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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第一章 入門編
17/112

第十六話 失意の達彦

2015.11/20:『対打』→『散手』に修正しました。

 放課後。


 茜色の日光が緩やかに当たる易宝養生院の中庭にて。


「さぁ、行くぞ! もうボーッとするなよ」


 劉易宝はそう前置きを述べると、中庭の黄銅色の地面を踏み蹴り、その身に高い推進力を宿らせこちらに進行してきた。

 ブラックカラーの唐装を身にまとった全身が高スピードを得たことで、易宝は黒い突風と化してこちらへ迫り、あっという間に間隔を狭めた。

 易宝曰く「ちゃーーーーんと」手加減しているそうだが、こんな速度は陸上部の短距離走選手にだって出せやしない。彼が高校生だったらあちこちの部から引っ張りだこだっただろう。


 対して、向かい側の工藤要はじっと構えを取りながらその到着を待つ。構えの名は『百戦不殆式』――「百戦危うからず」の意味を持つ論語の一文を冠する通り、防御からあらゆる攻撃や崩し技へ繋げる事のできる、何でもござれな構え。


 この修行は今まで、攻撃を避ける『閃身法』のみの修行だった。

 だが『開拳』が使い物になり、さらに『三宝拳』を教わったことで、要の技のバリエーションは一気に増えた。そのため「今度からはそちらから打ち込んでも構わない」と易宝から許可された。

 守りだけでなく、攻撃がまともにできるようになったことで、回避だけだったこの「対人練習」は攻撃アリの「組手」と化した。

 以降はこの訓練を『散手』と呼び、教えた技をを使って組手を行う時間にするという。


 要は視神経に意識を総動員して、前方から拳を突き出さんとしてくる易宝の動きを必死で分析する。

 そして躱すタイミングをなんとか把握――易宝が踏み込んで突きを放つ直前、その拳を放った腕の肩へ素早く移動して回避することに決定。


 いける。そして避けてからすかさず『旋拳』を打ち込めば。 

 大丈夫、突きが来るタイミングはつかんだ。俺の避けは進歩してるんだ。鹿賀のパンチを簡単に避けられたんだから――――鹿賀?



『人を馬鹿にするのも大概にしろっっ!!!』



 あの言葉とともに手を払われてから、今日で二日目。

 闘ったその日以来、達彦は学校に一度も姿を見せていない。欠席し続けている。

 なんでだろう。

 風邪? それとも――


 それ以上考えることは、不意に腹部を深く圧迫した衝撃によって阻まれた。 


「ギャ!!」


 その衝撃によって、要の体はスポンジのように軽々と吹っ飛ぶ。意識が逸れて腹の筋肉が緩んでいたため、軽い吐き気のようなものも感じた。

 地面に仰向けに倒された要は、咳き込みながら衝撃のやって来た方へ目を向ける。易宝が拳を突き出し終えたポーズのまま止まっていた。


「何をやってるカナ坊! 再三ボーッとするなと言ったはずだ! 集中しろ!」


 易宝は腰を上げて直立し、やや苛立った様子で檄を飛ばしてきた。

 当然の反応だろう――これで連続三回目なのだから。

 先ほどの二回も、今のように考え事をして集中を途切れさせた結果、食らいたくもない打撃を自ら浴びる結果となった。


「す、すんませーん……」


 要はゆっくりと立ち上がり、気の抜けた口調で謝った。我ながら情けない声だ。


「やる気が無いならやめて構わんのだぞカナ坊。そんなもんじゃつく功夫もつかん。やらん方がいい」

「ちげーよっ!」


 突き放すような言い方をされて、要は噛み付くように言い返す。


「それじゃああれか? 悩み事でもあるのか」

「…………まぁ、若干?」


 悟られた恥ずかしさから、要はややぼかした言い方をしてしまう。 

 だがそこで考えた。言葉遣いは変だが、易宝は自分よりも年長者だ。思い切って話してみるのもいいかもしれない。


「「そんなもんはスクールカウンセラーの領分だ」なんて狭量なことは言わんよ。あるならぶちまけてみるといい。それだけで楽になれることも少なからずある。さあ、どうだ? 小朋友(シャオポンヨウ)


