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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第二章 ボーイミーツガール編
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第六話 苦戦する二人

「――ごめんなさい、ウチじゃ飼えないわ。マンションだから」


 目の前の女子生徒は申し訳なさそうにそう告げた――これと似たようなセリフを、ここ数日の間で何回聞いただろうか。


「そうですか……すんません、ありがとうございます」 


 要はそう返し、隣に立つ菊子とともに軽く頭を下げた。


 そうして、二人はその場所――二年教室の前から立ち去った。


 女子生徒がその教室に入る所を見てから、要は嘆息混じりに言った。


「今回もダメだったな……当たって砕けろとはいうけどよ、もう砕けすぎて砂になった気分だよ……」


 菊子は「……うん」と、落ち込みモードで同意する。


 要にも菊子にも、上級生との繋がりはない。だというのに、そんな本来は来る必要のない二年教室のフロアに、わずか十五分の休み時間を利用してまで来ている。


 その理由はずばり――猫の飼い主探し。


 それを手伝うと宣言した日からここ数日間、要は菊子に付き合う形で、休み時間を利用して校内で新しい飼い主を探していた。 

 当然のことながら、要も菊子も一日の大半を学校で過ごすことを強いられる身分だ。だが逆にそれのおかげで、学校という大勢の人間が集中する場所で活動ができた。

 しかし、やり易いのと成功するのとでは意味が全く違う。これまで多くの生徒に声をかけてきたが、良い返事は未だ一つも貰ってはいない。


 ちなみに、猫の性別はオスだ。重大な障害も無いし、保菌もしていない――以前、菊子が自分で動物病院に連れて行き、診察を受けた結果らしい――ため、引き取り手はそれなりに現れると思ったのだが、現実はそう上手くはいかないようだ。


「正直、すぐ見つかると思ってたけど、なかなかそうでもないもんだなー……」

「そうだね……」

 

 ちょっと考えてみれば、簡単なことだった。

 生き物を飼うというのは、そんなに簡単なことじゃない。先ほどの先輩のように住宅事情もそうだが、食、住を始めとする、その動物の全てを肩代わりしないといけないのだ。そんな相手を探す作業が、手間のかからないものである訳が無かった。

 かと言って、興味本位だけの者に押し付けるのも願い下げだ。飽きて捨てられるかもしれない。そうなったらまた元の木阿弥だ。

 

「俺んちも飼えないしなぁ……」 


 要は思わずぼやいた。

 菊子から飼い主探しの事を聞いた時、要は自分の名前を真っ先にその候補から削除した。なぜなら昔、亜麻音が「もう動物は飼いたくない」と言っていたことを思い出したためだ。

 聞いた話だと、亜麻音は若い頃に猫を一匹飼っていたそうだ。だがその猫は年を取り、亜麻音が高校三年の頃に息を引き取った。亜麻音曰く「もうあんな悲しいのはイヤ、だから動物はもういいの」だという。


 生き物を飼うとなれば、そういった最期の別れにも腹を括らなければならない。それが嫌だという人もいる。亜麻音は紛れもなくその一人だ。そして要も、その気持ちは分からなくもない。それが飼えない理由だった。


「工藤くん……そろそろ次の授業が始まる時間だよ」


 菊子は自身のスマホの画面を見てそう伝えてきた。その中に保存された猫の写真を見せるために、ずっと手に握っていたものだ。


「サンキュ。それじゃ一度戻ろうぜ」


 二人は一年教室のあるフロアへと早歩きで向かった。
















 昼休みになった。


 昼食は持参を除けば三つの選択肢に分けられる。学食か、購買か、もしくは学校外へ出て買い食いするか。

 飼い主探しを引き受けて以来、要はずっと菊子と学食へ通い、これからの活動方針などを話し合いながら食事をしていた。

 だが、この前お小遣いを新しくもらったとはいえ、何度も学食を利用する金銭的余裕があるわけでもない。なので、要は今日は購買でパンといちご牛乳を買って教室へ戻った。菊子には前もってその事を伝えておいたため、テーブルで待ちぼうけという展開にはならないはずだ。


 要と達彦は、一つの机に向かい合って座り、昼食を食べていた。


「――なぁ、お前最近何してるわけ?」


 購買で買ったカレーパンを頬張りながら、達彦がそう尋ねてきた。


 要は口の中のアップルパイの欠片を飲み込んでから、


「何って?」

「とぼけんなよ。最近休み時間になったらすぐに教室出てって、授業が始まるギリギリの時間で戻ってくるじゃねーかよ。一体何やってんだ?」

「まぁ……ちょっとね」

「なんでぇ、コソコソしやがって。なんか面白いことなら俺も混ぜろよ」

「や、別にコソコソしてたわけじゃ……」


 ただ、言い出すタイミングがわからなかっただけだ。

 

