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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第二章 ボーイミーツガール編
31/112

第七話 ナイト役

「おい、あれ見ろ……」「ヌマ高の連中だ……」「マジかよ……」「みんな顔コエーな……人一人は殺してそうだ」「しかも見ろ、あれってヌマ高の番格じゃないか……?」「バカ、ヤベェぞ、目合わせんな。殺されるぜ」「何でシオ高に来るんだ……?」「シオ高の誰かがなんかやったのか?」「マジ? 一体誰だよ、そんなバカは」「おい、あれ見ろ、工藤要だ」「ええっ? あの熊殺しの?」「アホかお前、あんな噂マジに信じてんのかよ」「信じてねーよ、言ってみただけだ」「でも、『紅臂会(レッド・アームズ)』のヘッドをぶちのめしたってのはマジらしいぜ?」「マジで? ヤバくね?」「もしかして今度はヌマ高とやらかしたのか?」「見かけによらずアウトローだな」「呑気に言ってる場合かよ? 俺らにとばっちり来ねーだろーな?」


 周囲のシオ高生たちは、校門に立ちふさがるヌマ高生の集団を遠巻きから見てざわついていた。


 校門を塞ぐ紺、紺、紺の軍勢。その色をまとうのは邪悪な顔つきの大柄な男たち。そのうちの数人は角材や金属バットを片手に握っている。

 

 そしてその集団の中心には、他と比べて一際体格のいい男が仁王立ちしていた。

 岩石のように厳つく、そして剣呑な顔立ちが、オールバックになった髪によって露わになっている。肩幅の広さもそうだが、特に身長が壁のように長大だった。達彦を遥かに超えている。おそらく、一九〇センチ以上だろう。


 その大男の鋭角的な目は――真っ直ぐ要へと向けられていた。


「…………何か用?」


 要は怯えた様子の菊子を片腕で庇いながら、警戒心を携えて目の前の集団に訊いた。


 すると、先頭の大男がそれに答えた。


「――初めまして。俺ぁヌマ高の頭張ってる岩国(いわくに)ってモンだ。よろしくな」


 岩国と名乗ったその大男は、指をパキパキと子気味良く鳴らしながらさらに続ける。


「単刀直入に言うけどよ、オメェ――ギリギリ死なねェ程度にボコられてくんねぇかな?」


 それを聞いた瞬間、要は警戒心をさらに色濃くしながら、


「藪から棒に何言ってんだ? なんでそんな事されなくちゃなんねーんだよ」

「その答えはオメェが一番ご存知のはずだろ? 工藤要さんよ」


 コイツ、なんで俺の名前を――そう思った瞬間、その「理由」が視界の端に写った。

 紺の制服の大群の中に、見覚えのある顔が三つあったのだ。


「あ…………」


 隣の菊子がその三人を見て息を飲み、一歩後ずさった。当然の反応だ。菊子も知っている顔なのだから。


 その三人は、数日前、河川敷で要とやりあった連中だった。


「……敵討ちってわけか?」


 要が睨みをきかせながら岩国に確認をとると、


「ご名答…………だが決してこのバカ共のためじゃねぇ、ガッコのためだ」

「学校?」

「そうよ。沼黒高校(ウチのガッコ)のこと少しは聞いたことあんだろ? 偏差値と大学進学率はこの辺じゃ最底辺、部活でもパッとしねぇ、金さえ払えばモーマンタイで入学できるボンクラの集まりだ。そんな俺らが唯一誇れるモンといったらケンカしかねぇ。だからソイツでナメられたらシメーなんだよ。最近ポッと出のテメーなんぞには特にな」