 易宝もこう言ってくれている。話してみよう。


 要はもじもじしながらも話し始めた。


「――師父(せんせい)はさ、自分を負かした相手と仲良くできる?」

「と、いうと?」

「A君って人がいたとする。それで、そのA君とケンカしてボロ負けしたとする。だけど勝ったA君が、負けた自分に笑って手を差し伸べてきたら――普通はブチ切れるべきなのかな」


 名誉のため、達彦の名前は出さずに訊いた。


 すると易宝は腕を組んで思案顔をしながら、


「普通――とは何だろうな」

「え?」

「「普通」という概念の差異は、地球上にいるヒトの数だけあると思うんだがのう。街や国家といったコミュニティにはびこる「普通」というのは、少数の為政者や実力者どもが、大多数の市民に沿わせているルールにすぎんよ」

「よくわかんないよ」

「――失礼、話が逸れてしまったな。まあ何が言いたいかというと、「人それぞれ」ということだ」


 易宝は何かを振り返るような顔で夕方の空を仰ぎ見る。銃口を向けられてもヘラヘラ笑ってられるような人だ。それなりに非凡な人生を過ごしてきたのかもしれない。


「敵に手を差し伸べられて素直にそれを掴む者もいれば、侮辱されたと思ってそれを払い除ける者もいる。「人それぞれ」だ。知り合いを例にあげようか。わしの知り合いの一人が、ある査拳(さけん)の名手に教えを請いに行った時の話だ。知り合いは土産として、査拳の師に雲腿(ユントゥイ)を持っていったんだが、そうしたらめちゃくちゃ怒られたそうだ。実はその査拳の師はムスリムでのう、宗教上、豚肉を食ってはいけなかったんだが、知り合いはその事を知らなかった。このように、自分が善意や好意でやったことでも、相手が同じように受け取ってくれるとは限らん。相手の考え方や宗教次第では、思わぬ受け取り方をされる可能性もあるものだ」

「師父はどうなの? 負けた相手に手を差し出されたら」

「うーん、多少癪に思うかもしれんが、少なくとも激怒まではせん。まぁ、「哀れな負け犬への施しだ受け取りたまえフハハハハハ」とか高笑いで札をバラまかれたりしたら、流石にカチンとはくるかもしれんが」


 ……そんな性格の悪い奴、探す方が大変だと思う。


 そして、要は考えた。

 確かにあの時――手を差し伸べた時の自分に悪意はなかった。

 だが、そうされた達彦はどうだろう? 自分の行為は彼のプライドを逆なでしてしまったのかもしれない。

 だとすると自分の落ち度だ。配慮が足りなかった。


 でも――と、要はそんな理屈に噛み付く。


 それでも要は――あれ以上争うことはしたくなかったのだ。









 ◆◆◆◆◆◆









 クラスメイトが一人欠席した時の周囲の反応は様々である。

 それがクラスの中心的人物なら軽い騒ぎとなり、一部の生徒の間では「お見舞いに行くか」という話へ発展しやすい。

 そうでない人物なら、「そうか、休みなのか」という軽いリアクションのみで終わる。

 存在感の希薄な空気的存在なら、そもそもリアクションすら取られない。

 どういうものであれ、周囲の反応は欠席した人物によってそれぞれ異なった。


 だが――欠席されて安堵する、という話は聞いたことがない。


「鹿賀達彦――は、今日も休みか」


 そう感じたのは朝の出席確認の時間、担任のそんな呆れたような言葉を耳にした時だ。

 その声が響いた瞬間、教室にいる他のクラスメイトたちがかすかな脱力感を見せた――安堵の反応だ。

 みんな、達彦がおっかないのだろう。以前、校門で剣道部の三年生を瞬殺したという話が広がっているから、余計にそう感じるのかもしれない。


 だが要は、やや胸騒ぎのようなものを一人感じていた。


 達彦は今日も欠席した。

 今日で五日目。流石にここまで続くと、風邪以外の理由を疑わざるを得なくなってくる。


 そもそも達彦が姿を消したのは、自分と闘ってからすぐだ。

 それを見るに、もしも風邪以外の理由があるとするならば、大なり小なり自分が関わっている可能性を否めない。

 やはりあの時、自分がいらぬ事をしたから、ショックを受けてしまったのか?

