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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第五章 北京編
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第二十七話 ここには、カナちゃんとの思い出が入ってます。

次回は明日の夜8時にアップします^_^

 ばちっ、という乾いた音が、木々の間に響き渡る。


「――いったい何を考えているのだお前はっ!!」


 それは、呂雲祥が平手で弟子の頬を打った音であった。


 逃げ去った果てに止まった森の中。木々の梢が夕日の日差しを遮り、夜のように薄暗くなっていた。

雲祥たち『高手』四人と、雲祥の愛弟子である許転霖はそこにいた。


 雲祥は、目の前にうつむいて立った転霖へなおも怒号を浴びせかけた。


「俺が消せと命じたのは、工藤要だけだ!! それ以外の犠牲者は望まぬ!! たとえそれが日本人であってもだ!!」

「申し訳ありません、老師。あの娘が割って入りさえしなければ、このようなことには……」

「言い訳をするんじゃあない、言い訳を!!」


 転霖は悔やむように目を閉じ、再度「申し訳ありません」と言った。


 最初に「毒手を打ち込んだ」という報告を聞いた時、相手が工藤要だと思って期待した。


 しかし打った相手は、工藤要ではなかった。それどころか、崩陣拳とも『公会(ギルド)』とも何の関係も無い、ただの少女だというのだから悪い意味で驚きである。


 雲祥は、その事に怒っている。


 自分たちは殺戮に酔いしれた日本人とは違う。殺めるべき人間とそうでない人間を選別する。選別を怠っていたずらに人殺しをすれば、自分たちは日本人と同じ穴のムジナとなってしまう。


