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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第一章 入門編
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第十九話 六合刮脚

 要と竜胆は互いに構えを固定したまま向かい合う。

 互いに微動だにしない。だがその中間には、二人にしか見えない火花を激しく散らせていた。

 周囲のフェンスのように囲うヘルメット男たちはほとんどざわめくことなく、そんな二人を固唾を呑んで凝視している。


 竜胆は不意に片膝を上げた。

 来るか――攻撃を警戒して要は目を凝らす。


 竜胆はその場にとどまったまま、上げた片足で空中を数回蹴った。

 その足の股関節を中心にした半円を埋め尽くすように、多種多様な蹴り技を放って見せたのだ。


「……っ」


 それを瞳に映した要は、驚きを隠し切れずに目を剥く。

 ただ蹴って見せただけなら、さほど驚かなかっただろう。だが竜胆の見せた蹴りは、ただ足を振り回すだけのレベルに収めていいシロモノではなかった。

 スピードは言うに及ばず。だが何より驚嘆すべきだったのは、その柔軟性と変化の激しさだった。

 足を手のような器用さで操り、普通の人間なら筋を痛めそうな無茶な角度への蹴りを余裕で、そして鋭く演じて見せた。

 そう――まるで鞭と見紛うほどの蹴り。


 構えを作る要の両手が、緊張で自然と湿り気を帯びる。


「清朝末期、太平天国軍の将が河北省へ伝承したことを起源とする「戳脚(たくきゃく)」――“蹴りの拳法”とも呼ばれる、変幻自在な足技が特徴の中国拳法だ」


 竜胆はそらんじるように言う。


「そしてその戳脚をベースに、ありとあらゆる北方武術の脚法を取り入れてアレンジし、完成されたのが――俺の『六合刮脚』さ」


 ジリッと地をにじり、腰を軽く落とす竜胆。


「ここで使われる「六合」とは、東西南北に上下を合わせた空間概念。そして「(かつ)」とは、刃物で削ぐ、という意味。つまり―――肉肌を削ぎ落とさんほどの威力の蹴りを、あらゆる方向へ叩き込む拳だッ!!」


 下半身に溜めた力を解き放ち、竜胆の姿が急激に視界で大きくなる。

 その呆気にとられるほどの優れた瞬発力に、要は少しばかり反応が遅れてしまった。


 竜胆は振り子よろしく、右足の爪先を振り出してきた。

 そのとんでもないスピードで迫る蹴りを避けられないと瞬時に悟った要は、重ね合わせた両手で受け止める。

 

 手根へビリビリと伝わってくる衝撃に、要は表情を固めて切歯する。

 なんて力だ。肩の関節が外れそうだ。


 だが、驚異はこれで終わりではなかった。

 竜胆の爪先を受け止めていた両手の触覚が、突如無くなる。

 

 ――え?


 異変を感じた時には遅かった。いつの間にか蹴り足を抱え込むように引っ込めていた竜胆が、そのままその足で要の腹部を踏むように蹴りつけた。

 

「がぁっ!」


 筋肉の緩んでいた腹部に強く加圧されたことで、要は胃をかき回されるような気持ち悪さを感じながら後方へ吹っ飛んだ。慣性でアスファルトに背中を引きずる。

 だが要は素早く後転して立ち上がる。倒れたら速やかに立ち上がれ。易宝にそう教わったからだ。


 そして、その判断は正解だった。


「うわ!」


 追い打ちとばかりに放たれた竜胆の蹴上げを、要はその横合いへ足を進めてなんとか回避。

 竜胆は上げられた足の軌道をすぐさま変化させ、横に立つ要めがけて鍵爪のような回し蹴りを鋭く振り出す。

 要はステップで後方へ飛び退くが、かわしきれずに蹴りが制服に擦過。第二ボタンが勢いよく弾け飛んだ。


 竜胆は蹴り足を迅速に地面に戻した。

 そして要に接近し――ダンスを躍るように一回転。


「ははっ! 行くぞ―――『旋風擺蓮(せんぷうはいれん)』ッ!!」


 回転した状態から一気に全身を横へ展開させ、右足を外側へ払うように蹴りを飛ばしてくる竜胆。

 考えるよりも先に体が動いた。要は胸前で両腕を構え、腰斬と化した大腿部による一撃を受け止めた――はずだった。


 要の体はそのあまりに激烈な蹴りの余波を受け、後ろへ弾き飛ばされた。

 

