束の間の休日、すべての心は休まらない。
その日は、市場も商会が休みだった。
ヒロは珍しく、帳簿も取引先も頭から追い出していた。
代わりに意識しているのは、目の前の女性だけだ。
「……街、久しぶりだね」
モモが小さく笑う。
柔らかい陽射しが、髪に反射していた。
「ごめん。最近、忙しかったから」
ヒロはそう答えながら、内心で少しだけ緊張していた。
(ちゃんと、誘えてるよな……?)
商会での成功。
ミレイとの仕事。
すべてが順調すぎるからこそ、ヒロは不安だった。
――モモを置き去りにしていないか。
だから今日は、意識的に「休日」を作った。
理由を説明するのは、なぜか気恥ずかしくてできなかったけれど。
二人は街の一角にある、静かな茶店に入った。
木の香り。
湯気の立つカップ。
向かい合って座るだけで、ヒロの胸は少し落ち着いた。
「……おいしい」
モモがそう言って、ほっと息をつく。
それだけで、誘ってよかったと思える。
――と。
「おや?」
不意に、横から声がした。
振り向くと、同じくらいの年頃の青年が立っている。
整った顔立ちだが、どこか柔らかい雰囲気。
「ヒロさん、ですよね?」
「……?」
ヒロが首を傾げると、青年は軽く頭を下げた。
「ユウガです。
直接会うのは初めてですが、噂はよく」
「噂?」
「ええ。商会で」
ヒロは一瞬だけ警戒したが、
ユウガの目に敵意がないことはすぐにわかった。
「それで……そちらは?」
ユウガの視線が、モモに向く。
「モモです」
モモが丁寧に名乗る。
その様子を見て、ユウガは一瞬だけ目を見張った。
(……なるほど)
そして、軽く笑った。
「今日はお休みですか?」
「ああ」
「奇遇ですね。僕もです」
そう言って、ユウガは少し間を置いてから続けた。
「――ミレイ、元気にしてますか?」
その名前に、ヒロが瞬きをする。
「ああ。…知り合いなのか?」
「幼なじみです」
さらりとした一言。
「昔から、ああいう性格で。
ヒロさん、ご苦労されてませんか?」
「まあ、驚かされる面もあるけど、
すごく助かってるよ。」
ヒロが苦笑すると、ユウガも微笑みながら、モモに視線を向けた。
「お二人の相性、すごくいいですよね。
ヒロさんとミレイ」
その言葉を、
モモは、胸の奥で受け止めてしまった。
(……相性)
もちろん、ユウガは仕事のことを言っているが、
今のモモは深読みしてしまう。
ミレイ。
明るくて、堂々としていて。
ヒロの隣に立つ姿が、自然すぎて。
「……そう、ですね」
モモは微笑んだまま、カップを持つ。
ヒロは、その変化に気づかない。
「上手くお互いの足りない部分を補完できてると思うよ。」
それは事実で、
それ以上でも以下でもない。
「でしょうね」
ユウガは言ってから、ふとモモを見る。
「おそらく…」
一瞬だけ、言葉を選ぶように間を置いて、
「ヒロさん、ちゃんと大事なものは、手放さない人に見えます」
その意味を、
モモは深読みしすぎた。
(……大事、なのは)
(ミレイ、なんだ)
ヒロは、ただ首を傾げる。
「何の話だ?」
「いえ、独り言です」
ユウガはそう言って席を立った。
「また商会で」
去っていく背中を見送りながら、
ヒロはモモを見る。
「変なやつだったな」
「……うん」
モモは笑った。
ちゃんと、笑えているはずだった。
でも胸の奥に、
小さな違和感が残る。
(私は……ヒロの「休日」に、いていいのかな)
その疑問は、
まだ言葉にならないまま、心に沈んでいった、