 それはある意味、工藤要を仕留め損なうよりも、一大事であった。


「落ち着きたまえよ雲祥。あまり怒ると憤死するよ」


 そうなだめるように言ったのは、全身赤づくめの久。後頭部には変わらず九本の三つ編みがあるが、そのうちの一本はものすごく短くて不自然であった。


 雲祥はジロリと睨めつける。


「他人事のように言い腐るなコンラッド・(ガウ)。劉に敗北した分際で」

「八つ当たりはよしてもらいたい。君だって『霍無敵』に対して優勢とはいえなかっただろう? それに今回はマグレさ。次は僕が勝つね」


 久の言い訳は聞き流す。


 雲祥はどうすべきか悩んでいた。


 目頭を揉みながらしばらく考えて、


「癪だが、解毒剤を渡すか……」


 断腸の思いで、その結論を出した。


 敵の元へホイホイ戻ることに抵抗を感じるが、致し方あるまい。


「待て」


 だが、そこへ待ったをかける声。


 声の主は、囚人服と手枷をはめた『高手(ガオショウ)』釈であった。


 その面構えには、黒い企みを感じさせる表情が張り付いていた。


「……何か、あるのか」


 その表情は、雲祥に興味を抱かせるには十分な効力を持っていた。


 釈は頷くと、


「ただ渡すだけでは勿体無い。もっと使い道があるはずだと思うがね」

「使い道、だと?」

「左様だ。その解毒剤――工藤要を矢面に立たせるために、有効利用するべきでは?」


 雲祥は、釈の悪魔のささやきに耳を傾けたのだった。



 ◆◆◆◆◆◆



 要たちは四合院へ戻った。ピンク色の煙の正体が気になったからだ。またあの汚らしい隠し通路を通るはめになったが、この際些細な問題だった。


 戻ると、襲撃してきた『高手』たちはいなくなっていた。易宝に訊くと、戦況不利と見て撤退したとのこと。


 ――やはりあの煙は、そのことを転霖に伝えるための狼煙だった。


 だが、そんなことはもうどうでもよかった。


 要の意識は、未だに目を覚まさない菊子にのみ向かっていた。







 劉易宝はこの上ない戦慄を覚えていた。


 隠し通路を経由して帰還してきた要は、菊子が打たれたことを易宝に伝えてきた。


 ただ発勁を打ち込まれただけなら、それほど取り乱しはしなかっただろう。だが、その敵の手に宿っていたモノの事を聞いた瞬間、易宝の背筋に絶対零度の悪寒が走った。


 四合院へ入る。東廂房(とうそうぼう)のベッドへ菊子を運んで診察を開始。


 要と奐泉だけでなく、他の『高手』たちもそれを見守っていた。特に臨玉は終始取り乱しっぱなしで、たびたび易宝から注意された。


 しばらく診察した後、易宝は言った。


「……打撃自体のダメージは大した事ないようだ。バランスの悪い体勢で受け止めたことが幸いしたんだろう。衝撃を逃すことが出来たようだ」


 そう言いながらも、易宝の表情は優れない。


「一番の問題は「コレ」だ」


 易宝は菊子のワイシャツを半分めくり上げた。


「お、おい易宝! 何を————っ!!」


 抗議しようとした臨玉だが、目の前に現れた「コレ」を見て、息を呑んだ。


 磨き上げた石膏のように白く、美しい菊子の素肌。その脇腹辺りに、毒々しい紫色の手形が刻まれていたのだ。


 臨玉だけではない。その場にいる全員が、緊張した様子でその手形を凝視していた。


「分かるだろう? こいつは毒手を打たれた跡だ。こうしてわしらがペチャクチャ話している間にも、その毒は嬢ちゃんの肉体を蝕んでいる」

「た、助かるのか? 助かるんだよな、易宝?」


 すがるような臨玉の声。


 その姿には、歴戦の拳士の面影などかけらも感じられない。愛娘を心配する親の姿があった。


 希望にしがみつきたい気持ちは痛いほど分かる。


 だが、ここは嘘や気休めを言うべき所ではない。


 易宝は正直に告げた。


「……毒手の使い手が持つ解毒剤があれば、助かるだろう。しかし、そいつはすでに雲祥ともども逃げてしまっている。さらに、嬢ちゃんにかかった毒は遅効性だが、確実に肉体を冒す。偶然や奇跡の入り込む余地がないほどに、のう」


 胸を痛めながら、易宝は残酷な事実を伝えた。






「このまま放置すれば——嬢ちゃんは死ぬだろう」






 場の緊迫感が最高潮に達した。


「……どれくらいかかる?」


 そう尋ねた臨玉の口調は、意外にも落ち着いていた。


「分からぬ。あと数分後かもしれんし、何日かかかるかもしれない。全ては嬢ちゃんの生命力次第だ。だが、遅かれ早かれ結末は同じだ」


 易宝の淡々とした説明を聞き終える前に、臨玉は背を向けて出入り口へと歩き出した。


「待て臨玉、どこへ行く気だ?」

「知れたこと! 毒手を打ち込んだ許転霖という者を探しに行くのだ!! 草の根分けてでも見つけ出し、どのような汚い手段を用いてでも解毒剤を出させてやる!!」

「奴がどこへ行ったか、検討はつくのか?」

「つくわけがないだろう!! しかしだからといって、このまま棒立ちしているだけで良いわけがない!! それとも何か、お嬢様を見殺しにしろと言いたいのかっ!?」

「誰もそのような事は言っておらんっ!!!」


 易宝は臨玉の胸ぐらを掴み上げ、脅すように、諭すように言い聞かせた。


「思い上がるな臨玉。おぬしのその感情が、おぬしだけのモノだと思うんじゃあない。嬢ちゃんは本来、わしらの世界とは全く関係の無い人間。巻き込んではいけないはずだった人間だ。わしとて、許転霖の居場所を探しに出たい気持ちは同じ。だが無闇に動いても、徒労以外の意味はない。ここは一度落ち着くんだ、いいな?」


