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戦え、崩陣拳!  作者: 新免ムニムニ斎筆達
第一章 入門編
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第九話 突入

「ハッ、何度見ても汚ぇ店だなぁオイ!」


 金髪の男は客席のテーブルを乱暴に蹴飛ばした。テーブルは椅子を巻き込んで盛大に床へ倒れる。

 窓際の席だったのでテーブルが倒れる方向には窓ガラスがあったが、なんとか割れずには済んだ。


「や、やめてくれ! 窓が割れたらどうするんだ!」

   

 富井が怒りと懇願の意が入り混じった声を発し、金髪の男のジャケットに掴みかかるが、


「っせぇジジィ!!」


 金髪の男の放った裏拳で顔面を強く打たれ、床に尻餅を付く。   

 鼻腔に激しく衝撃を受けたことで、鼻血が溢れてきて床を赤く濡らす。

 殴られて怒りを感じるのではなく、気力を大幅に削がれて何もできなくなってしまいそうになる拳。まさしくケンカのプロフェッショナルのパンチだ。ここ一ヶ月のうちに何度も浴びせられたが、何度受けても年寄りの自分が慣れられるものではない。


 「道道軒」の光景は今日もひどいものだった。

 テーブルや椅子はあちこちバラバラの場所で横たわっており、七味などの調味料が入った入れ物も、転がりながら床に中身を撒き散らしている。 

 地上げ屋である金髪と坊主頭の男二人の無慈悲な蛮行によって、整然としていた数分前の店内は見る影もない。

 ここ一ヶ月間で見慣れた光景だが、見慣れたからといって決していいものではない。ましてやそれが自分と亡き妻の店なら尚更だ。

 荒らされては掃除し、また荒らされては掃除し、という、濁流で巣を流された場所にまた同じように巣を作るビーバーのような実らぬ行動を日々繰り返す中、その心は確実にすり減っていた。

 娘の事を持ち出されなくても、根を上げるのは時間の問題かもしれない。


「お? あんな所にいい灰皿はっけーん」


 坊主頭の男はニヤついた声で言うと、カウンターに並んだ調味料の数々から醤油の入った入れ物を取り出し、蓋を開けて吸っていたタバコを醤油の中に押し込んだ。「じゅぅっ」と音がする。

 それを見て、沈みかけていた富井の心は再燃する。食材に狼藉を働かれて怒りを感じぬ料理人などいない。殴られるよりも辛く、そして許しがたい行為だ。


 金髪の男もそれに乗ずる形で嬉々としてカウンターのマヨネーズを持ち出すと、入れ物の蓋を取り、


「ほらアニキ見てろよ、懐かしのマヨチュッチュだぜーー!!」


 口を付けて中身を直接吸い出し始めた。

 坊主頭の男はサルのように手を叩きながら「フハハハハハハ!! 慎○ママだーー!!」と爆笑する。


「こっ、このやろーーーー!!」


 富井はとうとう我慢ならなくなり二人に躍りかかろうとするが、相手が悪すぎた。坊主頭の男が迅速に前へ踏み出し、革靴の裏で踏み蹴ったのだ。

 老体は胃酸が出かけるほどの衝撃とともに軽々と後ろへ押し出され、入口へ背中から叩きつけられる。外と店内を隔てる二枚の引き戸はその力でレールから外れ、バシャーン、とガラスが震える音とともに外側へ倒れた。


「うう……」 


 項垂れて痛々しくうめく富井に足音が近づくと、頭上にぴちゃぴちゃと何かが垂れ流される。頬を伝って流れてきたそれを舐めるとしょっぱい。醤油だった。

 軽く頭を上げると、自分に向けて醤油の入れ物を傾け、格下を見るような表情を浮かべた坊主頭の男が目の前に立っていた。


「昨日の物好きな二人もとうとう来てくれなくなっちまったか。かわいそうに、この店ももう終わりだな。あと五日。それまでにいい返事を期待してんぜ」


 坊主頭の男はそう告げると、空になった入れ物を投げ捨てて、金髪の男を引き連れ店の外へ出て行った。


 荒れ果てた店内に残されたのは富井一人――――ではなかった。


「――劉さん、これでいいのかい?」


 富井は血と醤油にまみれた顔でそう声を張り上げた。

 すると、カウンターの向こう側にある厨房の奥から、黒い唐装に身を包んだ長身の美丈夫が姿を現す。


 その男――劉易宝は小さく笑みを浮かべて答える。


「――――很好(ヘンハオ)









