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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達/岳兎佐助
第二章 ボーイミーツガール編
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第三話 始まりの河川敷で

「くそっ。あんにゃろ、足元見やがって…………」


 要は夕日の差す街路を、ドスドスと音が出んばかりの足取りで一人歩いていた。


 現在、要は学校を終え、自宅のある淡水町にいた。

 石のタイルで覆われた足元は、ゴミひとつ見当たらず小奇麗な様が保たれていた。最近このあたりで行われたクリーンキャンペーンのせいだろう。


 なるほど、クリーンだ――今の自分の財布のように。


 結局、今日のスポーツテストの後はとんだ散財をした。

 シオ高は昼食を外の店で食べることが許可されている。そして、それを見逃す達彦ではなかった。制服に着替え終わった後、要は達彦に腕を引かれて校門の外へ出て、ファミリーレストラン「ドニーズ」の中へ引きずり込まれた。

 一体何を頼む気なのかと戦々恐々しながら座っている自分とは対照的に、向かい側の席の達彦は至福の表情でメニューをパラパラと巡り、やがて判決を下した。


『すんませーん、「メガトンハンバーグ定食」一つくださーい』


 脳天を鈍器でぶん殴られたような錯覚に陥った。

「メガトンハンバーグ定食」。通常のハンバーグの倍以上の大きさ(当社比)のソレを中心としたセットメニュー。お値段は驚きの――1800円!

 さすがに少しばかりごねてみようと思ったが、「値段無制限」という勝負の前提条件を思い出してグウの音も出せなくなった。ここで言い訳をするのは男らしくない。

 結局、自分の財産の半分以上は、ハンバーグ定食にその姿を変えて達彦の胃袋に吸収された。


 これ見よがしにハンバーグの切れ端を頬張る達彦を見て、何度泣きそうになったか分からない。


 要は「はぁ」と溜息をつく。


 まあいっか。もう忘れよう。俺の1800円はもう奴の腹の中なんだ。気にするだけ無駄ってもんだ。要は吐いた息を大きく吸い戻し、無理矢理考えをシフトさせる。


 いつもなら今の時間は修行に打ち込んでいるはずなのだが、易宝は何やら用事があるそうで、今日の修行は休みとなった。激しく動いて疲れていたし、休みというのはちょうどいいだろう。


 要は鞄を持ったまま大きく背伸びをする。背骨が一回子気味良く鳴った。

 

 道脇に軒を連ねている店は食べ物系に偏っており、時々その中に別の種類の店がちょこんと板挟みになっている。

 

 そんな長年見慣れた場所を歩きながら、要は再度考え始めた――スポーツテストについて。


 だが今度頭に浮かんだのは出費についてではない。


 ――今日の測定結果についてだ。


 確かに今回、自分は達彦に敗れた。そして、それによって昼飯を奢らされるハメになったのはかなりショックがでかかった。

 だが要の胸中には「負けた」という事実以外に、かすかに気がかりだった要素が一つだけあった。


 それは、握力測定。


 正直言うと、要は今回の勝負で握力測定は捨てる気だった。昔から腕力には自信がなかったためだ。

 腕力勝負では達彦には及ばない。そう思っていた。だから握力測定も大きく上回られた挙句に負けてしまうだろう。そう覚悟して勝負に臨んだ。


 そして予想通り、自分の握力は達彦に負けていた。自分なりに本気を出したつもりだったが、やはり及ばなかった。


 だが、たった一つだけ、予想と外れていた点があった。


 達彦の握力は驚くべきことに、六十キロを軽くオーバーしていた。男子高校生の握力の平均値が四十キロ代であることを考えると、飛び抜けた数値だ。とても帰宅部とは思えない。

 だがそれ以上に驚いたのは、自分の握力が――そんな達彦と僅差だったこと。負けたとはいえ、その差はわずか数百グラムであった。


 その結果がにわかに信じがたかった要は、握力計を指差して「これ壊れてない?」と測定係に尋ねたが、迷うことなくかぶりを振られた。隣の達彦がそんなこちらの気も知らず、的外れに「おいおい、負けたからって往生際が悪いぜ?」としたり顔で話しかけてきたのを覚えている。