 …………アームズみたいなこと言いやがって。これだから不良って奴は。


「それにしても……本当にこんなチビたガキが、アームズの竜胆をぶちのめしたっていう工藤要なのか? ――おいオメェら!」


 岩国の一喝を受け、三人が兵隊のようにビシッと背筋を伸ばして答え始める。


「オ、オス!」

「見た目はこんなッスけど、動きが普通じゃありませんッした!」

「それに、変な技を使います!」


 口々に発せられた三人の言葉に、岩国はしばらく考える仕草を見せてから、


「ま、いいだろ。どういったやり方であれ――コイツをぶっ殺せばウチにも箔が付くってもんだ」


 そう言って、岩国は一歩前へ踏み出す。するとそれに付随する形で、後ろのヌマ高生たちも前へ出た。


「おっと、多対一はセコイとか寝言吐かすなよ工藤要。コイツはケンカだ。人数均等でルール有りのスポーツと違って、どんなド汚ぇ手を使ってもそれは「作戦」なんだよ。人間ってな集団で獲物を狩る生き物だからな、むしろこれが自然な姿だ」


 …………悔しいが、コイツの言うことは間違っていない。

 いつだったか、易宝にも同じようなことを言われたことがある――ルールのない無秩序な戦いにおいて「集団で一人を襲うのは卑怯だ」というのは綺麗事でしかない、と。

 ケンカも戦争も、物を言うのは「数」だ。


 だが――今問題なのはそっちではない。


「勘弁しろよ。こっちは見ての通り女連れなんだから」


 要はそう言って、菊子の存在を手で示して強調する。

 

「はぁ? そっちの事情なんざ知ったことかよ」


 岩国が嘲笑しながら吐き捨てると、ヌマ高生の一人が急に挙手して声高に発言した。


「はいっ、岩国さん! 俺いいこと思いついたッス! どうせならその女人質に取っちまいましょうよ! そうすりゃ、そのチビもうかつに手が出しづらくなるかもじゃないッスか? 相手はあの竜胆をぶちのめした奴ッスから、念には念を、って感じで」


 岩国はニヤァッと笑い「そりゃいいな、お前天才」と賛同した。


 菊子が「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、身構える。要はそんな彼女を自分の真後ろへ隠し、


「おい――ふざけんなよ」 


 怒気と不快感を隠す事なく、岩国を強く睨めつける。


「……へぇ。少しはいい目するじゃねェか。だが、さすがのテメェでもこの人数相手にどう頑張るよ? 棒切れ持った奴だっていんぜ?」 


 岩国たちが再びジリッ、と一歩距離を縮めてくる。


 要はざっと胸勘定した。間違いなく十人は超えている。そのうち数人が武器持ち。

 この間のように素手三人ならまだなんとかなったが、今回は正面からマトモにやりあって勝てる戦力ではない。


 ――こういう時は、どうすればいいか。


 確かに自分は「集団で来られても文句は言えない」と教わっている。


 だがそのほかに――もう一つ教わっていた。


 それを思い出した要は意を決し、片手に持っているコーラボトルを力いっぱい薙ぎ払った。中に入ったコーラの液体が、前方の集団へ向けて広く拡散する。


『うわっ!?』


 顔面にコーラをピシャリと浴びたヌマ高生たちは、目を押さえて一瞬、硬直した。


「――今だ、走れ!」

「きゃっ」


 その一瞬の隙を突き、要は菊子の手を引いてヌマ高生たちの横をダッシュで通り過ぎ、校門の外へ飛び出した。


「――こんのドカスがぁぁーー!!」


 一番早く回復したヌマ高生が、憤怒の形相で手を伸ばし追いかけて来るが、


「そらっ!」


 要はその男の足の向かう先に、空になったボトルを転がした。


 男は慌てて止まろうとしたが、走りの慣性を殺せずにボトルを踏んづけてしまい、それに足元を取られて地面に転倒した。


 狙い通りの結果にガッツポーズをしたい衝動に駆られるが、そんな暇はない。要は菊子の手を引いて全速力で走り続ける。


「鞄は俺が持つ! 貸せ!」


 答えを聞く前に、菊子から鞄をひったくって脇に抱えた。


 数秒後、男たちの怒号や罵声が後方からどよもしてくる。振り返ると、岩国を始めとするヌマ高生たちが本気の顔で追いかけて来ていた。

 だが、こちらとの距離は大きく離れている。スタートでこれだけ差を作れれば十分だ。

 

