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休息と安息を求めて

「ヒロ。ちょっと時間ありますか?」


静かな声だった。

でも、何かを決断した声だった。


顔を上げると、扉の前にリーゼが立っている。

いつもと同じ丁寧な立ち姿。だが、その視線は、ヒロではなく――机の上に積まれた帳簿に向けられていた。少し悲しそうに。


「どうしたの?」


「……ここ数日、ほとんど休んでいません」


ヒロは小さく息を吐き、椅子にもたれかかった。


「いやぁ、商売が上手くいくからさ。

 ちゃんと根拠をもって進めてる。

 今が稼ぎどきだからね。」


帳簿を指で叩く。

仕入れ、売却、再投資。

どの選択肢を取っても、結果は良い。

良すぎるほどに。


「だからこそです」


リーゼは一歩、近づいた。


「成功している時ほど、人は自分を見失います。

 ……ヒロは、今も前を向いていますか?

 そこには見るべきものが見れていますか?」


その問いに、すぐ答えられなかった。


前を向いていないわけじゃない。

商売は回している。

街は動いている。


それでも。


胸の奥に、空白がある。


「どういうこと?」

「商売はうまくいってる。

 街の商流も適切になった。

 俺も、ミレイも豊かになった。

 リーゼだって…!!」

 (ダメだ…違う。分かってるのに。)


気づいたら、声は大きくなり、

自然と涙が出てきていた。

ミレイが、ユウガが、リーゼも

少し驚きながら、どこかホッとした

顔をしている。


「分かってるんだよ。

 毎日、思ってる。

 色んな情報を探してる。噂も、裏も……

 でも、分からないんだよ。

 何をしたら良いのか。」


「ええ。分かっています」


リーゼは否定しなかった。


「ヒロは頑張ってる。

 モモも分かってる。待ってくれてる。

 これだけは分かる。モモはまだ大丈夫。

 だからこそ。

 一度、離れましょう。そうしないと、また

 あの時のようになってしまう。

 休みましょう。」


「残念ですが、私では貴方を回復できない。

 でも王都なら、文化も医療も、すべてが最先端です。きっとヒロに合う治療法もあるはず。

休養という意味でも……王都に。

 今のヒロには、必要だと私は思います。」


ヒロは視線を落とした。


街を離れる。

それは、モモから遠ざかることになる。


「俺も分かってる。自分の身体の異変は…」


言いかけた、その時だった。

部屋の外で笑みを浮かべながら聞いていた男、ヴァイスが入ってきた。

「失礼します、ヒロさん」


空気が変わる。

人当たりの良い声なのに緊張が走る。


「少しでも早く貴方に伝えたい話がありまして」


ヴァイスは周囲を気にしながら声を落とす。


「王都で……あなたが探している“雰囲気”の女性を見た、という商人がいます」


ヒロの呼吸が、一瞬止まった。

目にあの日以来失われていた輝きが戻る。


ユウガの目は鋭くなる。

ミレイも眉を顰める。

リーゼも何か違和感を覚えた様子。


「……本当か?」


「確証はありません。ただ――王都に行けば、手がかりは増えるでしょう。

なんてったって、あそこは世界の中心でありお金も、技術も、文化も、そして情報も自然と集まる場所ですから。」

ヴァイスはニコリと笑う。


リーゼの提案と、重なる言葉。

タイミングが良すぎる。


ヒロは、拳を握りしめた。


逃げたいわけじゃない。

商売を投げ出す気もない。


それでも。

背中を押されてしまった。

「……王都に行く」


そう決めた瞬間、胸の奥で何かが静かに定まった。


リーゼは、ほっとしたように息を吐く。

一方で、ミレイは眉をひそめたまま。

でも、覚悟を決めた様子で口を開く。

「ヒロ、うちは街に残るで」


いつもの調子だが、目は真剣だった。

「今の商売、途中で投げられへん。

 ユウガもおるし、ヒロに教えてもらった

 商談技術もある。

 あとは任せて」


何か言いたげだったユウガも頷く。


「商会の立場からミレイを守ります。

 街の商業を守ります。

 みんなを守ります。

 ミレイ一人にはしません。

 一緒に歩んでいきます。」


「えっ?一緒に?

 なんやプロポーズみたいやん。」

顔を赤くしたミレイがいつもの調子で笑いながら、ユウガの背中を叩く。

ユウガも自分の発した言葉を思い出したのか、顔を赤くしている。


そんな二人を見て、ヒロも短く笑った。


「……ありがとう」


これは逃避ではない。

希望に縋った、選択だ。


ヒロは王都を見ることを選んだ。

そこに、モモがいると信じて。

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