる理由とし、そして死ぬまで続けると言っていたよ。そんな情熱にほだされたのもあるのかな、彼に「学んでみないか?」と勧められた時、自然と頷けたんだ。それに、その頃は俺自身も――「力」を切望していたからね」


 そこで一度言葉を区切ると、竜胆は少し寂しそうに微笑みながら言った。




「工藤君。俺はね――殺人犯の子なんだよ」




 突然の告白に、要は息を呑んだ。


「俺の産んだ女性は、ある政治家の愛人だった。だが彼女は口車にでも乗せられたのか、自分こそ彼の本命であると信じきっていた。だからこそ、自分がその他大勢の情婦の一人に過ぎないということに気がついた時、半狂乱となってその政治家を刺殺したんだ。その後、彼女は警察に捕まり、懲役十年単位の重い刑罰に処せられた。さらに彼女が子供を妊娠していたことが判明。DNA鑑定するまでもなく殺した政治家の子供だった。そして投獄されて間もない時期に臨月に到り、獄中で出産したんだ」

「……まさか」

「そう。その子供が俺さ」


 要は空いた口が塞がらなかった。それほどヘビーな素性を聞いたのは、易宝以来だった気がする。


 何より自分の母親を「母」と呼ばず、「産んだ女性」「彼女」と表現していることが、ひどく切ないことのように思えた。


「俺はその後、彼女の親戚の家に引き取られて育てられた。でも彼女は親族間じゃ鼻つまみ者として扱われていてね、「あの擦れっ枯らしのろくでなしが厄介な「荷物」を押し付けた」って感じで、その子供である俺も良い扱いをされなかったよ。もちろん、食べ物は与えられたし、虐待も受けなかった。けどそれだけだった。周囲から児童虐待だのネグレクトだのと後ろ指を指されない程度の、必要最低限の事しかしてもらえなかったんだ。俺は基本的に家族からは無視されて育った。与えられる服は全て義理の兄弟の古着。玩具はもちろんのこと、ノートも買ってもらえず、学校の授業ではチラシの裏にメモをとってたよ。そんな感じで、俺は家の中では常に冷遇されていたんだ」


 要は憤慨した。


「なんだよそれ……理不尽過ぎやしないか!?」

「仕方がないよ。俺が引き取られたのは、「そうしないと世間体が良くないから」でしかなかったんだ。できることなら、すぐにでも誰かに押し付けたいと考えていただろうさ」


 竜胆は涼しい顔で、さらに苦々しい過去を語る。


「居場所がなかったのは家だけじゃなく、当時通っていた小学校でも同じだった。どこから話が漏れたのか、俺の産みの親が殺人者だということが子供たちにバレてね、「人殺しの子」なんて呼ばれて随分いじめられたもんだよ。教師も助ける助けると言っておきながらも座視してるだけで、助力なんて望むべくもなかった。どこにも自分の居場所がなく、手を差し伸べてくれる人もいない。俺は毎日を(うつろ)な気分で過ごしていた。この状況を打破したい。でも、こんな非力な自分じゃどうしようもない。なんとかしたいと思いつつ、それはできない事なんだと自分を戒めることの繰り返しだった。ちょうどその頃だったんだ――鄧老師が現れ、俺に六合刮脚を授けてくれたのは」


 彼の清涼な笑みの中に、喜色が含まれた。


「鄧老師の指導力は素晴らしかった。子供特有の伸び代の長さも込みで、俺はものすごい速度で六合刮脚を吸収することができたよ。その後、俺はその技を使っていじめの主犯格をまとめてぶっ飛ばしてやった。空いた口が塞がらなくなるほどの完勝ぶりだったよ。そうして以来、学校の奴らは嫌がらせをぱったりやめた。そのかわり周りからは「不良」だの「狂犬」だの「血は争えない」だの遠巻きから言われて露骨に避けられるようになったけど、俺としてはそっちの方が気が楽だった。なにせ、もう絡んでくる奴が一人もいなくなったわけだからね」


