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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第二章 ボーイミーツガール編
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第十一話 忍び寄る影

 要はそれから、倉橋家のいろんな場所や部屋を見て回ったり、倉橋一家の面々と談笑したりして過ごした。


 屋敷には他にも今まで見たことのないような物がたくさん置いてあり、まるで博物館のようだった。


 菊之丞は仕事のため、途中で席を外してしまった。なので京子と集中的に話をした。


 内容は主に学校での菊子についてだったが、その途中途中で「やっぱり本当は工藤くん、彼氏なんじゃありませんか?」とからかい気味に訊かれる度、恥ずかしさと臨玉の眼光のダブルパンチに難儀した。


 しかし倉橋家で過ごした数時間は、とても楽しいものであったことは確かだった。


 だが、楽しい時間というのは存外あっけなく過ぎていくもので、気がつくとすでに夕方になっていた。


 そろそろ帰らなければならなくなった要は、現在――倉橋家の敷地の真ん中にいた。


「またいらして下さいね、工藤くん」 


 そう言ってきたのは、屋敷を背にして自分と向かい合っている菊子の母、京子だった。その隣には菊子と臨玉もセットで控えている。


 要は快く京子の言葉に頷いてから、臨玉の方を向き、


「夏さん、今日はありがとうございます」

「いいよいいよ。じゃあ、易宝の奴によろしく伝えておいてくれたまえ。もしよければ「アホ」とか「タコ」とか「オタンコナス」とか、好き勝手に修飾しても構わないからね」

「あ、あはは……分かりました」


 要はやや引きつった笑みを浮かべながら承った。


 聞くと、彼と易宝は古くからのケンカ仲間で、昔つるんでいた頃は事あるごとに張り合っていたという。

 十数年前に別れてからは一戦も交えていなかったため、臨玉は少し退屈していたらしい。


 伝言を聞いた易宝がどんな反応をするのか少し恐ろしく感じながら、要はきびすを返そうとすると、


「あ、工藤くん。帰る前に少しいいかしら?」


 ニコニコと笑った京子にそう引き止められた。


「はい、いいですけど、どうしたんですか?」

「ちょっとこちらへいらして?」

「へ? あ、ちょ、ちょっと!?」

 

 要は京子に手を引かれ、その場から数メートル離れた所まで連れていかれた。


 先ほどまでいた場所には、こちらを見て「一体どうしたんだろう」とばかりに首をかしげる菊子と臨玉の姿。


「えっと、京子さん? どうしましたか?」


 とりあえずそう尋ねてみる要。


 だが目の前の京子の表情を見て、緊張感が生まれた。


 今までのような温厚そうな笑みはそこにはなかった。


 代わりにあったのは、一見穏やかそうに見えてどこか哀愁を持ったような、儚げな微笑み。


 要はその表情に、既視感のようなものを覚えた。


「工藤くん……貴方にお願いがあるんです」


 前触れもなく京子の口が開かれ、要は驚いてドキンとしながらも、


「え? お願い、ですか?」

「はい。できればこれからも――あの子のお友達でいてあげて欲しいんです」

「え……」

 

 今度は別の意味で鼓動が高鳴った。


 いきなり真剣な話を持ち出されたため、動揺したのかもしれない。


「あの子、ああ見えて昔はもっと活発で、学校のお友達も多かったんです。でも、小学校高学年の頃から急に変わって、人と関わることに消極的な性格になってしまったんです」

「……そうなんですか?」

「ええ。気がつくとお友達を連れてくることも、お友達と遊んだ話をする機会も全くなくなっちゃって…………わたくし心配だったんです。わたくしと菊之丞さんも親である以上、いずれあの子よりも早くに先立つことになるでしょう。その時、あの子は周りの人たちと上手く関わっていけるのかな、って。やっぱり、人は一人じゃ生きていけないから」


 要は既視感の正体に気づく。


 これは――母親の顔だ。


 子供を好きなように生きさせたいと思う反面、いつも子供の事を心配している。そんな感情が心から漏れ出してこちらへ伝わって来るようだった。


「でも今日、そんなあの子が工藤くんを連れてきて、最初はびっくりしたけど、それと同時に嬉しくて安心したんです……ああ、あの子は人と関われないわけじゃないんだなぁ、って」

「……京子さん」

「手前勝手なお願いかもしれませんが、菊子と――これからも仲良くしてあげてくださいね」


 京子はそう深々と頭を下げてくる。


 ――かぶりを振る理由など、一つも見当たらなかった。


「――はい」


 要は一切の迷いなく返事をした。


 すると顔を上げた京子は表情を一転、茶目っ気を帯びた笑みを浮かべながら、静かに耳打ちしてきた。


『あ、ちなみにわたくし的には、お友達じゃなくて恋人でも全然構いませんわよ』

「え、ええ!?」


 要は思わず声を上げた。恋人って、話が飛躍しすぎでしょ!?


