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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達/岳兎佐助
第二章 ボーイミーツガール編
34/112

第十話 神速の拳、走雷拳

「さぁ、もうすぐだよ」


 前を歩く臨玉が告げる。


 要は臨玉と菊子の後ろへ付き、倉橋亭の広大な敷地の一角を歩いていた。


 最初はあの小ぶりなサイズの料理で満腹になるとは思わなかったが、意外と収まるもので、食べきった頃にはすっかりお腹は重くなっていた。


 なので三○分ほど休憩を重ねてから、要は臨玉たちとともに食堂を後にし、現在に至る。


「そういえば倉橋……さんが昔、走雷拳を少しだけ習ったことがあるって聞いたんですけど……教えてたのってやっぱり夏さんなんですか?」 


 要はふと感じた疑問を臨玉に投げかけた。


「そうだよ。僕はほんの短期間だが、お嬢様に稽古をつけたことがある。レディーの護身用としてね」

「でも、わたしがどんくさかったから、続かなかったんだけどね」

「いいえお嬢様!!」


 突如声を大にした臨玉に、要はビクッとする。


「全てはこの……この夏臨玉が、非情になれなかったからです! 決してお嬢様の責任ではございません!」

「で、でも、先に根を上げちゃったのはわたしからだし……」

「いいえいいえ! 西洋薄雪草のように可憐で儚げなお嬢様に苦行を強いているという事実に、この臨玉めが耐えられなかったのです! お嬢様が言わずとも、近いうちに私が拒絶したことでしょう!」


 臨玉はキュッと胸を押さえ、何かに対して怯えるように身悶えする。それを「落ち着いて、落ち着いて」と横からなだめに入る菊子。


 なるほど、家族だからか――要はそんな二人を見て冷静に納得した。


 いつだったか、茶の席で易宝に聞いたことがある。「家族間の武術の伝承は成功しにくい」と。


 武術の修行とは苦行を重ね、自己の身体能力を高めるものだ。だがその師弟が家族同士だと、片側が苦痛を受ける様子に我慢ができないという身内の情が邪魔して、うまく伝承できないことが少なからずあるという。


 だがそれは決して恥ずかしい事ではない。「苦しませたくない」という気持ちは、逆に考えればそれだけその者への愛情が強いというだけのことなのだ。武術を教える時は、そんな気持ちとどう折り合いをつけるかが勝負だという。


 臨玉は菊子を自分の本当の娘のように可愛く思っている。師としての心より、それが大きく勝ったのだろう。


 しばらくして、ようやく心の痛みから回復した臨玉が、


「しかし、そんなことを聞いてきたところを見ると、もしかして君も走雷拳を習いたいのかい?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて、ただどういう拳法か興味があるだけです。それに俺、もう他の拳法習ってますし……」

「まぁ、色々な門派に興味を持つことは別に咎めるべきことではないし、僕としては問題ないよ。ところで、君の習ってる門派とは?」

「崩陣拳、っていう拳法です」


 何気ない口調でそう答えた瞬間――臨玉はものすごい勢いでこちらを振り返った。


「なっ………………!」


 そして、まるで信じられないものを目の当たりにしたような表情で、自分の姿を眼鏡の奥の瞳に映した。


 その尋常ならざる反応に、要の中にもつられて緊張感が生まれる。一体どうしたんだろう。


 だがしばらくすると、臨玉が何かを悟ったように表情を緩め、


「そうか…………この子が鞘を持つ……」


 小さく何かを呟いた。


「え?」要は首をかしげる。


「え、ああ、何でもないよ。さあ、そろそろ着くよ」 


 臨玉はまるで何かを誤魔化すようにきびすを返し、再び歩き始めた。


 よく分からないが、考えても仕方がないと思い、菊子とともにその後へ続いた。


 そしてそれからすぐに、ある一つの小さな建物が見えてきた。


 先ほどの屋敷の他に、敷地内にいくつかある小さな離れの一つだった。縦長に伸びた一階建てで、角度の優しい三角屋根は伝統的な日本家屋に使うような瓦でウロコのように覆われている。西洋風の造りであった屋敷と同じ敷地にあると思うと、少しちぐはぐに感じた。