 竜胆は懐かしむような顔でさらに語る。


「以来、俺は自分に自信が持てるようになり、家でも学校でも堂々としていられるようになった。お小遣いがもらえなかったから中学生の頃から年齢を偽ってバイトを始めて、それで稼いだ資金でバイクを買った。それを走らせて遊んでいるうちに、同じバイク乗り同士で集まりが生まれた。それがどんどん膨れ上がり、やがて『紅臂会(レッド・アームズ)』というグループが生まれたんだ」

「竜胆……」

「アームズ結成後、俺は突っかかってくる他所のグループとのケンカに興じ続け、そして勝ち続けた。ここでも鄧老師の六合刮脚が非常に重宝したよ。さらに仲間が一人でも痛めつけられたら、その痛めつけた奴へ仕返しするのに全力を注いだ。族の世界はナメられたら終いだからね。ああ、分かってる。確かに俺たちの活動は社会的に褒められたものじゃない。でもアームズは俺にとって初めての、そして大切な「居場所」だった。だからそこを守りたかったんだ。そして、そんなことを繰り返しているうちに、アームズはこの辺りの一大勢力へと成長したんだ」


 聞けば聞くほど、「敵」として以外の竜胆の顔が見えてくる。


『メンバーがやられておいて報復の一つもとらないんじゃ、世間や他のチームに甘く見られるだろう? そうしてズルズルと後続を許してしまうわけだ。これは『紅臂会』が、海線境市の泰斗でい続けるための必要悪なんだよ――俺の居場所を守るためにもね』


 二ヶ月前、闘う前に竜胆の口にした発言が脳裏に蘇った。


 面子を守るため、身内に一人でも手を出されたら多勢を使って報復する――要はこのヤクザじみた組織行動に嫌悪を抱いていた。だが今、その行動の裏にあった彼の気持ちを知ってしまった。なので、彼の行動を必ずしも悪し様に言える自信が無くなってしまった。


「だけどある日、俺はとうとう初めての敗北を知ることとなる――そう、君に負けたからだ。ずっと勝ち続けていた反動かな。当初は悔しくて、そしてこれから更新し続ける予定だった不敗記録を破った君が憎たらしくて仕方なかった。だから足のケガが治った後、いつか君を探し出して復讐するべく、取り憑かれたように修行に没頭した」


 そう言って、竜胆はこちらを真っ直ぐ見つめてくる。


 だが言葉の内容に反して、彼の瞳には妄執や怨恨の色は見られなかった。濁りのない、とても澄み切った目をしていた。


 そして、次の竜胆の発言は、その眼差しの清らかさを裏付けるものだった。


「だがね、復讐のための修行を重ねる日々の中で、俺にある変化が訪れた。雪辱を晴らすための強さを手に入れることよりも、いつの間にか武術そのものが楽しく感じられるようになっていたんだ。そして、そんな気持ちは日を追うごとに強まっていって、気がついた時には「復讐したい」という気持ちそのものが水に溶けたように無くなっていた。さらにその復讐心の代わりとして添え置かれたように、いつの間にかある「夢」ができていた――世界一の蹴り技使いになりたいっていう夢がね」

「世界一の……蹴り技使い?」

「そうさ。鄧老師は己の足を手以上に巧みに使いこなし、そして閃光に等しい速度で操って見せた。俺もそれと同じくらい――いや、それ以上の蹴りを身につけたいと思うようになったんだ。そこまでの境地に至ることができたら、俺は自分と似たような境遇にある子供にこう宣言したい。「どんなに生まれが複雑でも、どんなに周りから冷遇されようと、何か一つ、自分に希望をもたらしてくれる「何か」が必ずある。それを時間をかけて探すんだ」ってさ」


