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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第一章 入門編
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第十四話 リターンマッチ

 工藤要は自分の机に頬杖を付きながら朝の教室を見渡していた。

 ホームルーム開始まであと二十分近くという時間、クラスメイトたちは雑誌を回し読みしたり、輪を作って黙々と携帯ゲーム機のボタンを叩いていた。

 娯楽道具を持ってきている生徒の割合が増えているところを見ると、彼らはもう学校に馴染みつつあるようだ。

 ちなみについさっきまで一緒だった倉田はトイレに行っているためいない。岡崎もまだ登校してきていない。


 暇だなぁと思いながら再び教室全体に視線を配せると、運動部っぽい肌が浅く焼けた男子連中が、一つの机をドーナツのように囲って週刊少年誌を読んでいるのが目に入った。

「おっ?」と、要は目を見開く。その雑誌は自分の好きな漫画が連載しているやつだった。少し覗かせてもらおうと思い席を立とうとした時だった。



 教室の扉が開かれた。



 開ききった時、引き戸が端にバァン、とぶつかる大きな音がして、教室にいる全員がその扉の方向に注目する――当然、要も。

 ひどく乱雑な開け方だ。こんなうるさい戸の開け方をする人物は、きっと穏やかさとは対極に位置する人物に違いない。


 そして――その予想は見事に的中した。

 開かれた扉から姿を現したのは、鹿賀達彦だった。


 教室の空気が急激に張り詰める。 

 達彦の暴れ様が最近ひどい――その噂が伝わっているのか、緊張している者だけでなく、若干の怯えを持ったクラスメイトも何人かいた。

 だが当の達彦はそんなことなど歯牙にもかけず、教室に入っていく。


 達彦は歩き続ける。

 歩いて。

 歩いて。

 歩いて――心なしか、自分の視界に大きく映ってくる。


 達彦は自分の視界を覆う形でストップした――つまり、自分の前までやって来たのだ。


 椅子に座る要を睨み目で見下ろしている。


「…………なんだよ」


 要も目を細め、負けじと睨み返す。自分のメンチに破壊力があるだなんて思っていないが、負けん気がそうさせた。


「――ちょっとツラ貸せ」 


 恐ろしいほど低く発せられた達彦の声に、要は若干の寒気を覚える。

 だが、すぐに気をしっかり持って、


「はぁ? なんで俺がお前に付き合わなくちゃ――」


 ドォン、と、自分の机に何かがしたたかに叩きつけられる。

 机に軽く視線を巡らせ、それが達彦の手だと分かった時には、達彦はこちらに身を乗り出して至近距離で睨みをきかせていた。


「――来い」


 有無を言わさぬ一言。

 だが睥睨を続けるその瞳からは、どこか焦りのようなものが感じられる気がした。


 ――今断っても、その後にまた絡んでくるだろう。


 要は黙って首を縦に振った。









 ◆◆◆◆◆◆









 要は無言で歩く達彦の後ろを、同じく無言でついて歩いた。

 その途中、外履きに替えぬまま平然と昇降口を出る達彦に若干戸惑ったが、結局自分も後を追う形で上履きのまま外出する。

 なんだか校則違反をしているような気分で歩き続け、しばらくすると前の達彦がピタリと足を止める。


 その場所は――校舎裏。

 この場所で達彦とケンカをしたのは、まだ記憶に新しい。

 あの時は影に覆われて陰気な感じがしたが、今は太陽の位置関係のためか少しだけ日が差している。光半分影半分と、まるでツートーンだ。

 この場所のシンボルマークともいえる錆だらけの焼却炉の隣には、三人の人影がしゃがんで集まっていた。

 アウトローを気取ったように着崩された制服に、地毛の黒と染色の比率がアンバランスな髪。達彦の手下だ。


「あ、鹿賀さん! チャーッス!」


 手下の一人が、まったく様になっていない悪ふざけのような敬礼で挨拶してくる。だが達彦は無視。


「ケヘヘ、どーしたんスか、そのチビ連れてきて?」


 もう一人の手下が、黄ばんだ歯を見せて笑う。 

 まさかこいつら、タイマンで勝てなかったから、今度は集団で来る気じゃ? 危機感を感じた要は構えを取ろうとする。

 だが、幸運にもその予想は外れた。


「――消えろ」 


 達彦が手下三人に向けて吐き捨てるように言い放った。

 いきなりそんなことを言われる理由が分からないのか、手下の一人が引きつった笑みを浮かべ、 


「な、なんでッスか?」

「いいから黙ってここから消えろ。でねぇと鼻潰すぞ」


 その脅し文句を言った達彦の剣幕に三人はすくみ上がり、何も言わずに小走りでその場を後にした。

 残ったのは達彦と要の二人だけになり、静まり返る校舎裏。


「それで、何の用だよ? もうすぐホームルーム始まっちまうぞ」


 要は警戒心を解くことなく、教室を出てからずっと聞きたかった事を始めに尋ねる。

 わざわざ人を払って、二人だけになるような事がまともな用事であるとは思えない。

 そもそも鹿賀達彦という男とは、出会ってからずっとロクな思い出がない。


「工藤要――俺と勝負しろ」


 達彦はそうはっきりと告げてきた。


 ――勝負だと? 


