帰るために勇者と魔王ボコってくる
遊森 謡子様の「武器っちょ企画」参加作品です。
・ファンタジーであること。
・短編であること。
・マニアックな武器or武器のマニアックな使い方。
というテーマで作品をつくる企画ですが……これで大丈夫なのだろうか。
*同人や2ch的表現があります。
駅の階段を降りきったとき、ふと目眩がして尋子は手に持っていた重い荷物を下ろした。
なんだろう、昨日の掃除で深夜まで起きてたのが悪かったのだろうか、と考えていると調子もよくなったようなので再び荷物をもって歩きだした。
その瞬間。
景色が暗転したかと思った。だが、目の前にはきらびやかな衣装を纏ったおじさんたちと、妙に存在感のある石造りの壁らしきもの。
「……ほぇ?」
片眉を上げ、唇を歪めながら出たのはその表情ににつかわない可愛らしい声だった。
どうやら自分は、召還されたらしい。いわゆる異世界召還というやつらしいと解ったとき、尋子は取り乱すのではなくあまりの混乱に薄笑いを浮かべていた。
それを恐ろしく思ったのか哀れに思ったのか、召還をしたという神殿関係者が尋子を責任もって引き取ろうと言い出したのだが、某宗教に苦労したことのある彼女はそれを蹴って責任者に問いただした。帰る術はあるのか、と。
答えはあまりどころかまったく芳しくなく、さすがの彼女もキレそうだったのだが、苦し紛れの神官の言葉ににやりと笑った。
彼女が召還された場所は王宮の謁見の間で、魔王討伐に任命された勇者たちが謁見の最中だったらしい。しかも勇者一行と王の丁度真ん中に現れたとか。その魔王が、もしかしたら元の世界に帰る術と魔力を持っているはずだと言う。
それなら魔王に会いに行くしかないよね☆と親指を立ててちゃはっ☆という効果音がつきそうな表情をして回りを凍り付かせたことに、尋子は気づいていたがあえて気にしなかった。
とはいえ、彼女は異世界もののセオリーであるチートは持っていない。身を守る武器も扱えない。魔法も使えない。
「ヒロ、どうするの?貴女それじゃあ死ぬわよ?」
と呆れたように言うのはグラマスな体型をした弓使いの姉御、クラリスだった。
「うーん、頭と逃げ足?あとは……あ!武器になるのある!」
必死に頭を捻っていて思い出したのは、一緒に召還されてしまった彼女の荷物だった。
足下においていた荷物はプラスチックの色気のない灰色をしたもの。中央にあるフックをはずし、蓋を開けると独特の金属と薬、そして油の臭いが漂ってくる。工具箱だった。
「じゃっじゃーん!」
さらに内側の小物入れをはずして取り出したのは、糸のこだった。
クラリス以下勇者一行の反応はもちろん唖然、である。
「あ、でもこの糸のこじゃ死体にした後じゃないと使えないか」
残念、と言うと
「はぁ?!」
「ちょ?!」
「いやいやいや、何考えてるの?!」
「物騒すぎるだろ!」
「隠蔽するような死体は出ないぞ」
と叫ばれた。
順に弓使い、聖女、勇者、僧侶、魔法使いである。
「そうか。動物でもこの大きさじゃ役に立たないか。あ、これだ!」
そう言って次に取り出したのは鬼ヤスリとマジックカットなる荒い金工やすりである。
「木工用だが荒削り用鬼ヤスリさんと桜庭先生曰くマジでよく切れるマジックカットさん!これ、おもいっきり叩いても肌をおもいっきり擦ってもいい感じになりそうだよね!護身用ならこれいいかも」
勇者がゴクリと唾を飲む。叩くまでは許容範囲だが、擦るつまり鑢掛けを肌にするというのか……。考えたくもないが想像してしまう。
「それからこれもいいかな」
取り出したのは一センチくらいの幅を持つ平べったい金属の棒の様なものだ。片方はアイスの様に丸い加工がされているのだが、もう片方は三角形になっており、金属を削るように刃のように加工をしてあるいわゆるキサゲと呼ばれる工具だ。
「これ、重いから、うっかり太股に落として貫通させたって人が居るくらいだしね」