 力のこもった眼差しに射られ、臨玉は押し黙る。しばらくして、臨玉は荷物を下ろすように肩のいかりを解いた。どうにか落ち着いたようだ。


「よーし良い子だ。では、これからどうするべきかだが——」


 易宝がそう言いかけた時、勢いよく扉が開け放たれた。


「劉師傅っ! こ、これが……中庭に刺さってて……!」


 現れた奐泉は、切羽詰まった様子で、片手に持ったモノを見せつけた。


 (やじり)の辺りに帯状の紙が結び付けられた、一本の矢。


 易宝は眉をひそめる。


「矢文だと? このタイミングで届くということは……」


 奴らからの返事である可能性が高い——そんな言葉を省略した。


 易宝は結んである紙をほどき、それを広げた。


 書かれた簡体字の羅列を、音読してみせた。






『——由緒ある崩陣拳の系譜に、穢れた血を混ぜようとする愚か者共へ告ぐ。


 我らの狙いは工藤要一人のみ。それ以外の者の死は不要。ゆえに、今回我が弟子が日本人の娘を毒牙にかけた事に関しては全くの事故。無駄な犠牲。このような事は我らの望むところではない。


 本来ならば、我が弟子の非礼を詫び、娘の身を冒す毒を払う手助けをすべきところ。それこそが道理。


 ——しかし、我らはあえて、その道理を破る非道を犯そうと考える。


 毒を消す薬は、我らが手中にあり。

 それが欲しくば、我が願いを叶えよ。

 工藤要を、我が弟子と死合わせよ。

 邪魔するものが何も無い、純粋なる比武(ひぶ)の場に立つべし。


 その比武に勝利した暁には、貴公らの望むものを渡すと約束するなり。


『仙人の道』を通った果てにて、工藤要を待つ。


 ——忠告しておくが、工藤要でない者を送り込む愚は犯さぬことをお勧めする。もしも工藤要以外の者が来た場合は、薬と、その調合法の記された書物を火の中に放り込むものとする。


 ——————呂雲祥』






 易宝が読了すると同時に、壁が砕ける音が響いた。臨玉が苛立ち任せに壁面を殴ったのだ。打った箇所には深いくぼみが出来ていた。


「お嬢様の命を玩具にしているのかっ!? しかも、まるで工藤くんの命と交換しろとでも言わんばかりの口ぶり…………畜生がっ!!」


 血を吐くような声で叫ぶ臨玉。


 次に口を開いたのは響豊だった。


「構うことはない。工藤要は行かせるな。このような愚かな提案に乗ってやる義理などない。捨て置け」

「……なんだと。もう一度言ってみろ、霍響豊」


 臨玉が凄みのある声を交えて響豊を睨む。向けられたら誰もがすくみ上がりそうなほど鋭い眼光だった。


 響豊は臆することなく繰り返した。


「工藤要を行かせるな、と言った」


 響豊の胸ぐらを掴み上げる臨玉。その眼差しにはもはや憎しみさえ宿っているように見えた。


 だが、響豊はどこまでも淡々としていた。


「何か勘違いをしているようだから、この際はっきりと言ってやる。我々『公会』は崩陣拳を守る組織。慈善団体では断じてない。――工藤要とその小娘とでは、明らかに命の重さが違う」

「貴様は……!!」

「いい加減にしろ、このうつけ共!! それ以上騒いだら叩き出すぞっ!!!」


 易宝の鋭く分厚い怒声によって、二人の動きが止まる。


 臨玉は投げるように響豊を離す。うつむき、押し殺した声を出す。


「どうすれば……いいんだ…………っ」







 ――大人たちがなにか話し合っている。


 ぼんやりしている間にも、周囲の現実は雲のように勝手に動いている。


 要は、四合院の中を夢遊病のように徘徊していた。


 夕日の匂いと、茜色になりかけた空。


 夏だというのに、秋の夕暮れのように冷えて感じる。


 気持ちのこもっていない歩調で地を踏む。


 目は見えているのに、自分が今どこを歩いているのか分からない。思考の中に完全に浸かっていた。眠りながら歩いているのと大差なかった。


 足が何かにつまずく。


「あぐっ」


 身体の前面を打つ。その痛みによって、思考が現実へ引き戻される。戻りたくもない現実に。


 そこは、中庭の端だった。要は石畳の微かなでっぱりにつまずいたのだ。


 蹴り技の修業によって安定した重心を得たはずの要の足は、あんなちっぽけな突起でいともたやすく転んだのだ。


 この身に宿った功夫の、なんと矮小なことか。


「っ…………くっそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 絞り出すような叫びを上げ、石畳を殴りつける。