 引き戸を開けて中に入ると、そこには武道場が広がっていた。


「ここで構わないね?」 


 革靴を整然と脱ぎ、ソックスで道場に足を踏み入れた臨玉の問いに要は「はい」と軽く返事をしてから、菊子と一緒に靴を脱いで中へ入った。


 ペタペタと道場を歩く自分と菊子の足音。臨玉の足元からはそれが一切聞こえてこない。まるで実体のない幽霊が歩いているような違和感を感じた。


 道場の真ん中辺りまで来ると、臨玉はストップする。合わせて二人も立ち止まった。


 臨玉はきびすを返し、そして言った。


「さて、始めようか――これから走雷拳について可能な範囲までレクチャーしよう。まずはこの拳の大まかな概要から。工藤くん、だったね? 君はこの門派についてどの程度ご存知だい?」

「えっと……とんでもなく速い歩法で敵を翻弄して倒す拳法、くらいしか……」

「まあ、大雑把に言うならそれで概ね正解だ。そう、この拳は目で追えないほどの速度で歩行し、そして反撃の隙すら与えずに敵を打倒することを目的に作られたものだ。だがこの門派の売りは速さだけではない。それ以外の面にも工夫が為されている。論より証拠、まずはこの拳の命ともいえる身法を見せようか」


 臨玉はやや腰を落とし、体の右半分を前に出した半身の体勢となる。右手を前に、そして左手を脇に置いて構えた。


 見た感じ、なんの変哲もない構えだが、それを形作る臨玉は堂にいっていた。腰が据わっていて山のような安定感がある。長年の修練の結果だろうか。


 だが次の瞬間、その臨玉の立ち位置が――その場所から遠く離れた道場の端に変わった。


「……!」


 思わず息を呑む要。


 屋敷で見た時と同じだった。


 さっきまで構えていた場所から突然フッと消えたと思った瞬間には、臨玉はすでに道場の端へと立っていたのだ。


 まるで途中経過は作らず、立っている座標位置だけを変えたかのようなテレポートじみた動き。


 そして、そう考えていた要のすぐ目の前にも――臨玉の執事服が突然パッと現れた。


「うわ!!」


 要は思わず腰を抜かして尻餅を付いてしまった。


「驚かせてすまないね。立てるかい?」 


 そう手を差し伸べてきた臨玉。要は何も言えずにこくこくと頷きながら、その手を受け取り立ち上がる。


 菊子を見た。苦笑こそしているものの、自分と違ってそれほど驚いている様子はない。見慣れているのだろうか。


「どうだい工藤くん、感想は?」

「……なんちゅーか……速いなんてレベルじゃありません。まるでテレポートでした」

「そうか。だが、これは断じて超能力ではない。れっきとした身体操作さ」


 要は思わず目を見開いた。


「身体操作……? 人間にあんな動きができるもんなんですか?」

「可能だよ。この身法―――『游身(ゆうしん)』ならね」


 そう前置きし、臨玉は再び半身の構えを取った。


「『游身』は、無駄のない動きを「等速」で行う身法なんだ」

「等速……ですか?」

「そうだ。途中で速度が途切れる事なく、スーッと流れるように同じスピードを維持して歩法を行う。学び始めの頃は亀のように遅い等速でそれを行い、月日が経つにつれてその等速の固定値をほんの少しづつ上げていく。そうやって長い年月をかけて徐々に徐々に速度を伸ばし、やがて目にも止まらぬ疾さ、すなわち――神速へと至るんだ」


 つまり、同じ速度による運動を体に慣らし、そこからさらに速度を上げてそれも体に馴染ませ、さらに速くしていく……ということを繰り返して、最終的にあのとんでもないスピードを出せるようになるに至るわけだ。


 無茶苦茶な理屈に思えるが、それをすでに現実で見てしまっているため、頭ごなしに存在を否定することはためらわれた。


 臨玉は続ける。


「この身法において最も大事なものは二つ。先ほど言った「等速運動」と、その等速運動に断絶を生まない――「ロスのない体捌き」だ」

「ロスのない?」

「そう。何度もいうけど、この歩法は固定されたスピードを流れるように維持して歩き続ける「等速運動」を何より大事なものとしている。長い年月をかけて、その等速運動の固定速度を少しづつ上げて、慣らし、そして上げてまた慣らすということを何度も繰り返して、最後にはさっきのような君が言う「まるでテレポートのような速さ」を獲得する。だが、この積み重ねを確実に成り立たせるのは、現代人の行っている歩き方では不可能だ。なぜなら彼らの歩き方には、『游身』に必要不可欠な「等速運動」の途中で速度の断絶を生んでしまう動作が幾つもあるからだ。なので『游身』では、それらの「余計な動作」を徹底的に省いた体捌きを用い、神速を目指すんだ。それじゃ、軽くやって見せようか」