 驚愕の意を、両腕に受けたバカバカしい衝撃の余韻とともに感じながら、背中からアスファルトに落下。息が詰まるほど痛かったが、それでも速やかに立ち上がる。


 余裕の表情で、トントンとステップを踏んでいる竜胆。

 ヘルメット男たちがかまびすしい歓喜の声を上げた。


「どうだい? 回転による遠心力と、骨盤の展開力を合わせた蹴りの味――はっ!!」


 竜胆は再び猛烈な勢いで向かってくる。足を使う事が専門である分、瞬発力も相当なものなのかもしれない。


 ――避けてばっかじゃダメだ。


 要は視界に迫る竜胆をキッと睨みつけ、右拳を脇に構えて腰を落とす。


「『開拳』っ!」


 足底の踏み切りの力と、「通背」による反作用力を一拳に集約したストレート。初歩でも技は技、当たればノーダメージでは済まない。

 だが竜胆は要の拳が伸びきる前に、ダッシュの勢いをキープしたまま右側へ滑るように移動した。

 

「心意気は買おう。でも攻め時は考えるべきだなっ!!」


 そこから左足による、バレリーナにも似た後ろ回し蹴りへと連環させる竜胆。

 要は自ら前のめりに倒れ、ダメ元で回避を試みる。 

 幸運にも、竜胆が足を上げすぎた事と、二人の身長差という二つのファクターが重なり、要はその蹴りをかわすことに成功した。


 要はゴロゴロと横に転がって距離を取ってからしゃがんだ姿勢となり、そこからすぐに立ち上がろうとした。


 だが前方には、それをさせまいとばかりに爪先蹴りを放とうとしている竜胆の下半身が大きく映っていた。


 奴の蹴りの速さを考えると、今の体勢的に避けるのは無理だ。ならここは、痛いけど踏ん張ってガード。要は即座に対処法を組み立て、両腕をクロスにして胴体を守りに入った。


 だが、予期していたタイミングに――予期していた重い衝撃はやって来なかった。


 何だ? やめたのか? それとも他の蹴りに変えた? あらゆるケースを想定しながら、要はクロスした腕からそっと前を覗き込んだ。



 ―――竜胆の爪先が、ブルブルと震えながらアスファルトに引っかかっていた。



 次の瞬間、引っかかっていたその爪先がバチン、と弾かれたようにアスファルトから解き放たれ、蛇の噛み付きのごとき速度で要に襲いかかった。


「ぐぅぅっ!!」


 その爆速のキックは要のガードごと本体に凄まじいインパクトを与え、全身を一瞬浮き上がらせた。

 要は激しく咳き込みながらうずくまる。すごく痛くて苦しい。息がうまくできない。蹴りが来ない事に(・・・・・・・・)油断して(・・・・)気を緩めていた(・・・・・・・)要にとって、その蹴りは凶器そのものだった。


「今のは『磨脚(まきゃく)』。蹴り足を他の物体に引っ掛けて「タメ」を作り、それを解放してやることで、既存の脚力を倍化した威力の蹴りを打つ技。まぁ、デコピンの原理と一緒だね。あと「タメ」を作る事でタイムラグを発生させて、相手の予期していた(・・・・・・・・・)タイミングを(・・・・・・)狂わせる(・・・・)こともできるわけだけど……見事に引っかかってくれたね」


 竜胆は大仰に手を広げながら続ける。


「このように、六合刮脚はあらゆる手段で強い蹴りを打つんだ。人間は二本足で歩く生き物だからね、足の力は手よりずっと強い。六合刮脚はそのただでさえ強い足の力をさらに増幅し、より凶悪なものとする!」


 ようやく咳が収まってきた要はよろよろと立ち上がり、なんとか体勢を整えた。一回も当てられないでダウンなんて格好がつかない。


 その姿を、竜胆は獣のような目で見つめる。


「立ったか……よしよし、そうでなくちゃ。こんなあっさり終わるようじゃ――気が萎えるもんなぁ!!」


 竜胆は再び距離を詰め、凶器と化した足を振り回して攻撃を仕掛けてくる。

 基本、小柄でリーチの短い要は、無闇に敵に突っ込む事はできない。だが竜胆は自分よりもリーチが上なため、自分と違って積極的に攻め込めば「先手必勝」と呼べる。ここに来て改めて体格差のハンデを思い知った。