「そんなに重いのか?」
「持ってみる?」
魔法使いが尋ねるので渡してやると、予想外だという顔をしていた。
「重さもあるけど、ここが刃になってるからね。勢いでザックリ☆ってやつ?」
大変なんだってーと笑うが、一行は笑っていない。
「精密鑢はもったいないし、あとはメスとかおたふく槌か。ま、なんとかなるなる。あ、ねぇビズ、これを投げたらまた戻ってくる様な魔法ってない?」
彼女は魔法使いに聞く。
「無いこともない」
「安全に手中に収まるようにしてください」
あっさりと言われたので彼女も考えることなくあっさりと要求すると、魔法使いは嫌そうな顔をした。
「何で俺がそんなことをしてやらなきゃいかんのだ」
「そりゃぁできるからですよ。適材適所を利用しない手はないでしょ。ただ、技術料と言われてしまうと出世払いにしていただきたいんですが」
彼女は肩をすくめる。
「出世どころか定職もない不審者が何を言う」
「魔王倒せばどうせ私以外には報奨金でるんだからケチ臭いこといいっこなしでさ」
「出世する気ないじゃないかお前!」
勇者が思わずツッコんだが、尋子は呆れたような視線を送る。
「細かいこと気にすると禿るよ?でもただでは申し訳ないし……じぁこれはどうだ!」
そう言って工具箱の小物入れから出したのは裸石のルビーだった。ただし某所で買った合成品であり、ちょっとお値段安めで買った時の名称は合成コランダムだ。
「お、お前、なんて物を持ってるんだ!」
魔法使いが真っ青になって叫ぶ。
「は?ただのルビーっぽい石じゃないですか」
一体お前は何を言っている、と言わんばかりの顔で彼女は呆れた。
「そんな危険なものしまえ!」
「そうよ、ここを吹き飛ばす気なの?!」
まさかの勇者と聖女のツッコミに彼女は目が点になる。
「吹き……飛ばす?これが、ここを?」
手のひらの上にあるのは直径五ミリの禿頭カットもといカボションカット。少し大きめだが、決して驚くほど大きいわけではない。
「そうだ。そんな強力な魔石をこんな狭い場所で落としたら大惨事だぞ」
「……これ、使えるじゃん」
勇者の忠告をスルーして彼女はにたりと笑う。
「話を聞け!」
石をしまいつつゴソゴソとさらに小物入れを漁り、新たな石を取り出した。
「これは?」
取り出したのは二ミリの小さなきらきら輝く石がじゃらじゃらと入った袋だ。
「それ単体ならちょっと痛いくらいだろう」
魔法使いの言葉になるほど、とつぶやき袋から無造作に取り出す。
「えいっ」
勇者に向かって一個投げると、小さな破裂音がした。勇者は手に当たったらしく甲を押さえている。
「いてぇよ!!」
「複製魔法ってある?」
「ある」
文句を言う勇者を無視して魔法使いに聞く。魔法使いも勇者を気にせず答える。
「複製はどこまでできる?複製の量じゃなくて、そのものの力とか」
「制限時間内なら元本と変わらない」
「うーん、制限時間かぁ。それを固定するような魔法はかけられないの?」
「したことがないな。やってみるか」
「お願いします!」
こうして魔法使いと彼女の気が合ったところで、勇者一行は彼女をパーティに入れて旅立つことになってしまった。
* * *
長い道のり。それはもうテンプレートな道中だった。しかし、無力のはずの異世界の少女は大分活躍していた。
大半の魔物や獣は勇者たちが倒してしまうのだが、苦戦すると敵の眉間にキサゲがスコーン!!と当たり絶命、わざと狙われ隙をついて複製魔石でふっとばすなどなどパーティから生ぬるい目で見られていた。
「いいじゃんかどうせ多勢に無勢、命のやりとりなんだから卑怯もクソも無いよ」
「帰ったら是非君に常識という物をたたき込んでやりたいよ」
勇者が嘆息する。
「丁度いい、元の世界に帰れなかったら是非お願いしたいところ。でも今はあえて言おう、常識は破る為にあると!」
