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灯籠流しの夜に

作者: 社会死人

「ったく本当にお前をホームレスにしておくのはもったいないな!」

 威勢よく私の肩を叩きながら言った。見る限りこの人はひどく酒に酔っている。私はただ、このゆでたたこのような元さんの話を聞いていた。

「いえいえ、元さん。あなたは私を救ってくださりました。そのお礼です」

 そう、私がホームレスという生き方を教わったのは元さんからだった。そのお礼として彼が好む酒を提供したわけで。

「それにしても何で兄ちゃん、ホームレスなんてしてるんだい?」

「私が表社会で生きていけない人間だからでございます。クライアントからお金をいただいてないゆえ、このような形になっております」

 元さんは酔いが醒めたかのようにぽかーんと口を開けて、

「なんだ、お前も倒産組か!」と思い出したかのように言った。

 そろそろお暇しようと、私が元さん達の宴から離れると、川のほうから明るい光が見えた。何だろう。川をよく見てみると、赤い灯火が流れていて、今日が灯籠流しの日であることを知った。

 川の近くまで来てみたが、人影はまばらだった。死者を弔う行事か。私はもの思いにふけり、貴重なたばこに火を付けた。仕事柄、人の死をたくさん経験してきた私だが、死者を弔おうと思ったことなど一度もない。弔うだけ意味がないからだ。それほど私は多くの死と向き合ってきた。

 後ろから物音がして私は振り返る。そこには男がいた。その男は着流し姿、傾いた眼鏡をかけていて髪がぼさぼさだった。見るからに風変わりな男は、

「やあ、あなたも灯籠流しを見に来たのかい?」と私を見ると言う。

「いいえ、たまたまです」

 彼は無防備にも私の前であぐらをかいて座り、そこら辺に置いてあった段ボールの上に何かを載せた。何かと思いのぞきこんで見てみると原稿用紙が載せられている。

「少し前まではプロの小説家でね、娘が死んでからは色々狂ったなんて言われているけれど、趣味として面白そうな人間のノンフィクション小説を書いているのだよ」

「私が面白い?」

 男は日の光のようにかっかと笑った。

「そうだ。君の話が聞きたい」

 私が一瞬戸惑うと男はそれを面白いものでも見ているかのようにまた笑った。私はそれに少し嫌悪感を抱いた。

「では、私がこの町の表にいられなくなった原因についてお話します」

 男は筆を執って身構えた。

「私がこの町に入ったのはある人の命令でしてね」

「ほうほう」

 男は筆を滑らせる。

「そこで、私は女の子を殺しました。殺すにはピストルの弾一つで十分でした。女の子は段々と動かなくなり、その血はまるで雲のように地面に広がったのを覚えています」

 男は筆をぴくぴくと震わせて聞いていた。もはやさっきまでの笑顔はなかった。

「それで、あなたはどう思ったんだい」

 しわがれた声。私は嫌悪感が狂気に変わったのを感じた。

「私はとうとう何とも思いませんでした。仕事を済ませただけですので」

 男は何かが吹っ切れたように筆を走らせた。私がのぞき込むと彼は「もう少しだ。もう少しでできる」と言い、それを隠した。

「できた! 娘を殺されたシーンがやっと書けた!」

 彼が歓喜の声を上げている頃には私も理解ができた。この方が今回の依頼主だと。

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