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君と夜空に青空を

登場人物

・ギフト(義普登志彦) … 主人公。12歳。目が覚めたら100年近い時間が過ぎていた。空想カタパルトで、手に届く範囲の物体を飛ばすことが出来る。

・みっちゃん … 目が覚めたギフトの隣にいた制服を着た少女。大変力が強く、おっぱいが大きい。

・空吾くん … 12歳。ギフトやみっちゃんを猿と呼んで見下している。ショットガンを装備している。

・先生 … フレームの細い眼鏡をかけたスーツの男。空吾くんの面倒役で、話出すと長い。喫煙家。

「お子さんに出来ることは二つです」


 白い髭をたくわえたお医者さんが、ドラマみたいに回転イスでくるりと振り向いた。


「専門の施設で能力を正しく制御できるよう訓練するか、冷凍睡眠処置で問題を先送りにするか」

「それは安全なのですか」お父さんが僕の肩を掴む。

「三年であれば覚醒率は一〇〇パーセントです。そこから五年毎、一〇パーセントずつ覚醒率は低下します」


「・・その間に、この病気を治す方法は確立されるでしょうか」

「それは分かりません。ですからお父さん、出来るなら、お子さんがこの能力を上手く扱えるよう、訓練を受けさせるのが一番いいのです。お金も国が補償してくれますし」


「うちの子は訓練なんてしなくても、ちゃんと正しいことに力を使えます」

「お母さん、ですが――」

「人を傷つけるような訓練もあるのでしょ? そんな所にこの子はやれません」

 僕はお母さんを見上げた。


「大丈夫、治せる時代になるまで長い眠りにつくの。あんたを危ないところになんて、やらないからね」


 お父さんは赤ん坊みたいに抱き上げると、寝かしつけるようにゆらゆら揺れた。背中を一定のリズムで叩くので、広い背中をぼうっと見ながら安心してまぶたが落ちていく。


「……お父さん」

「残念ながら俺だ」


 タバコの煙がふわりと香る。


 再びを目を開くと、木々がゆっくり後ろへ流れていく。吹けば消えそうな火がぱちぱちと木や葉に身を寄せていて、それがあちこち無数にあった。


「ここはもう駄目だな」


 先生の声に身構えたが全身にひどい痛みが走る。背に身を委ねるしかなかった。


「この火は屋敷にも回るだろう。貴重そうな資料もあるのに、残念なことだ」

「……僕を連れていくんですか」


 抵抗がもう出来そうにないのを隠して訊ねる。


「うん」


 先生は煙草を吸って「君の相方に、そう命令された」と投げやりに煙を吐いた。


「みっちゃんが」

「俺の部下を人質に取られちゃね、従わざるを得ないよ」

「……空吾くん、大丈夫でしたか」

「君を助ければ、ちゃんと解放してくれるそうだ。しかし経験のない相手とはいえ、よくもまあ空吾くんに勝てたもんだね」


「先生が空悟くんに初めての実戦だと言っているのを思いだして」

「必ずどこかに隙があると」

「僕も疲れてましたが、同い年の空悟くんも絶対に疲れてると思いました。能力の使い方に差はあっても、あんな細い腕なら銃が重いんじゃないかなと」


「ショットガンはポンプアクションによる排莢と装填を行わなければ次弾を撃つことが出来ない。彼の発火能力はそれ単体では微々たるもので、燃料を詰めたナパーム弾を燃焼させて初めて対人性能を発揮する。しかしご指摘の通り彼の継戦能力はまだまだ課題だったからな。途中から爆発が大きくなったのを見て、まずいとは思ったんだ。まさかあんなに早く戦闘続行に支障が出るとはね」


 空悟くんがいないから止める人がいない。僕がもごもごしているのに気がついたのか、先生は気を取り直した。


「しかしよく気づいたよ。お父さん、銃器コレクターか何かか」

「ゲームで知りました」


 先生は間を置くと、くつくつと笑った。


「俺も迂闊だったな」

「僕も質問して良いでしょうか」

「うん」

「空悟くんに聞きました。先生も能力を持っているんですよね。先生だったら、空悟くんがいなくても僕らを連れていけるんじゃないですか」


「能力持ちは複数行動が基本だ。攻撃手の空吾くんが沈黙して、俺一人じゃどうしようもないよ。全面降伏だ」

「先生なら、簡単に僕たちを無力化出来るんじゃないですか」


 安全なところに移動した後、あっさりと僕たちを捕らえるのではないか。返答によってはもう一戦待っているということだ。しかし先生は暖簾みたいにするりと僕の懸念を受けた。


「これ、一人にしか使えんのよ。君や彼女に使う枠なんて残っていない」

「一人? 空吾くんに使っているんですか?」

「まさか。自分にだよ。折れた肋骨や内出血の酷い痛みを消しているんだ。能力を解くのが恐いよ」

「……すいません」


 先生は堪えきれず大笑いした。


「まあ、お互い生きてるんだから良しとしよう」


 先生は煙を吐き出した。


「これからどうするつもりだ。彼女と一緒に生きていけると思っているなら、甘い考えだと言わざるを得ない」

「かもしれないです」

「冷凍睡眠装置の話は聞いているな。君は命は彼女のものだった、ということだ」


「誰も僕を知っている人はいませんし……」

「それとこれとは全く別問題だ。君が望むなら、君を保護することだって出来る。第一世代ともなれば結構な待遇になると思うよ。もちろん、彼女を連れていくことは出来ないが」