「何言ってんだ、タイマンならこの前やったじゃねーか。いまさらまたやる意味があるのかよ?」

「黙りやがれ。以前のケンカ、俺は負けたとは少しも思っちゃいねぇ。確かにテメェが最後に打ったパンチは強烈だったが、あれは俺が油断してたから当たったんだ」


 負け惜しみだ――というセリフは出せなかった。

 おっしゃる通り、あれは達彦の油断が生み出した嬉しい誤算というやつだ。それがなかったら、自分は絶対に勝てなかった。


「――だが、次こそは絶対に侮ったり、油断したりはしねぇ。手心を一切加えず、確実にテメェを半殺しにしてやる」


 そう言うと、達彦はゆらりとこちらへ近づいて来た。


「待て鹿賀! こんなケンカに何の意味が――うわ!」


 要の声など聞きもせずに放ってきた達彦のストレートを要はとっさにかわし、すぐに間合いを取る。


「オラ、早く構えろ。黙って殴られるだけのサンドバッグにされてぇのか?」


 真っ直ぐ睨みをきかせた達彦の双眸に自分の顔が映る。


 やるしかない。やらないとやられる――要は下腹部を充実させて半身になり『百戦不殆式』の構えを取って達彦と相対した。

 鼻先に構えられた手の指先から、前方の風景を広く視界に映す。

 その中心に映る達彦が挑戦的に微笑み、


「……生意気な構えだぜ。なんか習ってるってのは本当らしいな」

「なんでそんなこと知ってんだよ」

「噂に聞いただけだ。ま、せいぜいハッタリじゃないことを祈ってん――ぜっ!!」


 達彦は勢いよく駆け出し、要との距離を詰めると右拳を振り上げた。握る手が少し震えているところを見ると、かなり力が込められている。 

 その拳を自分の顔面めがけて真っ直ぐ進め始めた。

 拳と自分の距離が徐々に縮まってくる。



 ――あれ?



 要は心に少しも波風を立てる事なく冷静に身をよじり、放たれた達彦のストレートパンチを紙一重で回避。


 達彦は目を丸くするが、すぐさまキッと目つきを鋭くし、脇腹で左拳を握る。

 斜め上――自分の顎に向けて弧を描くように動かし始める。

 拳が動く。

 拳が自分の顎に迫る。



 ――なんだろう。



 要はその拳――アッパーが入る直前に、達彦の左肩へと迅速に足を運んで移動する。

 目標を失ったアッパーが勢いを持て余して上に投げ出され、それにより達彦はバランスを崩しかけてつんのめる。

 そこから素早く体勢を立て直した達彦は、左に立つ要に右拳を向ける。

 右拳を動かす。

 右拳が近づく。




 ――分かる。




 要は反時計回りに身をよじり、突き出されたその拳を回避しつつそのまま達彦の懐へ潜り込んで、肩から寄りかかるように体当たりした。

 達彦は「かはっ」と咳き込み、たたらを踏みながら真後ろへ流される。

 なんとか倒れずに済んだ達彦は、肩が当たった場所を片手で押さえながら、驚愕に満ちた表情をこちらに見せた。


「んなっ……バカな…………全部避けやがった……!?」


 感嘆なのか、憤りなのか、ニュアンスのはっきりしない口調で、達彦は独り言のように呟く。


 だが、一番驚いていたのは要だった。


 こいつ――こんなに遅かったっけ?


 達彦の動きが、凄まじいほどに遅く感じる。

 パンチを放つ動作の終始が手に取るように分かる。まるでスロー映像を相手にしている気分だ。

 それだけじゃない。奴のパンチの重さは、以前やりあった時に散々食らったためよく知っている。それなのに不思議と怖くない。ゴツゴツした拳の像が肥大化していく事に対する焦りをそれほど感じなくなっている。冷静に対処できる。


「ンなわきゃねぇーーーー!!」


 憤怒で顔を真っ赤にし、達彦は再び両拳を握って力強い踏み出しで向かってきた。

 今度はストレートとアッパーにとどまらず、フック、前蹴り、タックル、エルボーなど、多種多様な攻撃を繰り出してくる。

 しかし要はそれらの初動から視認し、攻撃の種類と方向を読み取り、先ほどと同じように『閃身法』を用いて退いていく。


 ――『閃身法』?


