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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第一章 入門編
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第二十一話 ミイラ男との和解

「――ったく。前から思っとったが、おぬし、見た目によらず喧嘩っ早いのう」


 ボロボロの状態でスツールに腰掛ける要の前で、易宝は溜息をつくようにそう呟いた。


「見た目によらず、ってのは余計だっての。それにこっちにも事情があったんだよ、好きこのんで()ったわけじゃない」


 要はむすっとしながら返した。


 現在、要は易宝養生院の施術室にいた。

 『紅臂会(レッド・アームズ)』退散後、竜胆に散々蹴られて満身創痍だった要は、その体を懸命に引きずって、なんとかここまでたどり着いた。 

 病院の戸を開けて入ってきたそんな自分を見て、易宝は呆れと少々の驚きが入り混じった表情を浮かべたが、嫌な顔は一切見せずに施術室へ入れてくれた。


 …………ちなみに言うと、一人で来たわけではない。ケガ人はもう一人いた。


「それで――おぬしもケンカか?」


 易宝は要の隣にいるもう一人のケガ人――鹿賀達彦に視線を向ける。


「……ウス」


 そう小さく返事をした達彦は、要と同じ種類のスツールに縮こまって座っていた。自分よりも背が高いはずなのに、なんだか小さく見える。居心地が悪そうだ。


「そう固くならなくていい。おっと、自己紹介がまだだったな。わしは劉易宝。一応、この悪ガキの師をやっとる」


 そう名乗り、要の頭を撫で回す。


「いてててて、いてーって! つーか、俺、悪ガキかよ? なんて不当な評価だ、撤回しろい」

「何が不当だこのアンポンタン。師の後をコソコソつけた挙句、ヤー公の家に入るような小僧を悪ガキと形容せずになんと呼ぶ」


 あーだこーだど言い合い始める二人を交互に見ながら、達彦が不思議そうな顔で訊いてきた。


「「師」って、なんだ……?」


 その質問に、要は反論をストップして達彦へ向き、得意げに言った。


「へへんっ。拳法だよ、拳法」

「拳法……?」

「まぁ、そんなとこだ。そういえばおぬしの名前はまだ聞いていなかったな。何という?」


 達彦は気まずそうな顔でそっぽを向きながら、そっけなく答えた。


「……鹿賀達彦。潮騒高校一年」


 それを耳にした易宝は思い当たったかのように「んっ?」と目を丸くした。


「鹿賀? 鹿賀っていうと、カナ坊が殴り合った奴のことか?」


 要はぎくりとした。

 そういえば、易宝には達彦との事を以前話していた――彼と一回目のケンカをした日だ。


「待ってくれ師父。そいつはもう敵じゃない。元はといえば、リンチにあってたそいつを助けるためにケンカしたんだ。だから頼む、責めないでやってくれ」


 ボコボコにした本人と、された側の師――あまりよろしくない組み合わせだと思った要は、慌てて弁明し始めた。


 だが易宝は、何を言わんやとばかりに笑い飛ばし、


「別に責めるつもりなんぞさらさらないさ。おぬしの敵はおぬしの敵だ、基本的にわしは何も言わん。それに今、こうして治療を頼みに来ているということは、こやつにはもう気を許しているということだろう。違うか?」


 要は晴れやかな気分で頷いた。

 以前に自分を痛めつけた達彦のことを、易宝は糾弾するんじゃないかと若干の不安があったが、杞憂だったようだ。この人は思った以上に心が広いらしい。


「それで、鹿賀達彦……あー、いや、これだとめんどくさいな。タツ坊でよいか」

「タ、タツ坊!?」


 そのあんまりな呼び方に困惑しているのだろうか、達彦はギョッとした顔だ。うん、気持ちは分かる。適当にも程があるだろ。


「そんじゃタツ坊、ちょっと見せてもらうぞ」 

「あ、ああ……」

 

 達彦は流され気味に頷いた。

 易宝は事務的な表情で達彦の腕や足、胴体にそっと触れていく。時には着ているシャツを軽くめくって調べていった。


「あいやー、随分やられたのう。単純な打撲の数なら、カナ坊よりも多く食らってるな」


 「まあ……」と達彦。


 確かに、自分が達彦の元へ駆けつけるまで結構時間が掛かった。ソレ込みで考えると、達彦は自分よりも長い時間、暴力の波にさらされていたのかもしれない。

 

「だが、中でも一番いいのをもらってるのは腹だ。ここの気の滞りが特にひどい」

「ここは……連中のリーダーに一度蹴られたんだ。とんでもなく重い蹴りだった」

 

