表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も、えらいえらい  作者: モコナッツ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

今日もただただ生きててえらい

 ノノと暮らし始めて数日が経った。


「ノノは毎日おにいちゃんと一緒にいたい!」


 そう言われて、今ではお風呂とトイレ以外は、四六時中一緒に過ごしている。お菓子を食べるバイトの時も、ご飯を食べにいく時も、寝る時も、ずっと一緒だ。

 それでも、娘ができたみたいで楽しい。

 まあ、本人は嫁のつもりらしいんだけど。


 俺とノノが仲良しなのが羨ましいのか、アンナも布団に潜り込んでくるようになったので、今は三人一緒の布団で寝ている。

 ぎゅうぎゅうで狭いが、前世ではいつも一人だったので、この暖かさが心地いい。こんな日がいつまでも続くといいのにな、と思う。


 そんなある日。


 いつものように昼過ぎまで寝ていると、突然グオオオッ、と大きな音がした。ものすごく大きな生き物の鳴き声のようだ。


「おにいちゃん! すごい、すごいよ!」


 入り口の戸を開けたまま、庭先でぴょんぴょんとノノが飛び跳ねている。

 何事か、と思って目をこすりながら外に出ると、大きなレッドドラゴンが庭に降りていた。


「凄いなあ、大きくて偉いね」


 そう言うと、ドラゴンの背から見知った顔が現れた。魔王軍おやつ部隊長の、ヴェルラッタである。


「シンタ。会いたかった」


 目が合うが早いか、ドラゴンから飛び降りていきなり俺に抱きついてきた。ヴェルが怪我しないよう、その細い肩を優しく抱き留める。


「浮気だ!」


 どこでそんな言葉を覚えてきたのか、ノノは本当におませさんだ。


「この小さな女の子は誰かな? ……そう、ノノっていうの。浮気じゃないよ。僕は先日シンタからプロポーズされたのさ。だから、正式にお嫁さんだね」


 昨日メールで、結婚しようか、と送ったら、三秒で「うん!」と返ってきたので、ヴェルは晴れて俺の三人目のお嫁さんになったのだった。


「じゃあ、ノノと一緒だね。おにいちゃんからプロポーズしたなんて偉い」


 理解が早くて助かる。

 ノノに撫でられるために少し屈むと、ヴェルが小首を傾げた。


「おや? でもそうなると、お嫁さんが三人って事になるね」

「そうなるな」


 俺が頷くと、ヴェルは俺に抱きついたまま、少し考えるように目を細めた。


「お嫁さんが三人。そしてシンタはそのうち二人と一緒に暮らしている、と。これは少し不公平じゃないかな?」

「不公平?」

「うん。だって僕は魔王軍の幹部だからね。シンタの家にずっといるわけにはいかない。でも、アンナとノノは一緒に暮らしている。これは……ちょっとフェアじゃないかも」


 ヴェルは、何でもないことのように言った。


「うん、きっとそうだ。これだと、僕が我慢しないといけない」

「我慢できて偉い、ってことにはならないのか?」

「偉いよ。でも、ずっと我慢するのは可哀想だと思わない?」


 ヴェルは真剣な顔でそう言った。


 なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。


 俺は一人しかいない。

 アンナも、ノノも、ヴェルも、みんな俺のことを好きでいてくれる。

 その三人のうち、ヴェルだけに我慢をさせるのは、旦那さんとしては、あまり偉くない。


「じゃあ、順番にすればいいんじゃないか?」

「順番?」

「今日はアンナ、明日はノノ、明後日はヴェル、みたいな」

「それだと、今日じゃない二人が寂しいよ。寂しくさせない方が偉いよね?」

「まあ、それは……そうだな」


 ノノが、俺の服の裾をきゅっと掴んだ。


「ノノ、毎日おにいちゃんと寝たい」

「僕も、毎日シンタといたい」


「……私は」


 いつの間にかアンナが、戸口に立っていた。

 いつもの優しい顔で笑っている。


「私は、シンタがどこかに行ってしまわないなら、それでいいよ」


 彼女の優しい言葉は、いつも俺の陽だまりだ。こんな俺でも、生きていて良いと思わせてくれる。


「でも、ヴェルちゃんもノノちゃんも、シンタと一緒にいたいんだよね」

「うん!」

「もちろん」


 二人が頷く。


 アンナは少しだけ考えてから、にこりと笑った。


「じゃあ、仲良く分ければいいんじゃないかな」


 あまりにも自然な声だった。


「……分ける? 何を?」

「もちろん、シンタを」

「俺を? ちょっとどういうことか、分からないけど」


 言葉の意味が分からずに少し考え込んでいると、三人が不思議そうに俺を見た。


「それは名案だね」


 ヴェルの腕が、するりと俺の背中に回る。


「ノノもさんせー!」


 ノノが服の裾を離さない。


 アンナは戸口からゆっくり近づいてくる。


「待て待て。俺はおにぎりじゃないぞ。プリンでもバームクーヘンでもない。人間だ」

「うん。シンタは人間だね」

「人間は分けられないだろ」

「どうして?」


 アンナが首を傾げた。

 本当に分からない、という顔だった。


「好きなものは、仲良く分けた方がいいでしょう?」

「いや、分けるって、具体的にどうするんだ?」

「具体的に考えられて偉いね」