 その固有名詞をきっかけに、要はある思い当たりを得る。


 しばらく回避を続けると、達彦は慌てて要と距離を取った。


「はぁ……はぁ…………クソが、どうなってやがる……!」 


 眼前の達彦は肩を上下させて息を切らせながら、敵意に満ちた瞳で要を捉え続けている。

 そんな姿を見ながら、要は確信した。


 ――そうか。あいつが遅いんじゃない。俺の反応が速くなったんだ。


 自分は『閃身法』の修行で、易宝の攻撃をかわす訓練をしてきた。

 最初はほとんど避けることができずに何度も痛い思いをした。易宝が攻撃を仕掛けてくるスピードに、反応が追いつかなかったのだ。

 だが最近になって段々とそのスピードに目が慣れ、反応が追いつくようになり、避けられる回数は着実に増えつつある。


 スピードと力を兼ね備えた、質の高い攻撃に慣れたからこそ――こういった蛮力任せの攻撃がひどく遅く感じるのだ。


 それに、何度も避けそこねて打たれまくった事で、「打たれる」という刺激に対しても慣れができた。そのおかげか、達彦の攻撃が迫っていることにそれほどプレッシャーを感じなかった。


 これが修行の成果…………。

 俺は強くなっている。前よりもずっと。要は自身の拳を見つめて満足そうに微笑んだ。


 そんな要の仕草が癪に障ったのか、達彦は強い怒気を表情ににじませ、


「ナメてんじゃねぇーーぞぉーーーー!!!」


 暴力的な勢いでこちらへダッシュし、右フックを振るってくる。

 力任せであるため、あくびが出るほど遅い。要は後方へ飛び退き、それを逃れる。

 しかし次の瞬間――達彦の太い左腕が蛇のように伸びてきて、自身の胸ぐらを万力のような握力で掴んだ。

 達彦はニヤリと破顔。そのまま学ランが破れんばかりの膂力で要をグイッと引き込む。

 だが要はその力に合わせる形で自ら達彦に突っ込み、胴体で体当たりを加える。

 そんな奇襲に達彦は踏ん張る暇すら与えられず、大げさなほどの勢いで地面に投げ出され、校舎裏の乾いた土にザザーッと体を引きずって止まる。


 そんな様子を、要は胸を躍らせながら見ていた。

 すごい、すごい、すごい!

 前はあんなにやられてたのが嘘みたいだ!

 今や完全に立場が逆だ!

 俺は確実に強くなった!

 いける、いけるぞ!

 これなら殴られた分を、いや――それ以上を殴り返せる!

 もう、誰にも弱いなんて言わせない! 理不尽に殴られることもない、逆に返り討ちにできる!


「こっの…………ヤローが……!」


 達彦がゆっくりとゾンビのように立ち上がった。その瞳は憎悪で燃えており、制服は地面に擦ったせいで土埃にまみれていた。

 ふん、まだやるのか。実力差はハッキリしてんだ。寝てりゃいいものを。要は細目で達彦を睨む。


「負けて……たまっかよ……」


 達彦が呟く。


「俺はもう…………後がねぇんだ…………ここで負けたら……俺はただの「付属品」だ――――負けらんねぇんだよぉ!!」


 達彦は踏み砕かんばかりの脚力で地を蹴り、駆け出した。


 諦めの悪い奴。

 でも、そろそろ終わらせてやる――要は半身になって『百戦不殆式』の構えを取り、猛烈な勢いで向かってくる達彦へ真っ向から進み、挑んだ。


 二人の距離が、あっという間に手が届くほどまで縮まる。

 達彦が硬く握り締めた右拳をストレートとして突き出してきた。貫かんばかりの気持ちで繰り出したであろうパンチ。とんでもない圧力が見て取れる。

 だが、当たらなければ意味はない。

 要は前に構えた左腕を――突き出された右腕の側面に滑らせることでストレートを受け流し、そのまま達彦の懐へスルリと潜り込んだ。


「くっ――!」


 達彦は焦りを見せ、空いた左拳で横へ薙ぐようなフックを打ってきた。要の側頭部を狙ったものだろう。

 だが拳が到達する前に、要は背中と軸足を素早く屈曲させてそれを回避。拳が要の頭頂部と並行にすれ違い、風圧で髪の毛を軽く揺らす。

 そして要は素早く拳を胸前に構え、その照準を――すぐ前にある達彦の腹部へ合わせる。


 ――終わりだ。


「『展拳』っ――!」


 軸足と腰背部の同時伸展による勁力を秘めた強烈なアッパーカットが、達彦の土手っ腹に深々と突き刺さる。


「ぐふっ――――!!」


 達彦は目玉を大きく剥き、腹から絞り出すように息を吐き出す。

 そして打たれた所を強く押さえながら、苦悶の表情で膝を付いた。


 

読んで下さった皆様、ありがとうございます!


第一章もあともう少しで終わりそうです。


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