失った実感。守れなかった約束。
夜の街は、妙に騒がしかった。
酒場の笑い声。
露店の呼び声。
いつもと変わらないはずの音が、ヒロの耳には遠く感じられる。
(おかしい…。
モモと会わなかった。
すれ違った?
まだ、3人とも店にいるんだな。)
理由は分からない。
ただ、胸の奥に刺さった違和感だけが、消えなかった。
「ヒロ」
振り向くと、リーゼとミレイがいた。
二人とも、約束の場所に来る途中で駆けてきたような息遣いだ。
嫌な予感がする。聞かなければならない。
「モモは?」
リーゼは、首を横に振った。
「来てない」
その一言で、空気が冷えた。
「おかしいねん……」
ミレイが小さく言う。
「時間、とっくに過ぎてる」
ヒロは街を見渡す。
灯りの下、通り過ぎる人々。
そこに、探している姿はない。
「……」
言葉が出なかった。
その時だった。
「……ミレイ?」
聞き覚えのある声が、横から差し込む。
三人が振り向くと、そこに立っていたのはユウガだった。
仕事帰りらしく、上着を羽織ったまま、疲れた顔をしている。
「え……ユウガ?」
ミレイが目を丸くする。
「なんで、ここに?」
「残業だよ。最悪だ」
ぶっきらぼうに答え、それから周囲を見回す。
その場の雰囲気、いるべき人がいない事に気づく。
「……いや、正直に言うと、それだけじゃない」
ヒロと目が合った。
「商会で、変な空気を感じた」
「今夜、何かが“終わった”みたいな顔をしてる連中がいた」
リーゼの肩が、わずかに揺れる。
「……終わった、って?」
ユウガは、一瞬だけ言葉を選んだ。
「確証はない」
「でも……誰かを手に入れた、みたいな」
その瞬間だった。
リーゼの中で、何かが崩れた。
「……っ」
息を吸う音が、かすれる。
「モモは……」
声が、震える。
「モモは、また……?」
ユウガは答えなかった。
答えられなかった。
それが、答えだった。
「……っ!」
リーゼは、ヒロの前に歩み出た。
そして――
ためらいなく、頬を打った。
乾いた音が、夜に響く。
ヒロは、避けなかった。
「守るって言ったじゃない!!
ガルドとの、男の約束って……
そんなに軽いものなの!!」
叫び声だった。
抑えてきたものが、一気に溢れ出る。
「モモは……!」
「どれだけ怖い思いをしてきたか、知ってるでしょ!?」
涙が、止まらない。
「それでも……それでもあの人は、笑ってた」
「強いからじゃない……優しいから……!」
リーゼは、拳を握りしめる。
「私は……」
「ヒロのことを好きだった」
その言葉に、ヒロの目がわずかに見開かれる。
「でも、諦めた」
「だって、モモは……人として、尊敬できる人だったから」
声が、崩れる。
「友達として……大切な人だったから……!
あなたの事を誰よりも愛してたから!!」
リーゼは、震える手で自分の胸を押さえる。
「なのに……」
「また、あんな目に遭わせるなんて……!」
「……ごめん」
ヒロの声は、低かった。
「違う……」
リーゼは、首を振る。
「私も……私も、気づけたはずなのに……!」
自分を責めるように、肩を抱く。
ミレイは、唇を噛みしめたまま何も言えない。
ユウガは、一歩引いた場所で、ただ立ち尽くしている。
(……俺のせいだ)
ヒロの胸に、重たい沈黙が落ちた。
数字も、判断も、意味を失った。
守ると誓ったものは――
今、この街のどこにも見当たらない。