「ごめん倉橋。コーラ無駄にしちゃって」

「はぁ、はぁ、い、いえ……」


 手を引かれて走る菊子は、若干の息切れを交えてそう返す。


 重複し合う二人分の息遣いを耳にしながら、要は走り続ける。


 確かに、集団で一人を攻めることは「悪」ではない。


 だが――そこから逃げることもまた「恥」ではないのだ。


 不利な状況になったら、迷わず逃げる。これも一つの作戦だ。





 






 とはいえ、ああいった手合いはとにかくしつこいものだ。逃げ続けるだけではあっという間にスタミナが尽きて、そのまま捕まってしまう。

 自分だけならまだいいが、今回は菊子も巻き込んでしまっている。彼女の体力を考慮すると、あまり長時間走るのは気が引けた。


 なので、二人は数分間必死で逃げ続け、現在、路地裏の行き止まりに隠れていた。夕方の日陰のせいで薄暗く、人が三人並んで通れるか通れないか程度の横幅しかない狭い一本道だった。


 要は持っていた二人分の鞄をドサリと地面に置き、


「ふう…………散々走らせてごめんな、倉橋」

「はぁ……はぁ……はぁ……う……ううん……」


 割と落ち着いている要とは別に、菊子は両の膝小僧に手を置き、間隔の短い呼吸を繰り返していた。どうやら要の判断は正しかったようだ。


 最初は駅まで行って、せめて菊子だけは逃がそうと思ったが、その考えはお見通しだったようだ。駅前に数人のヌマ高生が先回りしているのが見えて、二人は慌てて別の道へ走り去った。ヤンキーのくせに無駄に組織だった行動である。


「このまま……諦めてくれるといいんだけど…………」


 ある程度息が落ち着いた後、菊子がぼそりと呟く。


 確かに、それが一番理想的だ。ここでずっと隠れ続け、連中がバカらしくなって帰るのを待つ。そうすれば、無駄なケンカはしなくていいし、菊子を危険な目にあわせずにも済む。


 とはいえ、こういう時はポジティブシンキングだけでは危ない。万が一の事も想定するに越したことはない。


「なぁ、倉橋って戦えるタイプ?」

「へっ?」


 不意にやって来た質問に、菊子はぽかんとする。分かりきった事かもしれないが、一応聞いておきたかった。


「そ、それってどういうことかな……」

「いや、なんか武道とか格闘技ができるか、って意味の質問だよ」

「えっと…………ちっちゃい頃にちょっとだけ習った事があるけど……もう忘れちゃった……」

「そっか、ありがとう」


 ならばやはり、自分がこのお姫様のナイト役を務めなければならないのだ。

 自分の役割の重要性をしっかりと再確認した要は、一層気を引き締めた。


「ねえ、工藤くん……」

「ん?」

「本当に隠れる場所、ここでいいのかな……? もしも見つかっちゃったら、逃げられなくなっちゃうんじゃ…………」


 菊子がごもっともな意見を言ってくる。


「大丈夫」


 要は少しも逡巡せずに答えてみせた。

 そう、ここでいいのだ。


 ここなら、たとえ見つかったとしても――適切に対応できる。


 やがて、紺の制服を着た男の姿が通路に見えた。


 脇道にいる要と、その男の目が合う。


「いやがったぞ! おい、お前ら! 工藤要はここだ!」


 男は脇道(こちら)を指差しながら、胴間声を張り上げてそう知らせる。

 