 だが要は今がチャンスと思い、


「あ、そうだ! お前には聞いてなかったよな!?」

「何がよ?」

「お前ん家って、動物飼えるか?」

「無理」


 ――即答された。


「うちの両親、動物嫌ぇなんだよ。いや、それ以前の話か。そもそも「動物を飼う」って行為に必要性を感じてないんだよ。「5」で埋め尽くされた通知表と、燦然と輝くトロフィーの輝きが大好きな教育バカだからな、あの人たちは」


 そう語る達彦の口調は、どこか皮肉で尖っているような気がした。


「ガキの頃、ダチの家のゴールデンレトリバーが羨ましくなってよ、試しに「犬飼いたい」って言ってみたら、なんて返されたと思う? 「そんなことを言う時間があるなら、漢字の練習でもしろ」って吐き捨てられた。あの人たちらしいぜ」

「そ、そうなんだ……」


 やけに難儀な話が掘り起こされているような気がして、要は引きつった笑みを浮かべる。


「とにかく、ウチは動物飼えないってことで」

「わ、わかった」

「というか、なんでそんなこと聞くんだよ?」

「それは――」


 理由を言おうとした時だった。


 不意に誰かの視線を感じた要は、それが発せられている場所――この教室の出入口へ目を向けた。


 引き戸の陰に隠れてこっそりとこちらを伺っている、異様に長い黒髪の女子――菊子だった。

 しきりに顔を物陰に引っ込めながら、羨むような表情でこちらを見る菊子の手には、自分と同じく購買で買ったであろうパンと飲み物が抱えられていた。

 

 要は思わず苦笑した――失敗したな。どうせならついでに「一緒に食べよう」って言っておけばよかった。


「おーい、倉橋ー、一緒に食おーぜー!」


 手を振ってそう呼びかけると、菊子は一度ビクッとしてから、そろそろとこちらへやって来て、


「き……来ちゃった…………迷惑……かな?」


 そう言ってぎこちなく笑う。


「んなことないって。むしろ誘ってなかったこと後悔してたとこ」

「あ、ありがとう…………それじゃ、お言葉に甘えて――」


 菊子が続けようとした瞬間、


「おーい、要ちゃんよぉ、オメーいつの間に彼女作ったんだぁ?」


 達彦が端からはやし立ててきた。


 冗談と分かってはいるが、やはり気恥ずかしくなってしまった要は焦った口調で、


「ア、アホかっ! ちげーよ! この娘は別に――」


 言いかけたところで、菊子が要の制服の袖を軽く摘みながら訊いてきた。


「あ、あの、この人は……」

「え? ああ、そういや知らないのか。こいつは鹿賀達彦ってヤツ」


 「おう、よろしく」と挨拶してくる達彦。その態度は至って友好的だった。


 だがそんな達彦とは逆に、菊子は恐れるように一歩後ずさりして、


「あの…………も、もしかして鹿賀くんって、あの……」

「…………あ!」


 菊子が怯えを見せる理由を確信した要は、慌てて菊子の前に立ち、小声で言った。


「だ、ダイジョブだよっ。こいつはもうお前の聞いた噂に出てくるような悪人じゃないからっ。もう和解してんだ。良い奴なのっ」

「そ……そうなの?」

「そうなのっ。俺を信じて?」


 自分の後ろで首をかしげている達彦を尻目に、要は手を合わせて菊子に頼む。


 菊子は少しの間考える仕草を見せてから「うん」と頷くと、達彦に頭を下げて、


「ご、ごめんなさい……五組の倉橋菊子です。よろしくお願いします」

「ん? おう。よろしく」


 そうして両者の紹介が済んだことを確認すると、要は近くにある席の持ち主の了解を得てから、そこの椅子を引っ張り出して自分の隣に置いた。菊子はちょこんとそこへ座る。


 そこから三人は食事のかたわら、会話に花を咲かせた。

 テレビ番組のこと、授業のこと、その他色々なこと。話題は不思議と尽きなかった。

 菊子も控えめながらも、なんとか会話の中に入ってくれた。そんな彼女に要は暖かな気持ちを密かに抱いた。


「ほーん、で、お前ら二人はそのニャン公の飼い主を頑張って探してるところ、と?」


 要はその会話の際に、猫の飼い主探しのことも出していた。それを聞いた達彦は確認をとるようにそう尋ねると、菊子は首肯で返した。


「そっか。だがさっきコイツにも言ったが、ウチはニャン公もワン公もノーサンキューなんだ。力になれなくて申し訳ねぇ」

「そう、ですか……」


 しゅん、と落ち込む菊子。


「――だがよ、良い飼い主が見つかるよう祈ってんよ。写真見たけど、可愛いじゃんソイツ。きっと萌えて飼いたがる奴が出てくると思うぜ?」


 達彦はそう付け足した。きっと、コイツなりに元気づけているんだろう。


「……ありがとう、鹿賀くん」


 菊子もそう感じ取ったのか、小さく微笑んで言った。


 達彦もそんな彼女を見て満足そうに微笑むと、ふと突然思い出したように要に告げた。


「そういや、こないだヌマ高の制服着た奴らがお前のこと探してたぜ。今度は何やらかしたよ?」


 ――ヌマ高?


