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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第一章 入門編
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第十二話 三つの力


 夕方。


 青とオレンジのツートンカラーとなった空には、カラスの群れがカァカァ鳴きながら飛んでいた。

 カラスの鳴き声という名の空気の振動は、その真下の住宅群の間に伸びる細い路地まで送り届けられる。

 

 だがそこにいる人間たちは、そんな声など聞き取る余裕も関心もなかった。


「ぐあっ……!」 


 擦り傷や打ち傷だらけの顔を苦痛で歪めた赤いスカジャンの男が、路地の片側のブロック塀に背中から激突。ズルズルと滑りながら尻餅を付いた。


 鹿賀達彦は、そんなスカジャン男の姿を冷ややかな目で見下ろしていた。


 達彦は下校中、ここを通っていた時にこの男と肩がぶつかった。

 そのまま黙るか一言詫びるかして通り過ぎればいいものの、ひどい機嫌の悪さからつい「気ぃつけろ、このクソが!!」と口汚く悪態をついたため、雪だるま式にケンカへと発展。

 だが相手はさほど強くなく、そのケンカは開始一分と経たないうちに達彦の一方的な暴力行為へと変わった。


 スカジャン男はボロボロとなっているにもかかわらず、尻餅を付いた状態のままニヤつきながらこう言ってきた。


「はっ……バカが。俺のバックに何がいるか知ってんのか? こんな事やらかして…………近いうちに仲間がお前を処刑に来るぜ」


 ありがちなハッタリだ。いつもの達彦ならそう一笑に付すことができただろう。

 しかし今の達彦は、そんなハッタリ一つすら爆発要因となり得るほど虫の居所が悪かった。


「るせぇウジ虫がーーーー!!」


 達彦は顔面を色濃く紅潮させ、激情に任せてスカジャン男を何度も踏み蹴った。


「ぐっ、がっ、げ、ぎっ」


 スカジャン男は電波の悪いラジオのように途切れ途切れなうめき声をあげる。

 蹴飛ばし続けるにつれて、さっきまでニヤついていた顔もやがて悔しさと苦しみにまみれた情けない表情へと変化していった。


 そうだ、それでいい。分かってるじゃねぇか。それが敗者(まけいぬ)の顔だ。達彦は溜飲が下がる。

 だがそんな精神的な快感が続いたのもほんの束の間。すぐにさっきまでの感情――虚無感が戻ってくる。

 

 達彦は歯噛みした。

 自分はここ最近、この「虚無感」に心を蝕まれ続けている。達彦の機嫌の悪さはそれに起因していた。

 どれだけ敵を殴っても踏みにじっても、心からその感情が離れることは決してない。今のように。

 まるで自分には何も入っていないような、心と体が空洞になっているような、そんな言葉にし難い不快感。




 まるで――――「あの頃」のようだ。




「――クソッタレッ!!!」


 ひどい焦りと恐怖心に苛まれ、達彦は蹴る足に一層力を込めようとした。


 だがその瞬間、


「コラー! お前、何をしているーー!?」


 そんな怒鳴り声が右耳に届いた。

 聞こえてきた右側を見ると、五○メートル近く離れた場所にいる一人の制服警官がこちらへ駆けて来ていた。


「くそっ、ポリか! 面倒くせぇな!」


 達彦はスカジャン男を放って、急いで路地の左側へ走り出した。


「待てー!」


 追いかけて来る警官の呼び止めを一切聞かず、達彦は全力で走行を続ける。


 そのまま、達彦は考えを巡らせる。


 この虚無感を感じるようになったのはいつからだ?


 ――答えはすぐに出てきた。


 ギリッ、と忌々しく歯を鳴らす達彦。






 工藤要――あいつに負けた時からだ。


 