 どういうことなんだろう。要はその記録を叩き出した自身の細腕を眺める。

 自分は今まで、腕の筋トレを真面目にしたことがない。

 今でこそ武術の修行に励んではいるが、鍛えているのは下半身ばかりで、腕を鍛える修行など何もやっていないはず。


 自分の体に、一体何が起こっているというのか。


 ただ体が成長しただけなのか、それとも―― 

 

 その思考は、不意にポケットから鳴り響いたスマホの着信音によって打ち切られる。


 スマホを取り出し、光を発しているディスプレイを見た。表示されていた発信先の名は「ママ♡」――かつて「工藤亜麻音」という名で電話帳登録をしようとしたところ、スマホを本人にぶんどられ、無理矢理変更させられた名前だ。

 

 要は通話ボタンをタップし、受話口を耳にくっつけて、


「――どうしたの母さん?」

『ねぇカナちゃん? 今どこにいるのぉ? ガッコ終わった?』


 電話の相手――亜麻音の柔らかい声色がそう訊いてくる。


「うん。今帰ってる途中だけど」

『そっか。じゃあ悪いんだけど、途中で本屋さん寄って買って来て欲しいものがあるの。お金は後で渡すから』


 要はげんなりした表情で、


「ええ? 俺今お金あんま無いんですけどー」

『カナちゃん、千円札ある?』

「まぁ、それくらいならあるけど……」

『じゃあ大丈夫。文庫本だからお札一枚あれば足りるもん』

「なんて題名?」

『「類人猿でもよく分かる! 世界のテロ組織」って本』


 要はガクッとこけそうになる。

 母は変わり者に見えて、実は人気の覆面作家だ。おそらく、新しい作品の資料に使うのだろう。


「…………今度は何書く気だよ?」

『まだ内緒。ねーえー、いーでしょー? ママのお・ね・が・い♪』


 年甲斐もなく甘えた声でそう言ってくる母親に、要は頭を掻きながら、


「……いいよ。探してみてあったら買ってくる」

『やったー! 話がわかるー。さすがあたしのDNAね!』

「分かったから。もう切るよ?」

『うんっ。じゃ、お願いね』


 ボタンを再度タップし、通話を切った。


 スマホをスリープさせ、元のポケットに戻す。


 …………今日はよくお金が飛ぶ日だ。


 金運を呼ぶブタさんキーホルダーでも買おうかな、なんて冗談めいたことを考えながら、要は本屋へと歩を進め始めた。









 ◆◆◆◆◆◆









 帰宅ルート沿いの店に寄ったが、そこに頼まれた本は置いていなかったため、要は仕方なくルートを大きく外れた場所にある書店まで足を運び、ようやく購入にこぎつけた。これでまた品切れだったらもっと遠くへ行くハメになったので、ひとまず安心である。


 自動ドアから外へ出た要は、紙袋に包まれた本を鞄に収めて歩き出した。


 その書店は、大きな横幅を誇るバイパス道の端に建っていた。おびただしい量の自動車が上へ下へ次々と流れ、重なり合ったエンジン音が耳に障る。


 普段、あまり来る事のない場所だ。わざわざこんなところまで来てしまっている自分に、要は思わず苦笑する。

 別に面倒なら断ってもよかったはずなのだが、結局それはしなかった。

 なんだかんだで、自分はあの童顔の母に弱いのだ。いくら「親に反抗する子供」を気取ったところで、だいたい最終的には折れてしまう。そうさせる魔力のようなものが亜麻音にはあった。

 もしかすると自分は、自分で思っている以上にマザコンなのかもしれない。


 長い一本道をしばらく歩き、横断歩道までたどり着いた。

 

 歩行者信号は赤。交通量の多いバイパスだけあって、ここの信号は変わるのに時間がかかる。なので要は気長な気持ちで青信号を待った。

 