 僕の疲れた頭の中で、誰かが僕にささやいた。それが一番いいじゃないかと。一番確実に生きていける道じゃないかと。

 それでも、とても素直に受け入れることはできなかった。


「みっちゃんは、誰かとずっと一緒にいたいと言っていました。今までの友達はすぐにいなくなっちゃったから、友達はいらないんだそうです」

「その友達がどうしていなくなったかは分かるはずだ」


 持って回った言い方に、先生はやさしい人だと思った。空悟くんだったらそのまま言って、少なからず僕はショックを受けていたに違いない。


「みっちゃんと一緒に逃げ出せたら、おっぱいを触らせてもらえるんです」


 だから僕は正直に答えた。


「おっぱいね」


 先生は笑うでも恥ずかしがるでもなく、冷静に「そりゃ大事だな」と呟いた。

 視界が開ける。そこにはさっきのヘリコプターが、森の火を受けてぼんやり姿を浮き立たせていた。




 ヘリコプターに腰掛けて待っていると、先生が空吾くんを背負って茂みの中から現われた。右肩にリュックサックがぶら下がっている。何かと思ったら、みっちゃんが顔を出した。


「ギフト! だいじょうぶ!?」


 僕に気づくと、リュックサックがぶらぶら揺れる。まるでミノムシだ、と思った。


「おい動くな、落ちるぞ」


 先生の注意も聞かず、結果落下する。それでもめげず、転がって僕のところへやってきた。


「目が回った」

「そりゃそうだよ」


 みっちゃんは既に会った時と変わらない顔色に戻っていた。甘ったるい喋り方も健在だ。

 ヘリコプター横にあるものに気付いて、みっちゃんは視線を移した。ブルーシートが引かれ、その上に黒い寝袋が置かれている。


 僕はその手前まで行き、両手を合わせて祈った。どんな言葉、思いを捧げていいのか分からなかったが、強く祈りを捧げた。それを済ませると、みっちゃんが不思議そうな顔をしていた。


「これなあに?」

「僕らが殺してしまった人だよ」


 先生が森に引き返した後、気づくのにあまりかからなかった。菅野三尉とはほんの少し言葉を交わしただけだったが、今までの誰とも違う、濃い関係が築かれてしまったのだ。


「……ギフト怒ってる?」


 その質問は難しく、しばらくの沈黙を必要とした。その間、みっちゃんは不安そうに僕を見ていた。


「落ち込んでいるんだと思う」


 知っている言葉の中で一番近いと思うものを選んだ。怒り、悲しみ、後悔、恐怖――名前の付いた感情が混然となって、それらは大きな何かとなっていた。その何かが、僕を落ち込ませている。


「ごめんなさい」


 そう言って僕の手を握る。


「それを、菅野三尉にしてあげて」


 無言で、布袋に転がり寄る。端に触れ、ごめんなさいと謝った。

 それから思い出したように、大げさな所作で手を合わせた。僕の心のつかえは本当にほんの少しだけ、軽くなったような気がした。


 コックピットは用途の分からないボタンやレバーが山ほど付いていて、分からないなりに通信機を破壊し主要レバーと思われるものを引っこ抜く。この後の追跡を遅らせるためだ。


 先生は「おいおい困るよ」と言いながらどこ吹く風で、風に乗ったタバコの煙を眺めていた。

 座席の後部から地図とコンパスを見つけた。赤いペンで現在地と思われる箇所に印が付けられている。奥多摩湖の南東を連なる山の一つに、僕らはいるらしい。東に進めば東京だ。

 みっちゃんの首が生えたリュックサックを背負う。先生に別れを告げて、コンパスが指し示す東へと足を進めた。


「ギフト、外だね」

「うん」

「ねえギフト、おっぱい触る?」

「その前に、行く所がある」


 先生によれば、変種専門の義足技師がいるそうだ。どういうわけか居場所まで教えてくれた。罠ですかと聞いたら「頑張ってる若者は好きなんだ」とはぐらかされた。

 身内の変種を匿っている人間が世の中には少なからずいるそうで、僕らに必要なのはバックアップだと、先生は忠告してくれた。


「でもわたし、このままでもいいなあ」


 さっきからみっちゃんの後頭部がこつこつ当たる。


「後ろ向きに景色が流れてくなんて、きっとつまらないよ」

「そうかなあ」

「それにおっぱいを触るんなら、向かい合わせじゃないとね」

「それはちょっとわかるなあ。じゃあ触るのはまだ先だね」

「うん、まだまだ先だ」


 僕は先生の言っていたことを思い出していた。空悟くんを回収するため森に引き返す直前、先生は少し迷ったそぶりを見せた後、振り返った。


「屋敷で主人の手記と思われるものを発見した。それによれば、彼女の母親が一次感染者だったらしい。二年に渡って地下室に幽閉していたそうだが、ある日娘の彼女が襲われてしまった。娘はどこで手に入れたのか一輪のカーネーションを持っていた。母の日だったそうだよ。やむを得ず主人は妻を殺したそうだ。あの設備は元々妻のためのものだ」


 その手記はあったところに戻したという。おそらく燃えて灰になるだろう。取りに戻ろうとは思わない。


「君たちは既に後戻り出来ないところまで来ているんだ。やりたいようにやればいい。だが脱出するわけじゃない。さらに深みへはまっていってることだけは自覚しておけ」




「みっちゃん、歌おうか」


 うたう! と元気のいい返事が後頭部に伝わる。


 おお、まきばは、みどり。

 くさのうみ、かぜはふく。


 歌詞が夜の風に乗って、どこまでも伝わっていく。僕の進む道はそこに繋がっていて、青空の下で一緒に駆け回る姿を、草のにおいと併せて想像させた。

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