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7話 そうだ、旅に出よう

「嬉しかったのです。魔王様が転生なされてから、私の作った料理を美味しいと言って下さったのです」


「あれは美味しかった。でもそんな当たり前のことでなんで?」


 優しく微笑みながら、クラリスは俺を正面から見つめた。


「それですよ、魔王様。

 先代魔王は私達メイドのことは物扱いでした。

 本来はそうあるべきですが、あなた様は違った。かけてほしい言葉をかけてくださいました」


 幸せオーラ全開で、俺にとっての当たり前を肯定してくれるこの子を、少し不思議に思う。

 本気で誰かに何かしてもらうってのは、純粋に嬉しいはずだ。


 元サラリーマンとして孤独に生きてきたからわかる。上手い飯を作ってくれるって、当たり前じゃない。

 帰ってきた時に、支えてくれる人がいることが、どれだけありがたいことか。


「クラリスにとって、仕事として当たり前かもしれないけど、俺には眩しいってだけだよ。

 いつもありがとう」


 クラリスが瞳に涙を浮かべながら、俺の不安を払拭してくれた。


「いいえ、いいえ!!

 魔王様のお心が知れて、こちらこそ感謝申し上げます。今のお言葉を天に昇ってしまった仲間達に伝えたい。それだけが心残りです」


「最後までメイドさん達はずっと俺に寄り添ってくれてたね。ずっと引っかかってたんだ。

 命を預けてくれるほど、俺はそこまで立派な人間? 魔王じゃないからさ」


 はははと笑うと、クラリスも釣られて一緒に笑ってくれる。こういうのっていいな。

 何だか温かい。


 二人でいいムードになっていたところで、廊下にいた俺達の空気を遠慮なくぶった斬られる。

 アリシャが流刑用の転移魔法陣を起動し、終わったので追いかけてきたのだろう。


「契約結婚とはいえ、目の前で三女神以外に鼻の下を伸ばすのはどうかと思うのだけど?」


「そんなことないって。

 なぁ、クラリス?」


 返答が返ってこない。なんか不満げにこちらを見てから銀髪のメイドは、そっぽを向いてしまう。


「やっぱりあなた、ちょっと変態でしょ。

 いや知ってたけれど」


「ちょっと辛辣すぎない? 

 まぁいいや。そういや暗殺者達はもう?」


「ええ、あなたに言われた通り、誰にも会えないところに飛ばしてやったわ。もう先代魔王の下へ戻るどころか、人間にも会えないところへ」


「そっか、お疲れ様」


 普段のやり取りに戻ったことに安心したのか、アリシャが仮面を外し、美しい目元が柔らかく見えた。


「いいのよ。私も最後はちょっと。

 いえ、だいぶムカついたし。あなたが嘘をついて魔王っぽいこと言った時は驚いたけど、やっぱりちゃんと人間ね」


「何度も言ってるだろ?」


「ええ、だからちょっとだけ安心したの。あそこで本当に先代魔王の下に送るなんて、私は絶対嫌だったもの」


 大きく手を伸ばして脱力しているアリシャを見て、俺も少し肩の力が抜けていく。


 さて、これからのことを考えなければ。思考を切り替え、現状を整理する。


 俺がやるべきは、覚えかけの言語を完璧に仕上げることじゃない。とにかく戦力の補強だ。

 さっきはサンダーショックが上手くいったが、アレをもう一度やれと言われれば、出来ないかもしれない。


 まずは魔王っぽく魔法の鍛錬だ。

 初級魔法だけでなく中級以上の魔法も行使できなければ、恐らく実力が未知数の先代魔王には太刀打ちができない。


 自己鍛錬は成長の基本。このマインドは、時代についていこうと必死に努力していたエンジニア時代の名残りかもしれない。


「これから先、魔法鍛錬は始めるとして、魔剣グラムも使えるようにならなきゃだな」


 一度休憩するべく、普段から食事を摂るロングテーブルが置いてある部屋へと向かう。

 赤い絨毯が敷かれているだだっ広い廊下を、三人で歩く。

 すると、アリシャが一つの提案をしてくる。


「ねぇ、やっぱり三女神の全員とあなたは契約結婚するのよね?」


「そのつもりだよ」


「なら残りの二人の女神と早く会った方がいいわよね。三女神は相互に感覚をある程度共有しているから、私が魔力を取り戻したのも多分二人は気づいてる。


 向こうからコンタクトを取ろうとするはず。

 でも、魔王城にいるよりも、こっちから出向いた方が安全じゃない?」


 あぁ、なるほどなぁ。

 こっちは向こうの拠点を知らないけど、向こうはいつでも魔王城に行けば、俺の位置を調べなくても会えるって訳だ。


 転生してから急な離反と、アリシャとの結婚やらなんやらでバタバタしてたから気が付かなかった。


「確かに、俺が変身魔法を覚えて魔王城から離れれば、向こうは地道に探すしかなくなる。


 時間もきっと稼げるし、勇者は魔王城を目指すはず!」


 クラリスは目を輝かせているが、アリシャはジト目で見てくる。なんだよ、いい案を出してきたのはそっちじゃんか!