声高に宣言する。
そうじゃねぇ、そじゃねぇよと叫ぶ勇者を聖女が慰めるところを見て、尋子は「聖女ルートキタコレ」と呟いたのだった。
そんな珍道中を続け、魔王城に近づいた彼らの前に一人の魔人が立ちはだかった。
肌の色はうっすらと灰色、目つきは鋭く、瞳孔が細い。そして額に一本の角が生えている。そして異常なほどの美形。
「魔王様に徒なす者共め」
地の底から響く声でパーティは震え上がった。これまで相手にしてきた魔者や魔獣とは格が違うことがにじみ出る魔力からも解った。
「その角、その白金の髪……マーガス大公か?」
魔法使いが聞くといかにも、と魔人は頷く。
「ちっ、こんなところで魔王の右腕がでてくるとかツイてないな」
パーティは一気に緊張感に包まれる。
勇者は大剣をかまえ、聖女も防御魔法を展開、弓使い、僧侶、魔法使いも各々構えていた。
「狙いは角……美形だし羞恥プレイに耐えうる……フフフフフ」
「うむ?」
構えつつも隣から聞こえる呟きに僧侶は首を傾げた。
魔人と勇者の口上も終わり、剣や魔法の飛び交う音に僧侶も気を引き締める。
魔人の動態視力はそれこそ異常。勇者の剣と攻撃魔法をかいくぐりつつ攻撃を繰り出し、邪魔な防御壁を展開する聖女を攻撃したり槍と弓を駆使する弓使いを吹っ飛ばす。
疲弊してきた勇者一行は気づいていなかった。途中でさりげなく聖女の後ろに隠れていた尋子が居ないことに。
「どうした?先ほどまでの威勢が無くなってきたようだが」
魔人は無表情に言い放つ。
「そろそろ終わりにするぞ」
勇者たちは愕然とする。目の前の魔人の魔力が膨らんできている。今までの攻撃は手加減していたのか……。
しかし勇者は諦めない。仲間の為にも、、魔王に苦しめられている人々の為にも負けるわけにはいかないのだ。
が。
「そぉーれっ!」
かけ声とともに大きな爆発音が魔人を襲う。
「なっ?!ぐっ……」
真後ろからやってきた爆風と衝撃に押され体が傾く。
「?!」
どん、と背中何かが当たり、魔人は地面に押し倒された。
「勇者ァ!縄持ってこい!!」
砂埃が引け、そこにある光景を見て皆が唖然としたのは、仕方のないことだろう。
そこにいたのは魔人ことマーガスに間接技をかけながら叫んだ尋子だったのだ。
理解の追いつかない勇者の代わりに魔法使いが縄を渡す。その際、何故か予備の武器である革の鞭も一緒であったので、主人公はニヤリと笑った。
「解ってるじゃん」
「楽しませろよ?」
眼鏡の奥の瞳は完全に楽しんでいる。
「もっちろん」
答えてから彼女は魔人を正座させ、ぐるぐる巻きにする。口もしっかり布をくわえさせた。
「うむ、亀甲縛りをちゃんと習ってくるべきだった」
と残念そうに呟いたのは魔人以外には聞こえていなかったようだ。
聞こえてしまった魔人は「きっこうしばり」が何なのかは解らなかったが、嫌な予感はヒシヒシと感じていたので身をよじって逃げようとした。
そんな魔人のサラサラのプラチナブロンドをわしっとつかむ。
「ふふふ、威勢がいいじゃん?」
魔人の耳元でふっと息を吹きかけながら楽しそうに囁く。魔人の体がびくっと震える。
次に彼女は額の角に手を伸ばし、ぎゅっとつかむ。
「んん?!」
驚きに声を上げる。
彼女は力を緩めると愛撫するかのように指で撫で始めた。
「んんっ?!んんんっ!!」
何だ?!何をする?!と言っているらしい。どうやらくすぐったいらしく、身をよじっているのだが、彼女の愛撫に体の力が抜けてきている。
「ふふ、ふふふ、かーわいい」
「んんー!!んんんん!んんんんんん!!ん?!」
頭を降って逃れようとすると首根っこをつかまれたらしい。
無表情で戦っていた時や縛られた直後の憎しみを湛えた顔に、今や赤みが差し目には涙がうっすら滲んでいる。
「……目の毒だわ」
クラリスは気の毒そうに呟く。聖女は顔を真っ赤にして顔を逸らしつつちらちら見ていた。