 胸中を支配していたのは、悲しみ、無力感、自分への不甲斐無さなど、無数の負の感情。


 自分は、戦いの最中、完全に菊子から意識を離していた。


 自分が相手を過剰に警戒せず、きちんと菊子にも気を配ってさえいれば、こんなことにはならなかった。


 自分の無神経さが呪わしかった。


 その上、そんな自分の失敗で生まれたツケを、自分は支払うこともできない。そんな力もない。


 自分の過失のせいで死にそうになっている女の子を、自分の手で助けてやることもできないのだ!


「ふざけんじゃねーよっ!! 何が正統伝承者だっ!! 何が四代目だっ!! 何が「神に一番近い人間」だっ!! 何の意味もないじゃんかよっ!!」


 そんな御大層な存在だというのなら、どうして自分はこんな無様を晒している。


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 守れなかった。


 結局、自分には、自分を守る力しかないのだ。


 強くなった気になっていたが、それは全くの思い上がりだったのだ。


「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ…………!!」


 ただただ吐き出しつづける。


 悔恨を。

 自責を。

 悲しみを。


 けれど、いくら吐き出しても、胸の内に溜まった泥のような感情は収まらない。


 それにもがき苦しむように、周囲の石畳をかきむしる。


 爪の間からは血が出るが、取りつかれたように何度も何度も引っ掻きつづける。


 だが不意に、石以外の感触を指先に感じた。硬いモノを内包した布の感触。


 気になって引き寄せてみる。


「…………これって」


 それは、御守りだった。


 日本の神社にでも行けば買えるような、ありふれたもの。


 そのデザインに見覚えがあった。


 ――菊子が大事に持っていた、あの御守りだった。


 そういえば、あいつ、落としたからって探して回ってたっけ。


 まだ元気だった時の菊子を思い出し、またしても自分の中の黒い感情が再発する。


 この御守りは、結局効かなかった。


 だって、あんな目にあってしまったのだから。


 自分のせいで。


「キク……ごめん…………ごめん…………!」


 目をきゅっと閉じ、その御守りを胸に強く抱きしめる。


 本当にごめん。

 俺がもっと強ければ。

 俺がもっとしっかりしていれば。

 お前は今も、俺たちと一緒に笑い合えていたっていうのに。


 御守りの周囲を、手の触覚で感じ取る。


 やはり、普通の御守り袋だった。


 ただ一つ異なる点は、中の板の上にもう一枚、薄い金属片のようなモノが入っていることくらいか。


「……あれ?」


 ちょっとまて。


 この感触、どこかで触った覚えがあるような。


 記憶の片隅に引っかかるものを感じていた。


 確かに触ったことがある。けれど、それがどこなのか分からない。


 要は、それを今、どうしても知っておかなければいけない気がした。


「キク、すまん」


 要は持ち主に謝罪し、御守り袋を逆さにした。


 振ったり、袋の上から押したりしながら、少しずつその薄い金属片を袋の出口へ近づけていく。


 やがて、手の上にポロリと出てきた。


「これって…………!?」


 要は思わず目を見開く。


 やはりというべきか、出てきたソレは、要が見たことのあるモノだった。






 ――表面がすすけて汚れた、カッターの刃の欠片。






 忘れもしない。


 これは、菊子の誘拐事件の時、犯人グループに縛られた縄を切るのに使った、あの汚いカッターの刃だ。


 なんでこんなものが。


 そう考えた瞬間、


『ここにはカナちゃんとの思い出が入っています』


 かつて菊子が口にした台詞が、計ったようなタイミングで脳裏に去来した。


 そうか。「思い出」っていうのは、こういうことだったのか。


 しかし、それを知った途端、その先に含まれている彼女の「想い」も、連鎖的に確信できた。


『カナちゃんは、困ってるわたしを助けてくれました。カナちゃんは、わたしを助けるために自分より強い人に立ち向かってくれました。カナちゃんは、弱虫だったわたしにほんの少しだけ勇気をくれました。カナちゃんは――絶対にわたしの傍からいなくならないって、言ってくれました』


