第十一話 黒衣の魔人②
「……師父、あいつ、死んでないよな…………?」
要は天井に突き刺さった粱の姿を冷えた顔で見上げ、易宝に恐る恐る尋ねる。
全く動く気配のない粱の体は、骨盤の上部辺りから上が全て天井の中に埋まっており、下に垂れ下がった両足が魂を失ったように慣性でプラプラと揺れている。
「大丈夫だ。触れてみてわかったが、あの男、外功も良く練っていたみたいだからのう」
「がいこー?」
「肉体に繰り返し衝撃を与えることで、その部位の皮膚や骨を硬質的に鍛え上げる鍛錬法だ。空手の巻藁突きで拳ダコができるのと同じ理屈だな。ま、そんなもんがなくとも、そもそも人が死ぬような力は出しとらん。失神しているだけだろうよ」
本当かよ。人間が天井に刺さるのなんて初めて見たぞ。
「さぁて――これでおぬしの持ち駒はまた一つ減ったぞ、組長サン」
易宝は部屋の奥の黒檀机にどっしりと座する紀藤と、その後ろにしゃがんで隠れている案内役の男にジロリと視線を移した。
「おぬしの後ろにいる男は、わしの剣幕にイモを引いて言う通りに動いたぞ。その男は戦力にはならん。ゆえに実質残った駒は王将のみ――おぬしだけだ。もう十分だろう? 諦めてわしの要求を呑んでもらいたい。何度も言うが、元々わしはその取引に来ただけであって、戦争をしに来たわけではないのだから」
今なお壁に寄りかかった状態の要は、そこから部屋を見渡してみる。
――向かい側の壁に、横向きに倒れた状態で気絶している坊主頭の男。
――黒檀机のさらに奥の壁で、頭を垂れ、背中を丸めたままずっと動かないでいる金髪の男。
――天井に突き刺さった粱。
さらに一階には、これらの倍以上の人間が雑魚寝している。
紀藤の自慢の兵隊たちはみな、自分が師と仰ぐこの黒衣の魔人一人に総崩れにされたのだ。
この状態で、一体どう巻き返せというのか。要は易宝の勝ちを揺るぎないものと確信していた。
「くくくくっ…………がはははははは!!」
突然――紀藤は心底可笑しそうに哄笑しだした。
その予想外すぎる反応に、要は気味悪さを感じて体を縮こませる。
劣勢というレベルをとうに超えたこの状況の、一体どこに可笑しさを感じているのか。と。
やがて紀藤は意味不明な大口笑いを落ち着かせ、易宝にパチパチと拍手を送りながら語りかけ始める。
「いやぁ、てぇしたもんだ。勝己と吉田はともかく、この組の精鋭中の精鋭の粱までやっちまうたぁなぁ。どこの誰だか知らんが恐れ入ったよ」
「恐縮だ、と言っておこうかのう」
「オメェ、何かやってんのか?」
「中華武芸をいささか嗜んでいる」
「いささかなんてへりくだった言い方しなくてもわかるぜ? オメェは趣味でかじってる奴とは全く次元が違ぇ、本物の達人ってやつだ。俺も長年この世界にいるが、素手でそこまでやる奴ァ見たことがない。だがよ――」
紀藤は言葉を切るや否や――迅速に机の引き出しの一つを開け、そこから素早く取り出したモノを易宝へ突きつけた。
「この世にはなぁ――ヒトが絶対に抗えねぇ力ってモンがあんだよ」
顔が嗜虐に染まった紀藤の片手に握られている「ソレ」を目にした途端、要の心臓は跳ね上がった。
――拳銃ッ!?