 ◆◆◆◆◆◆









「まだ来ねーのかよ……」


 日曜日の夕方。

 工藤要は路地裏のゴミ捨て場にあるダストボックスの影でしゃがみ込み、様子を伺っていた。

 要の視線の先には、一件の小さな二階建てビルがある。鉄筋コンクリート造のそのビルには半面に磨りガラスが張られたアルミドアが一枚くっついており、ドアの脇には「霜月組」と楷書で書かれた掛札が掛かっている。おそらく、あれが入口だろう。


 要が今いるこの地域は、潮騒町駅から歩いて二十分ほど先に建ち並ぶ小さなビル群の間の路地裏である。表通りに比べて人気が無く、日当たりも良くないため、夕方であることも含めて少し肌寒い。着ている長袖シャツ一枚では若干心もとなく感じる。


 この場所を突き止めるのには少々骨が折れた。

 今朝、比較的迷惑になりにくい時間になってから、以前学校で配られた一年三組の連絡網を開き、そこに書かれている電話番号に聞いて回ったのだ。

 ちなみに、達彦やその手下三人には掛けていない。連中とは因縁が出来てしまったため、なるべく関わりは持ちたくなかったのだ。

 携帯を一時間以上握り締めて聞き込みを続け、ようやく掴んだ情報にあったのがこの場所だった。

 

 それを知ってからの要の行動は早かった。着替えて携帯と財布をポケットに入れて家を飛び出し、電車を潮騒町駅で降りて目的地へ向かった。

 昼前に到着した要は、近くにあるコンビニで食べ物を用意してそれをつまみながら、張り込みをする刑事の心境でこのダストボックスの影に隠れて様子を伺い続けて、今に至る。


 最初は刑事ドラマみたいでワクワクした張り込みモドキも、五時間近くも続けるとひどく退屈に思えてきた。コンビニで買ったお菓子もとっくに底を付いている。

 だが要はそんな自分を律し、忍耐強く待ち続ける。

 もうすぐ我が師、劉易宝が姿を現すはずなのだ――「道道軒」に狼藉を働く不届き者どもを成敗しに。


 実は、自分がここに来る事を易宝は許していない――昨日、易宝に「来るな」と言われたのだ。彼曰く「危険すぎて連れて行けない」とのこと。

 これから易宝が相手にするのは、そこらのチンピラや半チクとは全く次元が違う、本物のアウトロー。ケンカで刃物を持ち出すことに抵抗を感じないような連中だ。今の自分では、そんな連中には手も足も出ないだろう。


 だが――要は付いて行きたいと思った。


 自分だってバカじゃない。危ないということくらい重々承知だ。易宝は「なるべく話し合いで解決するよう努力する」と言っていたが、自分を連れて行かなかったのは荒事の匂いを感じていたからに違いない。ほぼ間違いなく一戦交えることとなるだろうと、要は確信に等しい予想をしていた。


 それでも、付いて行きたい。

 もしも易宝が連中とやりあう事となったら、それをどのように処理するのかをこの目に焼き付けたい。

 そしてこれから先、その焼き付けた映像を目指して自身を高めていきたい。

 随分易宝にとって都合のいい考え方かもしれない。何せ、彼が勝つ事が前提になっているのだから。そんな保証があるとは限らないのに。

 自分でもどうしてここまで心酔した考えを持てるのかは知らない。だがどうしても、彼の負ける姿が想像出来ないのだ。

 

 「霜月組」…………そのムダに荘厳な掛札を見るたびに、ここが裏社会の人間の巣なのだということを思い知らされ、胸が緊張で苦しくなる。

 だが、それでも回れ右するという選択肢は、要の中には皆無だった。

 