 それとも、自分にやられた傷が癒えないのか?


「――要、工藤要」


 そんな風に一人考え込んでいると、不意に自分のフルネームを連呼する男の声が耳に入ってきた。その声の主を見る。担任だった。

「は、はいぃ?」要はとぼけた返事をすると、


「さっきから呼んでるんだ、いるんなら返事をしろ」


 うんざりした様子の担任。そういえば出席はあいうえお順だった。「鹿賀達彦」が呼ばれたから、「く」で始まる自分の番が近かったのだ。


「……はい」


 とりあえず素直に返事をした。

 担任はそれを確認すると出席簿に軽くペンを走らせ、すぐに出席確認を再開する。


 やるべきことを終えた要は再度思考し始める。

 なぜ達彦は来ないのか?

 来るとしたら、それはいつになるのか?

 仮に来たところで、自分はどうするというのだ?


 ――分かり合うことは、やはり無理なのか。









 ◆◆◆◆◆◆









 町には夕日が差し始めていた。

 世間ではすでに帰宅時間に差し掛かっているようだった。ランドセルを背負った子供達が歩道ではしゃぎ回る姿や、車道を往来する自動車の多さがそれを裏付けていた。

 幼稚園帰りだろうか、小さい子供と仲良く手を繋いで歩く女性の姿がちらほら目に付く。


 鹿賀達彦はそんな町中を、頼りない足取りでのろのろと歩いていた。


 顔は心を映す鏡とはよく言ったもので、今の達彦の顔からは、心に果てしなく渦巻く虚無感を映し出しているかのように生気が感じられない。

 着ているのは制服ではなく、Tシャツにジャージのズボンという簡素な私服だった。


 達彦が学校をサボり始めて、今日で五日目。

 正午近くまで惰眠を貪ってからようやくベッドを出て、適当に着替えてから外出、それからは夜になるまであてもなく町を徘徊し続ける。そんなルーチンをこの五日間、機械的に繰り返している。

 部屋に引きこもるという選択肢もあったが、そうするとそこから抜け出せなくなり、本格的な引きこもりと化してしまうような気がした。なら外にいる方が健康的だろうと思い家を出た。ガス欠状態でようやく振り絞れたなけなしの気力だった。

 引きこもりか徘徊、いずれを選択しても両親は何も文句を言わないだろう――文句を言うほどの関心すら向けられていないのだから。連中は保護者として申し訳程度の義務を果たすのみだ。


 視界の端に、ひと組の親子連れの姿が映る。親も子も、何も悩みがなさそうで幸福に満ちた笑顔の花を咲かせていた。

 唇を閉じたままギリッと切歯する。心がインクを落としたようにドス黒くなっていく。


 何をそんな幸せそうに笑っていられるんだ――お前たちはそんなに「優秀」なのか?


 自分は「優秀」ではなくなってしまった――工藤要に傷一つつけられずに完敗したことで、その事実は決定的となった。

「ケンカの強さが取り柄である」という事実は、これで完全に消失した。

 自分はもう最強ではない。

「優秀である」というのは、その分野に置いて並ぶ者がおらず、なおかつその事実によって周囲の人間から祭り上げられる能力があるという事にほかならない。

 自分はその唯一の「優秀さ」を失ってしまったのだ。これといって飛び抜けた才能や取り柄の無いモブキャラへと転落した。

 そんな人間から、一体どのような価値を見出せというのか?