 要は、菊子と河川敷で出会った日を思い出す。自分がヌマ高と関わった経験なんて、あの日以外存在しない。


「いや、まぁ……ちょっと人助けというか、猫助けというか」

「はぁ? ……まぁ何でもいいけどよ、ほどほどにしとけよ。あんましデカい事やらかすと停学にされんぜ。知ってんだろ、生徒指導部の岡島」

「おいおい、お前が言うか達彦? ちょっと前までめちゃくちゃ暴れん坊だったくせに」

「うっせ。これからはなるべく気をつけるよ。オメーも気をつけろよ? 停学もそうだけど、ヌマ高のアホどもにも」


 「はいはい」と投げやりに返事を返す要。


 ―――だがこの後、その忠告にきちんと耳を傾けるべきだったと後悔することになる。









 ◆◆◆◆◆◆









 あっという間に下校時刻はやって来た。 


 校門まで続く道を歩く大勢の生徒の波の中で、要と菊子の二人は並んで歩いていた。


「その……悪いな、倉橋。奢ってもらっちゃって」

「う、ううん、いいの。工藤くんには最近ずっとお世話になりっぱなしだし……」

 

 そう言って恥ずかしそうに首を振る菊子。要の手には鞄だけでなく、一本のボトルが握られていた。中には冷たいコーラが揺らいでいる。

 これは自分で買ったものでなく、ついさっき菊子に奢ってもらったものだ。

 喉の乾いていた要は昇降口の自販機までやって来て、財布を取り出そうとした瞬間、横にいた菊子が意を決したようにこう提案してきた。「わ、わたしが奢りますっ」と。

 もちろん、要も最初は遠慮したが、どうしてもとプッシュしてくる菊子のいつにも増した勢いに押し負け、お言葉に甘えてしまったのだ。


「でも俺、ぶっちゃけあんま役に立ってないんじゃないか? いろんな人に聞いて回ったけど、いまだに良い返事はもらえてないわけだし……」

「そんなことない。わたし、工藤くんにはすごく感謝してるんです。わたし一人じゃ、こんなたくさんの人に聞くなんて絶対出来なかったから…………こんな事くらいしかできないけど……」

「いいんだよ。倉橋が感謝してるって事は、すげー伝わってるから。な?」


 なだめるようにそう言うと、菊子は小さくコクリと頷いた。


 要はコーラを少し喉に通してから考える。

 一年生は全クラスあたったため、今日から二年生のクラスを聞いて回ることとなった。だがこれまで同様、首を縦に振る生徒はいなかった。

 前途多難とはこのことだ。


「見つかるかな……」


 そう考える自分の難しい顔を見たせいか、菊子がひどく不安そうに呟いた。

 もしかすると、あの白猫がガス室に閉じ込められる光景を想像しているのだろうか――だとしたら、それはやめて欲しい。


「大丈夫だよ。もし学校で見つからなかったとしても、他にまだ方法はあるはず。絶対なんとかなるって」


 要はそう笑顔で元気づけた。

 根拠のない、気休めにしかならない薄っぺらな言葉かもしれない。だが言わずにはいられなかった。辛い顔をするより、笑った方が絶対いいはずだ。


「……ありがとう。そうだね、悪い方向にばっかり考えちゃダメだよね。先のことなんて誰にも分からないんだから」


 そんな自分の気持ちが届いたのか、菊子はその色白な顔から曇りを消し、微かに笑って見せた。


「やっぱり……工藤くんが役に立ってないなんて事、ないよ」

「そ、そうお?」

「うん。わたし今、ちょっぴり元気になれたもん…………えへへ」


 菊子はこそばゆそうに笑う。


「……は、ははは」


 彼女の発する妙な空気に当てられ、要は頬を熱くしながら曖昧に笑い返した。なんだろう、よく分からないがやけに恥ずかしい。


 そんな風にやり取りしているうちに、やがて校門まで到着した。


 菊子はこれから、河川敷の猫に餌を与えに行くという予定だ。

 付いて行きたいのはヤマヤマだが、残念ながら自分は易宝の元へ修行に行かなければならないため、校門からは彼女と別行動となってしまう。猫も大事だが、修行だって大事だ。


 そう。そこで別れる――はずだった。


 要と菊子は思わず足を止め、緊張に満ちた表情で前方を見た。


 校門は――紺の詰襟を着た男の集団によって塞がれていた。


「――グッドアフタヌーン、子猫ちゃんズ」


 その中心に立つ大男は、ニヤついた笑みを浮かべてそう言ってきた。

 

 ――間違いない。


 その男たちが着ているのは、ヌマ高の制服だった。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


最近、書き終えた後に推敲してみると、説明不足な点が目立つようになりました。

気をつけなきゃ……

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、、、 [気になる点] 校門は――紺の詰襟を着た男の集団によって塞がれていた。 読み手としては、校門が塞がれていたら、更にそれがガラの悪い他校の生徒であれば、要たち以外の生徒は校門…
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