 達彦の言葉に、易宝は「ほう?」と興味深そうに反応を見せる。


「師父、奴らのボスの竜胆って奴、六合刮脚とかいう拳法を使ってた。ヘンテコだけどパワーのある蹴りをガンガン打ってくるやつだ」

「六合刮脚……ほう」


 易宝の目がさらに関心を帯びる。


「知ってるのか? 師父」

「戳脚の流れを汲む足技主体の門派だろう? 知ってるとも。そいつを使う者に、わしも会ったことがある」


 マジでっ? と驚く要に、易宝は話し始めた。


「そいつの名は(とう)銀雪(ぎんせつ)。「無影脚(むえいきゃく)」と呼ばれる凄腕の使い手だ」

「無影脚?」

「地面に影が差さないほどの疾さで蹴りを放つ、という意味だ。そして、その通り名には何の誇張もない。奴の蹴りは文字通り、影が差す暇を作らぬほどのバカバカしい速さを秘めておる。本人は蹴りを出したつもりでも、蹴られた相手はそれが蹴りだとは分からず「なぜか分からないが、痛い目にあっている」という認識で、いつの間にか地に這いつくばっているんだ」

「……冗談だろ?」

「冗談なものか。この目で見た話だ。ちなみに鄧は筋金入りの風来坊でな、妻も子も持たず、世界中を歩き回り、旅の途中で留まってはそこで武術の手ほどきをすることをもって幸せと定義する変わり者だ。今頃はアフリカあたりで元気にやってるかものう。もしかするとその竜胆とかいう男、来日した鄧の奴から教えを受けたのかもしれんな」


 あまりにスケールの大きな話に、要はぽかんとしていた。

 その人物は今なお世界を旅し続け、そして教えを広げている。竜胆もその一部かもしれない。もしそうだとするなら、それはとても凄いことだ。まるでたった一つの種から、多くの木々が生まれているかのようだ。


「さてと、話を戻そうかのう。おぬしらのケガだが、とりあえず気功治療で体温と自然治癒力を上げてから塗布剤を貼れば、短期間で収まりがつくだろう」


 そう言うと、易宝はくるりと施術室のドアへきびすを返し、


「今、塗布剤やら包帯やらをとってくるから、その間に二人で喋ってるといい。年寄りはしばらく退散するよ」


 まるで子を気遣う親のように軽く微笑み、その場を後にした。


















 白で覆われた静謐な施術室に、チクッ、チクッ、と、時計の秒針が進む音のみが響く。時刻はすでに六時半を過ぎていて、外は真っ暗だ。

 

 達彦はやはり落ち着かなかった。

 あの爺言葉の青年が去った後でも落ち着きが戻らないとなると、その原因は彼ではなく、きっとこいつの活動範囲内にいるからだろう――達彦は隣にいる少年に目を向けた。


 その少年、工藤要はこちらの視線に気づくと、へらっと気楽そうに笑いかけてきて、


「やー、さっきはありがとうな。俺もさすがに限界だったからさ、あの時鹿賀がヘルメット野郎どもを止めてくれなきゃヤバかったよ。ナイス口車」

「フン……別に」


 達彦はそっけなく吐き捨て、ぷいっとそっぽを向く。

 クソッ、本当に変な奴だ。普通、礼を言うべきなのは俺の方だっていうのに。


 そう。本来は助けられた自分が率先して礼を言うべきなのだ。だというのに、それが出てきてくれない。言っても何が減るものでもないというのに。やはり、無駄に高い自分のプライドが邪魔をしているのか。


 いや―――


 言い訳のようになってしまうが、もう一つ理由がある。


 気になって仕方がないことが一つだけあるのだ。


 感謝をするなら、その前にまずはそれをどうしても聞いておきたかった。


「……おい、工藤」


 気がつくと、要に声をかけていた。


 要はきょとんとした顔で反応する。相変わらず男らしくない、無駄に端正な顔つき。こんなのが『紅臂会』の竜胆正貴を倒したのだと言って回ったら、果たして何人が信じるだろうか。


