流星の降る森で
登場人物
・ギフト(義普登志彦) … 主人公。12歳。目が覚めたら100年近い時間が過ぎていた。空想カタパルトで、手に届く範囲の物体を飛ばすことが出来る。
・みっちゃん … 目が覚めたギフトの隣にいた制服を着た少女。大変力が強く、おっぱいが大きい。
・空吾くん … 12歳。ギフトやみっちゃんを猿と呼んで見下している。ショットガンを装備している。
・先生 … フレームの細い眼鏡をかけたスーツの男。空吾くんの面倒役で、話出すと長い。喫煙家。
その時、枝葉の擦れる音と共に、黒い影が空吾くんとの間に落ちてきた。炭化した太い枝が、自重に耐えられず落下したのだと思えた。
その影は、息も絶え絶えで、喉を焼いたらしく声は掠れて聞き取り難い。
「ギフトからはなれて」
そう言っているように聞こえた。
「まだ生きてたのか」
夜の暗闇のせいばかりでなかった。全身の皮膚が炭化し、木の幹のようにひび割れている。四つん這いのそれは、じくじくと音を立てながら、少しずつ再生しているようだった。
「見ろよ、化け物だろ」
空吾くんはショットガンを手にしたが、すぐに表情を崩した。
「ざまあ無いぜ」
僕も気付く。彼女は膝から下を失っていた。
這っているのではない、立ち上がれないのだ。
空吾くんは狙いから外すと、もはや興味を失ったようだ。
「行こう、先生と一緒に、お前の今後を考えないと」
僕はよろよろと立ち上がった。さっきまで伸びやかに手脚を振り回していたみっちゃんが、地べたを這いずるのも苦労している。
考えるのを止めろと誰かが言う。感情を止めろと命令する。生き延びたい、とそいつは言った。
「やくそく」
足元から、蚊の鳴くような声がする。それから、守れなくてごめん、と言われた気がした。
「登志彦、どうした。ほら」
空吾くんが足を止めた僕を見て、手を伸ばした。
「行こうぜ」
「……約束したんだ」
「約束?」
彼は皮膚の焦げたみっちゃんを指差した。
「これと?」
笑う空吾くんの手を思い切り引っ叩いた。
「なんだよ、おい」
「ここから一緒に出るって、約束したんだ。それで、おっぱいを触らせてもらうって」
「おっぱ」
空吾くんの顔が少し赤くなる。
「何言ってんだ、お前」
黒焦げになった彼女の側に寄る。目元の皮膚が、鱗のようにぽろりと落ちる。そこからみっちゃんの綺麗に澄んだ瞳が、僕を覗きこんだ。
「みっちゃん」
右手を伸ばす。
「一緒に行こう」
「――うん」
みっちゃんが手を掴む。まだ力は残っている。
「一緒にって、おいおい。連れていけるわけないだろ。何考えてんだ」
「僕はみっちゃんと行く。空吾くんだけ、先生のところに行って」
「そんなこと出来るわけないだろ」
空吾くんが息を吐きながら首を振って、ショットガンを向けた。
「やっぱ猿は殺しておかないと駄目だわ」
「ギフト」みっちゃんがかすれ声で囁いた。「わたしを飛ばして」
空想カタパルトを使うのと、引き金が引かれるのは同時だった。
いや、僅かに僕らが速かった。みっちゃんが銃口を持ち上げ、弾道を大きく上に反らしていた。
僕は空吾くんに体当たりをする。地面に叩きつけられても、銃は手放さない。
「くっそ!」
空吾くんはすぐに立ち上がる。みっちゃんは地に伏し、僕はケンカなんてしたことがない。僕はすぐに銃で組み伏せられてしまった。背に樹が当たり、胸が強く圧迫される。
「馬鹿か! 僕と来い!」
空想カタパルトを使おうか考え、取り下げる。距離を空ければ、ショットガンの餌食だ。
「一人でタイムスリップみたいなことになって、行くところなんてないだろ! それがお前、おっぱ、おっぱいを触りたいからってどうかしてるぞ!」
「別にそれだけじゃない」
「うるさい!」
空吾くんが感情も露わに頭突きをした。
金物を叩いように頭に響く。割れそうだ。相手も同じようで、眉を寄せて唸っている。
「……とにかく、ちょっと落ち着け。まだ混乱してるんだよ、お前」
その衝撃のおかげなのだろうか。この状況を乗り越えることが出来る、唯一のアイデアを思いついた。
冗談みたいな考えだ。誰も見たことのない景色になる。想像がつかない。
いや、するのだ。
「空悟くんさ」
時間稼ぎのつもりで、さして考えもなく呼びかけた。
