12話 孤独な戦い、二人目の強者
「本当にいいのですか?」
「ん? クラリスのこと?」
「そうです。アリシャの攻撃も、私の上級魔法ですら効いていなかった!
相手は先代魔王軍の側近です。どうしてそこまであのメイドを信用できるのですか!?」
セイレスが顔を青ざめさせながら俺の服を掴んでいる。その表情は今にも泣き出しそうだ。
しかし、俺達があの場にいたら逆にクラリスの邪魔になるかもしれない。
クラリスでダメなら、俺達の命運はそこで潰える。今はそれだけの割り切りが必要だった。
「クラリスなら大丈夫さ。多分だけどまだ俺も知らないレベルの力を持ってるんじゃないかな。
言葉では言いづらいけど、得体の知れないところがあるから」
「そんな不確かな勘に頼って、孤独な死地へと送るなど。
あなたのことを少し過大評価していました。
結婚の話はなかったことにさせて頂きます」
「今はそれでいいさ。どちらにせよ俺達がここで先代魔王の軍勢を止められなかったら、結婚なんてしても意味ないからな。
今は目の前にいる魔族を何とかしてからだ」
魔王補正なのかはわからないが、こういうピンチの時に限ってどこか冷めてるんだよな。俺が俺じゃなくなっていくようだ。
アリシャが再び両手に剣を出現させ、思い切り投げつける。
魔族の頭部に直撃するが、やはり斬れずに弾かれた。打撲痕が残りながらも、仲間同士で笑い合い、アリシャへと足音を向けてくる。
敵は恐らく百体以上はいる。
既に建物にはいくつも火がつけられ、辺りは明るい。今は照明がわりにする他ない。
魔族の群れは泣きじゃくる子供を容赦なく斬りつけ黙らせ、家の扉を破壊し、夫の目の前で女を弄ぶ。
呼ばれるのはセイレスの名ばかり。
「女神様、お助け下さい」
残酷な祈りと叫びが再びセイレスの心に傷をつけていく。
どうしようもない無力感が、女神としての尊厳を踏み躙り、彼女を真っ暗な殻へと閉じ込めている。
「セイレス! セイレス!
俺を見ろ!」
瞳に全く力がなくなった水の女神の名を必死に呼んだ。反応は返ってこない。
アリシャは口元を手で隠して嗚咽を我慢しているようにも見える。
「イヤ、嫌!!
もうあの頃に戻りたくない!!」
初めて会った時の落ち着いた雰囲気は今は完全に失われ、トラウマという過去に囚われている。
涙と共に耳を塞いで必死に耐えているセイレスの様子は、見るに耐えられなかった。
ここまで心に傷を負ってまで戦い続けたこの女神達の想いを無駄にしたくない。
俺が出来るのはただ一つ。
今はセイレスをアリシャに任せ、俺は懐から一本の剣を取り出して構える。
魔剣グラム。
持ち運ぶ時だけはただの剣と変わらない重さなのに、いざ剣として使おうとすると重さが倍増する不思議な剣だ。
なぜ先代魔王がこの魔剣を持っていかなかったのかはわからない。
だが、振り回すだけで精一杯の剣に頼るしか、この状況を覆す方法はない。
ずしりとのしかかってくるような、重い赤紫の剣を両手で握り、元部下へと斬りかかる。
全力で走り距離を詰め、振り下ろした剣は巨大なオークの持つ棍棒を抵抗なく切断する。
勢いそのままに叩きつけた剣は、斜めにスパッと切った野菜のように、魔族の身体を真っ二つにした。
血の噴水が辺りに散る。
アリシャと結婚してから、無機物が問答無用に斬れるようになった代わりに、生きているものが斬れなくなったはずだと思い込んでいたが、どうやら認識が違ったようだ。
つまり、これなら生きている相手も無機物もスパッと斬れる。何でも斬れるようになったわけだ。流石は転生スキルのチートっぷり。
これなら魔法だけにこだわらなくてもいい気がするが、もし向こうも何らかのケースで剣自体を受け付けなくなっている場合、魔法だけに頼らざるを得なくなる。
これぞ危機管理能力。
俺の心を形作る最悪な状態を回避しようとする思考回路。この魔王っぽくない考えの原因は、今はまだ見ぬ先代魔王。アンタだ。
もう少し俺を野放しにして、努力しなくてもいい存在だと認識させれば簡単に殺せたのにな。
これはアンタの失敗だぞ。
「ふぅ……」
一連の攻撃と考えを巡らせた後、一息つく。
後ろの二人は、俺が最も簡単に同胞を斬り殺したのを見ている。これ、多分引いてるな……。
精一杯のフォローをしなければ、本当にただのサイコ野郎だと思われてしまう。いや、ある意味ではもうサイコなのでは?