 ――達彦と要がケンカをした日から、すでに一週間以上が経過していた。








 ――そして、同時刻。








 ◆◆◆◆◆◆









 「霜月組」との一件から数日が経過した日の夕方。


 学校を終えた要はいつものごとく易宝養生院へ直行し、Tシャツと練習ズボンに着替えて中庭へ向かった。

 そしてその後からすぐに易宝もやって来たことで、今日の練習がスタート。


 入学以来、今日までほぼ毎日行っている生活のルーチンだ。

 だが、今日はその中でも特別な日だった。


「――いいかい、師父(せんせい)?」


 要はいつにもまして表情を引き締め、易宝へ視線を配せて訊く。


「いつでも構わんぞ」


 易宝は両腕を組みながら、得意げに微笑んで頷いた。


 その反応を見て要は安心し、心も引き締めて前方を見据える。


 要は両足を揃え、大きく息を吸い込みながら腰を落としていき、右拳を脇に、左拳を鼻先へ構えた。

 前に出してある左拳から前方を見渡しつつ、右足に重心を乗せて左足を小さく浮かす。


 そして、動き出した。

 軸である右足で地を踏み切る。左肘をウエストとともに真後ろへ引き込む。これら二つの動作を寸分違わぬタイミングで開始し、それらをトータルした力を乗せた拳が鼻の延長上へ向かって勝手に進んでいく。

 そして左足で踏み込み、動作が終了すると同時に――伸ばしきられた右拳が確かな力を得て重くなる。


 それを見た易宝が「(ハオ)」と小さく笑って頷く。


 ――崩陣拳初歩の技法『開拳』だ。


 動作の終わりと同時に感じた拳の重量感は、その技が成功し、全身の力が一拳に凝縮した何よりの証。

 以前の自分なら、喜びをもってしたり顔を浮かべていただろう。

 だが今は、さほど感動していない。



 なぜなら――もう「慣れ親しんだ」感覚だからだ。



 要は後ろで伸ばされた右足を、軸足である左足の隣へ素早く引き寄せる。

 そして今度は左足の底で地を強く踏み、引き寄せた右足で前へ踏み出すと同時に二擊目を放つ――拳が力を持つ。


 続いて、三、四、五、六、七、八、九、十と、打ち出した拳の数は積み重なっていくが――いずれの拳も、例外なく力の重さを秘めていた。


「よし。もう十回!」


 易宝の指示に従い、要は手足を休める事なく打拳を続行。

 先ほど同様、淡々と十の拳を打つ――十打全てが力を持っていた。


「ラストだ。もう十回!」


 要はさらに課せられた十回も流れるようにこなし――全てを成功させた。


「よし、やめ! 立ち上がれ」


 要は両拳を脇に構え、両足を揃えてゆっくりと直立してから呼吸を深く吐きつつ、両腕を下ろした。


 易宝は真顔のまま表情を変えず、言葉も発しない。

 それにつられる形で要も口を閉ざし続ける。

 易宝養生院の中庭が沈黙に包まれる。


 だがやがて、易宝は表情を一転、ぱぁっと明るい笑顔を見せてその沈黙を破った。


「よくやったぞカナ坊っ! パーフェクトだ!」


 嬉々として近寄り、背中をバシッと紅葉張り手してくる易宝。


「いてーって師父。ははははっ」


 要もくすぐったそうに、それでいて嬉しそうに笑った。


 今、要が打った『開拳』の合計は、三十回。

 始めたばかりの頃は、そのうち一回や二回程度しか成功しなかった。

 だが今回は違った――その三十回という数とイコールの回数、技を成功させたのだ。

 覚えたての頃は望むべくもなかった、目覚しい進歩だ。


 易宝は要から少し離れると、手招きしながら、

 

「ほい、そこでもう一発」

「ふっ!」


 要は踏み込み、易宝へ向けて正拳突き――『開拳』を鋭く放つ。

 先ほどまでの突きの例に漏れず、力の集中による重さを得ていたその拳を、易宝はその場から一歩も動く事なく片手で受け止めた。


 少しもぎこちなさを見せずに打つことができた。技の正しいフォームを泣きたくなるほど繰り返したおかげか、正しいタイミングで正しい動きを抵抗なくナチュラルに行うことがいつの間にかできるようになっている。「動作が体に染み付いた」って奴なのだろう。


