4話 家庭教師のメイドちゃん
「人間の学校に行くの?」
アリシャが尋ねて来るが、全く自分では判断がつかない。そうだメイドちゃんに聞いてみよう。
「なぁ、メイドちゃん。魔界と人間界。行くならどっちの方がいいと思う?」
すると、返ってきたのはどちらでもなかった。
「身分を隠すならどっちでも構いません。もちろん私が手取り足取り教えても構いませんし。
ただし、もし人間界に行くのであれば、魔王様について行きます」
「うーん、流石にそこまでメイドちゃんに迷惑はかけられないな。
それにリスクを考えればここでメイドちゃんに教えてもらった方がいいかも。手取り足取り」
アリシャはまた気持ちの悪い物を見る目で俺を見てくる。いい加減慣れた。
素直にメイドちゃんに好意を向けると、少し恥ずかしいようで、顔を薄い朱に染めて視線を逸らす。前髪を弄って誤魔化している辺り、素直に可愛い。
「私は構いませんが、よろしいのですか?
自由な学園生活というのも楽しいと思いますよ」
「いいのいいの。魔王命令! 勉強教えてくれ! メイドちゃん」
「で、では僭越ながら……!
それと私のことはクラリスとお呼び下さいませ。アリシャ様にもメイドちゃんと呼ばれるのは、その……」
「オッケ。それでアリシャはどうする?」
「何で私まで一緒に勉強しなきゃならないのよ。
言っておくけど、そこらの人間よりもよっぽど頭いいわよ」
恐ろしいことを言う。受験生が聞いたら憤慨ものだぞ。
「わかった。それなら一旦自分の家に帰る?
俺が常識を手に入れるまで暇だと思うけど」
自分で中々のパワーワードを言っている自覚はある。常識を乗り越えたい。
「わざわざこんな遠い魔王城まで来たのに、すぐに帰れだなんて、随分と偉くなったものね?
ダンナ様??」
おっと地雷を踏んだようだ、怖い。
釈明しようとしたら、ふふっと笑って舌を出している。演技かよコノヤロウ……!
「まぁ、勉強するのはいいとして。
なんかこう、軽くない?
あなたにとって異国どころか異界なんだから、難しいと思うけど」
「えっ、まじ?」
ここでクラリスが空中に魔法で文字を描き、何も知らない俺に説明してくれる。
「私からご説明します。
魔界より人間界の方が教養に関してレベルが高いので、今回はそちらで話を進めます」
どこからか取り出したメガネをかけて、気分はすっかり教師モードだ。
「人間界では、剣術・魔法学・算術・歴史。
学校のレベルが上がれば帝王学なるものまでございます。
この中で最も重要視されているのが、剣術と魔法学の二つ。
魔王様がいた転生前の世界ではどんな体系だったのかはわかりませんが、言ってしまえば力が何より重要視されます」
「力……、ねぇ。算術なら何とかなりそうだけどな」
「算術は商人になるための必須知識ですが、高等教育の一環なので、まずは基本の読み書きから始めてみましょうか。
魔王様。これは読めますか?」
出されたのは何か動物のような形をしている文字があれば、小難しく書いた数字に近いかもしれない。うん! 全くわからん!
手を合わせて謝罪をすると、クラリスが慌てて首を振って早口で話し始める。
「お気になさらないで下さい!
やはり転生される前に語学知識は神から与えられていませんでしたか。
こうして会話は出来ているので、慣れればきっとすぐに覚えられますよ!」
両手を前に出してガッツポーズを作るクラリス。癒される。
しかし神様ねぇ。会った時は浮かれてたからあんまり気にしなかったけど、どうにも胡散臭いんだよな。
なんというか、思考を誘導して来る営業マンみたいな狡猾さっていうか。
転生先に魔王を選んだのは俺の意思だけど、勇者はあまりおすすめされなかった。
魔王の方が好きな神様なんているもんなのかね?
