居残り
その、翌日のことである。
銀髪の少年、レナード・アウリオンが、行方不明となったのは。
☆ ☆ ☆
とある公立高校のとある教室で、一人の少年が窓に寄りかかりながら、携帯電話の画面を見ていた。カチコチと、黒板の上にある時計の音と重なる様に、携帯電話の操作音―とはいっても、マナーモードにされているので、実際はボタンを押す音だが―が聞こえる。
時計の針は、五時五十五分という、なんとも微妙な数字を指している。
彼は少し小さめの、かつ、思いつめた、溜息を吐くと、
「今日もメールなし…か」
と言って、携帯電話を閉じる。
時刻は少し経ち、五十六分になっていた。彼はそれを見て、少し慌てた雰囲気を醸し出していた。
「あれから半年、季節も夏。最終下校時刻もそれなりにあるけど、もう、数分前なんですけど、もうすぐで校門が閉まるんですけど先生…!」
彼は、自らの目の前にある、幾つかに分けて平積みにされた、プリントの山を見た。
プリントとは言っても、中に書かれている内容は多種多様である。
一つの内容ごとに分かれており、更に、数えないで見るだけでも、二十五枚前後はあるので、後日、生徒に配る為のものだろう。彼は担任から、教室に誰か一人でも居ないと、他の先生に鍵を閉められるからと、担任が戻ってくるまでの留守番をしていたのだが、如何言う訳か、下校時間寸前まで、担任、いや、先生、部活動の生徒も誰一人として、この教室の前の廊下を通らなかったのだ。
普通ならば、こんな事はありえない。
彼が窓枠に寄りかかりながら半ば諦めたように、深いため息を吐いた。すると、その数秒後、いつもの聞きなれた音の連なりが黒板の上の放送機器から聞こえてくる。
こういうのは普段、昼間など、人が多い時は分からないが、限られた空間に一人になると、音が、空間で反響し、歩き、走り回っているのを、人は体全体で感じることができる。
彼は音、チャイムが鳴り終わるのを聞いていると、教室のドアが開く音が聞こえ、そちらに顔を向け、
「佐々木先生」
と、来訪者に言った。佐々木と呼ばれた瑞樹の担任は苦い顔をしながら、教室に入った。
「いやー、ごめんな、浅村。今日は職員玄関から出るといい。取り敢えず、ありがとうな。」
彼はそう言って、机の上に広がっているプリントを順に重ねていきながら、抱えていく。
一つのプリントの束の量は大したことないものの、それをいくつも抱えるのは、かなり大変である。流石に手伝おうと瑞樹はプリントへ手を伸ばしたが、佐々木は「職員室まで殆ど直線だから大丈夫」と、断った。
瑞樹はプリントから手を離すと、一礼して教室を出ようと、ドアへと向かったが、ドアを開く為の凹んだ取っ手に手を掛けた所で、佐々木は何かを思い出したような口調で言った。
「そう言えば浅村。ここに戻ってくる前に、警察から連絡があったんだ」
「連絡…?それをなぜ僕に?」
瑞樹がそう聞くと、佐々木は少し渋った顔を見せ「言ってもいいものなのか」と言っているような雰囲気で考えた。
そして少し経つと、言った方がいいと判断し、口を開いた。
「お前のことだから、あらかた予想はついていると思うが…、昨日の午後7時前後に、この学校付近にある公園で、レナードらしき人物の目撃情報があったらしいんだ」
瞬間、彼の時が止まる音が聞こえた気がした。
「レナード」他の人に半年振りに言われた名前は、彼の体を止めた。暫くの間、静寂が訪れる。
その静寂を破ったのは、瑞樹だった。
「レ…レナードが……レナード・アウリオンが、見つかったんですか…?」
目を見開いた中で、やっと言えた言葉は、それだけだった。佐々木はゆっくりと、まるで瑞樹を落ち着かせるように頷く。
「そう…ですか…。ありがとうございます。さようなら、先生」
瑞樹はそう言うと、手を離してしまったドアの取っ手に手を掛け直し、開くと、走って昇降口へ向かった。佐々木は何か呟きたそうに考えると、その教室を去った。
教室を閉める為の見回りの先生が来たのは、そのすぐ後である。