 易宝は要の拳からパッと手を離すと、ニッと笑みを浮かべる。


「よくぞここまで技を育てたなカナ坊。これだけの功夫があれば、もう次の修行へいつでも移行できるだろう」

「ほんとか!? 新しい技を教えてくれるの!?」

「ああ。それにしてもおぬし、平凡そうに見えて意外と素質があったんだのう。普通ならここまで『開拳』が打てるようになるまで、もうちょっと掛かっただろうに」


 易宝の何気なさそうな言葉に、要は恥ずかしそうに頬を指で掻きながら、


「いやー、実はさ…………ここにいる時以外でも、ちょくちょく練習してたんだよ」

「ほう、そうだったのか」

「うん。鹿賀にさんざんぶん殴られてから「このままじゃダメだー」って思ってさ、せめて『開拳』だけはマシにしようかと、な」


 易宝はニコニコ笑いながら、要の髪を片手でくしゃくしゃする。要はくすぐったくなって大きめの目を細める。


「そうかそうか。そりゃ感心なことだ」

「いや、俺、昔から覚えが悪くてさ……受験勉強の時だって数式覚えらんなくて、先生引っ張り出して迷惑かけちまってたんだから」

「いいんじゃないか。才能にかまけて練功を怠る者よりも、覚えが悪い事を自覚して何度も繰り返し練習する者の方が上達が早い。だからわしは覚えの悪さもある意味才能だと思っとる。おぬし、案外大化けするかもしれんぞ?」

「なんかフクザツだよ」


 易宝はひひひ、と愉快そうに笑みを浮かべた後、すぐに表情を引き締め、


「さぁて、では約束通り――次の修行に移ろうか。構わんなカナ坊?」

「はいっ」


 要は兵隊のように両手両足をピシッと揃え、気合たっぷりに返事をした。


「『開拳』の練習は「上半身と下半身の強調動作」の概念を体に覚え込ませるためのものだと前に説明したかもしれんが、目的はそれだけではない。もう一つの意義は、自身の五体に「勁道(けいどう)」を築くことだ」

「勁道?」

「勁とは強い力。勁道とはその強い力が打撃部位へ向かうために通る道のことだ。崩陣拳は『繋がり』を持った全身の筋肉を勁道とする。だがのう、『頂天式』の修行で『繋がり』を得た筋肉の中には、人間が日常生活でほとんど使っていなかった筋肉もいくつか存在するのだ。そしてそういった筋肉は動き慣れていないから、普段使っている筋肉よりも働きが鈍い。そういう筋肉があると、せっかく全身で作り出した力がその筋肉を境に停滞してしまって、打撃部位へうまく伝わらなくなってしまう。言ってしまえば、水道管が詰まって水が通らないような状態だ。『開拳』とは、今まで使ってこなかった筋肉をよく使う筋肉と一緒に積極的に動かし、勁を運ぶパイプの詰まりを除去するための修行でもあったのだ」


 易宝は要の肩に手を置き、


「そしてカナ坊、おぬしはそのためにたった一つの技を反復し続けるという退屈でかったるい修行を見事、切り抜けたのだ。これでおぬしの体には一つのピストルが作り上げられた。これから教えるのは、その弾丸にあたるものだ。授けよう――『三宝拳(さんほうけん)』を」


 『三宝拳』――新たな技の名を耳にし、要の喉が自然と唾を呑む。


「よいか? 崩陣拳には全部で三つの力の出し方、つまり発力法が伝わっている」

「三つの力……?」

「そうだ。『(てん)』『(とう)』『(せん)』、三種類の発力法。これら三つがあって初めて崩陣拳と言える」


 「そして」と、易宝は人差し指を立てる。


「これからやる『三宝拳』は、三つの突きで構成された技の集まりで、一つの技につき一種類の発力法を学び、その功夫をつけるための修行であり、そして技法である。まさしく「三つ」の「宝」を得るための拳だな」

「凄そうだな……よし、んじゃ早くやろうぜ!」


 はやる気持ちを抑えない要を、易宝は苦笑しながら手のひらで制する。 


「慌てるな慌てるな。「短気は損気」と言うだろう、この国では。これから一つずつ手本を見せて詳しく解説する。話はそれからだ」


 そう言うと、易宝は要から少し距離を取る。


「まずは『三宝拳』のうち、『展』の力を使った突き――『展拳(てんけん)』からだ」


 易宝は右足一本に重心を乗せ、残った左足を軽く前に添える。

 拳を上へ立てた状態の右腕で胸を隠してから、軸足である右足を深く屈曲させて腰を落とし、背中を大きく丸めて猫背となる。

 体が潰れんばかりに縮こまった状態。


 やがて易宝は縮められた軸足と背中をまるでスプリングの反発のように一気に垂直へ伸ばす。それと同時に、胸の前で構えていた右拳をアッパーカットのように鋭く真上へ突き上げた。