 仲間の遠吠えを聞きつけたオオカミよろしく、あっという間にヌマ高生たちが集まって来た。


 ある程度数が集まると、ヌマ高生が早速一人、こちらへ向かってきた。


「下がってろ、倉橋っ!!」


 菊子は「う、うんっ」と頷き、一番奥の壁にぴったりと避難した。

 それを確認した要は、安心して眼前の敵を睨む。


 そして、半身になり、『百戦不殆式』の構えをとった。防御の後、すぐさまあらゆる一手へと繋ぐ事のできる構え。

 今回は手加減なしで行くぞ。


「らぁ!!」


 男が突き出してきた拳に、要は前の手を滑らせて受け流しつつ、するりと懐へ潜り込んだ。


 男に驚愕する暇すら与えず、要は全身のエネルギーを込めた正拳を深々と突き込んだ――『開拳』。


「けはっ――!」


 ぱっくり開いた口元から唾液の飛沫をかすかに立て、余剰の衝撃で思い切り後方へ吹っ飛ぶ男。


 次に行く予定だった後ろの仲間に激突し、その通行を妨害する。


「邪魔だ、どけ!」


 次の相手はそれを無理矢理端へ退かしてから、要へ迫り来る。


 横から弧を描いて振り出された拳を、要はそちらへ両腕を向けてガードした。

 腕に伝わる膂力に歯を食いしばって耐えつつ、要は体を素早く真横へくるりと向け、相手の胸を片足で押し込むように蹴りつけた――中国拳法の『側踹腿(そくせんたい)』と呼ばれる横蹴りだ。


 たたらを踏みながら後方へ退いたその男に、要は迅速に体勢を立て直し、後ろ足を瞬発。前足による急停止と同時に強烈な一拳を放った――『撞拳』。


「ギャ――!?」


 不気味な悲鳴を一瞬だけ発し、男はゴロゴロと勢いよく後ろへ転がる。

 

「野郎、よくも!」


 転がってきた仲間に足元を妨害されつつも、次の男がそれを飛び越えてこちらに肉薄してきた。


 男が拳を真っ直ぐ放ってくる。

 要は身をよじることで、それを紙一重で回避。そこから全身を螺旋運動させ、その鋭いエネルギーを込めた正拳を叩き込んだ――『旋拳』。


 次の相手がこちらへ殴りに来る前に、こちらから近づいて、片足で踏みつけるような前蹴りを叩き込んで吹っ飛ばす――『蹬脚』。


 次の相手がフックを放つが、それをしゃがんで避けつつ――『展拳』。


 次の相手のストレートを受け流し、体当たり。


 次の相手の前蹴りを両手ですくい上げて、転倒させる。


 向かってきた相手をただ蹴散らすだけのワンパターンな作業。

 人数はあちらが上。

 だがその数はみるみるうちに減っていき、路地裏には倒れた紺の塊がどんどん増えていく。

 対して、こちらは一発ももらっていない。あれだけの大人数を相手にしているにもかかわらず。


 ――要の目論みは大成功だった。


 細い道、しかもそれが一本道なら、たとえどれほど人数を集めても、一方向からしか攻めることができなくなる。結果的に、要はただ向かって来る相手を一人づつ潰していけばいいだけになるのだ。多方向から同時に来られると怖いが、それがないなら対処に困らない。連中の一人一人の動きはまるで遅いからだ。

 さらに背後は行き止まり。菊子は追い詰められる可能性を心配していたが、「退路がない」というのは、見方を変えれば「挟撃の心配がない」ということ。易宝が『霜月組』の事務所に乗り込んだ時の戦法を参考にした作戦だった。


 そして、極めつけは――


「もう死ね、テメーは!!」


 次の男が、両手に持った長い角材を後ろに構え、猛然と距離を詰めてきた。


 男は角材を横薙ぎに振ったが、ソレはこちらへ到達することなく――「カコンッ!」という音とともに、真横の壁に引っかかった。


「――はれ?」


 気の抜けた顔で、引っかかった角材の先端を横目に見る男。

 だがそれを隙とみなした要は一気に距離を縮め、腹に『開拳』を叩き込む。 

 男は一瞬「うっ」とうめくと、元来た道へ勢いよく押し戻された。


 吹っ飛んだ男と入れ替わる形で、次の相手が駆け足でこちらへ急接近して来た。斜めに振りかぶった木の棒を振り下ろすが、先ほど同様、硬いコンクリートの壁に引っかかってストップしてしまう。

 今度は武器を一瞥する暇すら与えず『撞拳』をぶち込み、その男を無力化させた。


 ――これも、狙い通りにいったみたいだ。


 これほど幅の狭い場所となると、開けた空間でのように武器を振り回す事が困難になる。横に振ろうものなら、壁に引っかかってしまうからだ。

 真横に振るのはダメ。斜めに振るのもダメ……そうやって振り方が制限されていき――最後に残るのは「縦振り」のみとなる。

 

