第十七話 紅臂会(レッド・アームズ)
「誰だ……テメェら」
一本道の両側を塞ぐ形で集まっているバイクの軍勢に、達彦は殺気を交えて睨みをきかせる。
ヘルメットを被ってバイクにまたがる男たちは、前後合わせて三十人は超えているかもしれない。しかもみんな鉄パイプなどの武器を片手に握っている。
バイクの種類には規則性がなく、ありとあらゆる種類やモデルが集まっていて、まるでバイクの展示場をその場に持ってきたかのようだ。
薄暗い木陰に包まれた樹海のような旧道が、かまびすしいエンジン音と排ガスの匂いに包まれる。
「――「誰だ……テメェら」と聞かれたら、答えてあげるが世の情け、ってなぁ!」
クラシックタイプのバイクに乗っていた一人の男が聞き覚えのある口上を述べると、被っていたフルフェイスヘルメットを外し、素顔を露わにした。
「っ! ……テメェは…………!」
達彦は大きく開眼する。その男の顔には見覚えがあった。
数日前、肩がぶつかった事が原因でケンカとなり、そして叩きのめした、スカジャンの男だった。
男の着ているものがその時と同じスカジャンであることも、芋ずる式に思い出す。
「思い出してくれて嬉しいぜオイ。ついでにご愁傷様だクソガキ。おめぇはあの日、ライオンの尻尾を踏んだんだ――!」
スカジャン男は挑発的な口調でそう口にすると、着ているスカジャンの右袖を二の腕まで捲る。
それに倣う形で、周りにいる男たちも同じように袖を上げ、二の腕を現した。
―――男たち全員の二の腕には、真っ赤なバンダナが巻き付けてあった。
バンダナの真紅を見て、達彦は心臓が止まりそうになる。
「まさかお前ら―――『紅臂会』!? 本物かッ!?」
達彦は半信半疑で問う。
―――『紅臂会』。
現在ここ海線境市で、我が世の春を謳歌している暴走族。
『邪威暗斗』『苦羅啞剣』『折兎露棲』などの大型グループを抗争の末に敗り、この辺りではトップを欲しいままにしている組織だ。
連中のしている真紅のバンダナは、その会員である証なのだ。
「パチこいてどうするよ? マネする奴なんざもう滅んだって、おめぇも聞いた事があんだろ?」
達彦は舌打ちした。こいつの言う通りだ。
一時期、同じように真紅のバンダナを腕に巻き、『紅臂会』を騙って町中を闊歩するグループが何組か現れたが、謂れのない罪を着せられる事を危惧した本物の『紅臂会』にしめあげられて以来、真似をする命知らずな連中は根絶やしとなった。そんな前例がある以上、こいつが嘘をついているとは考えにくい。
「……それで、その天下のアームズ様が何の用だ? 仕返しか?」
「ハイ五十点。まぁ、俺個人の憂さ晴らしってのも間違っちゃいねぇが、ホントのトコはメンツを守るためだ。兵隊にちょっかい出されといてノータッチじゃ、『紅臂会』がナメられちまうだろうが。ナメられたらシメーなんだよ、俺らの業界は」
「ああそうかい…………そりゃ結構な事で」
おびただしいバイクの数に気圧されていた達彦だったが、それを悟られまいと平静を装い、精一杯イヤミを言ってみせる。
暑いわけでもないのに、額に汗がにじんでくる。
達彦も名が通っている不良だが、暴走族相手では勝手が違う。奴らは野球と同じように、ソロではなく総合力で争う連中だ。一人ずづならなんとかなるかもしれないが、大勢で一気に攻められたら勝ち目はない。
いや、一人ずづでも、勝てるかどうか分からない。相手はこの辺でトップの連中だ。一人一人が自分と同じくらいか、それ以上かもしれない。そんな連中からケンカを買うなんて無ぼ――
「――クソがっ」
達彦は小さく毒づく。
自分の力が信じられなくなっているような気がする。
やはり工藤要に負けた事が影響しているのか。
――しっかりしろ、俺。
ケンカは先にイモ引いた奴の負けだ。
今でも落ち込んではいるが、そんな場合じゃない。気を抜いたら人間サンドバッグ決定だ。
今だけでいい。気をしっかり持て、俺。達彦は自身を叱咤激励し、臨戦態勢になる。
「まぁ、そういう訳だ――黙って半殺しにでもされてくれや」
スカジャン男はそう言うと、バイクのサイドスタンドをかけて降り、懐から特殊警棒を取り出して「カシャン」と伸ばす。
他の男たちもバイクから足を下ろし、鉄パイプやら木刀やらを手に近づいて来る。全員ヘルメットで顔を隠して向かってくる様子は、まるで特撮モノの下級兵士のようだ。
バイクのエンジンを切らないのは、万が一警察が来た時、即座に逃げられるようにするためだろう。
達彦はジリッとアスファルトを踏みしめ、自身を律して状況を観察する。