「これが『展拳』――すなわち、『展』の力を用いた突きだ」


 動作を終えた易宝が立ち上がり、説明を始めた。


「『展』とは「伸び広げる」という意味。つまり、縮められた軸足と腰背部を同時に伸ばすことによる発力だ」

「全身のバネを使うって事?」

「まあ概ね正解だ。軸足で地を踏み切り、それによって生じた大地の力を『繋がり』を持った筋肉に通して背筋に流し込む。そこでさらに背筋の伸びの力も加えて倍化させ、その力を拳に込めて打ち出す。これが『展』の発力だ」


 易宝の説明をそこまで聞いて、要は「霜月組」事務所での事を思い出し、即座に問うた。


「なあ師父、もしかしてその技って、こないだヤーさん家の中国人に使ったやつ?」

「ご名答。こいつは比較的小さなモーションで大きな力を打ち出せるから、相手に急接近した時なんかに重宝するぞ?」


 確かに。

 あの時、易宝は粱の至近距離にいたにもかかわらず、粱を殴り飛ばして天井に突き刺すというバカバカしいパワーを発揮していた。

 あの破格の威力は易宝だからこそだろうが、自分と相手の胴体が接触するほどの近距離で大きな力を出せるというのは面白い。普通、強いパンチを打つには、拳を振り出すための距離がある程度必要だからだ。


「さて、二つ目の技といこうか。次は『撞』の力を使った突き――『撞拳(とうけん)』だ。見とれ」


 要は首肯し、それを見て易宝も両足を揃えて立つ。


 易宝は右膝を軽く上げると、腰を急激に落とすと同時に右足の底で地面を「トォン」と力強く踏みつける。その音が中庭全体に大きく反響し、要は思わずビクッとした。

 地を踏み抜かんばかりの足踏みからまもなく易宝は右足で地を蹴り、瞬発する。高い加速度を得て推進し、やがて左足で踏みとどまると同時に後ろの右足を素早く引き寄せる。そして、それと同じタイミングで左拳を突き出した。


「これが『撞拳』。『撞』とは「激突する」という意味を持つ。つまりそのままその意味を引用して、相手に勢いよく衝突することによる発力というわけだ」

「衝突か……それって、助走つけて殴る感じ?」

「それでは五十点だな。まあ助走をつけて打つというのは否定せんが、厳密に言うとそうじゃない。これは「急停止する」力だ」

「急停止?」

「自動車が急ブレーキを掛けるのと同じだ。スピードを出したまま物体にぶつかるよりも、スピードを出した状態から一気に停止してぶつかる方が、物体へ伝わる衝撃力がダンチで高い。『撞』はこの理屈を使って大きな威力を生み出すんだ。ある程度間隔が必要になるから隙は大きいが、威力は三つの発力の中でダントツだ。決め手に使うといい」


 はぁー、と感心した声をもらす要だったが、ふと気になることが浮かんだ。


「そういえばさ、一番最初に地面思い切り踏んづけてたじゃん? あれって何で?」

「あれは『震脚(しんきゃく)』といってな、地面を強く踏みつけることで地球の反発力を全身に取り入れ、一時的に瞬発力を倍化させる技術だ。まぁ簡単に言うなら、ボールが地面を跳ねるのと似た原理かのう。だが脚力だけで踏みつけるのではなく、足に自重を込めて荷物を下ろすように地を踏みつけるのだ。そうしないと膝を痛める」

「前から思ってたけど、なんか随分科学的だなぁ。崩陣拳って」

「当然だとも。崩陣拳に限らず、拳法というのは一種の科学技術だ。あらゆる物理法則を利用して強い力を出す。怪しげな秘薬をガブ飲みして強くなるようなもんじゃない」


 易宝は軽く咳払いをして、

 