「このクソガキャーー!!」


 次に雄叫びを上げて向かってきたのは、ヌマ高のヘッドを名乗っていた岩国という男だった。ただでさえ厳つい顔貌は、憤怒のせいで真っ赤になっている。

 予想通り、岩国は鉄の棒を高々と振り上げて接近し――得物を縦に振り下ろしてきた。

 要は念のため頭を両手で守りながら、岩国の縦一閃を身のよじりでかわす。鉄の棒は目標を失ってカァン、と地を叩いた。

 要は素早く岩国の持つ棒を両手で掴み、後ろに体重をかけて無理矢理奪い取る。

 そして丸腰になった岩国の土手っ腹へ『側踹腿』を叩き込んだ。


「がふっ――!」


 岩国の体が蹴りの力によって後ろへ流される。


「テメー!! よくも岩国さんを!!」


 そして入れ替わり、また別の相手が金属バットを振りかぶってダッシュしてくる。また縦振りだ。


 今でも武器は怖いけど――どこに飛んでいくかが分かっていれば対処は難しくない!


 要は奪った棒を地面と並行に構え、その一撃を受け止めた。

 両手に伝わる重い衝撃には構わず、ガラ空きの相手の腹部を『蹬脚』で踏み蹴り――吹っ飛ばす。


 その次の相手も、同じ方法で蹴り飛ばす。


 蹴り飛ばす。蹴り飛ばす。蹴り飛ばす。


 武器を持つ相手も、持たない相手も、無差別に次々と蹴散らしていく。


 余計なことは考えず、ただひたすら向かって来る相手に拳脚を打ち据える。

 

 ――どれくらいの間、そんなことを繰り返しただろうか。


 気がつくと、もう向かって来る相手は誰もいなくなった。


 前方に映るのは、紺の制服の山――倒れたヌマ高生たちだった。


 ドカっと座って息切れする者。ぐったりして動かない者。いろいろな者がいるが、戦意が見られないのは皆共通していた。

 そして、その中には岩国も含まれていた。岩国はこちらを見て「信じられない」といった表情で青ざめている。さっき向かってきた時は真っ赤だった顔が嘘のようだ。


 要はそんな紺の山を睨みながらドンッ、と『震脚』をして威嚇する。全員がビクッとし、一斉にこちらを振り向いた。


「まだやる気かっ!? これ以上やるならもう手加減はナシだっ! 本気でお前らをぶちのめす! そうすれば全員骨の数本はお釈迦になるぞ!? それが嫌ならとっととウチに帰れっ!!」


 本当は手加減などしていなかったが、要はハッタリのつもりでそう喝を入れてやった。


 幸運にもそれは存外効いたようで、ヌマ高生は全員青ざめた表情になると、一言も喋らぬままそそくさとその場を立ち去った。

  

 路地裏に、自分と菊子以外の誰もいなくなったことを確認すると、


「…………た、助かった……!」


 要はドカッと泥のように座り込み、大きく安堵のため息をついた。

 体全体が火照り、汗が滝のように流れ落ちる。もう体力は限界に近かったため、あれ以上長引くと正直危なかった。


「く、工藤くんっ。大丈夫ですか?」


 菊子が慌てた様子で駆け寄ってくる。彼女にはケガ一つない。


 生まれて初めてのナイト役は、大成功で幕を下ろしたようだ。









 ◆◆◆◆◆◆









 その後、要は小休止してから、菊子を駅まで送った。一発脅しを入れたのでヌマ高の連中はもう来ないだろうが、念のためだ。


 彼女を見送った後、自分も修行へ向かうつもりだった。


「―――今日はホンッッッッッッッッッットにゴメンッ!!」


 要はその駅前で、目の前の菊子に深く頭を下げて謝罪した。

 腰が九十度にまで曲がるほどの自分の礼を、道行く人たちが奇異の目で見るが、要は歯牙にもかけない。これくらいしなければ気が済まなかったのだ。


「……え? どうしたの?」


 一方、それをされた菊子はキョトンとした顔で首をかしげていた。何でそんなことをされるのか分からない。そんなリアクションだ。


「だ、だってさ…………今回のことは、俺が前にヌマ高の奴らと揉めたのが原因で起きたことだろ? 本当は俺一人の問題だったはずなのに、倉橋まで巻き込んで…………マジでごめんなさい!」