 臨玉は先ほどと同じ半身の体勢を取る。


 そして、その状態のまま人差し指を一本立ててから、講義を再開する。


「まずは手足の出し方から。手足は同じ側のソレを体の半分とともに交互に出して歩いていく。普通の人は反対側の手足同士を出して歩くものだが、それだと腰に「ひねり」が生まれてしまう。この歩き方の場合、腰を左右交互にひねるわけだが、片方にひねり切った後に反対側へひねり返す時、先にひねった力の勢いがまだ残っているため、それを打ち消すために必要以上の力を入れてひねり返す必要がある。『游身』において、これは腰に負担をかけるだけでなく、身法を行う体に余計な緊張を生んで「等速運動」に断絶を作ってしまう。なので『游身』では同じ側の手足を同時に出す事で、その「腰のひねり」を生まないように歩くんだ。日本でいう「ナンバ歩き」というやつかな」


 臨玉がVサインよろしくもう一本指を立て、


「もう一つは、前足の着地についてだ。普通の人は前に出した足裏を着地させる時、最初に踵を付けてから残りも地に付けるだろう? これもいけない。なぜならその着地方法だと「踵を付ける」「残りも着地させる」という2テンポになってしまうからだ。足裏を着地させる一動作に2テンポをかけているようだと、そのうちの1テンポがタイムロスになって「等速運動」に断絶が生まれる。なので『游身』では、着地の際は足裏を地面と並行に落下させ「足を地面に付ける」だけの1テンポに省略し、その断絶を無くす。これは「平起平落(へいきへいらく)」と呼ばれる、中国拳法の八卦掌でも特に大事にされている要訣だよ」


 臨玉は三本目の指を立てて続けた。


「だが、これだけではまだ足りない。あともう一工夫必要だ。それは――瞬発力を使わないこと。普通の人は走る時も歩く時も、後ろ足で地を蹴って進むだろう? だが『游身』においてそれは最高にナンセンスだ。瞬発力というのは確かに一瞬はとんでもない速さを得られるかもしれないが、その直前に下半身の「タメ」が大なり小なり必ず存在する。そしてそれは一○○パーセント「等速運動」の断絶となり得る」


 瞬発の際は下半身に「タメ」ができる――いつだったか、我が師にも言われた気がする。


「なので『游身』ではそれは使わずに、眉間の中心と、肩、肘、手首、股関節、膝、足首全てが―――「進む方向から引っ張られる」イメージを浮かべながら足を進める」

「どうしてですか?」

「体から重さを無くし、全身を軽やかに動かすためさ。例えば、眉間の中心には「印堂(いんどう)」と呼ばれる経穴(けいけつ)があり、そこが「頭」という重いパーツの重量が最もかかりやすい場所なんだ。さらに肩、肘、手首といった関節は「腕」という重いパーツの一部一部を連結し、ぶら下げている。そして足を構成する股関節、膝、足首は、「上半身」という重いパーツの集合体を支え、そしてそれら各々では「足」の一部一部も支えている――分かるかい? これらは全て、自重の負荷が集中した場所の集まりなんだ。『游身』ではそんな「重さの集まり」が同時に前へ引っ張られるイメージを浮かべることで、まるで全身に滑車が付いたかのように体が軽くなり、スムーズな足運びと体捌きが可能となるんだ。太極拳でも関節の張力を利用して素早く移動、跳躍する身体操作法が存在するが、それと似た理屈だ」


 そして臨玉は三本立てた指を戻し、再び構えに集中した。


 そして――動き出す。


 頭の高さを変えず、非常に緩やかな速度を一定に保ちながら、粘りのある体捌きで徐々に、徐々に、前へ進む。


「「腰をひねらず歩く」「平起平落」「地を蹴らず、「重さの集まり」が引っ張られるイメージをしながら足を出す」――これら三つを全て遵守した上で「等速運動」を行い、」


 臨玉の速度が上がった。


「そして長い年月をかけ、その「等速」の固定値を一滴一滴の雫のごとく積み重ねていき――」


 さらに上がる。


「繰り返して、繰り返して、繰り返して――」


 急上昇。そして――


「やがて――「神速」へと至るっ!」


 ――消えた。


「あ、あれ? 夏さん? どこ?」 


 要は左右に首を巡らせていると、


「――呼んだかい?」


 すぐ真後ろから、尋ね人の声がかかった。


「わ!!」要は思わず跳び上がり、後ろを振り向くとそこには執事服。見上げると涼しげな臨玉の顔。


「これが『游身』だ。これは今のような直進だけでなく、あらゆる方向へ進む練習をする。なので先制攻撃を仕掛けるのにも、回り込むのにも使える。おまけにこれの一歩一歩は重心移動だから、踏み込みに正拳や肘打ち、体当たりなども乗せて打ち込むことができる。どうだい? お気に召したかな?」

