正解を選んでいるからこそ
帳簿の数字が、きれいに並んでいた。
入荷、回転、利幅。
どこを見ても、噛み合っている。
ヒロは静かにペンを置いた。
(……上出来だ)
胸の奥に、確かな感触がある。
偶然ではない。
運でもない。
【取引継続】
成功率:91%
【仕入れ量調整】
成功率:88%
【値下げ交渉拒否】
成功率:84%
視界の端に浮かぶ数字は、いつも通り淡々としていた。
期待も、不安も、そこにはない。
ただ結果だけを示す。
「ほんま、ヒロは凄いわ」
向かいに座るミレイが、机を軽く叩いて笑う。
「ここで量増やす判断、普通は出来へんで?」
「せやのに、ヒロは迷わへん」
ヒロは肩をすくめた。
「……結果が見えてただけだよ」
「それを凄い言うんやって」
ミレイは即答した。
「商会の連中もな、最近よう言うてるで」
「“ヒロに任せとけば外さん”って」
その言葉に、ヒロの指が一瞬止まる。
(……評価、か)
悪い気はしない。
むしろ、心地いい。
【次の商談】
成功率:89%
【信用拡大】
成功率:86%
【取引先追加】
成功率:82%
(……全部、通る)
数字は揺れない。
曖昧さがない。
「なあヒロ」
ミレイが椅子にもたれかかる。
「うちら、ちょっと出来すぎちゃう?」
「商売って、こんな楽なもんやったっけ」
冗談めかした口調だったが、
その言葉は、ヒロの胸にも引っかかった。
(……確かに)
上手くいきすぎている。
判断するたび、正解が返ってくる。
【判断:今の流れを維持】
成功率:90%
【判断:慎重に絞る】
成功率:63%
ヒロは、前者を選んだ。
(数字が、そう言ってる)
「大丈夫やって」
ミレイが軽く手を振る。
「ヒロがおる限り、失敗せえへん」
「少なくとも、今はな」
その言葉に、ヒロは小さく笑った。
(……今は)
胸の奥に、言葉にならない違和感が残る。
数字は嘘をつかない。
それは、間違いない。
けれど――
この順調さそのものが、
少しだけ、不気味だった。
ヒロは帳簿を閉じる。
数字を、もう一度だけ確認してから。
その視線の外で、
商会の中に静かな分断が生まれ始めていることを、
まだ知らずに。




