暗闇に見える焦り
薄暗い部屋に、地図と帳簿が広げられていた。
空気は張りつめている。
「……ちくしょう、
なんなんだ、あいつ調子落とさねぇ」
男の一人が舌打ちした。
「女を攫ったんだぞ?
普通なら、判断を誤る。
取引をミスる。
そういうもんだろ」
「なのに」
別の男が帳簿を叩く。
「数字は全部、上向きだ。
街の金が、あいつの方に流れてる」
苛立ちが、言葉の端々に滲む。
「このままじゃ意味がない。
女を人質にした意味が」
「どうなんだよ?代表!!
俺たちは誘拐までしたんだぞ!!」
そこで、ヴァイスが静かに口を開いた。
「慌てるな。まだ分からない。
意味はある。残っている。」
全員の視線が集まる。
「ヒロは、女を探している。
会いたいんだよ、女に。
だが、見つからない。
そこで希望の光が見えたら
どうなるかな?」
「希望?」
「そう希望。
……そうだな。
王都に行ってもらおうか。」
ヴァイスは、淡々と言った。
「王都に行けば会える。
そう伝える。
希望の光を見せるんだよ。」
ヴァイスの顔が笑っているように見える。
一瞬の沈黙。
そして、誰かが眉をひそめた。
「……待て」
若い部下が、困惑した声を出す。
「それって……
すでに奴隷商とは話がついてるんだぞ?」
その言葉に、数人が頷く。
「そうだ。
もう売る段取りはできてる。
お金も日取りも決まってる。」
「今さら、ヒロと会わせる話をするのか?
約束を破るのか?」
疑問。
違和感。
だが――反論まではいかない。
ヴァイスは、その言葉を否定しなかった。
「会わせるとは言っていない。
我々の商売は信頼の上に成り立っている。
今更約束を破れないさ。」
静かな声。
「“会える”と言うだけだ。
希望の光を見せるんだよ。」
部下たちは顔を見合わせる。
「……王都に行けば、って?」
「そうだ」
ヴァイスは続ける。
「今のヒロは、女のことなら何でも掴む。
それこそ、藁でも掴む。」
「街から追い出せる、ってわけか」
「ふふっ。追い出す?人聞きが悪いなぁ。
涙の再会をするためには、
王都に行く必要があるんだよ。」
部屋の空気が、少しだけ緩む。
「なるほどな……
俺たちはヒロのために情報を得た。
それを伝える。ただそれだけ。」
ヴァイスは満足そうに微笑み、
帳簿に視線を落とす。
金額。
流通先。
署名。
すでに、話は終わっている。
(返すつもりなど、最初からない)
ヒロは王都へ行く。
希望を抱いて。
モモは、商品として流れる。
その二つは、決して交わらない。
ヴァイスは、淡々と締めくくった。
「もう脇役にはご退場いただこう。
この街の主役は我々だ。」