「……はいっ、凄いです!」


 元気よく返事をした要。最初こそ驚いたが、それはすぐに感嘆に変わった。


 臨玉もまんざらでもなさそうな表情で頬を掻く。


 要は菊子へ矛先を変え、


「倉橋、今日は連れてきてくれてありがとう!」

「へっ? う、うん……どういたしまして」


 菊子はややびっくりした様子で頷く。


 だがそこで、彼女はふと何かを思いついたような仕草をしてから、臨玉に尋ねた。


「あ、ところで臨玉さん、わたしが昔少しやってた時から思っていたんですけど、「イメージ」をするのって、何か意味があるんでしょうか……?」


 ――そういえば。


 要もそこが気になった。


 確かに「「重さの集まり」が引っ張られるイメージをしながら……」とはいうが、それで体に影響が出るものなのだろうか。


 臨玉は気さくに笑顔を見せ、


「はい。大いにありますよお嬢様。まず、人間の筋肉がどのように動いているのかは、ラブリーな上に頭の良いお嬢様ならお分かりですよね?」

「えっと……脳からの電気指令を受けて、その指令の通りに伸び縮みする……だったかな……?」

「正解です。おっしゃる通り、筋肉は脳の命令を電気信号としてキャッチし、その命令の通りに動いています」

「えっと、それがどうしたんですか?」


 そう訊いた要に、臨玉は軽く向き、


「「イメージ」というのも、脳が行っている活動の一つだ。そして同じ脳の活動である以上、動作中に思い浮かべる「イメージ」というのは、その動きに少なからぬ効力をもたらす。中国には動物の動きを模した数多くの武術や技が存在するが、それはただの真似事ではなく、動きに「動物のイメージ」を添付することで、その動作の威力やクオリティを向上させるように工夫がなされているんだ。そのように、動作に影響を与えるイメージングのことを――我々武林の人間は『意念(いねん)』と呼んでいる。『游身』の「引っ張られるイメージ」とは、その『意念』に当たるものだ。君の使う崩陣拳にも『意念』を使った身体操作法があったはずだが、そのうち教わるだろうね」

「そ、そうなんですか……」


 納得して、要はそこでハッと気づく。


 ――この人、崩陣拳を知っている?