 要は神妙に、待ち人を待ち続ける。


 そして、待ち人――易宝はやって来た。


 易宝は普段通りのゆったりした足取りで、目的のビルの入口に向かって歩みを進めている。

 だが、突然ピタリと足を止めたかと思うと、


「――そこにいるのは誰だ」


 易宝は隠れているダストボックスに向かって、いつもとは違う鋭い声色で誰何してきた。

 ビクゥッ、と要は大きく痙攣する。


「この気は――カナ坊だな? 出て来い」


 険を交えた声で命じてくる易宝。

 出てこようと思った瞬間に見破られ、おまけに本人認定されるなんて。ここまでカンが鋭いとは非常に恐れ入った。

 要は観念して、ダストボックスの影から姿を現した。


「どういうつもりだ? ここには来るなと言ったはずだぞ」


 易宝の表情と声は厳しさを秘めていた。いつもの飄々とした感じは無い。明らかに怒っている。

 要は気圧されながらも、懸命に口を開いた。


「俺も連れて行ってくれ、師父」


 次の瞬間、落雷のごとき一喝を耳に浴びた。


「このドアホウがっ! 遊びと戦いの区別もつかんのか!!」


 要はあまりの声量と気迫に目を薄め、唇を噛み締める。初めて耳にする易宝の怒号。足がすくみそうな思いだった。

 だが渾身の気力をもってしっかりと自分を保ち、言葉を返した。


「お願いだ、一緒に行かせて欲しい」

「ダメだ、危険すぎるっ。おぬしにはまだ早い」

「それは承知の上だ」

「ええいっ、師の言うことが聞けんのか、この向こう見ずがっ」

「揚げ足取るようで悪いけど「武術を習うとき以外は師だと思うな」って言ったのは誰だっけ?」

「ぐっ……」


 易宝は苦い顔をする。

 だがすぐに表情を引き締めて、


「ダメだダメだ! 子供はさっさと家へ帰れ!」

「頼むよ」

「ダメだったらっ」

「頼む」

「だぁーーもう! 何故だっ!? 何故そんなに虎穴に入りたがる!?」


 イライラした様子で頭をかきむしる易宝。


師父(せんせい)――あんたの戦いを見てみたいんだ」

「……何?」

「俺はまだ命懸けの戦いっていうものを見たことがないし、そんなもの、この時代ではそう見れるもんじゃない。だから、もしあんたのやるかもしれない戦いがそういうものなら――見てみたいんだ」


 熱を持った口調で、思いを吐露していく要。


「それを見て、少しでもあんたと同じ境地に近づくための材料にしたい。あんたについて行くことが「虎穴」だって言うんなら――ことわざに倣って、そこから「虎児」ってやつを得たいんだよ」


 要と易宝は地に縛られたように微動だにせず、しばし睨み合う。二人の間の空気が緊迫する。


 だがしばらくすると、易宝は厳しい表情を一転、脱力したような顔になり、大きくため息をついた。


「はぁ………………わしも苦労しそうだのう……」


 易宝は再度ため息をつき、諦めたように、


「分かった。いいだろう、ついて来い」

「いいのか!?」

「構わん。おぬしのことだ、どうせダメだと言ってもこっそり後からついて来そうだからのう。そんなことをされたら余計におぬしの身が危うい。それなら、わしが同伴してやった方がはるかに安全だろう」


 そう言って、易宝はびしっと人差し指を突き出してきた。


「ただし――決しておぬしからは手を出さないこと。これが条件だ」


 要はこくんと頷いた。


「いいだろう。では行くぞ」


 易宝はきびすを返し、「霜月組」事務所に向かって歩き始める。

 要も心の中でガッツポーズをしながら、その後へ続いた。


「今度何かやるときは、こっそりやるとするか……」


 そんな易宝の小さな呟きに、要は聞いていないフリをした。











 古くなって滑りの悪いアルミドアを開けて中に入り、最初に目に付いたのは、奥まで長々と続いた薄暗い廊下だった。


 廊下の横幅は三人並んで歩ける程度で、最奥の階段に差し掛かる前に左右へ伸びて十字状になっている。廊下の両端の壁にはドアが幾つかあり、それ越しにゲラゲラと品のない笑い声がこちら側へ聞こえてくる。


 要はそんな「霜月組」事務所内を、易宝の隣につきながらそろり、そろりと歩く。

 あれほど頑なに「俺も一緒に行きたい」とは言ったが、ここがヤクザ者たちの家なのだと再確認すると、緊張と不安が入り混じってバクバクと心臓がビートする。

 正直言うと、ちょっと怖い。

 だが後悔はしていない。ビビり気味なのは事実だが、「一緒に行きたい」という感情はそれ以上に強いのだから。


「あー俺、ちょっとクソしてくるわ。いない間に牌入れ替えたりすんじゃねぇぞ」


 そんな感じで廊下を歩いている途中、ドアの一つが開く。中からはアロハを着た人相の悪い男が億劫そうに背中を丸めて出てきた。


「――やぁ、你好(ニーハオ)。いや、そろそろ夜になるから晚上好(ワンシャンハオ)、かな?」


 易宝は親しげに、その男に声をかけた。


「だ、誰だテメーはっ!?」


 かけられた側は闖入者の存在に目玉をひん剥いて叫ぶ。

 