そう、拳銃だった。
ツヤのあるブラックカラーの遊底は部屋の明かりが当たって鈍く輝いており、いとも簡単に人の命を刈り取る凶弾を吐き出す銃口は――真っ直ぐ易宝へ向けられている。
普通の世界の中で生きていたなら、まず受動的に見る事はない凶悪な鉄塊。
偽物だと思った――思いたい――が、そんな考えは自動的に頭から消去された。追い詰められたこの状況でオモチャなんか出す訳が無い。
間違いなく、あれは本物だ。
相手はそんなとんでもないモノを持っていてもおかしくないような連中であるということをすっかり忘れていた。
「まだそんな隠し玉を持っていたとはのう」
「人間サマってのはエライよなぁ。こんな便利なモン作っちまうんだからよ。どんなに腕っ節が強いケンカ屋でも、コイツの前じゃ木偶人形同然だ。軽く一回引き金を引くだけで脳みそぶちまけて冷たくなっちまう。お前みたいな武道家が何十年と鍛え上げてきた技の数々を、わずか数ミリの鉛弾一発で無に帰す魔法のアイテムだ。卑怯なんて戯言吐かすなよ。ここは道場の畳の上じゃねぇんだからよ。ほら、死にたくねぇならビデオカメラを渡してとっとと消えろ」
紀藤は自身の勝ちを確信したように微笑し、空いたもう片方の手でカメラを寄越せと手招きしてくる。
要は絶望的な気分になる。
易宝は確かに強い。
だが結局は人間だ。銃を持った相手には敵わないだろう。
とても悔しいが、これでゲームオーバーだ。「道道軒」を守る前に、易宝の命が危ない。
この場は大人しく奴に従って、カメラを渡した方が賢明だろう。生きていればいつかそれを挽回するチャンスはあるかもしれないが、命がなくなればそのチャンスも一緒になくなる。
だというのに――
「やなこった」
当の易宝は、それとは全く正反対の事をケロッとした顔で言ってのけた。
「はぁ!?」
一体何言ってんだこの人!? 状況分かってんのか!? 要は驚きと焦りの混じった声を上げる。
そして、そう思ったのは自分だけではなかった。
「……オマエ、馬鹿だろ。状況分かって吐かしてんのか?」
紀藤は呆れ顔――だがどこか驚愕を含んだ表情でそう返してきた。
その言葉を聞き、要は紀藤に感じたくもない親近感を一瞬感じてしまった。
しかしそんな二人の様子など気にも留めず、易宝はさらに続けた。
「もちろんだとも。わしだって引き際を考えないほどアホじゃない。「嫌だ」と言えるのは、まだそう言えるだけの余裕がある状況だからだ」
「……俺が軽く人差し指を曲げれば、オメェの頭蓋骨に綺麗な通気孔の空く今の状況に、余裕があるだと? フカシこくんじゃねぇぞオイ」
「あるとも。ありありだ。嘘だと思うなら――試しに一発撃ってくればいい」
は――――!?
「何考えてんだ師父!? 死んじまうぞ!」
「大丈夫だ。まぁ見とれ」
何が大丈夫なんだよ……
だが、どのみち自分には立って見ていることしかできそうにない。銃を見ただけで心臓が爆発しそうになった自分に一体何ができようか。
「なぁオイ…………あんまりナメた事言われると、俺だって我慢できねぇぞ……」
紀藤は爆発寸前といった顔で、銃を握る手をカタカタと小刻みに振動させる。
易宝は、ここぞとばかりに歪んだ笑みを見せ、言った。
「なんだ? 撃つのが怖いのか――小僧」
次の瞬間――紀藤の持つ拳銃の先端が激しくフラッシュし、「バァン」と耳をつんざくような破裂音が密室の空気を激震させた。
フラッシュと同時に黒い遊底が素早く往復。排莢口から役目を終えた薬莢がスピンしながら吐き出され、床にカツンと落下する。
あとに残ったのは、くしゃみが出そうなほどに鼻をつく、火薬の匂いだけだった。
紀藤はもくもくと煙を吐く銃を構えながら、そして易宝は立ち尽くしたまま動かない。
――撃ちやがった。
「……師父…………?」
易宝は要の呼びかけにも応じず、何も話さず、そして全く動こうとしない。
当たったの…………か?