 竜胆の語気には、いつの間にか熱がこもっていた。


「その後、俺はアームズの活動を休止させ、現在は中華街で働きながら修行に没頭している。アームズの仲間たちは一方的に活動を打ち切った俺を責めるどころか、むしろ「頑張ってください」と言って送り出してくれた。あの時は本当に良い仲間を持ったと思ったよ。だからアームズは活動休止はしても、解散はしていない。あそこはいつまで経っても変わらず、俺の「居場所」さ」


 そこまで言い終えた後、


「あ、あはは。ちょっと熱く語り過ぎたか」


 竜胆は頭を掻きながら、少し恥ずかしそうな顔で笑った。


 しかし要は彼の話を、恥ずかしいことだとは思わなかった。


 どういう形であれ、竜胆は自分の夢を見つけることに成功し、そしてそれを叶えるために日々精進している。


 だからこそあんなに強くなっていたのだろう。


 彼のさっきの闘いを思い出してみるといい。蹴りの扱いが二ヶ月前とはまるで別人だった。あれこそ、世界一を目指すといって日々修練を重ねる彼の努力の賜物だろう。




 ――今の自分とは、大違いだ。




 そう思った瞬間、要はようやく自分の心身の状態に気がついた。


 倦怠感のようなものが背中にのしかかり、やけに体が重たい。四肢の関節が錆び付いたように動く気力を失っている。


 鴉間から受けたダメージのせいではない。それらの体調の変化は全て自分の精神状態がもたらしたものだということを、要は胸中をもやもやと曇らせている感情から察することができた。


 心の中に巣食っているものは、怒りでもなく、恐怖でもなく、ましてや悲しみでもなかった。


 ――ぽっかりと穴が穿たれたような喪失感。


「はぁ……」


 意思に反して、ため息が漏れ出てきた。


「どうしたんだい? なんか元気がないね? もしかして、つまらない話をしてしまったかな」


 竜胆の申し訳なさそうな声に対し、要は黙ってかぶりを振ることで「違う」という意思を示した。


 その変な気分は、まだ続く。


 元気を出そうと思っても、まるで枯渇したように気力が起こらない。


 ただただ虚しい心情が、心身から活力を奪っていく。風邪をひいたわけでもないのに体がだるい。


 このひどくダウナーな精神状態はなんなのだろうか。未だかつて経験したことのない、地の底まで沈んで行ってしまいそうな錯覚を覚えるほどの気だるさはなんなのか。


 そもそも、こんな感情を抱いた原因は何なのだろうか。


 ――いや、確かめるまでもないだろう。




 さっきの敗北が原因に違いない。




 鴉間匡との闘いは完全にこちらの負けだ。一撃当てるどころか、指一本すら能動的に触れることが叶わず、無残に地に伏した。自分は心のどこかでそれを気にしているのだ。


 別にケンカで敗れたのは今回が初めてではない。むしろ高校に上がる前は負け続きだった気すらする。


 そういった過去の敗北でも、味わった当初は凹んだり強い悔恨を感じはした。だが今回のこの気だるさは、今まで感じた敗北感とは明らかに異質なものだった。


 負けるのは初めてではない。


 ならばなぜ今更、一つの敗北ごときにここまでこだわっているのか。


 要は思考を巡らせる。しかしいくら考えても、その気だるさを生み出す感情の正体は全くつかめなかった。


「……さっきからどうしたんだい工藤君? 君、なんだか様子が変だ」


 竜胆のそんな訝しむような声が耳に入ったことで、要は思考の世界から現実に帰ってきた。


「え……いや、別になんでもない」

「本当にそうかい? 気づいてないかもしれないけど、今の君、なんだか死んだ魚みたいな目をしてるぜ?」

「……なんだよ、それ」


 真剣に悩んでるところを混ぜっ返された気がしてムッとした要は、目を背けた。


「もし何か困ってるなら、俺が話を聞こうか?」

「…………」

「こう見えて俺は年上で、立派な……と言えるかどうかは分からないけど、一応社会人だ。君よりは多少人生経験の多さには自信がある。だから、何か君の悩みを解決する糸口を掴んでやれるかもしれない」