 爆風のような竜胆の蹴りの連打をかわし、時に防御。神経を研ぎ澄ましてなんとかクリーンヒットを防止するが、徐々に陰りが生まれ始める。

 歯を食いしばって必死に隙を探す。だが吹き荒れる暴力のストームに割り込む余地はなく、体力と気力がガリガリと削られていく。


「ははははは!! ほらほらどうした崩陣拳!? 防戦一方じゃないか! なんだそのザマは!! 俺をがっかりさせないでくれよぉ!!」


 竜胆は嗜虐に満ちた表情を浮かべながら、好戦的な台詞を連発してくる。

 心なしか、時間が経つにつれて、口調が過激になっている気がする。


「そら、もう一度『旋風擺蓮』だっ――!!」 


 一回転によって遠心力を携えてから、体を横へ開いて放つ右払い蹴り。

 最初同様防ごうかと一瞬思ったが、顔面を狙ったものなのか、蹴りは少し高めに放たれていたため、要は下半身をグンッと落としてそれを回避。真上を通過した蹴りの風圧で前髪が跳ねる。


 しかし、かわせたと思ったのも束の間――竜胆は迅速に足を踏み換える。

 そして、大きく横に開かれた全身を抱き込むように一気に閉じつつ、左回し蹴りを繰り出してきた。


「がっ――!?」 


 要の右上腕部にハンマーで殴られたような激痛が走る。ワンテンポ遅れて、それが蹴りのよるものだと確信。

 その勢いで横に転がっていき、やがてうつ伏せでストップした。


「本も開いた後は閉じるものだろ? 今のは骨盤を閉じる力を利用した回し蹴り。よけられた場合の対策もあって然るべきさ」


 ひび割れたアスファルトしか視界に映っていない状態で、竜胆の声だけが勝手に耳に入ってくる。右腕が蹴りの威力を忘れられず、未だにビリビリと訴えてきている。

 強い――これが六合刮脚。

 ()のようにしなやかで、なおかつ一発一発の蹴りがとんでもなく重い。今なら「肉を削ぎ落とす」という表現が誇張には聞こえない。肉どころか骨ごとイってしまいそうだ。


 

 ―――鞭?


 

 その一単語に、記憶の引出しのどこかが反応した。

 要は必死に脳内を探る。


 

 そして思い出した――易宝が、粱という中国人と戦っていた時のことを。



 粱は確か劈掛掌とかいう、両腕を鞭のように操って戦う拳法を使っていた。

 そしてそんな粱を、易宝は難なくあしらった。


 その時の、易宝の戦い方を振り返る。

 腕を折られた粱は、折れていないもう片方の腕を横薙ぎに振り出してきた。

 だが易宝はそれよりも早くに粱の懐へ潜り、その腕の振りを片手のみで止める。

 そして彼は言った。




『どんなに疾く鋭い鞭でも、内側に近づけば近づくほど、そのスピードも威力も落ちるもの。そこを抑えれば止めるのは容易い』




 ――これだ。


 どんなに強力な鞭でも、そのリーチの内側へ入れば入るほど、その驚異は薄くなる。遠心力が一番濃く働いているのは、鞭の先端付近なのだから。  

 同じ振り回すタイプの攻撃である以上、この理屈はきっと蹴りにも通るはずだ。

 ならばどうするか。

 答えは簡単だ――易宝に倣って、竜胆の至近距離まで近づけばいい。そうすれば、あのうざったい蹴りはその力を失うはずだ。

 

 大いなるとっかかりを得た要は、足腰に力を入れてゆっくりと立ち上がった。


「へえ、まだ立つのか。そろそろギブアップかと思ったけど、見た目によらずタフだね」


 竜胆が小さく笑う。

 

 本当のところ、体のあちこちが痛くて辛い。あのまま横になっていたいと一瞬、思ってしまうほどに。

 だが、勝てる可能性が見つかったのだ。見つけた以上、試さないともったいない。


 竜胆がステップをとり始める。これから攻めに入るつもりだろう。

 要は『百戦不殆式』となり、それに対する。


 竜胆が素早く攻め入り、矢継ぎ早に蹴りの嵐を起こす。

 知っている蹴りから見たこともない蹴りまで、多種多様な足技の応酬。一撃を防いでもすぐさま流れるように二擊目、三擊目、四擊目……と連環させてくるので、反応に難儀する。息つく暇もないとはこのことだ。