 そんな自分に――要は笑って手を差し伸べてきた。

 価値のなくなった石ころのような自分に、なんでわざわざそんな事をする? 自分の優位性をアピールでもしたいのか? ナメやがって――そんな被害妄想に等しい黒い感情がその手を払わせた。

 だが、あんな頭の良くなさそうな奴に、そんなヒネた考えが浮かぶとも思えない。おそらく、本当に善意なのだろう。


 でもあの時、ああせずにはいられなかった。

「優秀さ」を失って、残っているのは無意味なプライドだけか――達彦は再び自分を呵責した。


 ああ、ダメだ。自分は本格的に参ってしまっている。




 この感じ――「あの頃」と同じだ。




 達彦には、双子の弟がいる。


 一卵性双生児であるその弟と自分は、顔立ちも背丈も全く一緒。同じ服を着て二人並んだら、まるで影分身でもしているかのようだ。

 だがスペックはその限りではなかった――悲しいほどに。

 弟は何をやらせてもすごかった。勉強、スポーツは言うに及ばず、美術、作文、スピーチコンテスト…………あらゆる分野に手を出し、そのほとんどで最優秀賞をかっさらった。

 だがそれに比べて、兄の達彦は平凡そのものだった。文武においては、どんなに頑張っても弟の足元にギリギリ届きそうという結果しか出ず、それ以外の分野では足元どころか後ろ姿すら見えない結果に終わった。

 そんな「できた弟」と「平凡な兄」、両親から受ける愛情に大きな差が生まれるのは言わずもがなだった。 

 運良く一回だけ、水彩画で佳作を取った事があったが、両親は口の端一つ歪めてはくれなかった。


 そして成長し、達彦は弟と同じエスカレーター式の学園の中等部に通っていた。この海線境市ではトップレベルの進学校だった。高等部では東大合格者も多く輩出している。

 そこでも、弟との扱いの差が激しかったことは言うまでもない。

 成績は至って優秀、スポーツも万能、おまけに人望もあり、女子からの人気も絶大。そんな弟がそこらへんを数歩歩くだけで、すぐに笑顔を浮かべた生徒がピラニアのように集まる。

 比べて自分はどんなにアピールしても見向きもされず、話している友達も弟が来たらすぐにそちらへ流されていった。

 顔立ちが瓜二つという要素ゆえ、知らない生徒から弟と間違えられ、弟でないと教えた途端ひどくつまらなそうな顔をされる。そういったリアクションはいつ見てもショックだった。


 劣った兄。優秀な弟。

 同じDNAを持っているというのに――どうしてこうも違うのか。


 だが、そんな達彦にも唯一誇れる点があった――当時付き合っていた彼女の存在だ。


 彼女はとても可愛く、スタイルもよく、男子の中で一番人気の高い女子だった。

 おまけに明るく気さくな性格で、友達も多かった。

 そんな輝いた存在の隣で立っていられる事を、達彦は自分だけの取り柄だと思えるようになった。

 彼女が大好きだった。愛しかった。

 彼女がいる限り、俺はあいつへの劣等感に負けず、胸を張って生きていける。

 彼女のためなら何だってしてあげたい、そう思えた。

 心の底から信じていた。




 ――家の玄関の前で、弟と深いキスをしている彼女の姿を見るまでは。




「嘘だろ」と思ったが、達彦の視神経は正直者だった。弟と彼女の口を伝う唾液の糸を克明に捉えるほど。

 こちらに気づいた彼女は近づいて来ると、気まずさ一つ感じていないようなしれっとした笑顔で一言。


『別れてほしいの。同じ顔なら、条件の良い方を選びたいもんね』


 達彦のアイデンティティが瓦礫のように崩れ去った。

 隣にいることそのものが誇りであった彼女でさえ、弟を選んだのだ。何の迷いもなく。


 これで自分には何もなくなってしまった。

 勉強、スポーツ、その他もろもろ、どれを引き合いに出しても弟には敵わない。容姿に関しては互いに全く同じなので比較が成り立たない。


 自分には何も取り柄がない。

 価値が無い。

 両親だって、自分よりも弟の方が大事だ。あの二人は「できる」人間が大好きなのだから。

 所詮自分は弟の付属品。イミテーション。粗製品。一つの優秀な個体のみで細胞分裂をするはずだった受精卵が何かの間違いで二つに分かれて、余計に一つついてきたオマケ。


 破局した翌日、達彦は果てしない「虚無感」を引きずりながら教室へとやって来た。


 教室へと入った瞬間、嫌な野郎が立っていた。誰かの失敗談を見つけてはそれを本人の前でほじくり返して笑いまくる、趣味の悪い奴だ。

 彼女にフラれた事をネタに目の前で笑われた達彦は、殺意にも届きそうなほど凄まじい怒りを感じた。自分の大切にしていたものを土足で踏みにじられたような気分だったからだ。

