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僕と病気とカタパルト

 僕の熱は徐々に下がっていき、しばらくすると点滴を外して病院食を食べてもいいことなった。喜んだのも束の間、病院での食事は何かの修行を強いられているような、味気ないものばかりだった。


 お医者さんに呼ばれたある日、僕は退院が出来るものと思いハンバーガーやポテトチップスの味を思い返していた。

 ところがお医者さんは、トランプの柄を当てるゲームを僕としたいと言ってきたのだ。


「いつ退院出来るんでしょう」

「近いうちに出来るよ」


 僕は仕方なく参加することにした。

 とはいえ、裏返しのトランプの柄を当てるなんて、ゲームでも何でもなくただの意地悪だろう。小一時間ほどかけて当てるとお医者さんはさして感動もせず――むしろがっかりした様子すらあり、なんだか僕のほうが申し訳なくなってしまった。


 別の日、今度はボールを使ったゲームをしたいという。

 ガラスケースの中のボールを、手も道具も使わず動かせば僕の勝ちらしかった。そんなの、出来るわけがないと思った。実際出来なかったのだ、最初は。


 その日の朝食はぼそぼそのパンとぐちゃぐちゃのオートミールという、両極端な食感の二品だった。味は例によって、旅に出てしまっていた。

 だから僕は食べなかったのだが、それによりゲーム中は強烈な空腹に悩まされた。最後の方ではもはや投げやりになって、頭の中でボールを思い切り蹴りあげたのだ。


 するとボールがうさぎみたいにぴょこんと跳ねた。

 僕はびっくりした。お医者さんも、ぽかんと口を開けていた。


「もう一度やってごらん」


 僕は「病院の食事はまずい!」とつい口に出しながら、同じようにボールを跳ね上げた。

 お医者さんは待ちきれなかったように、手元のノートに勢い良くペンを滑らせた。やり方を聞かれたので答えると「今度は別のイメージでやってごらん」と言われ、その通りにした。


 結果、ロボットアニメで見たカタパルトのイメージが一番よく跳んだ。

 だから僕はこの現象を、空想カタパルトと勝手に名付けた。




 みっちゃんはとても肩が良いらしく、お手玉は何度も僕の頭上を通りすぎていく。空想カタパルトは手の届く距離でないと使えないので、その度に走らなくてはならなかった。


「楽しいね!」みっちゃんが満面の笑みで言う。僕は息を荒くして「ちょっと休もう」と提案した。

 横並びになって、壁に背を預けて休憩にする。みっちゃんはにこにこしている。「楽しい」と何度も口にしては、鼻歌をふんふん鳴らして首を振った。


 僕は朝起きるとすぐに布団から出れるタイプである。寝坊せずきちんと学校に向かう子供だった。

 だから、さっきまでは珍しく頭がはっきりしていなかったと思う。運動をしたことで血の巡りがよくなってきたのだろう。部屋をぐるりと見回し、思う。


 この部屋はおかしい。


 まずベッドがない。あるものといえば、テレビと古い遊具だけ。こんな部屋が病室と呼べるだろうか。

 目が覚めてから結構な時間が経つのに、お医者さんも現れていない。


 ここは本当に、病室なのだろうか。

 ぴたりと閉じられた部屋。部屋と呼ぶことさえ抵抗がある。

 言うなれば、空間だ。

 真っ白いここには、壊れたテレビと古い遊具以外に何もない。


 ほこり一つ落ちておらず、清潔というより潔癖という印象を受ける。

 嫌な想像が満ちていく。これからブザーがけたたましくなって、毒ガスが足元から溜まっていくとしたら。


 ここは檻だと思う。みっちゃんはそう言っていた。

 僕は病気が治らなかった。みっちゃんは、生まれつき病気だった、ということなら。


 みっちゃんは鼻歌をやめると、透き通るような瞳で「ギフトといっしょにここから出たい」と僕を見つめた。




 一部が開くという壁の場所を教えてもらい、入念に鍵穴の場所を確認したが、それらしいものは無く、隙間すらなかった。

 となれば、壊すしかないという結論に達する。幸い、僕は空想カタパルトを使うことが出来て、部屋にはテレビと遊具が置いてある。


 これを使うに辺り気をつけることは、手の届く距離でないと使えない点が挙げられる。逆に手が届きさえするなら、机だろうが象だろうが、お手玉と同じように飛ばすことが出来るはずだった。お医者さんの言葉が正しければ。


「飛ばすよ」

「はいっ」


 みっちゃんが僕の後ろに下がった。

 集めた物を目の前に、僕はイメージを練り始める。

 テレビで見た、宇宙戦艦の艦橋からロボットが格好良く飛び出していく姿。

 足元で火花が上がり、宇宙空間で鮮やかな光を発している。

 頭の中がちりっとする。上手く想像出来ている証拠だ。


 想像を深めていく。

 想像が緊張していく。

 膨らみすぎた風船のように張り詰めて、今にも弾けそうになる。

 さらに空気を入れるように、僕は――。


 ぱんと弾け、目の前が真っ白にとんだ。

 雷が落ちたような轟音がして、耳がきんと鳴る。

 風が吹いて、反射的に目を閉じると細かい破片がぱらぱらと顔に当たった。


 ゆっくりと目を開く。

 白い壁に、筆で墨を入れたような亀裂が入っている。補強の鉄筋があばら骨のようにひしゃげているのが見えた。その向こうに、艶かしい白熱電球がぶら下がる廊下がある。


「ギフト」


 僕の肩越しにみっちゃんが覗く。「すごい! 本当に穴あけちゃった!」


「急ごう」僕は手を掴んだ。「人が集まってくる」

*次回の更新は16日19時頃の予定です。

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