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不条理な憧憬

落とし物

作者: 子父澤 緊
掲載日:2026/10/02

落とし物を拾った。


ブランドもののボストンバッグ。

駅のロータリーのベンチ脇にポツンと置いてあったのだ。

面倒くさいので無視しようかとも思ったが、

ロータリーの対岸に交番があったので思い直した。


私は過去に三度も財布を落としたのだが、すべて無事返ってきた。

ここでひとつくらい世間から受けた恩義に報(むく)いなければ、申し訳が立つまい。

そう思ってバッグを掴(つか)んだ。


重い。

何が入ってるんだろう??



結論から言えば、柄にもない仏心(ほとけごころ)を起こすんじゃなかった。



若い警察官は至って事務的に所定の手順を踏み、

私は問われるまま、拾った日時、場所、拾ったときの状態などを答えた。


「一緒に中身を確認してもらえます?」

警察官は言った。

「はあ。申し訳ありませんが、急ぐので手短(てみじか)に」


警察官がボストンバッグのジッパーを開いた。



中には…いわゆる玩具(がんぐ)が入っていた。

ぎっしりと。

言うのもはばかられるが、つまり、いわゆる、「玩具(がんぐ)」だ。


…なんて気まずい状況だ。


警察官も明らかに引き攣(つ)った表情で、私を睨(にら)んだ。

おいおい、それが善意の第三者を見る目か?


挿絵(By みてみん)


警察官は汚物(おぶつ)にでも触れるような手つきで、鞄(かばん)から一つずつ品物を取り出し、名称と個数を書類に書き留めていった。

というか、なかにはどういう使い方をするのやら想像もつかないような形をしているものまである。

警察官もやはり同じことを思ったらしい。

「ね。これ、なんて書けばいいんでしょう?」

「いや、知らないですよ」

ただ、このラインナップを見る限り、間違いなく言えるのは、いかがわしい目的に使う道具であるということだ。


「…困るんだよなあ」

警察官は不服(ふふく)そうに、スマホを取り出して画像検索を始めた。

…こいつはバカなのか?

それとも真面目にやってるのか?


書類が整うと、こう聞かれた。

「あのね、三ヶ月間持ち主が現れなかった場合、貴方(あなた)にはこの落とし物を所有する権利があるんですよ。…要(い)ります?」

「要(い)るわけないでしょうが」

聞くか?そんなこと、ふつう。


最後に警察官は「拾得物件(しゅうとくぶっけん)預(あず)り書」という控(ひか)えの書類を差し出した。

「落とし主が現れたら連絡しますから」

「いや。いいですよもう。現れるわけないし。じゃあ」

私は書類を引(ひ)っ手繰(たく)って、交番のドアに手を掛けた。



けれど…現れた。

四十代くらいのスーツを着た男が、ガラス張りのドア越しに中を覗(のぞ)き込んでいる。

…うそ。

男は私を押し退けて入って来ると、

「さっき、そこで…」

言いかけたところで、ボストンバッグが目に入ったらしい。

「あったあった。それそれ」


そこからは、まるで地獄のような時間だった。


失くなっている「ブツ」がないか、三人でまた中身をひとつずつ取り出して確認作業が必要なんだとか。

誰も取らねえよ、こんなもん。

だが、そういう決まりなんだそうだ。


どういう神経をしているのか、スーツ姿の男は妙に淡々と警察官が読み上げた「名称」に訂正を加えたりしている。


「いやあ。助かったなあ。今日、これがないと困るんですよ」

男は真顔で私に名刺を差し出した。

…だから、どういう神経してんの?


警察官は、あとは当事者同士で好きにやってくれという態度を貫いている。


「今日はちょっとこの後の用事が押してるので、お礼は、また日をあらためて必ず」

そう言われて、私は丁重にお断りした。


視界の隅(すみ)に、警察官が後ろを向いて肩を震わせるのが見えた。




ていうか。



お礼ってなに。


完



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