 竜胆は「それに」と前置してから、言葉をさらに足した。


「今の君は……二ヶ月前、俺に果敢に向かって来た時の君とは似ても似つかない。まるで迷子の子供だ。もう仕返ししようなんて気はないが、かつて負かされた相手がそれだと――俺も自分が情けなくなってしまうよ。だからよかったら、ここはお互いのためだと思って話してくれたまえ」


 要は眠たげな細目で竜胆の顔を見た。


 彼の目には、からかったり、茶化そうとしたりしたがっている感情は見て取れない。ひたすら真摯な光があった。


 かつて敵として対峙した相手のはずなのに、信頼感のようなものが芽生え始めていた。


 気がつくと、要は口を開いていた。


 竜胆は一笑たりともせず、こちらの一言一句へ黙って耳を傾け続けた。


 そうして語り終えると、竜胆は結論づけるような口調で即座に言った。




「おそらく、君の抱く敗北感の種類は――俺が二ヶ月前に味わったのとほぼ同種のものだ」




 要は思わず竜胆の方を振り返る。


「同種……?」

「ああ、多分ね。俺が修行に熱心になったのは、元を正せば君への復讐心ゆえだってことはさっき言ったね? そんな愚かしい感情をまだ抱いていた頃、俺は君の戦績をちょくちょく調べていたんだ。君がどういうタイプの相手との戦いを得意とし、そしてどういうタイプの相手が苦手なのか、そういった事柄が分かれば付け入る隙を見つけられると思ってね。まぁ、君の解決した事件が記事になったというのは調べるまでもなく耳に入ってきたが」


 話を戻そう、と言った上で竜胆は再度弁舌を振るう。


「君が武術家として頭角を現し始めたのは四月からだ。そこから昨日までの戦績を全て調べ上げた結果、ある一つのことが分かった。君は武術家として闘い始めて以来――一度も敗れていなかった」


 頭の中にスパークが走った気がした。


 確かに、竜胆の言うとおりだ。


 自分は武術を学び始めて以来、今まで一回も負けたことがなかった。


 無論、快勝ばかりではない。今隣にいるこの竜胆を含め、傷だらけになることを強いられた相手だっていた。だがどれほど満身創痍のありさまになろうと、最後には実質的な勝利で幕を閉じていた。


 しかし、今回は違う。自分は鴉間に一度も反撃を加えられぬまま、一方的に叩きのめされた。まさしく「完敗」の一言に尽きる闘いだった。


 そこまで考えが到ると、竜胆の言わんとしていることが見えてきた気がした。


「俺が思うに、君のその今まで感じたことがないというダウナーさの理由はそこにある。君はさっきの鴉間匡との一戦で――武術家として初めて敗北、いや、完敗の味を知ったんだ」

「武術家として……始めての完敗」

「そう。初めての敗北感というのは意外と厄介なものでね、これまで勝ち越してきた回数に比例した勢いで襲ってくるものだ。実際俺も君に初敗北して間もない頃は、強いマイナスの感情に支配されたからね。それが原因で武術から足を洗った者も数多い。そしてそれは武芸の才に恵まれ、多く常勝してきた者にほど訪れやすい」


 その言葉には軽々しさや安っぽさが感じられなかった。それはきっと、彼自身も味わった経験だからなのだろう。


 竜胆はおとがいに手を当てると、真剣味を帯びた表情で小さく呟いた。


「これは少し、荒療治が必要かもしれないな……」


 ――荒療治?


 竜胆はおもむろに立ち上がると、


「工藤君、体の痛みはもう平気かい?」

「あ、うん、とりあえずは」

「そうか。それじゃあ……」


 竜胆は細まった双眸でこちらを見下ろしながら、挑戦的な笑みを浮かべて言った。


「工藤君――俺と一戦交えてもらおうか」


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


時間の無さ、突然の不調の二重苦のせいで、一話完成させるのに随分手間取ってしもうた……

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