死にたいくせに死ぬのが怖くたって、いいじゃない
私は異世界転移者の桜坂くるみ。この世界ではクルミという名で冒険者をしている。色々と大変なことが続く毎日だけど、退屈する暇がなくて楽しいとも捉えられるのかしら。
だけど、そんな私にも一つ悩み事がある。
それは自分でいうのもなんだけど、モテないことだ。この世界に来てから全くモテない。まともな恋愛をした覚えなんてない。
そんな私がモテない理由は自分でなんとなく察しがついている。
一体どんな理由かと言うと……
月の出る夜、体が龍になってしまうから。
この現象は月光病というらしく、この世界に存在している魔力というものが私の体の中に入った時、月の光による影響で体を他の生物の性質にしてしまうらしい。異世界から転移してきたために、この世界の魔力に適応しきれず、この病気が発症してしまったみたい。しかも、たまたま龍に性質が変化したんだと。なので、前例が少なく治療ができていない。
「不幸ね、私って。ほんと、最悪」
私は宿の窓から日が沈んでいく空を見つめた。夕焼けが街を染めていくけど、私の心はすでに真っ暗だ。
最近は月の出る夜が近づくたびに、泣いてばかり。
恋愛ができないのはもちろんで、龍になると意識も朦朧として勝手に暴れまわっているから、森の中に籠らないといけない。だから、疲れが取れなくて日中はずーっと眠い。
しかも、結構な頻度で体のどこかが怪我しているの。たぶん、龍になって森を駆け巡っているときに体が木の枝とかに引っかかっているからね。
朝になって森のどこかで目を覚まして、傷口に包帯を巻いて、疲れが溜まった中で冒険者の仕事をする。
こんな異世界は望んでなかった。というよりも、そもそも異世界に行きたいなんて思った事もなかった。地球の日本という国の東京で、家族や友達と過ごしている日々が楽しかったのに。それが高校二年生というタイミングで突然、異世界に迷い込むなんて。
「もうしんどい」
今日もこれから森の中へ行かなくては。そこで龍になって暴れまわるんだ。
そんな生活に価値はあるのだろうか。もう二年はこの暮らしを繰り返している。友達もいないし、好きな人もいない。孤独な冒険者。
「私に死ぬ勇気があればなー」
今日までなんども、死にたいと思ったことはあった。
あの日、剣を首に添えた時、一振りすれば死ねたのに。
あの日、街一番の高さを誇る高台から飛び降りれば死ねたのに。
あの日、殺さないでくれと懇願した盗賊を見逃して背後から刺されていれば死ねたのに。
あの日、……
何度も人生を終わらせられる瞬間はあった。でも、勇気が無かったんだ。死んだらどうなるのかも分からない。死ぬ瞬間はどれくらい痛いのか、苦しいのかも分からない。
だから、怖くて死ねないんだ。
「さあ、森へいこー」
宿からでた私は近くの森へと向かう。すっかり日も落ち、ランタンがなければ数メートル先も見えないほど暗い。
ああ、体がうずうずしてきた。龍になろうとしているんだ。やだなー。
「君、こんなところで何をしているんだ?」
私の背後から男の声がした。きっと、通りすがりの冒険者だろう。私の事情も知らず、善意で尋ねてきたのだろうが、結局無責任に去っていくだろう。
「私はこれから龍になるから、離れた方がいいですよ」
「龍になる?」
私は簡単に月光病について説明し、離れるように伝えた。そうしたら、すぐに去っていくだろうと思っていた。でも、彼はこう言ったんだ。
「それならば、これからは毎晩、俺がそばにいよう。せっかく、月のでる夜だというのに一人は寂しいだろ?」
「え? 何言っているの? 私は龍になってあなたを殺そうとするかもしれないのよ」
「それならば、攻撃をかわせばいい。その時は踊っている気分になれるさ」
この男は何を言っているんだ。この世界において龍とは最も危険な魔物の一種である。
一晩中も攻撃をかわせる訳なんてない。
「あなたは何者なの?」
「俺は三年前、魔王を討伐した勇者……なんだ。目的を達成してからは放浪者として生きているんだが、こんなに面白そうな女性と出会えるとは。おまけに美人さんだしな」
おまけにって……言い方があるでしょ。
魔王を倒した勇者だとしても、月が出るでるたびに龍のそばにいるなんて無理よ。すぐに死ぬか、飽きられる。
「ずっと一緒にいてくれる保障なんてないし……私を期待させないで! そうやって言って、すぐにいなくなるんでしょ!」
「保障なんてものはない。けど、後ろ姿でひとめぼれしたなんて言ったら笑うか? 出会って数十秒。俺は名前も知らない君と笑って過ごしている未来が見えたんだ」
嘘つきだ。信じられない。どうせ、裏切る。すぐにいなくなって、寂しくさせる。皆と同じだよ。
分かってる。きっと駄目だって。それでも、心の底で期待している自分がいるのも知っている。苦しいの。
「私はクルミ。あなたの名前は?」
「フーベル。今夜、クルミ、君が一夜を共にする男の名だ」
馬鹿な人だなー。そう思いながら、そこで私の意識は途絶えた。気が付けば、龍となっていたのだろう。
そして、朝が訪れた。どうせ、あの男は死んでいるか逃げたのだろうとそう思っていた。
「うーん。暖かい?」
「おはよう。長い夜だったな」
いつも、森の中で迎える朝は寒い。
でも、今日は違った。暖かいんだ。
私は毛布にくるまれ、フーベルの膝の上で目覚めた。
フーベルは所々に傷を負ったのか包帯を巻いている。
「これって、膝枕?」
「ああ、屈強な筋肉質の太もも枕さ」
「そう。案外、寝心地よかったわ」
いつも一人の目覚めだったのに、誰かと向かえる朝ってこんなにも暖かいんだ。
「これからも、こんな硬い枕で良ければ用意できるが……」
「別に硬い枕は嫌いじゃない……」
気付けば、私は彼の膝の上で静かに泣いていた。
誰かの前で泣いたのなんて久しぶりだった。
それで、いっぱい泣いた後、安心したのか凄く眠たくなった。
「ちょっとだけ、二度寝するわね」
「分かった。ゆっくり休みな」
「ありがと」
たぶん、今日まで生きていてよかったと思う。
こうやって、いきなり人生って変わるんだね。
死ぬのが怖くていいと思う。長い時間を苦しむかもしれない。けど、生きていてよかったって思うための準備時間なの。
だって、きっと、幸せに出会えたとき、誰よりも深く幸せだって思える素敵な魔法を唱えられるから。




