嵐の前の胸騒ぎ
この世界で暮らし始めて、
季節が一つ巡った。
春に森を抜け、
夏に街を渡り、
秋に小さな戦いを越え、
冬を越えた。
俺は、生き延びていた。見える数値も様々なものに変化してきた。
冒険者としての生存率(一年):通常 32%
ヒロ:――算出不能
「……算出不能?」
このスキル、まだ理解できない事が多い。
見える数値、確率をどう使うかは、俺に委ねられている。
⸻
名が知られるほどではない。
だが、「選択を誤らないパーティ」として、
俺たちは地味に仕事をこなしていた。
派手な勝利はない。
壊滅もない。
それでも、
「最悪だけは起こさせない」。
それが、俺の役割だった。
ガルドは言う。
「一年も生きてりゃ、十分すげえ」
リーゼは、何も言わない。
ただ、時々こちらを見る。
リーゼの信頼度:上昇
感情傾向:――表示不可
……まただ。リーゼから得られる数値表示が度々でない。
特定の事柄だけ、数値が出ないことも増えた。
⸻
街の市場で、妙な噂を耳にした。
「最近、変な女がいるらしい」
「妙に明るくて、場の空気が変わるんだと」
「転生者じゃないか、って話だ」
転生者。
その言葉に、
心臓が、ほんの一拍だけ早く打った。
情報を追う:成功率 59%
:精神不安定確率85%
追ってはダメだ。期待値を追うんだ。
人生はギャンブルじゃない。
だが、俺は、足を止め、街の声に耳を傾けていた。
⸻
夜、焚き火の前。
リーゼがぽつりと言った。
「ヒロ。あなたは……帰る場所を探しているように見えます」
「……そう見える?」
「はい」
即答だった。
否定:成功率 71%
沈黙:理解促進率 64%
沈黙を選ぶ。
リーゼは、少しだけ微笑んだ。
「でも、その場所は……
今はこの世界には無い。もしくは見えていない。」
胸の奥が、
ざわついた。
「……どういうこと?」
「わかりません。」
リーゼは静かに言った。
「でも、あなたは何かをまた待っている顔をしている。何かを探している。」
その言葉に、
確率は表示されなかった。
⸻
その夜、
久しぶりに夢を見た。
高い場所。
風の音。
落ちる感覚。
そして――
「ヒロ」
名前を呼ぶ声。
目を覚ました時、
心臓の鼓動を強く感じた。
何かが動いたように感じた。
夢の再現:発生確率 ――
関連人物:特定不能
……特定不能。
「……何か来る?」
何が、とは言えない。
だが、
この世界に来てから初めて、
“計算できない未来”を意識していた。
転生してからの一年。頭をフル回転させた。死なないために。
常に選択をし続けた。
焚き火の向こうで、
炎が大きく揺れた。
選択肢のない、選択肢の見えない何かが近づいてきている事だけは感じた。
真っ暗な夜、朝が来るのかも分からない恐怖。
転生してから一番不安な夜だった。