「うむ、あれが羞恥ぷれいというやつか」
僧侶は頷いた。
「んぅ?!んんんんん?!んーーーー!!」
主人公は角だけでなく首筋、鎖骨まで手を伸ばし焦らすように愛撫する。
「んんんんっ!んんん!」
「良く啼くなぁ。可愛いね、ホント、可愛いよ?目隠しも追加する?もっと感じるかもよ?あぁ、でもこの涙目が扇情的だからもったいないかふひひひ」
「んぅーーー!!!」
彼が抗議の声を上げるのはいたしかたないことであろう。
魔王の右腕である自分が人間の小娘に縛られた上、体を撫で回されるという屈辱を味わう羽目になるとは誰が思ったか。しかもこの小娘、笑い方がいろいろと残念だ。
「んー、もうひと押しかな?」
そういうと、主人公はかぷりと尖った耳の先を甘噛みする。
「んーー!!」
更に耳朶を軽く噛む。更に首筋やうなじも刺激してやる。
「聖女様、見てはいけません」
「貴女は踏み込んではなりません、役職的に」
さすがに弓使いと魔法使いが聖女の目と耳を塞いだ。
「も、もうやめてあげて!」
さすがに勇者がみかねて声を上げた。
「まだまだ許さないよ?」
フフフフと低く笑う。
「ねぇ?イッカク?」
「んんっ?!」
「なんだその名前?!」
と彼も勇者もツッコまざるを得なかった。
「ほーらまだまだだよー」
彼の服の襟をはだけさせていたが更に釦をはずしてまさぐる。
「ふふふ、きれいな肌だなー。顔が赤くなるから、ここ打てば赤く染まるよね、ふふ」
「んんん!んー!」
「やめたげてよぉ!」
顔を押さえながら勇者は叫ぶ。
「勇者、意外と純情ボーイなんですね解ります。拷問って痛めつけるより羞恥心あおる方が楽しいよ?ただしご褒美になってしまう可能性があるので諸刃の剣である」
「冷静に講釈しないで!」
そんなやりとりの後ろでは僧侶が魔法使いたちに声をかけた。
「長くなりそうなので飯を狩ってくる」
「私も行くわ。聖女様をよろしくね」
「あぁ、頼まれた」
と二人がのんびりと昼飯の準備に走ったのだった。僧侶はともかく、クラリスは逃げたなと魔法使いは思う。
「んんんんんん!んーーーー!!!!」
助けを叫んでも誰も助けてはくれないのだが、流石の勇者もマーガスの貞操の危機には動いてやったのだった。
僧侶と弓使いが昼飯の準備を終えたときにはマーガスもおとなしくなっており、勇者に慰められていた。
「あいつはな、うん、常識も自重もない奴だから。気にするな。あと人間はああいうのばっかりじゃないからな。それだけは覚えておいてほしい」
魔人は泣きそうな顔で頷いており、さすがの魔術師も気の毒になったのだった。
「何やってんの勇者。はっ!まさか、まさか……イッカクのこと好きに?ホモォ?きたこれ……!」
ウサギの串焼きにかぶりついていた主人公は思い当たった瞬間神妙な顔になる。
「違うわボケェ!」
「もうやだこの人間……殺してくれ……」
勇者が叫べば魔人は嘆く。
「あ、そーだ。僧侶ー!革ちょーだい」
そんな叫びは無視し、何かを思い出したように踵を返して僧侶に叫ぶ。
串焼きを食べながらいそいそと作業する。その後ろ姿に嫌な予感を感じ、魔人は嫌な予感を覚えたのだった。
「でーきた!」
魔術師に頼んで空間圧縮の術でしまってもらった工具箱から金具を出したり穴をあけたりしてできたのは、動物につけるような首輪だった。
「魔法使いー!」
「なんだ」
首輪をもって魔法使いに駆け寄る。
「これをごにょごにょごにょ」
「ほほぅ、いいな、貸せ」
ほかのメンバーに聞こえないように魔術師に耳打ちする。笑って首輪を受け取ると何かしらの魔法をかけた。
「ありがと!これで楽しくなるね!」
「逃げ出さないと楽しくないじゃないか?」
「魔王城で楽しめそうじゃん」
「なるほど」
二人はふふふふふと怪しい笑いを交わし、魔人に首輪がかけられることになる。