『あら、菊子には魅力を感じないかしら?』

「い、いや、そういうわけじゃ……」

『あの子あんな宇宙服みたいな格好ばかりしたがるけど、髪を上げるとすごく可愛らしい顔してるんですのよ。もしもときめいちゃったら、ガンガンアタックしちゃって構いませんからね? 菊之丞さんと臨玉さんは間違いなく暴走するでしょうが、その時はわたくしが全力でサポートしてさしあげますわ』


 言いたいことを全て言ったのか、京子はうふふ、と口元を押さえて小さく笑いながら要の耳元を離れた。


 一方、要は何を言っていいのかよく分からず、頬に少しの熱を持ったまま黙り込んでいた。


「さぁ、行きましょう? 二人とも待っていますよ」 


 そう軽く背中を押してくる京子の言葉に、要も歩き出し、元いた所へ戻った。


 早速、菊子が、


「工藤くん、お母さんと何話してたの?」

「い、いや、別に。なんでもないよ」


 要はそう適当にごまかしてから、


「そ、それじゃ俺、もう行くな」

「え……う、うん……」


 そんな気落ちしたような菊子の返事を確認すると、要は今度こそきびすを返し、正門まで歩いていく。


 三人との距離がどんどん離れ、その姿が小さくなっていく。それでもまだ敷地の中だ。改めてここの広さを思い知った。


 だがその三人の中で――菊子の姿だけが大きくなってきていた。


 いや、正確には――菊子がこちらへ向かって駆け出してきていた。


 要は思わず足を止める。


 そして、やって来た菊子と向かい合った。


「あ……あのっ」


 菊子は少し息を切らせながらも、こちらを見て意を決したように言った。


「ま――また、来週っ!」


 彼女の声は、今まで聞いた中で一番大きなものだった。


 なんの変哲もない挨拶。


 だが要にはなぜか、それがとても尊いもののように感じた。


「ああ! また飼い主探し頑張ろうな!」


 要は元気よくそう返し、倉橋家を後にした。


 何故だか、とても幸せな気分になれたような気がした。






 ◆◆◆◆◆◆






 同日――某街の繁華街にて。


 軒を連ねるビルディングが放つ無数のネオン光が、煌々と夜の街を照らしている。


 人の往来の音と自動車の駆動音、クラクションが折り重なって、頭がおかしくなりそうな不協和音となる。


 そんな居心地の悪い街中には、騒音など苦にせずバカ陽気な顔で闊歩しているサラリーマンたちがそこかしこにいた。


 人混みの中を歩きながら、そんな彼らを冷ややかに眺める男が一人。

 獲物を探す猛獣のようにギラギラとした鋭い目つき。大柄だが、それでいて無駄な筋肉は一切付いていない研ぎ澄まされた体格。取り憑かれたように修練に明け暮れた結果だった。