「ど、どうした、鹿賀?」

「一つ……聞いていいか」

「あ、ああ。なんだ? なんでも言ってみなよ」


 要はどんとこいとばかりに胸を張って見せた。


 …………その言葉に、甘える事にしよう。




「お前―――どうしてそこまで強くなれた?」




 それを聞いた要は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、


「えっと……拳法習ったから?」

「そういうこと聞いてんじゃねーよ」

「じゃあどういうことだよ?」


 質問の意図を測りかねているであろう要は、やや不満顔だ。


「質問のし方が悪かったな…………俺が言いたいのはこうだ――何がお前をそこまで強くしたんだ?」


 こいつは少し前まで、一方的に殴り倒されるほど弱かった。自分に一発入れて勝ったのは、こちらが油断していたからだ。

 そのはずだったのに、すぐに本気の自分を赤子扱いするほどまでに強くなり、果てには天下の『紅臂会』リーダー、竜胆正貴をサシで倒すなんてことをやってのけたのだ。

 この成長ぶりは不思議だった。


 何がこいつを変えたのだろう。

 

 体が小さいという、ケンカでは大きなハンデとなり得る要素を抱えながら、なぜ体の大きい自分に勝つほどまでに強くなれた? いや――強くなろうなどと考えられた? 「そんなの分不相応な望みだ」と、諦めようという発想は浮かばなかったのか。


 夕方までは敗北という結果に絶望していたはずなのに、今ではどういうわけかそれが薄れ、むしろそういう結果にしてみせたこの少年に対して興味すら湧きはじめている。


「――俺さ、去年、いじめられてたんだ」

 

 そんな自分の考えを理解したのかしてないのか、要は懐かしむような口調で答え始めた。


「いや、その以前にも、嫌がらせとか何度か受けた事があるんだけど、こっちが強気で出ればみんなすぐにやめてくれたよ。でも――去年のはそんな生易しいモンじゃなかった。こっちが奴らの嫌がらせに対して反抗したら、次の日、強い仲間をたくさん集めて俺をボコボコにしてきたんだ。全然歯が立たなかった。悔しかったよ。まるで自分が口だけの奴みたいに思えてさ」


 達彦は黙って耳を傾ける。


「だからさ――口だけの奴になりたくなかったんだ。気概とか言葉遣いだけじゃなくて、体も強くなりたいって思ったんだよ。それしか考えてなかった」


 それを聞いて、達彦はとてつもない衝撃を受けた。



 今、ようやく分かった―――こいつと俺、一体何が違うのかが。



 こいつは「強くなろう」という思い(ほうこう)のみをただ見続け、必死に修行をし、ここまで力をつけてきたのだ。

 どれだけ罵られようと。

 どれだけ殴られようと。

 ただ一つの方向のみを見て、ここまで邁進し続けてきた。

 人にどうされようと、どう扱われようと、どう言われようと、自分の進みたい方向を進もうとする事のできる意思の強さを、こいつは持っている。


 それに比べて俺はどうだ? どこまでいっても、俺は他人の目ばかりを神経質なまでに気にしている。

 どれだけバカを蹴散らしても、どれだけ偉ぶっても、結局俺は昔と何一つ変わっていない。相変わらず他人からの評価に飢えている。そこに自分の意思は存在していない。

 人からの評価や賞賛は、間違えれば自分を見失う麻薬となる。今までの自分はその毒に冒されていた。


 (なんじ)は爾たり、我は我たり――人は人、自分は自分。


 中学の頃、国語でやった孟子の一文を思い出した。あの頃は「何をぬくぬくしたことを吐かしてやがる」と心の中でその文を罵ったが、今はその事を謝りたい気分だ。


 所詮人間なんてものは、この世に息して存在しているだけでも、誰かから反感を買われることだってある。地球上にいる全ての人から賞賛されながら生きていくなんて芸当は、神様でもなければ不可能だ。

 だからこそ、人は自分の思いのまま、自分の進みたい方向へ進むべきなのだ――どうしてこんな簡単なことに、二年も気づかなかったんだろう。 


「お、おい鹿賀? 何泣いてんだ!? どうしたよ?」


 要の心配そうな声で我に返る。


 気がつくと、目の下から何かが頬へ伝う感じがした。手で掬って確かめてみる――涙。


 思わずその手で顔を覆う。止めたくても、まるでダムが決壊したかのように涙滴は止まらない。


「は……はは……」


 思わず笑みがこぼれた。超ダセー。今までどんだけ肩肘張ってきたんだよ、俺は。

 