 だがそれでも、要は奥歯を噛み締めて機を待ち続ける。


 やがて――その機は訪れた。


「――『旋風擺蓮』ッ!!」


 竜胆はつむじ風のように一回転し、全身を骨盤から展開。それらを総計した力を持つ払い蹴りを放ってきた。


 要は急激にしゃがみ込む事で、その蹴りをかわす。

 目標を失った払い蹴りが、風を纏いながら真上を通り過ぎる。

 

 視界の上部を見ると――骨盤を開いた事により、全身を真正面に向けた竜胆の姿があった。


 ――今だ! 


 二擊目の回し蹴りへ繋がる前に、要はクラウチングスタートの要領で竜胆の懐へと素早く飛び込み、着ているライダースジャケットを両手でギュッと掴む。

 竜胆が目を丸くした。

 

 しめた。このまま後足に体重をかけて引き倒してやる。そして起き上がったところへ『撞拳』を叩き込めば――要は逆転の予感がした。




 だがその予感は―――不意に腹部を襲った、抉るような鈍痛によってあっけなく打ち砕かれる。

 



「え……」


 何が起きたか分からず、思わず呻く要。


 そして、ゆっくりと痛みを感じた腹部へ目を落とす。



 ―――竜胆の拳がめり込んでいた。



「うそ……」と、か細い声で呟く要。


 胃袋を揺らされたような不快感を痛みより強く感じた要は、猫背になって腹を押さえたまま引き下がろうとした。

 だが、すでに蹴り足を垂直まで上げていた竜胆が、それを許すはずがなかった。


「――『硬劈脚(こうへききゃく)』!」

「ガッ!!」


 斧のように振り下ろされた竜胆の踵落としが、要の背中を真っ二つにせんばかりに叩き込まれた。

 要はアスファルトへ勢いよくうつ伏せに叩きつけられ、二重のダメージを受ける。

 

 ――何が起こった?


 激痛にさいなまれながらも、要はつい先ほど直面した奇妙な出来事に目を白黒させていた。

 竜胆に掴みかかった瞬間、腹部にとんでもない衝撃を受けた。

 腹に刺さっていたのは拳だった。つまり突然感じた衝撃の正体は突き技。

 しかしそれはおかしい。

 普通、強いパンチを打つには、ある程度助走となる距離が必要だ。だがあの時の二人の距離は、とてもあんな強いパンチを打てる距離ではなかったはず。それほど至近距離だったのだ。

 

 うつ伏せの状態から竜胆を見上げる。


「目の付け所は悪くなかったよ。だけど――弱点を何かで補うのは基本だろう?」


 竜胆は含んだような笑みを浮かべると、おもむろに右腕を前に伸ばした。

 その手は拳を握り切らず、指の第二関節までを曲げた中途半端な状態。

 竜胆はそこから右腕を軽く前へ進めると同時に、その拳を握り締める――拳が言葉で表しにくい凝縮感を一瞬帯びた。


「踵落としの前、君に打った突きがコレ。これは『插捶(そうすい)』という技でね、手の指を第二関節まで曲げた状態で相手に添えてから、肩を前へ出すと同時に握り締めて相手に押し込むんだ。そうすると――相手とキスできそうなほど接近した状態でも、比較的強い突きが打てる。いわゆる「寸勁(すんけい)」というやつさ。さっきみたいに急接近された場合のためのとっておきだね」


 要は絶望的な気分になった。

 ただ強いだけじゃない。こいつは――自分の持っている技を上手く使いこなしている。

 武術を学び始めて日の浅い自分とは、明らかにレベルが違う。

 

 ――勝てるのか、俺は?


 だが、まだ少しは体が動きそうだ。

 体力が残っている限り立ち向かう。自分は昔からそうしてきた。


 まだジンジンと痛む背中に目を瞑りながら、要はゾンビのようにガクガクと立ち上がった。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


蹴り技使いって、個人的に結構好きなのです。

ブルースリーの影響でしょうか(・・;)

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