「せ――せんせぇぇぇぇ!!」
気がつくと要は、喉奥からありったけの声量を絞り出していた。
そんな。嘘だろ? 嘘だと信じたい。
だが、やはり易宝は微動だにしない。
それがどういう結論へ導き出されるのか――そこから先は詳しく考えたくなかった。
「はっ…………ナメんなってんだよ……」
紀藤は銃を突きつけたまま破顔しているが、その表情はややぎこちなかった。
この野郎、よくも。要がキッと紀藤を睨もうとすると――
「――ざぁんねん」
嘲るようなニュアンスを持つ声が耳に入ってきた。
要のものでも、紀藤のものでもない――易宝の声だ。
見ると、易宝は何事もなかったかのように立っており、よく見せる人を食ったような笑顔を浮かべていた。
要は暗闇に光が差し込んだような気分となり、少しだけ震えた声で、
「師父……平気なのか?」
「ひひひ、安心せい。ピンピンしとるよ」
易宝は陽気に笑うと、片足を軸にしてバレリーナのように一回転してみせる。どこにも銃弾の跡がなかった。
要は心底安堵して泥のように尻餅を付きたい衝動に駆られると同時に、疑問に思った――何故なんともないのか、と。
「テッ……テメェ…………なぜ生きてやがるっ!? 脳天を狙ったはずだぞ!」
その疑問は自分に代わって紀藤が尋ねてくれた。そのかんばせは自分以上に驚愕にまみれており、脂汗で強い光沢を持っていた。
「確かにおぬしの弾はわしのドタマへ向けて寸分違わず撃ち込まれた。カカシみたく突っ立ってるだけだったら、予告通り眉間には綺麗な風穴が空いただろうな。だが、ある赤いパイロットも言っていただろう? 「当たらなければどうということはない」と」
そう言って易宝は親指で自分の真後ろをクイッと示した。
示した先には要と易宝が入ってきたドアがある。
そして、そのドアには――煙を吹く小さな穴が空いていた。
紀藤の両目が飛び出んばかりにひん剥かれる。
「まさかお前、避けたってのか!? ありえねぇ!」
「ありえないことでもないさ。肝の据わった奴なら、銃口を向けて引き金を引くまでのタイミングを読んだり、決まった箇所をワザと撃たせるように誘導したりすれば十分可能だ。だがわしの場合はどちらでもない」
易宝は鷹揚に両手を広げる。
「なにせわしは――目や耳を閉じていても、おぬしが弾を撃つタイミング、弾の方向や起動などを撃つ前から全て悟り、回避することが可能なんだからのう。そういう風に出来ているんだ」
「う、嘘だ! それこそありえねぇぞ!」
躍起になってがなり立てる紀藤に対して、易宝は手招きしながら、
「なら百聞は一見に如かずだ。もう一度撃ってこい。まだマガジンに弾は入っているだろう? そいつを全部避けて見せよう」
「ク――クソがぁぁぁ!!」
バァン――再び紀藤の拳銃が火を吹き、耳を塞ぎたくなるような音が部屋中に響く。
易宝が身をよじったのも、それと全く同じといえるタイミングだった。
そして後ろのドアにまた一つ、新しい穴が白煙とともに穿たれた。
続いて、二回目の発射音――易宝は首をかしげる。ドアに三つ目の穴ができた。
三回目――右肩をそらし、回避。
四回目――片膝を曲げる。
五回目――身をよじる。
六回目――首を真後ろへそらす。
七回目――片腕を上げる。
八回目――身をよじる。
要はまるで曲芸を見ているような気分だった。
易宝が体の一部を動かすたびに、撃った弾がてんで見当違いの場所へ飛んでいく。
その様子はまるで、易宝と紀藤が撃つ場所を前もって打ち合わせでもしていたかのようだ。
そう、出来レース臭く見えるほどに、易宝の避け方は神がかっていた。
やがて紀藤の銃から発せられる音が「バァン」という破裂音から「カチッ」という機械じみたものに変わる。
「うっ!?」
紀藤は、遊底が後ろへ引かれたままの自身の銃を見て青ざめた。
「――弾切れのようだな。これで分かっただろう? 拳銃一丁じゃわしは殺せんよ。弾幕をビッシリ張るくらいはせんとな」
易宝は睨むように目を細め、口の端を吊り上げる。
そして、黒檀机に向かって一歩一歩、足を進め始める。
「ひ…………く、来んな! 来んじゃねぇ化物ぉ!!」
カチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッカチッ。
紀藤は怪物にでも出くわしたかのような怯えた表情を浮かべ、もう弾が出るはずのない拳銃を易宝に向けて何度も何度も引き金を引き続ける。まるですがりつくように。
だが無慈悲にも易宝は早歩きで距離を詰め、黒檀机に身を乗り出して拳銃をひったくる。
「マカロフか。確かおぬしらの業界じゃこいつを「赤星」とか呼んでいたか。いずれにせよ、マトモなルートで手に入れたモンでもあるまい」
易宝はひとしきり奪った拳銃を観察すると、それを片手のみで紙箱同然に握り潰し、その残骸をバラバラと床にこぼす。
そして、かしこまるように自分の胸へ手を当て、敵意を感じさせない晴れやかな笑顔で告げた。
「――申し遅れた。わしの名は劉易宝。中国読みだと「リウ・イーバオ」だ。以後、お見知りおきを」
晴れやかな笑みの易宝に対し、紀藤はすでに怯えを通り越して顔面蒼白だった。まるでプラスとマイナスを見ているようだ。
「それと何度も言うが――もう「道道軒」と関わるのはやめて貰えるかのう? あそこがなくなったらショックがでかすぎて、今よりもっとスプラッタな暴れ方を泣きながらしてしまうかもしれん」
白い顔で表情を変えぬまま、こくこくと機械的に頷く紀藤。
「男の約束だぞ?」
易宝の念押しに紀藤は再び頷く。
「よし、ならばもうここに用はないな。行くぞ、カナ坊」
易宝は満足したように微笑み、きびすを返して元来たドアへ向かって歩き出す。
「あっ! ちょっと待って師父!」
要は慌てて傍へ駆け寄る。
一見普段通りの態度だが、実はまだ驚きを捨てられないでいた。
何せ実弾の発砲と、それをかわすというとんでもない行為を数分の間でいっぺんに見たのだ。
きっと自分は、この時の事を一生忘れないだろう。
そんなことを考えながら、要は易宝の後に続いて部屋を出た。
◆◆◆◆◆◆
「……やっと行きましたね」
肘掛け椅子の裏でしゃがみこんでいた部下が、ようやくスッと立ち上がる。
奴の安堵した口調を聞いて、紀藤太蔵は組長室を見渡す。
部屋の端には勝己と吉田がぐったりとのびている。見上げてすぐの所には天井に突き刺さった粱の足が小さく揺れていて、その真下には天井の破片が積もっている。
この玉座の間を荒らした怪物はすでに去った。
これで安心――
――――できるわけがなかった。
紀藤の脂汗は収まるどころか――さっき以上の勢いでダラダラと流れ、黒檀机を濡らす。
「紀藤さん、俺、いい事思いつきましたよ」
そんな紀藤の様子に気づく事なく部下の男はベラベラと無遠慮に話し始める。
「勝己さんたちの怪我をネタに、あの中国人からたんまり慰謝料ふんだくりましょう! ほら、粱さんなんか腕折れてるんですから、今度は暴力じゃなくて法律を武器にして意趣返し――――」
「よせ馬鹿野郎っ!!」
紀藤は反射的に怒鳴り声を上げ、続きを遮った。部下は「す、すいませんっ!」と縮こまって謝る。
紀藤の声には、果てしない焦りが込められていた。
あの黒服の中国人の名前を、脳内で何度も反芻する。
――――リウ・イーバオ。
「りゅう えきほう」と聞いてもピンと来なかったが、「リウ・イーバオ」という呼び方には大いに聞き覚えがあった。
垂れ下がった粱の足を見上げる。
粱は密入国を斡旋する中国マフィア――蛇頭の協力でこの国に来た。
その繋がりゆえに、中国の裏社会にまつわる噂や伝説を幾つか知っていたのだ。
「リウ・イーバオ」という名は、その伝説の一つとして粱から聞いたものだった。日本語が下手な粱は、北京語の読み方でしか名前を教えることができなかったのだろう。
リウ・イーバオ――劉易宝。
中国有数の巨大マフィア「三才門」の杭州支部をたった一人でめちゃくちゃにした男。
下っ端はどんな武器を持とうが傷一つ負わせられずに総崩れし、支部のトップはその場で右腕と右足を吹き飛ばされる重傷を負ったという。
しかもそんなとんでもない真似をしておきながら、「三才門」の手の者に報復されずにのうのうと生き続けている。