「よし、それじゃ次で最後だ。三つ目は『旋拳(せんけん)』――「旋回する」という意味を持つ『旋』の力を使用した突き技だ」


 易宝は顔だけを前方へ向けたまま全身を時計回りに九十度開き、中腰の姿勢となる。その状態で右拳を右脇に構え、左拳を真横――この状態で言う易宝の鼻先に構える。

 そしてその体勢から、両足底とウエストを一気に反時計回りに九十度ねじり込みつつ、左拳を脇に引いて右拳を風のように突き出した。


「それが『旋拳』?」要はそれとなく訊く。


「そう。両足の底を捻ることによる全身の旋回と、『通背』によるウエストの捻り。これら二つの螺旋力のベクトルを同じにし、なおかつ同時に行うことでより強力な螺旋力を作り出し、それを突き手に伝えて相手に叩き込む。これが『旋』の発力だ」

「それは他の二つと比べてどう違うんだ?」

「いい質問だ。主な利点は二つ。まず一つ目、発動スピードが早いことだ。他の二つの発力は、打つ前に僅かな「タメ」の時間ができる。『展』の場合は全身を縮める時、『撞』は瞬発する直前に行われる蹴り足の一瞬の屈曲。相手によっては、これらの僅かなロスタイムで攻撃を読まれ、対策を打たれてしまう可能性がある。だが『旋』の場合、ウエストと両足を同時回転させ始めた時から発力は始まっとる。だから初動で読まれにくいし、おまけに動作の終了時間も速い」

「もう一つは?」

「貫通力が高いことだ。螺旋運動は直線運動の数倍の貫通力がある。他の二つの発力が大砲なら、『旋』はライフル弾だ。だから相手の土手っ腹にでもブチ込めば深々と突き刺さるぞ」


 そこまで話すと、易宝は一息ついたとばかりに腰に手を当ててから、


「さてと、これで『三宝拳』の三つの技は教えた。これから練習するわけだが、その前にもう一つだけ説明しよう。『展』『撞』『旋』の発力法は確かに違うが、これらに共通している点が一つだけある」

「なに?」

「『上半身と下半身の協調動作』だ。足と手を最初から最後まで同時に動かすこと」

「あっ……!」


 聞き覚えのありまくる表現に、要はハッとする。

 それを理解と受け取ったのか、易宝はご明察とばかりに微笑んだ。


「そうだ。おぬしは散々それを練習しているんだ――『開拳』でな。 「以前学んだ事」は「以前学んだ事」として独立しているわけではない。後々学ぶ技術に大なり小なり通じているんだ。拳法に限らず、多くのものがそうだろう? 連立方程式だって、足し算引き算掛け算割り算といった単純な計算方法が理解できていないと意味不明な落書きにしか見えんよ」


 易宝はさらに続ける。


「『開拳』とは、赤ん坊のハイハイみたいなもんだ。そしておぬしはそのハイハイを卒業し、立って歩けるようになった。だがこれからが本番だぞ? 『三宝拳』とて立派な基本功だ。これはいわば、立てて自我の芽生えた幼児が一般常識を学ぶためのもの。これを練らねば三つの発力の功夫はつかん」

「俺、まだガキんちょかよー」


 ぶーたれる要に、易宝は苦笑しながらフォローするように手を掲げる。


「卑屈になることはないさ。だって、もう赤ん坊ではないわけだろう? 今はそれを喜べ。だが、その段階に甘んじてはならん、という事さ」

「……うん。分かった。これから頑張って、大人どころかジジイになってやる」


 そんな要の呟きに、易宝はツボにはまったような笑いを咬み殺しながら、


「くくっ…………ジジイて…………オーケー、それじゃ、幼児からジジイになれるように頑張らんとのう。練習始めるぞ」


 要がそれに頷いたことで、『三宝拳』の練習が始まった。






 その日――夕日が見守る下、要はただ三つの技を繰り返し続けた。


読んで下さった皆様、ありがとうございます!


今回の話を読んで「説明がいちいちなげーんだよ、バーカバーカ!」と思った皆様、申し訳ありません。自分の不徳の致すところでございます。


ですが……ですが……!

今回の話は「崩陣拳」というトンデモ拳法の根幹を担う話の一つですので、どうしてもじっくり説明したかったのです……


でもでも、どういう感想を抱いたとしても、見てくださった方々には感謝感謝です。

( ̄▽ ̄)

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