 呑気なもんだ――その男、林越(リン・ユエ)は彼らに対してそんな感想を持つ。


 周囲に対する注意がまるでゼロ。背後どころか、横合いにも気を配っていない。あれでは突然刺されても文句は言えまい。


 武術の世界に入り浸ってきた者として、林はそんな連中に軽蔑のようなものすら抱く。


 だが、同時にチョロいと思った。


 確かに、日本(ここ)は世界一安全な国で通ってはいる。


 だがそれゆえに、人々は自分の周囲の危機に無頓着だ。


 大半の人間は大声で「お巡りさん」と叫ぶことが最強の武器だと思っている。愚にもつかない。土壇場でそんな事を叫んでも遅いというのに。


 奴らが危機に対して右往左往しだすのは、決まって事が起きた後からだ。




 ここなら――出だしは楽に事を運べる。




 歩きながら脳裏に浮かべるは、八年前の事。


 人殺しの技を人殺しの技として使おうとしただけなのに、武徳だなんだと綺麗事を並べて一方的に自分を切り捨てたあのクソ野郎。


 とうとう明日――そんなクソ野郎に報復できる。


 心が踊り、我知らず歩調が早くなる。


 そして、白い光を放つコンビニを横切った時、通行人と肩がぶつかった。


「ってえな!! 気ィつけろやこのボキャア!!」


 ぶつかった人間が何やらがなり立てるが、歯牙にもかけずに歩みを進める。


 景気づけに酒でも買って飲もうか。酒が入ればよく眠れる。そして明日に備えて―――


「おいコラァ!! シカトぶっこいてんじゃねぇぞ! ワビ入れろやワビィ!!」


 そう怒鳴りながら後ろから肩を掴んできたのは、先ほどぶつかった男だった。奇妙に飾り込んだ服装や髪、装飾品。いかにもな感じの人物だ。


「うぜぇ、目障りだ」


 林は一切の躊躇なく裏拳を当て、男の顔貌を叩き潰した。


 男はうめき声すら上げられず、深紅の花弁を散らしながら仰向けに倒れた。


 突然の暴力沙汰に周囲はワッとどよもし、一部からは絹を裂くような悲鳴。


 これくらいで騒ぐんじゃねぇ。大袈裟なんだよ。せめて人死にが出てから叫べ。


 林が野次馬を一睨みして追い返そうとした瞬間――あちこちからワラワラと男たちが集まって来た。


 やがてそれは十人を超える集団と化し、林を取り囲む。


「オメー、やってくれたなぁ。俺らの仲間によぉ。いい度胸してんぜ」 

「俺らを誰だと思ってやがる? 舐めてっと死ぬぜ?」

「仲間に手ェ出したんだ。無傷で帰れっと思うんじゃねぇぞ」

 

 連中は指を鳴らしながら口々に告げてくる。いかにも月並みで小物臭いセリフだと思った。


 だが、酒よりもいい景気づけになるかもしれない。


 ――明日に備えて、こいつらで肩慣らしでもしておこうか。


「――ヒヒヒ、面白ぇ。ポリの来ねぇトコ連れてけや」


 林は犬歯を剥き出しにし、呻くように誘いに乗った。









 










「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」 




 地獄に引きずり込まれたような男の絶叫が人気のない路地に響き渡り、ゴミ捨て場に集まっていたカラスが一斉に飛び立つ。


「クヒヒヒャヒャヒャ!! オラ、どうした!? さっきまで勝ったツラしてやがってたくせによぉ!!」


 林は狂気に満ちた表情で、逃げ惑う男の前へ風のように回り込む。男の顔は絶望と恐怖に歪んでいた。


 辺りには、先ほどまで勝気に指を鳴らしていた男たちが雑魚寝していた。皆、打撲痕が模様のように広がっており、中には腕や足がありえない方向へひん曲がった者もいる。


 男は周囲に転がるそんな仲間たちの姿をゾッとした眼差しで捉えると、


「お、お前おかしいよ! ここまでするなんて!」

「ハァ? 何寝ぼけた事言ってんだぁテメェはぁ? 先に俺をここに連れ込んだのはテメェらだろうがよ。この程度で白旗振る根性しかねぇゴミのくせにツッパったのが悪ぃんだよ」 

「わ、分かった! もう白旗揚げる! 降参するから! もうやめてくれよぉ!!」

「ヒヒヒ、やなこった。中国(俺の国)じゃ昔、殺した奴のガキをお情けで生かした事で、成長してから仇討ちされるなんて話はよくあったからなぁ。ここで徹底的に思い知らせねぇと、後々ウザってぇからな」


 枯渇したような絶望の表情を眺めてから、林は閃光のような突きを男の腹部へ叩き込んだ。


「……ぉえぇぇ…………!?」


 体表面だけでなく、その内部にもインパクトを受けた男は、膝を付いて胃の中身を吐き出した。


 不愉快に思った林は、男の肩に回し蹴りを叩き込んで転がす。男はその先にあったゴミ捨て場に入り、そのままぐったりとして動かなくなった。


「ゴミはゴミ捨て場に、ってか? 人間って何ゴミだろうなぁ? ヒヒヒヒ!」 


 そうせせら笑う林の背後から、


「わああああああああ!!」


 そんな恐慌した声が響く。

 

 あと一人残った男が、切羽詰った表情で鉄パイプを振り上げて迫って来ていた。


 鉄パイプは「ブンッ!」と風を切って林に向かって来るが、


「素人が。殺るなら黙って殺れ」


 直撃の瞬間、林の姿が男の背後へと転移する。


 鉄パイプが「カァン!」と地に落ちる前に、林は男の背中に肘を打ち込んだ。

 それを皮切りに、多方向へ閃きのような移動を繰り返しながら打撃を放つ。

 拳、肘、膝、蹴り、鶴頭、頭突き――それらを数珠繋ぎに連環。


 あっという間に、無傷だった男の姿がズタボロになった。


 だが林はまだ終わらせる気はない。


 仰向けに倒れる男の体を何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏みつけにする。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 男は目に涙を浮かべながら、苦痛の叫びを上げる。


 馬鹿な野郎だ。羊のくせに狼を気取るとこうなるんだよ。身をもって思い知れ。


 だが――突然聞こえてきたやかましいサイレン音を耳にし、林は蹴る足を止めた。


 ――さっきの場所の誰かが呼びやがったな。


 林はすぐさま細い脇道へ入り、全速力で立ち去る。


 迂闊だったかもしれない。


 だが、いいウォーミングアップになった。


 ものすごい速度で後ろへ流れていく景色を見ながら、林は思い浮かべる。憎き男の姿形を。


 








 明日、テメェの切歯扼腕する様が目に浮かぶぜ――――夏臨玉。

読んで下さった皆様、ありがとうございます!


次回からは起承転結でいうところの「転」の始まりです。

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