魔人も抵抗はしたのだが、魔法使いと主人公の連携プレーによってむなしく飼い犬のようになってしまったのだった。
* * *
魔人を捕まえてからというもの、雑魚と思わしき魔物は寄ってこなくなった。その代わり、上級の魔族が次々とあらわれ、魔人ごと勇者一行を消そうとしてくる。
ある魔族の時。
「魔王様の為に消えt――」
「うっさいわ、美しくない筋肉め!」
眉間にブーメラン仕様のキサゲがサクッと刺さって絶命。
「そんな手に乗るとおmうおぉおおお?!」
「思ってるわけないじゃーん?」
キサゲが避けられたら魔法で複製した宝石を投げて爆風に押させる。そして勇者たちに任せ。
「いやー!もう許してええええええ!」
「ふふ、ここをこうされるのがいいんですね?気持ちいいんですね、可愛い顔してますよ?ふふふ」
と言いながら羽根の付け根やしっぽをいやらしい手つきで責めるという手段をとって実に順調に、勇者の精神的HPを削りながら進んできたのである。ちなみに首輪をかけられた魔人は全部で三人になったらしい。
そして最終決戦。
魔王は玉座に気だるげに座っていた。
「お前が、魔王……か」
勇者が声をかけるが、威勢が全くない上に妙に同情的であった。
「勇者、何故そんな目をしているというかこっちを見ないのだ」
顔を逸らす勇者一行にツッコむ魔王だった。
「ま、まさかのショタだと」
主人公の呟きに勇者たちはああやっぱりと生ぬるい気持ちになる。
「と、兎に角だ。王国に徒なし民たちを苦しめる魔物の王、お前を倒すために来た」
「ほほぉ、人間ごときがこの儂を倒すとな?しかしだな勇者、お前の認識と儂の認識にはかなりの誤差があるようだな」
玉座に座る少年は皮肉気に笑う。
「儂は魔族の国を治めている魔王であるが、そちらの国に徒をなした覚えは無い。そもそも、魔族は人型以外はこの国から出ることはない。そちらの国にいるのはおそらく魔獣であろう。魔獣は儂の管轄外だとランセルには伝えてあったはずなんだがの」
「なんだと?」
国王ランセルも承知という言葉に勇者が眉をひそめる。もちろん聖女や弓使いたちもだ。
「おおよそランセルの小僧は貴様等を使ってこの国を侵略しようと企んだのだろうよ。しかし、私の可愛い部下を殺してくれた貴様等を生きて返す訳にはいかんな」
魔王は玉座から立ち上がる。勇者たちも気を引き締めた。
「まさかのショタどころかショタジジイとかこの世界どういうことなの」
「おまえはもっと緊張感をもて!!あとショタジジイって何だよ!」
最終決戦前に思わずツッコむ勇者である。しかし構えは忘れない。
「ショタは幼い少年、ショタジジイは幼い少年だが実年齢・精神年齢共にジジイというものだ。女はロリババアという。個人的にはロリババアの方が好みだ」
残念、とため息をつく。
「おまえの好みなんざ聞いてねぇ!」
「だがな勇者、私は単体でロリババアが好きだが、ショタジジイは美形な男と絡ませると大好物になる」
あまりの輝かしい笑顔に勇者一行はドン引き、マーガスたち囚われた魔人は涙目で震えている。尋子の羞恥プレイが余程トラウマになったらしい。
「たとえばこのイッカクとあのショタジジイ魔王のカップリングはぶっちゃけ萌える。超萌える。主従でエロスとかマジたまんないヒョーウ!」
「……勇者、そこな小娘を殺しても文句は無いな?」
さすがのショタジジイ魔王も額に青筋を浮かべていた。
「あー、うん、なんだ。すまん。だが俺はまだ妄想対象に含まれてないから不許可だな、うん」
思わずあやまる勇者である。こんなのでも一応仲間だからなぁと呟き、囚われの魔人達から哀れみの視線を 受けている。
「流石勇者、スタンダードでかっこいいじゃん。いっちょショタジジイもんでやろうぜ!」
彼女の異常なテンションのあがりっぷりに自分達が彼女より先に魔王に接触し捕まえて隔離せねばと勇者一行が思ったことなど、魔王は全く知らずにいたのだった。