 その声を聞きつけた他の仲間たちが、部屋という部屋からぞろぞろと溢れ出てくる…………二人の前には、あっという間に十人超もの人だかりができた。皆一人目の男と同じような風貌。まるでショッカーだ。


「テメェッ、何者だ!」「どこの組のモンだ!?」「ふざけやがって!」「ここをどこだと思ってやがる!?」男たちは口々に言ってくる。皆ギスギスしたオーラを放っていた。


 そんな連中に易宝は手をひらひらさせ、気安い口調と態度で対応する。


「いやいや、わしは怪しい者ではない。ちょっとおたくらの大将に話を伺いたいだけだ」

「オヤジに会いてぇだとぉ!? ざけんなよボケ! 千年早ぇんだよ!」 

「そうかい、じゃあ、勝手に会いに行こうかの」 


 易宝は柔和な笑みを浮かべ、男たちの発する剣呑な雰囲気など歯牙にもかけぬと言わんばかりに歩行を再開した。おいおい、大丈夫かよ。


「させる訳ねぇだろうが! こんカスがーー!!」


 男の一人が拳を振り上げ、易宝に向かって駆けて来る。


「危ない、師父っ!」


 要は慌てて呼びかけるが、易宝に防御の素振りは一切見られず、棒立ちのままだ――マズイ。このままじゃ当たる。

 案の定、ダッシュの勢いを乗せた男のパンチが易宝の頬を厳しく捉え「ゴッ」という鈍重な音が響く。


「……っ」


 要はその痛々しい光景に息を呑む。見るからに重そうな一発が綺麗に決まってしまった。

 男は易宝の頬に自身の拳をくっつけたまま、余韻に浸るような笑みを浮かべている。


 だがそんな表情が――狼狽と気味悪さに変わりだしたのはすぐだった。


「――オーケー、これでこちら側に実害が出た。やり返すための大義名分はバッチリだ。協力ありがとさん、小混混(シャオフンフン)


 殴られたはずの易宝の後ろ姿からは、何事もなかったかのような声。

 

「何だこれ!? クソッ、取れねぇ!!」


 一方、男の方は、易宝の頬と今なお接触している自身の拳を腕ごと引っ張るが――どういうわけか、一ミリも動いていない。

 ふざけているのかと一瞬思ったが、ムキになって引っ張り続ける男の真っ赤な顔を見て、冗談ではないのだと確信する。


 どういうカラクリなのかは分からないが、男の拳が――――易宝の頬にくっついて(・・・・・)離れない(・・・・)ようだ。


「外して欲しいか? 安心せい、今外してやる――――憤ッ!」


 易宝が片足で床を踏みつけ、それと同時に力強く吐気。

 すると、接触していた頬と拳の間に急激に間隔ができる――男の体が勢い良く弾き飛ばされたのだ。

 

 男は勢いを殺さぬまま奥まで飛んで行き、ボウリングのピンよろしく仲間たちに激突、巻き込んでバラバラと倒れていく。


「…………は?」


 意味不明な出来事に、要は目が点になる。


「このボキャーー!!」


 要に考える間も与えず、次の男が雄叫びを上げて易宝に向かってくる。

 その男は石のような拳を握ってストレートに振り出してくるが、易宝は小さく首を傾げるだけでそれをかわし、すぐさま左掌を腹部に押し込んだ。


「ゲェッ!!」


 極めて小さなモーションで打ち込まれた掌底だが、それを食らった男は驚愕と苦痛で顔を歪めて吹っ飛び、背中で床を滑りながらスタンする。


「野郎!」「ぶっ殺せ!」「生かしてここから出すな!」「ヤクザ舐めんじゃねぇぞ!」「死にさらせぇ!」


 犠牲者が二人に増えたことで、本格的に男たちは暴徒化した。秩序も連携も無く、一斉に易宝めがけて攻め込んで来る。

 

 「う、うわっ! 来た!」鬼気迫る表情の男たちの猛進に、要はそわそわとし始める。


「――カナ坊、入ってきたドアまで下がっとれ。ここは一本道だ。万が一挟撃されんようドアの鍵は閉めておけ」


 易宝の指示通り、要は急いでドアまで距離を取り、ノブのロックを捻り施錠する。

 