 先ほど自分の拳法のことを教えた時にも、尋常じゃない驚き方をしていた。今にして思えば、あれは何かしらの心当たりがなければできない反応だ。


 そんな自分の胸中など気づく様子もなく、臨玉は説明を続行した。


「そして走雷拳には、その『意念』を利用した打法も存在する。いい機会だ、少し見せてあげよう。ちょっとここで待っていてくれたまえ」


 そう告げると、臨玉は道場の壁にある鉄の引き戸へ歩み寄り、開けてその中へ入った。倉庫のようだ。


 中からガチャンガチャン、という、物を漁るような音が何度か響く。


 そして数秒後、臨玉は中からスタンド付きの古びたサンドバッグを抱えて戻って来る。ぶら下げて使うタイプのものだった。


 そのスタンドをきっちり立ててから再び倉庫へ風のように戻り、今度は設置型のサンドバッグを持って引き返してきた。一つ目のものよりやや新品だ。


 鎖に吊るされ、小さく揺れるスタンド付きサンドバッグの隣に、その設置型サンドバッグを密着させて置く。


 三人の目の前には――あっという間に二つのサンドバッグが用意された。


「臨玉さん、二つもどうするんですか? 一つだけで十分なんじゃ……」

「いいえお嬢様。これで良いのです。今から面白いものを見せましょう」


 言うと、臨玉はくっついた二つのサンドバッグのうち、ぶら下がっている方の前に立った。


 一体何をするのだろうか。要はそれを固唾を呑んでただ見守る。


 道場の中が、しばしの間静寂に包まれる。不思議とそれは心地よかった。


 だがやがて――それは破られる。


 臨玉が踏み込みとともに、針のような鋭い正拳をサンドバッグに叩き込んだ。


 さっきの『游身』同様、動作の始めから終わりまでの過程が省略されたかのごとき速度で打ち込まれたソレは、「パァン!」という破裂音じみた音で道場の空気を揺さぶった。


 ――それを受けたサンドバッグはどうなったのか。


 普通に考えれば、その拳を受けたサンドバッグは衝撃で大きくブランコのように動き、隣にくっついていた設置型サンドバッグはそれに巻き込まれて横倒しになる。


 だが、目の前の映像は、そんな常識とは一八○度違ったものだった。


 拳の刺さっているサンドバッグは、ほとんど揺れを見せていない。


 だが代わりに、その真後ろにくっついていた設置型サンドバッグが―――大きく「く」の字に曲がって遥か遠くへ弾き飛ばされていた。


 不格好にひしゃげた姿で宙を舞うサンドバッグを、要は呆けたように眺めていた。その時間が永遠だと錯覚しそうなほどに。


 だがやがてそれが壁にぶつかる「バコンッ」という音とともに、我に返った。


「な……何ですか今の……!?」


 要は恐る恐る問うた。


 普通なら、突きをダイレクトに受けたサンドバッグの方が激しく動くはずだ。だがそうはならず、そのインパクトを肩代わりしたかのように、「真後ろ」に置いてあったサンドバッグがとてつもない勢いで吹っ飛んだのだ。どう考えたっておかしいだろう。


 隣の菊子も絶句して固まっていた。こればかりは見慣れていないようだ。


「『意念』を使ったんだよ。「放った拳が対象を突き破り、遥か彼方へ飛んでいく意念」を使いながら動作を行ったことで、関節や筋繊維の伸びを制限するリミッターが外れ、突きの鋭さが増して浸透力を得たんだ。そして、当たった相手の体内に衝撃の数割を浸透させて大ダメージを与えることができるようになった。『浸透勁』という打法だね。僕が突いたサンドバッグが「人間の皮膚」なら、飛んでいったサンドバッグは「内蔵」ってところかな」


 それを聞いて、要は驚きと同時に総毛立った。こんなものを打ち込まれたらひとたまりもない。


 易宝から説明された時はいまいちピンと来なかったが、今それを目の当たりにして、初めてその恐ろしさが分かった気がした。


「まあ、このように『意念』は、技に少なからずの力と効果を与え、より強力なものとできる技術だ。そしてこういった技術は危険なものが多いため、各門派では「秘伝」のカテゴリーに位置する高等技術なのさ」

「ええっ? そんなものを他門人(よそもの)の俺に教えて大丈夫なんですか?」


 臨玉はおかしそうに笑いながら言った。


「ははは、大丈夫だよ。僕はそんなに閉鎖的な方ではないし、それに方法を教えたところで簡単に真似できるものでもないし。老師がちょくちょく手直しをしないと身に付くものではないよ」


「あ、そうだ」と臨玉は手を叩くと、


「ついでだからこれも教えておこうかな。実は僕は君の師――劉易宝とは古くからの知り合いなんだよ」

「そうなんですか!?」


 我が師の名が突然口に出され、要は思わず身を乗り出す。


「ああ。君の武術が崩陣拳だと聞いた瞬間、即座に奴の顔が頭に浮かんだよ。崩陣拳を身につけた武術家で、ましてや弟子を取ろうとしていた人物なんていうのは、武林広しといえど奴くらいしか知らないし」


 臨玉はそう言うと、要の両肩に手を置き、


「物は相談なんだが工藤要くん、君に奴へ……易宝の奴へ伝言を頼みたいんだが、お願いできるかい?」

「え? あ、はい、大丈夫ですけど……」

「オーケー、それじゃ――奴にこう伝えておいてくれたまえ」


 ギリッ。要の両肩を掴む手の握力が微かに強くなる。


 そして心なしか――彼の周囲からは薄い殺気のようなものが漂っていた。


 臨玉は挑戦的に口の端を歪めながら言った。


「「386勝385敗72引き分け。僕が一勝リード中だ。早く来ないと死んで勝ち逃げするよ」だ―――頼んだよ」


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


今回は完全に説明回でしたね。

大事な点は繰り返し強調しておりますが、くどく感じてしまった方は申し訳ないです{(-_-)}

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