ここは一本道。二つしか進む方向がない所。しかもその二方向も大人数でがっちりガードされていて完全に逃げ場が無い。しかも人数がバランスよく配分されている。
全員まともに相手をしたら勝ち目は皆無。
ならば優先的に叩くべきは――リーダー。
グループを名乗る以上、リーダーの存在はつきものだ。
特にこういった暴力的な集まりは、リーダーが潰された途端どうしていいか分からなくなり、烏合の衆と成り下がるものだ。
中にはそうはならない根性のある連中もいるが、それでもリーダーを失えばダメージは決して小さくない。確実に判断にムラが現れるだろう。
どうであれ、まずリーダーを潰せば御の字だ。叩きのめすか逃げるかはその後考えよう。
ジリジリと挟むように距離を詰めて来る男たち。鉄パイプを「カララン」とアスファルトに引きずる音が焦燥感を煽る。
そのプレッシャーに耐えながら、達彦は必死に二方向を観察し続ける。
すると、列をなしてやって来る片方の男たちの隙間から――こちらへは来ず、離れた位置で両腕を組んで立ち止まっている黒いライダースジャケットの男の姿が一人見えた。
――ボスってのは、敵から一番遠い位置にいるもんだ。
そんな自分の経験則からなる意見を頼りに、達彦はリーダーらしきその男のいる方向へ勢いよくダッシュする。
前方の男たちは一瞬驚きを見せたが、すぐにそれを馬鹿にしたような笑みへと変え、武器を構えた。
「タコが! 飛んで火に入る夏のナンタラだっ!」「やっちまえ!」「ボコボコな顔でママに泣きつけ!」
泣きつけるママなんざいねぇよ――達彦はそう心の中で自虐しながら、背中を丸め、頭を守るように腕をクロスに構える。
そしてそのまま、さらに進む速度を高めた。
「ヒャッホー! 一番乗りーー!」
サルのようなその叫びとともに、右肩に鈍い激痛が走る。軽く目を向けると、鉄パイプが吸い付くように右肩へ接触していた。
だが達彦は歯を食いしばってそれに耐え、進む足を緩めない。
続いて二発目、三発目、四発目と暇なく全身を殴打されるが、それにも渾身の気力で耐え抜き、頭を死守。
全部を避けようなんて贅沢は言わない。決定打のみを防御し、それ以外の攻撃は甘んじて受ける。
そしてなおかつ走る速度を落とさず、一八○センチ超の体格を利用して、ブルドーザーのように前に立つ男たちを体当たりで突き飛ばし、どんどん奥へと進む。
突き進み、突き進み、突き進み――とうとうたどり着いた。
すぐ目の前には、痛みを堪えてまで会いたかったライダースジャケットの男。最初に見た時と変わらず、腕を組んで立っている。
バカめ。油断しやがって。もう終わりだ。
達彦は痛む体に鞭を打ち、右拳を握り締めてその男へ向けて振り出そうとした。
だがそれよりもはるかに速く―――圧殺せんばかりの衝撃が腹部を襲った。
「っかは――――!!」
遠心力をつけてハンマーで殴りつけたような、硬く、そして大きな圧力を持ったその一撃は、胃の中身を逆流させんばかりに達彦に食らいついてくる。
せめてもの慰めは、本当に吐かなかった事だろう。
達彦の腹には――爪先が抉るように突き込まれていた。
その足の主――ライダースジャケットを着た男は素早く蹴り足を引き、上空を覆う枝葉を仰ぎ見ながら倒れゆく自分の姿をヘルメット越しに見下ろしていた。
背中にアスファルトの硬い衝撃が走る。
「っ…………んのやろ……!」
達彦は男を憎悪を込めて睨み付ける。
男はゆっくりとヘルメットを脱いだ。
ヘルメットを脱いで素顔を晒したその人物は、暴走族のリーダーとは思えない面構えの男だった。
ミディアムほどの長さの黒髪を後頭部で縛ってまとめており、やや鼻筋が高く、いかつい感じのしない爽やかな美貌は、暴力性どころか優しさすら感じさせる。
「悪いね。伊達や酔狂でヘッドを張ってる訳じゃないんだ」
真顔でそう言ってくる男の声色は、低めだが、やはり涼しげなものだった。
達彦は立とうとするが、痛みでそれがうまくできない。先ほどの蹴りが相当に効いたようだ。
さっきの蹴り、工藤の妙なパンチと同じくらい……いや、もしかすると――
そうこう考えていると、後ろ側から武器を持った男たちがこちらへ歩み寄って来ていた。当然、まだやる気は満々だ。
…………ここまでか、くそったれ。
――そして、そんな彼らの様子を影から見ている者が一人。
読んで下さった皆様、ありがとうございます!
早いです(笑)
いつぞやと同じように二、三時間ほどで書き終わりました。
そろそろ第一章のラストバトルに近づいて参りました。
今年中に終われるか分かりませんが、頑張るのでよろしくお願いします。