 易宝はゆっくりと歩み出す。

 殺気を纏いながら迫り来る男たち。だがそんな彼らとは対照的に――易宝の纏う雰囲気は静謐で、足取りは落ち着き払っていた。

 要はそんな易宝に、どういうわけか畏怖の感情を抱いた。


 一人目の男が易宝に肉薄。フックを顔面に向かって放ってくる。

 だが易宝はフックを出してきた男の腕の肘裏を自身の片腕で押さえて進行を止め、素早くもう片方の腕の肘で男の顎を打ち上げる。その衝撃でふにゃりと弱くなった男の下半身にすぐさま足払いし、硬い床に転倒させた。

 

 そいつが倒れたことで、その真後ろにいたもう一人の男の姿があらわになる。その男は片脇に短刀(ドス)を握りしめてこちら側へ突進しようとしてくるが、その前に易宝が放った前蹴りを腹部で強く受け、その衝撃で向こう側へ飛んでいく。その際に仲間数人を巻き込んで床に倒れた。


 易宝は倒れた男を軽く飛び越え、奥へ進む。

 右脇から殴りかかって来た相手の腹部へ一瞥もくれる事なく右拳をねじ込み撃沈させ、前方から木刀を振りかぶって突っ込んできた男のひと振りを体のよじりだけで回避。目標を失った木刀は勢いそのままに床へカァン、と叩きつけられる。その木刀の剣尖を易宝は左足で踏んで封じ、残った右足で男の胸に横蹴りを叩き込んだ。男は吹っ飛び、これから来るはずだった後ろの一人を巻き込んで仲良く倒れる。

 

 それからも易宝の勢いはとどまることを知らなかった。相手の攻撃を避け、すぐさま必倒の反撃を与えてねじ伏せる。戦闘において理想的な一方通行のプロセスを確実に、そして何度も成立させていき、あれだけいた敵の数が嘘のように減っていく。

 そのあまりに現実離れした光景に、要は自身の頬をぎゅうっと摘む。だが夢ではなかった。

 猛烈な暴力の波が、たった一つの肉体によってせき止められ、形を崩し、細波へと変わっていく。

 一騎当千。

 そう形容するに相応しい易宝の立ち回りに、要はひたすら舌を巻いていた。


 残る敵の数は二人――だったが、今易宝が片方を打ち倒したことで、残り一人になった。

 

 易宝は落ちていた木刀をリフティングの要領で蹴り上げ、そのまま要の足元まで蹴って届けた。カンフーシューズの爪先の前にカララン、と鳴って落下し、要はビクッとする。


「素手では寂しかろう。念のためそれを持っとれ」


 易宝がこちらを一瞥して言ってくる。

 要はとりあえず言われた通りに木刀を拾い、両手で小さく片脇に立てて持つ。


「さてと――おぬしにはやってもらいたいことがある」


 易宝が、壁に寄りかかる残った一人に歩み寄る。

 その男は竦み上がった声で、


「な…………何を頼もうってんだ……」

「最初に言った事だ。ここの大将の所まで案内してもらいたい」

「ざ……ざけんなよ! 誰がそんなこと――――」


 易宝は男の耳元にドンッ、と掌を付いた。


「――(モー)(モー)()(シアン)(ダオ)()(ウォー)(ブー)(ザイ)(シュオ)

「ひっ……!」


 男の怯えようが一層ひどくなる。

 ここからだと背中しか見えないため、易宝が今どんな顔をしているのか分からない。


「…………はい、分かったッス」


 男は観念したように項垂れ、小さく呟く。


「カナ坊、もういいぞ。こっちに来い」


 易宝が振り返って告げる。その顔は普段通りの落ち着いた顔だ。

 要はいきなり起き上がらないかと肝を冷やしながら、倒れた男たちの上を恐る恐る跨ぎ、易宝の傍へ駆け寄った。


「……こっちス」


 男がかすれた声で告げる。指し示した先にあったのは、廊下の奥にある階段だった。

 男が前を歩き、二人はその後ろをついて行く。


 歩きながら、要は気になっていたことを易宝に尋ねた。


「なぁ師父。さっき中国語、あれ何て言ってたの?」 

「「四の五の言わずに案内しろ。二度は言わんぞ」ってな」

「ふーん……」


 要はそこでふと思い、吹き出した。

 「こんな危ない場所で、何普通な会話してるの俺?」と。




読んで下さった皆様、ありがとうございます!


そしてすみません。

本当はこの話は一話で終わらせる予定だったのですが、それでは文字数が一万を余裕で超えそうなので、それだと読みづらいかなーと思い考えた結果、区切る事と致しました。

怖い人達との戦いは次回で終わりです。




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