だって人間っぽい生き物殺したの初めてなのに、なんか冷静に考えてるし。
「二人とも、ここは俺が何とかする。
その後で話し合おう!
まずは街の人達の避難を手伝って欲しい!」
アリシャがハッとした表情になり、セイレスに肩を貸して立ち上がる。
「えっ、えぇ! 任せてちょうだい!
ほら、セイレスも。戦いは彼に任せて、私達は民の避難を!」
「でも、ここは水の街です。
避難するにしても、水路の橋がもう落とされてしまっています。
誘導するにしても……!!」
セイレスもちゃんと周りが見えるまで精神を立て直し始めている。
女神の庇護を受けている街だからこそ、出来ることが一つだけある。
「教会だ! セイレス!
この街にあなたを祀る教会はあるか!?」
「あるわ。でも教会だからって魔族が責めてこないとは……」
迫り来る魔族を魔剣グラムで斬りながら叫ぶ。
ここまで深夜に攻めて来たんだ。全員助けるのはもう無理。
一番助けられる人が多く集まっているのは、女神の加護を求めた民が集まる教会に違いない。
「一番人が集まっている教会に行ってアリシャが転移魔法で避難させればいい!
二人にはそれを任せたい!」
「そこまで大規模な魔法陣は私には制御ができないわ! 何度か行き来しないと!
魔力が絶対に足りなくなる!」
「俺の魔力をありったけ渡す!
早く行け!」
二人が俺とは反対側にある街の中心部である教会へ向かう。
転移すればすぐだろうが、ここで陣を描けるほど猶予はない。走り出した後を魔族が追う素振りを見せた瞬間、全力の魔力解放で威嚇する。
「ここから先に行きたい奴は、決死の覚悟で向かってこい。お望み通りあの世へ送ってやる」
魔族の軍勢が、俺という孤独な魔王に気圧され、一歩後退する。これで時間稼ぎが出来ると思ったが、空気を一変させる気配が掻き消した。
「なんだぁ? お前達、生まれたての魔王なんかにビビってんのか?
情けねぇなぁ!!
俺は先代魔王軍幹部の一人、ジェラルド。
お前をここでぶち殺す男の名だ」
魔王の圧に怯まない幹部を名乗る、全身を黒い甲冑で覆われている男が、俺の前に立ちはだかる。
最大戦力のクラリスもいない。
もちろん女神の二人も、民の避難で今はもういない。
暗殺者の襲撃から、俺を確実に仕留められるだけの戦力を送っている。少し過剰なくらいの投入具合だ。
敵にも転移魔法の使い手がいるのだろう。
俺を手助けしてくれる仲間は、もうここにはいない。
「ぶち殺す? はっ!
魔王が幹部に負けるようなら、そいつは魔王じゃない! ただの魔族なんだよ」
「なら試してみるか?
お前が本当の魔王足り得るのか!」
逃げる選択肢はもうない。
頼みの魔力も、この幹部を名乗るジェラルドとそう変わらない。
加えて相手は何年も戦い続け、腕を磨いてきた戦士。
まさに踏ん張りどころ。
信じて背を預けてくれた三人に、俺は報いなければならない!
その瞬間。
ジェラルドが、消えた。
懐に__殺気。