 そうか。


『これを握っているだけで、まるでカナちゃんの手を握ってるみたいに感じて、とっても勇気が湧いてくるんです』


 そういうことだったのか。


 なんてことはない。


 菊子はただひたすらに、自分のことを信じていてくれただけなのだ。


 どんなことがあっても、自分がいてくれれば乗り越えられる。


 そんな風に、絶対的信頼を向けていてくれていたのだ。




 ――こんなふうに情けなく唸っている自分を、信じてくれていたのだ。




「あ…………あああ……」


 石畳に、水滴がいくつも落ちる。


 涙。


 幼い頃、いじめに負けまいと口調まで変えて気丈に振る舞い、それ以来一度も流したことの無かったモノが、今になってあふれてきた。


 代わりに、要の心に強い意志の炎が燃えていた。


 やってやる。

 やってやるよ、キク。

 お前が、俺を信じてくれてたっていうのなら。

 俺は、お前が信じた通りの奴になってやる。

 絶対に助ける。

 どんな手を使ってでも、お前だけは絶対に助けてみせる。


 涙を拭き、立ち上がる。


 目と意識は、しっかりとこの世界を捉えている。


 足も、いつも通りの据わった感じを取り戻していた。


 要は迷いのない足取りで一直線に東廂房へと向かう。


 扉を開けると、『高手』達と奐泉の視線に一斉に射抜かれた。


 何か、自分に重大な用があるのかもしれない。


「何があった」


 だからこそ、要はそう口にした。


 奐泉がこわばった面もちで、事情を説明してくれた。


「――そうか。俺が転霖と試合して勝てば、解毒剤をくれるってわけだな」


 易宝は頷くと、重々しい口調で言ってきた。


「カナ坊、連中が求めているのは「死合い」だ。おぬしが今までやってきたチンピラ同士の喧嘩のレベルではない、本物の殺し合いだ。ゆえに、わしはどのような選択をしても決しておぬしを責めんし、軽蔑もしない。おぬしの命――」

「行くよ」


 言い切る前に、要は決定で遮った。


「死合いだろうがなんだろうが関係ない。キクの助かる道があるっていうのなら、俺はなんだってしてやる」


 部屋中がざわついた。


 こちらの衣服を掴み上げる無骨で大きな手。響豊のものだ。


「離せよ、爺さん」

「黙れ。勝手な真似は許さぬぞ。(うぬ)は正統伝承者。むやみに命を捨てに行って良い立場ではないのだ」

「離せよ」

「貴様……」

「離せよ」


 要は響豊の手を掴み、岩を穿ったような『高手』の眼差しを真っ直ぐ視線で射抜く。


「俺をバカにするのもいい加減にしろよ。こっちが死ぬ前提で話を進めやがって。いいか、よく聞け。俺は死にに行くんじゃない――――助けに行くんだ」


 響豊の鋭い眼が、少しだが驚いたように見開かれた。今まで見た彼の表情の中で、最も人間臭く映った。


 だが、すぐに元の鋭さを取り戻したかと思うと、掴んでいた要を放り、背中を向けて言った。


「……勝手にするがいい。だが、死んだら承知せんぞ。もしくたばったら、死後に(うぬ)を殴り殺しにいってやるから、覚悟せい」

「待ってるよ」


 要は小さく微笑んで頷く。ふてくされたような反応が少し可笑しかった。


「……本当に、覚悟は、出来ているんだな?」


 易宝は、こちらを直視しつつ、訊いてきた。


 その瞳からは、厳しさと思いやりの混じった複雑な感情が感じられた。


 選択の自由は与えるが、本当は行かせたくはない。そう思っているのだろう。


 要ははっきりと、迷いの一切ない声で言った。


「――ああ。キクは、俺が絶対に助けるから」

読んでくださった皆様、ありがとうございます!


次回は第五章のラスボス戦です。

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