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僕と密室とおっぱいと

 最初、そこは宇宙船の中ではないかと思ったほどだ。

 窓一つない、陶器のような白い空間の中に僕はいた。天井の蛍光灯がより白く照らして、空間は緩やかな曲線を描いているらしく影が生まれる隙はどこにもない。


 寝ぼけ眼で辺りを見回すと、部屋の中央にぽつんとテレビが置いてあり、となりにがらくたが、山となってそびえていた。

 ここは一体どこだろう。


 床は固く、指でなぞるとひんやり冷たい。

 なめらかな質感が心地よくて、そのまま後ろへ後ろへと指が滑り続けると、黒くて柔らかいものに突き当たった。


 脚だった。

 黒いタイツを履いただけの、裸足が床を掴んでいる。

 その脚は、同級生よりはちょっとだけふっくらとしていて、中学校のお姉さんだと分かる。お姉さんだと思ったのは、それが紺色のスカートから伸びやかに生えていたからだ。


「おはよう!」


 元気な声に、僕の肩が跳ねる。

 まず目につくのはおっぱいだ。白いワイシャツは今にも打ち破れそうに張り詰めていて、チューリップのように赤いネクタイは、リラックスした姿勢で座っているように見える。


「わたし光子!」


 甘えたような、やや舌っ足らずな喋り方が耳につく。


「みっちゃんって呼んでね。あなたは?」


 肩甲骨辺りまで伸びた黒い髪を傾けて、屈託なく言った。


「ぼ、僕は、義普登志彦」

「ぎふ、と……?」

「としひこ」

「むずかしいなあ」


 僕の名前だというのに大変不服そうに頬を膨らませると、みっちゃんは僕の袖を掴んだ。


「ギフト」

「ギフトじゃなくて、義普――」

「ここに書いてある」


 言われて見ると、名札のようなものが肩の辺りに引っかけられていて、擦れたような字で「ギフト」と書いてある。

 怪訝な顔をしていると、みっちゃんは閃いたように手を小さく叩いて笑顔になった。「ギフト! あなたはギフト!」


「いや、僕にはユイショ正しい名前が」


 僕の顔を覗き込む。まんまるな瞳の奥で、うす茶色の瞳孔がきゅっと絞られた。ガラス細工のように透き通っていた。それが悲しみだけを映して僕に向けられている。 


「ギフトじゃない?」

「……まあ、それでもいいです」


 するとみっちゃんは覚えた言葉を反芻する赤ん坊のように、「ギフト、ギフト、ギフト、ギフト!」と色んな呼び方で口にした。


「ねえギフト、わたしと一緒にここから出よう!」

「いや、勝手に出るのはまずいんじゃ」


 そういえば、僕は病院で入院していたのだ。ほろほろと記憶が蘇る。寝過ぎると自分がどこにいるのかすら分からなくなることがある。ちょうど今、そんな感じだった。


「大人しくしてようよ。みっちゃんも、流行りの病気ですごく高い熱が出たんだろ?」

「ううん、わたしは健康だよ」

「へえ? じゃあどうしてここにいるの」

「わたし、ずっとここにいるよ」

「ずっと? いつから」

「生まれたときから」




 今、世の中は大変な病気が流行っているのだそうだ。

 ニュースで聞いたところによると、とても高い熱が出るという。何人か死んでしまった人も出てきてしまって、何かの大臣の人が懸命に何か呼びかけていた。


 海外から運ばれてきた新種のウイルスである、と言っていたが、それもなんだか取って付けたようで、実際はもっと大きなことが起こっているんじゃないかと僕は心を踊らせた。それも、全世界的な現象らしく、それは大変な踊りようだった。


 小学校で学級閉鎖が起こるんじゃないだろうか。と言ったら、お母さんに怒られた。病気にかかったのは、その日の夜だった。


 うんうん唸る僕を見かねた両親が、すぐに病院に連れて行ってくれた。僕はとても痛い注射を射たれる覚悟をしたが、入院すればいいと言われて気が抜けてしまった。結局、後で打たれたのだけれど。


 今どきの注射は針が細いから痛くはないんだよ、と白い髭をたくわえたお医者さんが優しく教えてくれた。実際その通りだったが、やっぱり注射は怖かった。打たれた注射は、冷たい感じがした。


「パパはここにいれば安心だって言うけど、ここは檻だと思う」


 みっちゃんはどんぐりを詰めたハムスターみたいな顔をした。「わたしのことこども扱いしてるんだ」


「みっちゃんのお父さんはここに来るの?」

「最近はぜんぜん来なくなっちゃった」


 抱えていた膝を身体に寄せる。白いパンツが丸見えになったので、紳士な僕は見て見ぬふりをした。


「でも、窓も扉がないよね、ここ」

「壁の一部が動いてひらくの」


 みっちゃんはおしりを支点にしたやじろべえのように、膝を抱えてゆらゆら揺れた。やがて思い出したように立ち上がると、中央のがらくた山から金属で出来た二本の棒を拾ってきた。

 床に引きずりながら、僕の方にやってくる。


「竹馬だ」

「わたし、これ好きなんだ。ちょっとだけ背が高くなるし、歩くのもはやくなるし」


 飛び乗ると、落ち着かないトラのように部屋の中をうろうろし始める。棒に押し付けられ潰れるおっぱいを見ると、歩きにくそうだと思う。


「ギフトもやる?」

「いいよ、僕は」


 すると、みっちゃんは慌ててがらくた置き場に戻って別の遊具を持ってきた。


「じゃあ、これは?」

「いいよ別に」と僕は言う。「僕はいい」


 そんなやりとりを何度も続けていると、


「それじゃあね――」


 さっきまであった遊具たちは消えてしまっていた。その代わり、僕とみっちゃんの間に広がっている。

 首を折って、「品切れです」とつぶやいた。


「僕には気にしないで、みっちゃん一人で遊びなよ」


 別にいじわるを言ったつもりはなかった。みっちゃんが楽しそうに実演しているのを、見ているだけで僕はよかった。いろんな風になるおっぱいが見られるのもとてもよかった。


「わたし、ギフトと遊びたいなあ」

「じゃあ、これを飛ばすから、みっちゃんキャッチしてよ」


 布で出来た、形の定まらない柔らかい玉を拾い上げる。お手玉だ。みっちゃんが器用に三つ、同時に投げては掴んでいた。これなら当たっても痛くないだろう。

 僕は手の平に一つ乗せると、胸の辺りまで持ち上げた。お手玉は空気の抜けたビーチボールみたいに潰れている。


 想像を始める。

 バネを、ぐっと縮める様子を思い浮かべた。

 頭の一部が熱くなる。

 貯めて貯めて、頭の中で抑圧を振りきった。

 手の平の上のお手玉が勢い良く飛んでいき、みっちゃんのおっぱいにぶつかって、床に落ちた。

 みっちゃんは呆然と僕を見る。それから目を輝かせた。


「すごい! ギフトすごい! なにそれ、手品?」


 拾い上げ、みっちゃんが投げ返す。玉の軌道はあらぬ方向へ弧を描き、僕の頭上を通り越した。そこでふと、お医者さんとゲームで遊んだことを思い出した。

*次回更新は明後日(14日19時頃)予定です。

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