 必死に怒りを抑えようとしたが、とうとう我慢できず、そいつへ一発お見舞いしてやった。


 するとどうだろう。

 顔面を殴られたそいつは――後ろに置いてあった机や椅子を巻き込んで派手に吹っ飛び、鼻血を垂らしながら教室の床で大の字になってのびたのだ。


 教室の空気がシンと静まり返る。

 だが達彦はそんな重い空気など歯牙にもかけず、殴った拳を凝視していた。


 あのおしゃべりな男が、自分が拳を一度振るった途端に沈黙した。

 そんな結果を踏まえて、自身の拳を見続ける達彦。




 ――ああ。


 ――なんだよ。


 ――俺には「(コレ)」があるじゃねぇか。




 新しい取り柄が見つかった瞬間だった。



 それ以来、達彦は不良の集まりそうな場所へ行き、殴り合いをするようになった。

 ハッタリが利くように、黒かった髪も金に染めた。

 ゲーセン、路地裏、センター街、夜のコンビニ、ありとあらゆる場所へ足を運んではケンカをした。

 今まで溜まった鬱憤を解き放つがごとくに人を殴り続け、半年経つ頃には名の通った不良となっていた。


 それに反比例するように内申点がダダ下がりし、学園の高等部進学は絶望的となった。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 達彦の中では、ドロップアウトしたという事実よりも、新しく見つけた自身の才能を振りかざす楽しみの方が大きかった。


 自分の全てをこの新たな才能に費やすと、達彦は腹を括っていた。


 だというのに…………


「――クソッ!!」


 達彦は捨ててあった空き缶を苛立ち任せに蹴飛ばした。


 その落下音で達彦は我に返り、周囲を見回す。


 達彦は、薄暗い道の一角にいた。

 ダンプカー二台が並んで通れそうな幅を持つその道は奥でカーブになって続いており、表面を覆うアスファルトのそこかしこが欠けている。整備が行き届いていないようだ。

 片側は森になっているため自然の太い木が並んでおり、それらの枝葉が真上を覆って影を作っていた。やや肌寒く、時々どこかから聞こえてくる遠吠えが不気味さを誘う。


 達彦はこの場所を知っていた。潮騒町の町外れにある旧道だ。適当に歩いているうちにこんなところまで来てしまったのか。


 ここに一人で長居するのはいささか気が引ける。

 達彦がきびすを返し、戻ろうとした時だった。



 ブンブンブゥーーン、と、羽音のようなものが後ろから聞こえてきた。



 羽音じゃない。バイクのエンジン音だ。

 車も滅多に通らない場所なのに、珍しい。


 心なしか、そのけたたましい音がこちらへ近づいて来ている。


 やがて音は――自分のすぐ背後までやって来た。


「――!!」


 何だ――そう考えるよりも先に、達彦は上半身を素早く前傾させた。そうしなければ危ない、という勘が働き、迷わずそれに従った。

 すると、それを裏付けるかのように、さっきまで頭があった位置を何かが「ビュンッ」と風を切って通過。


 エンジン音が通り過ぎる。

 達彦が顔を上げると——鉄パイプ片手にバイクを走らせている男が一人。


 ——通り魔かっ?


 考えようとした途端、他にもやかましいエンジン音が複数近づいてきた。

 エンジン音の数は一つ、二つ、三つと急激に増えていき、あっという間に数えられないほどにまで膨れ上がっていった。


 気がついた時には——大勢のバイクに道の両側を塞がれていた。


 退路が断たれた。


 突如現れたバイク軍団は威嚇するかのように「ウォーンウォーン」とエンジンを鳴らす。


 達彦は睨むように目を細め、バイク軍団に問うた。


「誰だ……テメェら」

読んで下さった皆様、ありがとうございます!


今年中に第一章終わるかなぁ。

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