2.側妃への降格
「なぁ、こいつが俺の妃なんだと。どう思う? 記憶力の良いのが自慢なんだ」
「えー! あたし、知ってます! 召使いの方ってそういう特技がありますよね!」
「ぷはっ! あはは! 召使い……! くくくっ、そうだ。貴族に必要な能力じゃあないな!」
メルダは可愛らしげな瞳の裏で、私を馬鹿にした。いつか殺す。
ディルダもメルダを窘めるどころか乗って笑い出す始末。
「気に入ったぞ。お前を本当に妃にしてやる!」
「えっ、本当ですかぁ?」
「さっきは酒の上の冗談だったが、今度は本気だ。可愛いやつよ」
「また妃を増やすおつもりで? 三年の間に四人目の妃は多すぎます!」
差し挟んだ私の言葉にディルダが不快さを隠さない。
「お前はいつも俺に直言をしてきて邪魔をする。実に可愛げのない」
「差し出がましいとは思いますが、これも公国の為」
最近のディルダは公務を半ば放棄している。外交や国内政治を差配しているのは私だ。
だが、それもどうなることやら――このままディルダが公務を完全放棄して大臣をクビにし続けたら何もかも破綻してしまう。
新しい妃を増やす余裕などない。しかも昼間から酒を飲んで悦に入るような御令嬢が政務の役に立つとも思えない!
「公国の為といつまでも小うるさい」
「陛下、妃を増やすにしても間を空けてくださいませ」
そこでメルダが唇の端を曲げる。
「コーデリア殿下はご自分の地位が脅かされると思っておられるのですわ。浅ましい」
「お前、妃殿下になんという!」
ディルダの暴言は我慢できてもメルダの発言は看過できず、ルーインが切り込む。
嬉しく思いながらも、私はルーインを制した。だが、ここで引き下がれない。
公国の為に陛下を諌めなければ。
「陛下の御威光を借りれば無礼な振る舞いが許されるわけではありませんよ。それよりもあなたのご実家は借財で苦しいのでは? こんなところで宴に興じている場合ですか」
「……っ!」
私の記憶力は万事に渡る。もちろん貴族間の些細なことでも書類で目にすれば忘れることはない。痛いところを突かれてメルダが赤い顔をさらに赤くさせた。
「こ、この……っ! 陛下、なんとかしてくださいませ!」
「コーデリア、お前はどうあっても俺を阻むつもりか」
「それが必要であれば」
「……ふん、それならばお前を楽にしてやる」
ディルダはふらりと立ち上がり、足取りも不確かなまま私に近寄ってきた。
不穏な気配を感じて私は後ずさる。
「何をお考えで……?」
「コーデリア、貴様を正妃から側妃へと降格する!」
そこからの私は急転直下だった。
正妃としての地位を剥奪された私は、それだけでなく国境にあるヴォルデの街へと流されることになったのだ。
一応はヴォルデの領主という名目だが、実際には王都からの追放である。
なにせ王都からヴォルデ行きになった人間で、王都に戻れた人間はいないのだから。
このような時は私の記憶力が恨めしい。
「ヴォルデねぇ……」
「大丈夫ですよ、コーデリア様!」
馬車に揺られながらルーインが励ましてくれる。こんなときだからこそ、ルーインの前向きさがありがたい。
そう、普段ならそれで私も前向きになれるのだが今回は違った。
馬鹿なディルダと離れ離れになるのは構わないし、妃の地位もどうでもよい。
一番の心残りは王宮に残していく善良な官僚たちと……本の山だった。
実家のシフォン家は代々学者と官僚を輩出している。そのおかげで私は好きな本に困らなかったわけだけど、ついにその本と離れることになったのだ。
書庫から本を持ち出す暇もなく、ヴォルデ行きになってしまったのだから。
読みかけのあの本も没収である。
「……はぁ〜……」
深いため息が出てしまう。読みかけだったのに、氷原観察記。
氷の上に二足歩行する鳥がいるというのは嘘っぽいが、それ以外は学術的にも興味深い本だったのに。いくら私でも読んでいない部分については記憶できない。
憂鬱だ。と、ルーインが背中とズボンの間から一冊の本を取り出す。
「コーデリア様……! こちら、どうですか?」
「うん? あっ、これは――氷原観察記じゃない!」
「ふふふ、服の中に入れて持ち出しました!」
「やったわね! これで続きが読めるわ!」
青の表紙の本を掲げて、私はルーインと天に感謝する。捨てる神あれば機転利く者あり。
「あとは――私の蔵書が売られたり、捨てられたりしなければいいのだけれど」
本の内容を全て記憶する私でも、本の手触りは代えがたい。
いや、覚えている分失った痛みも大きいかもしれない。
「宰相閣下に隙をなんとか見て含めておきましたから、当面は問題ありませんかと」
「……! ありがとう!」
ルーインは本当に色々と気が回る。こういう機転は私にはない部分だ。
「ヴォルデの件、兄の決定は性急にすぎます。必ず近いうちに戻れるかと」
ルーインが申し訳なさそうに頭を下げる。
実は彼はディルダの異母弟なのだ。
「……そうね。ごめんなさい、あなたを付き合わせてしまって」
「いいんです! 僕はコーデリア様のお役に立てられるだけで幸せですから」
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