高い成功率、叶わない結果
帳簿を開いた瞬間、視界が静かに切り替わる。
――選択肢が、浮かぶ。
・卸値を一割下げて回転率を上げる【成功率:93%】
・商会三社に分割発注する【成功率:95%】
・輸送日を一日早める【成功率:91%】
……高い。
高すぎる、と言うべきかもしれない。
だが今の俺は、それを疑わなかった。
「このルートでいきましょう」
ミレイが目を丸くする。
「また即決やん。ヒロ、ほんま最近冴えすぎやで」
「たまたまです」
そう答えながら、ペンを走らせる。
計算は合っている。数字も噛み合う。
結果も、見えている。
商会の空気が変わったのは、もう誰の目にも明らかだった。
在庫は滞らず、損失は出ず、
取引先は増え、条件は向こうから下げてくる。
ユウガが淡々と報告する。
「次の会合ですが、向こうから日程を前倒ししたいと。条件もこちら有利です」
「わかりました。受けましょう」
迷いはない。
数字が、全部教えてくれる。
――正しい選択を。
視界の端に、成功が並ぶ。
(……楽だな)
そう思ってしまった自分に、わずかに引っかかりを覚える。
だが、その感覚はすぐに消えた。
今は考えるべきことが多すぎる。
商談、価格、物流、契約。
街の金の流れの中心に自分がいる……。
「ヒロ」
ミレイが、ふと声を落とす。
「……大丈夫か?」
「何のこと?」
「いや。最近、寝てへんやろ」
「寝てるよ。大丈夫。」
嘘ではない。
眠れてはいる。ただ――夢を見ないだけだ。
商会を出ると、夕暮れの街がざわついていた。
噂が走っているのが、空気でわかる。
――ヒロの商売は確実だ。
――あいつに逆らうな。
――次は何を握る気だ。
(……違う)
俺は、何も握っていない。
ただ、数字をなぞっているだけだ。
それなのに。
胸の奥に、空洞がある。
モモは、いない。
探していないわけじゃない。
諦めたわけでもない。
ただ――
数字が、そこだけを示してくれない。
商売の数字が九割を超えているのに、
モモのことになると何も出てこない。
(……今は、動くな。
いや、動けない。)
理性がそう告げる。
街の中心になってしまった以上、下手に動けば全部が崩れる。
わかっている。
正しい判断だ。
でも――
帳簿を閉じた指先が、わずかに震えた。
成功している。
誰よりも、うまくやっている。
それなのに。
「……クソ」
小さく吐き捨てて、俺は次の商談へ向かう。
足は止まらない。
数字が、前に進めと言っている。
守れなかったものから、目を逸らすように。