 頭を上げ、それを再度九十度下げる。


 菊子は大変慌てた様子で両手を振り、


「え、い、いいよ工藤くん、そんなに謝らないでっ。わたしは大丈夫だから……」

「だけどさ……」

「本当にいいの。むしろ……わたしの方がお礼を言うべきだよ」


 要は顔を上げて目を丸くし、「どうして」と無言で伝える。


「だって……今日追いかけられたのは、あの日、沼黒の人たちとケンカしちゃったからなんでしょう?」

「う、うん……」

「ならやっぱり感謝するべきだよ。あの日、工藤くんが沼黒の人たちに立ち向かってくれなかったら、あの猫、もっと痛い思いしてたと思うの。それが原因で起きたことなら……工藤くんはちっとも悪くないよ」

「倉橋……」

「今回だって……わたしの事見捨ててもよかったはずなのに、見捨てないで守ってくれたもん。だから――ありがとうございます、工藤くん」


 そう言って、菊子が深々と頭を下げてくる。いつの間にか立場が逆転していた。


「……い、いや」


 要は照れくさくなり、そっぽを向いて頬を掻く。


「そういえば……工藤くんって何か習ってるの?」


 不意に、菊子がそう尋ねてきた。


「あ、ああ。ちょっとばかしな」

「もしかして……中国の拳法?」

「そうだけど。分かるのか?」


 菊子は「なんとなく」と言って頷く。


「さっき工藤くんに「何か習ってるか?」って聞かれたとき、わたし「ちっちゃい頃にちょっとだけ習ったことがある」って返したでしょう……?」

「そういえば、そうだったな」

「あのね……わたしが昔習ったのはね―――中国の拳法だったの」


 要は驚愕で目を見開いた。


「マジかっ!?」

「う、うん……『走雷拳(そうらいけん)』っていう名前の拳法だったんだけど……」

「走雷拳か…………なぁ、ちょっと見せてくれよ!」

「む、無理だよ、もうわたしは使えないんだってば。どんくさくて続かなかったし……」 


 「そっか……」と消沈気味に引き下がる要。なんかちょっと残念……。


 そんな要を、菊子はもじもじとして見つめながら、


「そんなに……見たい?」

「見たいっ」


 要は間伐入れずに答えた。


 菊子は、今度はこちらの顔を恥ずかしそうにチラチラ見ながら、


「わたしが習ってた先生、実はわたしのお家の人なんだけど…………その、あの、よかったら、今度、会わせてあげよっか……?」

「マジ!? いいの!?」

「う、うん。助けてもらったし、そのお礼に……ど、どうかな?」


 菊子はこちらへ身を乗り出し、訊いてくる。その頬はどこか赤みを帯びていた。


 ――迷うまでもない。


「是非! 会わせてくれ!」

「う、うんっ。それじゃ……今度の土曜日、お昼一時に淡水町駅で待ち合わせで、どう?」

「心得たっ!」


 飛び跳ねんばかりに喜ぶ要を見て、菊子はクスクスと笑ってから、


「そ、それじゃ……ばいばい」


 控えめに手を振ってきた。


「ばいばいっ」


 要も嬉々としてそう手を振り返すと、菊子は一度微笑んでみせてから、とてとてと駅の階段へと走っていった。


 走雷拳か…………一体どんな拳法だろう?

読んで下さった皆様、ありがとうございます!


理想郷にUPした後、不備な点が多々あったことに気付き、急いで加筆修正しました。

推敲、大事だよね……(´・_・`)

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[気になる点] 勿体ない! 狭い場所での戦いはいいけど、そこに持っていくまでの展開が勿体ない!! 先の校門を塞いでいるというのもアレだけど、逃げるのになぜ沼高生の横を通り抜けて逃げるの?? 普通は…
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