* * *
激闘の末、というより愉快狂のごとく魔王へ宝石を投げつけ、ヤスリを片手に勇者と共に物理攻撃を仕掛け、不意打ちをねらって複製したキサゲを何本も投げつける彼女から魔王をかばいつつ必死になって勇者一行は魔王を捕らえた。
話を聞くと、どうやら国王であるランセルの思惑にバカのように乗ってしまったらしいと勇者達は気づいた。
「情報集めない時点で終わってるじゃんおまえら」
と主人公はさらに追い打ちをかける。
「情報収集は基本じゃん?町人とか村人Aとか話しかけて情報を得ないと。この場合は魔人たちに話を聞くべきだったか」
ちらりと首輪のついた三人を見る。
「だけどまぁ、こいつらも殺す気で来てたもんな。仕方ないか」
尋子は肩を竦める。
「いや、あんなことやってる暇あったら聞けたんじゃないのか?」
「あー?娯楽の少ない世界での私の癒しタイムを拷問にしろっていうの?勇者ァ?」
「あれ拷問じゃないの?!あれが癒しとかどんだけ変態さんなの?!」
あーやだやだ、と嫌そうに言う尋子に勇者は泣きそうになる。
「・・・・・・おまえ達、一体なにをされたのだ」
ぐるぐる巻きになった魔王は首輪をつけられている部下達に目を向ける。
「く、口にしたくもありません」
「勘弁してください」
「もうお嫁にいけませぇん」
三者三様の反応に、実力者でもある彼らがそれだけのことをあの小娘にされたのかと魔王は空恐ろしくなった。
「その首輪は一体どうしたのだ」
と聞くと、
「あの女に、つけられました」
「外すことも逃げることもできないようにされてしまい・・・・・・」
「ひ、人前であんな声出すなんて」
と返される。唯一の女性は最早泣いている。
「あの小娘は一体何なのだ」
「説明しよう!」
「うぉ?!」
こそこそと会話をしていた魔族たちに、勇者と言い合いをしていた尋子が割ってはいる。
「何を隠そう私はアホ神官共に何故か召還されてしまった、ただの異世界の一市民である!」
嘘付けどこが一市民だ、という背後からの突っ込みを無視して尋子は続ける。
「そんな無力な私がチートな勇者一行についてきたのは訳がある。私は元の世界に帰りたい。その方法が、人間達にはわからない・魔王なら知ってるんじゃねと宣われたので付いてきた次第だ」
「ほぅ。それで」
「というわけで私を元の世界に戻せください」
魔王は少し考えると、尋子をまっすぐみた。
「残念ながら、それは不可能に近いな」
「あー?なんだってー?」
思わず耳の悪い老人風に聞き返す。
「無理だといったのだ。私の魔力をもってしても、汝の居た世界に戻すことは無理なのだ!」
魔王は多少いらついて返した。
「そも、異世界召還というのは禁術の一つ。世界にはそれぞれの理というものがある。その中から人であれ物であれ呼び出すことは理を無視していることになる。それ故、呼び出された物は呼び出した時点で壊れたり死んでいることが大半どころか当たり前なのだ」
さすがの尋子も驚かざるを得ない。
「私が生きてるのって奇跡なの?」
魔王はその言葉に力強く頷いた。
「ああ。奇跡に近い。生きて呼び出すことができないのに、どうして返す術があると思う?それにだな、万が一返すことができても帰された場所が元の場所である確認はこちらではできないのだ。それはつまり、送り返すことができないということとほぼ同義。呼び出された汝には気の毒だが」
尋子は俯いた。まさか帰れないとは思わなかった。
召還が一方的なのは、小説でもセオリーだったではないか。しかしどうして自分がそうなると思うだろうか。もう両親にも兄弟にも友達にも会えないと思うと今まで押さえてきた寂寥感が一気に押し寄せてきた。
「ぅ……」
ぽろりと涙がこぼれた。
「理不尽な目にあった上に希望を打ち砕いてしまって悪いとは思うが、現実を知らない方が辛かろう。それにあの様子から見るに、汝は現実を受け入れられぬほど弱くはないだろう?」