 でも、そろそろ力を抜こう。年中無休で肩が上がってたら、呼吸も上手くできやしない。その機会はきっと――今を逃して他にない。


 達彦は腕で強引に涙を拭い、


「なあ……お前さ、俺と仲良くやっていきたいって言ってたよな?」

「…………うん」


 要は照れくさそうに目をそらしながら頷く。


「……だったら――ダチになってやってもいいぜ」

「え?」


 要が振り向き、目を丸くする。


「ただし条件がある。今後、俺を「鹿賀」と呼ぶな」

「え……じゃあ「タツ坊」?」

「ぶん殴るぞてめぇ」

「ジョーダンだよ。じゃあ、何て?」

「普通に名前で呼べばいいんだよ。俺は苗字で呼ばれるよか、名前の方が好きだからな。それができねーなら、ダチにはなってやらねぇ」


 今の自分は、一体どんな顔をしているだろうか。

 きっと――笑っているに違いない。


「よし。分かった――達彦」


 要は意気込むように自分の名を呼ぶと、猛々しく胸を張り、


「これでいいだろ? それじゃ、俺の名前を呼ぶことも許可しようじゃないか」

「はいよ、「カナ坊」」

「やめてくれ頼む!」

「はははっ。オーライ――要」


 からかい返し、笑いながら友の名前を呼んだ。


 自分の方向。

 今はまだ見つからないけど。

 その存在に気づかせてくれたこいつについて行けば、いつかきっと見つけ出せるかもしれない。













 易宝が戻ってきたのは、達彦と和解してすぐだった。

 計ったようなタイミング。もしかすると、そのための時間を作ってくれたのかもしれない。


 そんな師の気配りに感謝しながら、要は易宝の治療を受ける。打撲を集中的に受けたのは上半身であったため、二人とも上着を全部脱いで患部を晒した。


 同じく治療を受けている達彦とは背中合わせになっているため、お互いの姿が見えない。


 細く、深い呼吸とともに、暖かな何かが体の表面をゆっくりと巡り回り、やがてリラックスとまどろみを覚えていく。この感じは覚えている。気功治療だ。

 しばらくするとそれは終わり、体の痛む箇所へ湿布や包帯などを施される。薬品臭さの中で要はそれを甘んじて受け、やがて治療は終了。


 次は背中側にいる達彦の治療。それも終了すると易宝は腰に手を当てて、


「よし、これで二人とも終わりだ。調子はどうだ?」

「何も問題なし。サンキュー師父」

「右に同じッス」 


 二人の答えを聞くと、易宝は満足そうに頷きながら言った。


「よかった。ほら、ならとっとと帰った帰った。もう外は暗いぞ?」


 促されるままに要は立ち上がり、そして―――後ろを振り返った。



 ――金髪のミイラ男が立っていた。



 否、ミイラ男ではなく、達彦だ。

 顔面にも受けたであろう打撲痕は、包帯とガーゼで完全にカバーされていて真っ白だった。肌の露出箇所が、白よりも圧倒的に少ない。 

 そう、まさしくミイラ男だった。ピラミッドの中をさまよっていたとしてもまるで違和感がない。


「ぷっ……」


 要の口が、空気の膨張で一気に膨れ上がる。

 ダメだ、ダメだ、ダメだ――そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、膨張はひどくなる。


 やがて――爆裂した。



「ブッ――フハハハハハハハハハ!! ミイラだ! ミイラがいるーーーハハハハーーーー!!!」



 要は達彦の顔を指差しながら、けたたましい笑い声を響かせた。

 

 達彦は突然の要の暴走に戸惑いながら、


「お、おい。なんだよ……何笑ってんだ」

「プククククハハハハッ…………! いや達彦、お前、顔…………アーーーッハハハハハハハ!! おっかしーーーー!!」

「か、顔? 顔がどうしたって―――」


 達彦の言葉が、部屋の隅の姿見に映るミイラ男を見た途端、ピタリと止まった。


 包帯に包まれた達彦の両頬が一気に膨らんでいき――爆発(エクスプロージョン)


「プハハハハハハハーーーー!! だっ…………誰だコイツーーーハハハハハハハハハハハハッ!!!」

「アッッハハハハハハハ!! 何言ってんの!! お前だよ達彦ハハハハハハハハーー!!!」

「クハッ……ハハハハハハハ!! バッカ、嘘つくんじゃねーーハハハハッ…………ハハハハハハハ!!!」


 重なり合った笑声が相乗効果を発揮し、部屋の空気を激しく揺さぶる。あれほど静寂に包まれていた施術室が嘘のように賑やかになった。


「フハハハハハハハーー!!」


 見ると、易宝まで腹を抱えて笑っていた。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


第一章も、残すところあと一話!

年越し前に終わるかな? 終わらないかな?


できれば本編を終わらせて、スッキリした気持ちで年を越したいなー。

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