「では気を取り直して、次に行ってみましょう。魔王様。これはわかりますか?」
出されたのは恐らく計算問題。なのはわかるがやはり読めない。足し引きくらいの簡単そうなやつなのはわかるんだけどね。
「文字が読めないから解けないけど、こっちはやっぱり何とかなりそうだよ」
計算問題だと理解できただけで嬉しいのだろう。クラリスが満面の笑みを浮かべている。
「ではまずは文字を覚えるところから!
算術をベースに、簡単な子供向けの絵本で歴史を勉強していきましょう!
詳しい歴史は私よりもアリシャ様の方がお詳しいでしょうから、分担して魔王様をみっちり鍛えましょう! ね!」
嫌そうな顔をするアリシャを半ば押し切る形で、クラリスはやる気に満ち溢れている。
「まさか二十七にもなって勉強することになるとはな。エンジニアやってたから、技術吸収のためにやらされてた頃が懐かしいわ」
「「二十七!?」」
二人でハモっている。
そうか、この見た目はちょっと大人びてるから若いのか。
アリシャ曰く
「グレイヴってそんな若いの? 赤ちゃんと変わらないじゃない!」
らしい。
またクラリス曰く
「魔王様、転生される前はそんなに若くしてお亡くなりに……」
と零す始末。
クラリスはともかく、二十七で赤ちゃんはないだろう。あなた実は何歳なの? って聞いたら多分殴られるからやめておくけど。
「とにかく、俺の先生として頼むよ。クラリス」
「はい! お任せください」
そうして俺がこの世界で勉強を始めてから数日、一つの法則に気づく。
やはり英語より日本語に近い文法で、理解は比較的スムーズに進んでいる。
だが、読み書きが少し慣れてきてから、アリシャが飽き始めてきたのだ。ちょっと忍耐力なさすぎないか。
「そういえばグレイヴ。転生する時に神に与えられた特典ってなんだったの?
もらったのよね?」
「お? やっぱり女神ともなるとその辺の事情も知ってるのな」
「全部は知らないけど、それくらいなら知ってるわ。で、何もらったのよ?
さっさと教えなさいよ」
「俺がもらったギフトは、契約者と力をお互いに分け与えられる能力だな。
だから俺と今のアリシャとの関係に近い。
多分だけどアリシャが使える無機物を斬れる力。俺も多分使えると思う」
「何よそれ、ほぼ泥棒じゃない。魔力がなければ指輪外してるわ」
「何でだよ! 俺が強くなるならアリシャにとってもいいことだろ」
「良いわけないじゃない! 魔王を強くする女神なんて聞いたことないわ……。
人数制限は?」
「ない」
「はぁ……」
大きなため息をつきながら、頭を押さえて痛みに耐えている。
「なんか問題あんの?」
「大アリよ! 人数制限がないなら、無限に強くなれるじゃない!
契約だって指輪を嵌めるだけだし簡単すぎる!
神は何を考えているのやら……。
もしグレイヴが邪な感情の持ち主だったら、先代魔王より厄介な存在になりかねないじゃない……!」
確かにその通り。
与えられたのが俺でよかったな。
世界征服は興味ないし。
横でクラリスが目を輝かせているが、俺にとっては自分で解き放ってしまった先代魔王。
そして、これから俺を殺しに来るであろう勇者を含めた、二つの問題を片付ける必要がある。
一つ一つの問題がめちゃくちゃ重い。
常識を知ることも確かに大切だが、効率を考えるとあまり時間も使っていられない。
締切は待ってくれない。
座学出来てあと数日。すぐに実践訓練をしないと不測の事態が起きた時には即、死だ。
焦る気持ちを切り替えつつ、机に向かった瞬間、その時は早く訪れる。
魔王城が敵対反応を検知した時に出る警報にも似た音が鳴り響いた。
「頭いい奴が俺を殺しにきやがったな?
二人とも、一旦勉強会は中止だ」
「やけに落ち着いてるわね」
「予想できる範囲だからな」