魔王は気の毒そうに言う。
「うぅ、誉められてるのかけなされてるのかわからないよぉ」
ぐすぐすと鼻をすすりながら言う。
「っていうか人間より魔王の方が優しいよおおおお」
勇者一行は初めて見る尋子の泣き顔に困惑していた。どんなに非常識でも、どんなに変態でも、彼女は泣いたことはなかった。思えば、彼女はこちらに来てから一回も寂しいとか辛いと言ったことはなかった。気を張っていたんだなと彼らは思った。
「もう勇者殺して魔王に寝返るうううう」
「いやいやいやいや!今のしんみりした空気返せよ!ってか勘弁しろよ!」
尋子の言葉に反射的にツッコむあたり、勇者も調教されてしまったのだろう。
「・・・・・・わざとかしらねぇ」
「わざとですわねぇ。素直じゃないですわ」
クラリスと聖女は顔を見合わせて苦笑した。魔法使いと僧侶も苦笑していた。彼女はやることなすこと破天荒で泣き言は言わなかったし、ここまで気を張っていられたことを考えれば意地っ張りなのだと予想が付く。
なんだかんだで彼らにとって、尋子は可愛い妹分だったのだ。
「というか、こちらに寝返られたらあの女が魔王になってしまう」
「そうだな、あれこそ魔王の器かもしれん」
「ちょ、二人とも聞こえるわよ!わからないこともないけど!」
ひゅっ、と男の魔人二人の間をキサゲが飛ぶ。女に向かわないのは尋子の差別である。
「聞こえてるぞ己等。おまえ等の主に謝れ」
何故か尋子からの叱責に魔人三人どころか魔王も目を瞠る。
「いや、別に汝が怒る場所ではなかろう」
「いいや今の発言は主をないがしろにしているとしか思えない」
「立ち直りが早いというか、汝はどちらの味方なのだ」
魔王はげっそりとする。変わり身が早いということではない。尋子はおそらくそういう在り方ならそうあるべきという概念があるのだろうと思う。
「どちらでもない。試しにやったら呼べちゃった☆というクソ神官共も、隙あらば生け贄だけで領土拡大しようとする王も嫌いだが、一緒に旅してきた勇者達は大好きだ。噛みついてきた魔獣や魔族は生きる為に殺した。目の前にいる魔王は真実を教えてくれた。イッカクも細マッチョも小悪魔も、わりと良い奴らだし嫌いじゃない。だから、どちらでもない」
どっちつかずの答えに魔王は微笑んだ。微笑むだけならかわいい男の子なんだよなーと尋子は思う。
「うむ、両方の味方と言わないところがヒロらしいな」
と僧侶が笑う。
「当たり前でしょ。わざわざ面倒に巻き込まれることないし」
にやりと尋子は笑う。
「貴女、自分から面倒につっこんで行くのに良く言いますわ」
聖女はあきれたように言った。
「ソンナコトナイヨ?気ノ所為ダヨ?」
多少目が泳ぎカタコトになったのは仕方あるまい。
* * *
フランシア王国で魔獣の被害をくい止めるために選ばれた勇者とその仲間たち。彼らは初めて召還の儀で生きたままやってきた世界の少女と共に魔の国へ旅立っていった。
魔の国との新たな盟約の条件を携えて彼らは帰ってきた。
帰還の後、魔王の後見を得てしまった異世界の少女と勇者一行は、国王ランセルの黒い思惑とそれに荷担した一派を討伐し、新たな時代を刻んでいったのは、また別の話である。
「おい勇者、聖女と結婚するんだって?おめでとう。これやるよ」
「なにこの魔力だだ漏れの箱」
「なーに、魔の国の北にある鉱山でとってきた魔宝石と銀で作った結婚指輪だ。魔王様からの気持ちだぞ?」
「もっと普通の作ってくれよ!!!」
尋子の作る魔道具――ではなく魔力の高い宝飾品はフランシアのみならず周りの国にも評判になった。もちろん、武器として愛用していたヤスリやキサゲも普通に道具として使われたのだが、武器として魔法の付加がかかりっ放しの為に使用時だけでなく作品そのものに異常な効果がもたらされていたのは尋子にも魔法使いにも気づかれていなかった。