「眼鏡王蛇」という異名を持つ魔人「夏臨玉」と同様、裏社会で最も敵に回してはいけないと言われている人物の一人。
そんなとんでもない伝説を持つ男が今日――この場所にやって来た。
「劉易宝」の名を利用しているのかと一瞬思いもしたが、組員ほぼ全員を一人で全滅させた上に、銃弾をかわすという神業までやってのけたのだ、あの男は。そこまで見せられて本物である可能性を考えられない人間に組織のトップなど務まらない。
あの男は危険だ。もう関わりたくない。紀藤の中では理屈よりも先に、そういった畏怖の念が先行していた。
気がつくと紀藤は、机の右手にあるプッシュ式電話機の受話器を震えた手で取り、焦った手つきで番号を入力していた。
入力した電話番号は――地上げの依頼主だ。
三回コールして、繋がった。
紀藤は名乗りも忘れ、開口一番こう口にした。
「すんません……自分ら、手を引かせて貰います…………」
◆◆◆◆◆◆
「やっべ、木刀持って来ちゃった……」
「霜月組」事務所のビルディングを出てすぐの路地裏で、要は手に握られたままの木刀を見て困った顔をした。
「その辺に置いておいたらどうだ? 木刀なんぞ持ち歩いてたらオマワリがうるさいぞ」
隣を歩く易宝に苦笑交じりでそう指摘され、要は木刀を近くのビルの壁に立てて置いた。
それから二人は路地裏を抜け、表通りへ出て歩道を歩く。
事務所に突入する直前に見えた夕日はすでに遥か西へ隠れており、日当たりのいい表通りにも夜の帳が下りていた。
暗い道路をビュンビュン飛ばしてくる車のライトが明るさをもたらし、そしてすれ違うとともに突風を吹き起こす。
「コンビニでも寄って帰るか?」
向かい側すぐの所にコンビニが見える横断歩道へ差し掛かったところで、易宝がそう持ちかけてくる。要はそれとなく頷いた。
歩行者信号が青に変わるのをじっと待つ。
「――それで? 参考になったか? 今日の見学は」
話を切り出したの易宝からだった。
要は困ったように笑いながら、
「いやぁ……その…………凄すぎてあんま参考にならなかった」
「凄すぎて? どの辺が?」
「その口が言うか、その口が。弾避けるなんて普通の人間には無理だろ。エスパーか何かかあんたは?」
「…………あー」
二、三秒間を置いてようやく気がついた顔をする易宝。自分が凄い事してるって自覚がないのか、この人は。
「別に凄い事でも、超能力の類でもないぞ。あれはれっきとした技術だ。崩陣拳のな」
「ウソォ!?」
「本当だ。だからおぬしにもいつかできるようになる。別段珍しがるようなもんじゃない」
要は狐につままれたような顔で自分の両手を見つめる。あんなマ○リックスみたいなことが、俺にもできるってのか? 冗談だろ?
「それよりもカナ坊……」
易宝はそこで言葉を一旦止めると、要の頭頂部へババチョップを放った。
「あいたっ!」
それを食らった要は頭を押さえながら「何すんだよ」と涙の混じったジト目で睨む。
「この不良弟子がっ。あれだけついてくるなと言ったのにノコノコと来おって。本当に困った奴だ」
「だ、だってよー」
「だっても何もないっ。しかも事務所のある場所を教えた覚えはないぞ。どうやってたどり着いたんだ?」
「…………クラスの連中に電話で聞きまくって」
そっぽを向いて、気まずそうに話す要。
易宝は額を手で押さえ「なんつー行動力……」と呆れたようにため息をついた。
「とにかく、もう無鉄砲に危険なことへ首を突っ込むのは止めるのだ。おぬしはまだまだ弱いのだから」
「……はぁい」
要は叱られた子供のように小さく返事をする。いや、事実叱られている。
やがて歩行者信号が青に変わる。
すると易宝は腰に両手を当て、軽快そうな笑顔を見せて言った。
「さてと、お説教の時間はこれでお終いだ。肉まんでも奢ってやる。さ、行くぞカナ坊!」
「……うん!」
要は気を取り直して、走り出した易宝の後に続いて横断歩道を渡った。
弱いなら、これから強くなればいい。まだ始まったばかりなんだから――そんな思いを抱きながら。
読んで下さった皆様、ありがとうございます!
次回は再び、新たな修行に入ります。