 ――そういえば俺、母さんに拳法のこと話してないな。


 ふとそんなことを思う要。


 別に悪いことをしているわけではないのだから、最初に話せばよかったはずなのだ。だがうまく伝えられぬままズルズルと日が経ち、すでに一ヶ月が経過している。言うタイミングを失った気がした。

 亜麻音はひどく心配性だ。本当のことを告げた時、そんな彼女が一体どんな反応をするのかが少しだけ怖かったのだ。


 だが、いつまでも隠したままにしておくのはどうにも気持ちが悪い。

 近いうちに話してみよう。そう結論付け、問題に一度ピリオドを打った。


 しばらくすると信号は青になり、要は同じくそれを待っていた人たちの流れに乗って横断歩道を渡った。


 渡った後、脇道からゆっくりとした歩調でバイパスを後にする。


 無数のエンジン音による機械的な喧騒が次第に遠のいていき、やがて小さくなった。


 だがしばらく歩くと、今度はその音に代わり、すぐ近くで電車が通過する大きな音が要の耳をつんざいた。


 音源は――真上に架かる鉄道橋。

 

 その鉄道橋に懐かしい既視感を感じた要は、橋の下をくぐり切り、その全体像を見渡した。


「ここは……」 


 思わず足を止め、つぶやいてしまった。


 鉄道橋はところどころ錆付いており、だがそれでいてしっかりとした造りを保ったまま、真下にある小さな「河川敷」を跨いでいた。


 間違えようもない。

 ここは――去年の冬と同じ場所だ。

 

 イジメっ子・小畑の手下に集団リンチを受けた場所。

 そんな自分を、易宝が助けてくれた場所。

 そして――そんな彼に弟子入りした場所。


 要はあの日から今日までに、自分が体験してきた非日常を思い出す。どれも痛かったり、怖かったりしたものばかりだったが、不思議なことに、ぬぐい去りたいと思う記憶は一つもなかった。

 

 有名な不良少年と殴り合いのケンカをしたりしたことも。 

 師の後をつけて、極道の家に乗り込んだりしたことも。

 暴走族にリーダーと勝負し、ギリギリで勝利したことも。

 いがみ合っていた不良少年と和解したことも。


 全ては――ここでの出来事がなければあり得なかったことだ。


 あれから、もう一年…………時の流れの早さを感じた要は、懐かしむような細目で河川敷を眺める。


 だが、無人ではなかった。下には先客がすでにいた。 


 鉄道橋を支える巨大なコンクリートの柱の隅には、開け放たれた小さなダンボール箱が置かれており、その周囲を三人の男が取り囲んでいる。

 そして、そんな三人を離れた所から縮こまって見ている、長い黒髪の女の子。


 三人の男は、髪型や顔つきこそ三者三様だが、「人相が悪い」という点では共通していた。そして、その身を包んでいるのはファスナーで閉じるタイプの紺色の詰襟。神奈川県トップクラスの悪ガキ校と悪名高い「沼黒高校」、通称「ヌマ高」の制服だ。

 

 今度は女の子を見た。着ているものはシオ高の女子のブレザー制服で、その顔は――


「――あれっ? あの娘確か……」


 要はその女子に見覚えがあった。

 そこに立っていたのは、今日の二十メートルシャトルランの時、自分とぶつかってしまったあの女子生徒だったのだ。

 前髪で覆い隠されていて見えないが、彼女の目は間違いなくヌマ高生三人に向けられている。


 彼女の挙動からは、何か言いたいけど言い出せない、そんな感情が読めるようだった。


 不意に、三人の男子のうちの一人が、ダンボール箱の中に両手を伸ばす。


 そして、その手に掴み出されたのは――一匹の白い猫。どうやらあの箱の中に入っていたようだ。


 その男子は両手に持った白猫を高らかに掲げると、


「ダンクシュート、いっきまーす!」


 そんなふざけた口調とともに、ダンボール箱に向かって投げて叩きつけた。


 ―――なっ!?


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


最近、違うジャンルの作品が書きたくなっております。

だけど本作をほったらかすのもイヤだったので、片手間で理想郷にちまちま書いておりますです。

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