 アンナは目を細めた。


「でも、ちゃんとみんなのことも考えてくれたら、もっと偉いよ」


 ヴェルが俺を後ろから抱きしめる。


「僕は全部欲しいなんて言わないよ。三分の一で我慢する。偉いだろう?」

「偉い……いや、たぶん偉くない」

「たぶんって言えて偉いね」


 ノノが俺の正面に回り込んで、背伸びをした。

 そして、俺の頬にちゅっと口づける。


「おにいちゃん、ノノのことも大事にできて偉いね」

「ノノ」

「ノノ、少しでいいよ。全部じゃなくていい。少しだけおにいちゃんが欲しい」


 少しだけ。

 その言葉が、妙に優しく聞こえた。

 全部ではない。

 少しだけ。


 三人とも、俺を全部欲しいとは言っていない。


 少しずつでいいと言っている。

 それなら、随分と遠慮してくれているのかもしれない。


 いや、違う。


 俺は頭を振った。

 頭にぼんやりとかかったもやを、必死に払おうとする。


 そうだ、普通に考えて、この状況はおかしい。


 そもそも、嫁が三人ってなんだ? こんな都合のいい世界、あるわけがない。上手く言えないが、何かが狂っている。


「ちょっと待ってくれ! これは駄目だ、何かがおかしい」

「駄目って言えて偉いね」


 アンナが俺の手を取る。


「怖い?」

「怖いに決まってるだろ」

「怖いって言えて偉い」


 ヴェルが背中に頬を寄せる。


「怖くないように、ずっと僕が側にいるよ」


 ノノが俺の服を握る。


「ノノも手、握っててあげるね」


 三人の声が、そっと耳元で囁く。

 甘くて、柔らかくて、温かくて、逃げ道がない。


 おかしい。

 これは絶対におかしい。

 そう思っているのに、三人に囲まれていると、俺の方がおかしいような気がしてくる。


 だって、みんな俺を好きだと言ってくれている。

 俺を欲しいと言ってくれている。

 前の世界では、俺の代わりなんていくらでもいると言われた。


 でも、この世界では違う。


 アンナも、ノノも、ヴェルも、俺じゃなきゃ駄目だと言ってくれる。


 それは、たぶん。

 とても幸せなことなのだ。


「じゃあ、ノコギリ持ってくるね。二人はそのまま抑えてて」

「「はーい」」


 アンナはいつものように軽い足取りで家の中へ戻っていった。

 朝食のパン切り包丁を取りに行く時と、同じ声だった。


 俺は、ヴェルに後ろから抱きしめられ、ノノに手を握られたまま、ぼんやりとその背中を見送った。


 ヴェルの体は温かくて、ノノの手は小さくて、二人とも俺を好きだと言ってくれている。


「シンタ」


 ヴェルが手を回したまま、耳元で囁く。


「シンタは、どこを残してほしい?」

「残す?」

「うん。ちゃんとシンタの気持ちも聞きたいから」

「ノノも聞きたい。おにいちゃんの気持ち、大事だもん」


 二人は真剣だった。

 心から俺のことを考えてくれている。


 だから、俺も真面目に考えなければいけない気がした。


「……痛いのは、嫌だな」

「痛いのが嫌って言えて偉いね」


「怖いのも嫌だ」

「怖いって言えて偉い」


「できれば、みんなに嫌われたくない」


 そう言うと、ヴェルが俺を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。


「僕は嫌いになんてならないよ」

「ノノも嫌いにならないよ」

「私も、大好きだよ」


 いつの間にか戻ってきていたアンナが、すぐそばに立っていた。


 手には、よく手入れされたノコギリと、白い布と、ピンクのリボンがあった。


「大丈夫。シンタが動けなくなっても、私がきちんとお世話するから」


 アンナはそう言って、いつものように優しく笑った。


「綺麗にして、温かくして、ご飯も食べさせてあげる。シンタが寂しくないように、ずっとずっと、そばにいる」


「僕も大事にする」


「ノノも毎日おにいちゃんに話しかける」


 三人が口々に言う。

 誰も責めない。誰も否定しない。


 みんな、俺を好きだと言ってくれる。


 それなのに、俺は怖がってしまった。

 三人を拒絶してしまった。

 それなのに。


「シンタ」


 アンナが俺の頬に触れた。


「じゃあ、少しだけ頑張ろうね」


 その言葉は、どこまでも優しかった。

 胸がじんわりと温かくなる。

 

 俺はゆっくり頷いてから、そっと目を閉じた。


 ヴェルが背中を支えてくれる。

 ノノが手を握ってくれる。

 アンナが額に口づけてくれる。


「えらい」

「えらいね」

「おにいちゃん、えらい」


 何かがゆっくりと近づいて、そっと肩に触れた。

 それはウェディングケーキにナイフを入れる時みたいに、やさしい祝福だった。


 三人の声に包まれて、俺は最後まで褒められていた。


 ついさっきまで、怖かったはずなのに。

 今はむしろ誇らしい。


 みんな、こんなにも俺を求めてくれる。

 前の世界はどんなに一生懸命頑張っても、誰も、何も、褒めてはくれなかった。そんな世界はエらクナい


 この世界は狂ってなんかいない。

 どこまでも優しい、俺がずっと望んできた世界だ。


「三人とも、大好きだよ」



 ああ、俺は今、とても幸せだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