「あなた、やっぱり人間臭いわね。

 ちゃんと自分を大切にしてるのがよくわかったわ」


「別にいいじゃんか!」


「ダメとは言ってないわよ?

 ただ、この前私に啖呵切って責任は取るって言ったのは、嘘だったのかしら?」


「それはまた別だろ! 

 現実問題で俺達三人の安全と、二人目の女神と結婚するには効率がいいってだけでさ!」


「はいはーい、そういうことにしときましょ」


 部屋に到着して、席に着くとクラリスが紅茶を淹れてくれた。

 真っ白なティーポッドとカップが乗せられた給仕用のトレイを持って、静かに配膳し終わった後に、座らずに立っている。


 えっ? 二つだけ?

 置かれたのは俺とアリシャの分だけ。

 アリシャも気まずそうにカップを傾けているし、意味ありげな視線を俺に送ってくる。


 わかってるさ、さすがに俺も居心地悪いし。


「クラリス。自分の分も持っておいでよ。

 一緒に休憩しようぜ」


「ですが、同じテーブルを囲んではメイドとしての立場が……」


「いいからいいから、魔王命令です!」


「そ、それでは……」


 パタパタと走りながら自分の分を持ってくるクラリスを俺が見ていると、やはり何か含みのある口調でアリシャが釘を刺してくる。


「随分とあのメイドに肩入れするじゃない?」


「クラリスちゃんね。俺は健気で可愛いと思うけど」


「ふーん」


 何だよ……いいじゃんか別に。

 なんでそこまで不機嫌になるのさ。

 クラリスが戻ってくる。


「お待たせしました。では、恐れながら私も失礼します」


 緊張した表情でクラリスが、紅茶をカップに注いで口に含む。


「美味しいよ。材料とか殆ど持って行かれちゃって大変だろうけど、やりくりしてくれて助かってる」


「ありがとうございます。これが私の生き甲斐ですから」


 うんうん。素晴らしい献身意識だ。

 だけど、そろそろ嫁ちゃんの方に意識を持って行かねば……後々が怖い。


「さっき残りの二人の女神に会いに行くって言ってたけど、大まかな場所はわかるか?」


「わかるわ。移動してなければだけど、今も多分同じ所にいるんじゃないかしら」


「なら行こう! 善は急げだ! 

 明日また刺客が来るかもしれないし、上手く捌けるとも限らない。

 この後すぐにここを出ようと思ってるけど、二人ともどう?」


「私は問題ございません。魔王様のある所に、私はついて行きます」


 とクラリスは即答。

 アリシャも同様に賛成のようで


「いいわ。魔界にはいないから、人間界に転移で飛びましょう。直接は各々が張ってる結界には、本人の許可が無いと弾かれる。

 結界の外にある町近くに飛んで、それからは徒歩で行きましょうか」


 やっぱり人間界か……。

 変身魔法まだ使えないんだよな。

 どうするかと手で顎を触りながら考え込んでいると、一つの答えに辿り着く。


「アリシャじゃないけど、素顔を隠す、もといこの短い二本の角を隠せればいいわけだろ?

 帽子みたいなの被ればいいんじゃない?」


 名案だ! 妥協策としては申し分ない。そこまで長くはないし、何とかなるか。

 角を触りながら確認していると、クラリスが手頃な被り物をいくつか持ってきてくれる。


 結構奇抜なデザインが多く、クラリスにもそれらを勧められたが、目立ちそうなので却下。

 フード付きの黒い上着を持ってきてもらい、羽織って意見を聞くと、思ったより高評価だった。


「あら、思ってたより様になってるじゃない」


「そう?」


 全肯定するクラリスの評価はともかく、アリシャから見て問題なければ大丈夫だろう。

 角も隠れているからフードを剥ぎ取られなければ問題ないはず。


 残りの紅茶を一気に飲み干して、勢い良く立ち上がる。


「二人目の嫁ちゃんを探しにいざ出陣だ!」


「自覚ないようだから言うわね。

 あなた、めちゃくちゃサイテーよ」


「ははは! いい加減罵倒にも慣れたわ!」


 公然と二股をかけようとする俺に向かって、至極当然の感想が飛んでくる。

 二人目の嫁。もとい女神を探しに、俺はアリシャの用意した魔法陣の上へ身体を預けた。


 __この時の俺はまだ知らない。

 三女神の中で一番腹の底が読めない彼女に、頭を悩ませる未来が待っていることを。

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