「なんだよ」
「さっき教えてくれたお礼に、僕の力のこと教えるよ」
「後で聞く」
「僕は、手の届く範囲のものを打ち出すことが出来る」
想像を深めていく。
想像が緊張していく。
中世時代の記録絵画や、ファンタジー世界を舞台にした映画でしか見たことがなかった。
それは巨大なスプーンのようだ。巨人のために大木を削って作ったような、とてもとても大きなもの。強靭なツタで端が引っ張られ、柄が折れてしまいそうなほどしなっている。
「おい。何しようとしてる」
空悟くんが、気付いた。
「なんだか知らないが、やめろ。何かしたら、本当にお前は敵になるんだぞ」
想像のツタがぎりぎりと張りつめた。
「――出来た」
「やめろ!」
「これが空想|カタパルト(投石器)だよ」
ツタを断つと、頭の中で激しいスパークが起きた。
地響きが起きる。ぶちぶちと音を立てて、何十年と地中に繋がれた楔から、それは今解き放たれた。
土が巻き上げられ、軌道は僅かに弧を描く。僕の背中にあった大きな樹が、わずかに回転しながらゆっくりと、月を背景に舞っていた。
「ちきしょう! 馬鹿野郎め!」
巻き上げた土煙の向こうから怒号がする。僕はみっちゃんを担いで急いでその場を離れた。
「ギフトはすごいね」
みっちゃんが弱々しい声を出す。既に声帯は回復しているようだった。
「そんなことないよ。ちょっと無理したみたいだ。頭がくらくらする」
ちょうどいい木の陰を見つけ滑り込む。さっきまでいた辺りを見ると、まだ砂煙が舞っていた。
「ギフト、ごめんね。わたし、立てなくなっちゃたの。歩けないんだ。でもね、いっしょにいたいの」
「分かってるよ」
「わたし、じゃまじゃない?」
「邪魔じゃないよ」
銃声がする。回転していたクヌギの樹が、地上から三十メートルのところで爆発した。
「出てこい、登志彦!」
大木が炎をまとい、そこから火片が降り注ぐ。空に浮かぶ星全てが流れ落ちているような光景だった。
「派手だねえ」
みっちゃんが見上げて言う。
「みっちゃん、逃げるよ」
もう一度、僕は樹を飛ばす。砂煙の背にみっちゃんを抱き上げて、転びかけた。
「ギフト、大丈夫? わたし重い?」
「大丈夫、重くない」
踏ん張って、なるべく遠くの樹の陰に逃げ込んだつもりだった。が、十メートルも離れていない。
「ギフト?」
「ごめん、やっぱり重い」
みっちゃんは恥ずかしそうに「ギフト、でりかしー」と文句を垂れた。
しかし本当に重いのだ。
「さっきは火事場の馬鹿力で担げたんだ」
みっちゃんは理解していない風だが、僕は続ける。
「この方法はもう駄目だ。樹を打ち上げるのも、頭を使いすぎる」
頭が乾いたような疲労を感じる。今までにない感覚が、限界に近付いていることを伝えていた。
空中の樹が爆散する。重厚な着地と、枝葉の折れる軽快な音が響き渡る。音が闇に溶け、徐々にぱちぱちと燃える音が聞こえてくる。森が燃えようとしている。
「聞こえるか、登志彦」
突然、空悟くんの声が響いた。
「みっちゃん、声の位置分かる?」
「うん、だいたいあっちの方。歩いて三十歩くらい」
みっちゃんは樹の向こう側を指さした。
「僕が使っている油脂焼夷弾は、いわゆるナパームってやつだ。中に入ってる液体燃料は、ねばねばしたガソリンみたいなもんでね。なかなか火が消えない。水をかけても駄目だ」
先生みたいによく喋る。けれど、ただ知っていることを自慢している様子ではない。
「このミニマムナパーム弾は、名前の通りとても少量だ。けど――」
間を開けて、遠く離れたところで爆発が起こった。
木の背丈を超え、夜空を背景に気球サイズの爆炎が盛り上がる。みっちゃんが「きれい」と思わず口にした。
「まとめて爆発させれば、結構いけるだろ? 何が言いたいか分かるか」
もちろん、答えるような真似はしない。空悟くんはそんな僕の考えを浅はかだと言わんばかりに笑った。
「ナパームが爆発すると大量の酸素が消える。酸素っていうのは、ええと、まあいいや、ないと困るんだ。息が出来なくなって、死ぬことになる。つまり、隠れんぼは終わりだ。燃えるか息が出来なくなるかで、お前は終わりだ」
「空吾くんだって無事じゃ済まない」
「かといって逃がすつもりもないんだよ」
次回更新は5月2日予定です。