目立たないように…
市場の端にある商会区画は、
露店とは空気が違っていた。
帳簿の音。
銀貨の重さ。
そして、失敗を許さない視線。
「……ここは、向こうの露天より緊張するね」
モモが小さく言う。
「うん。今日は見るだけ。」
ヒロはそう言いながら、建物の壁に貼られた価格表を眺めていた。
穀物。
布。
鉄材。
どれも単価が高く、扱う量も違う。
(下手に触ると、痛い目を見る)
その時。
視界の奥で、文字が浮かんだ。
【対象:地方産・未加工布】
【行動:小口購入】
成功率:67%
【行動:見送る】
成功率:71%
(……僅差)
ヒロは、視線を落とす。
67%。
高くはない。
だが――
(伸びる)
理由は分からない。
でも、数字の奥に“余白”を感じた。
「リーゼ」
「なに?」
「この布……質、どう思う?」
リーゼは布に触れ、指で軽く伸ばした。
「悪くない。派手じゃないけど、丈夫。旅人向けね」
(一致した)
ヒロの胸が、わずかに軽くなる。
「少しだけ、買おう」
モモが驚く。
「さっきより高いよ?」
「うん。だから少しだけ」
商会の若い商人は、最初こそ警戒していたが、
量を聞くと表情を緩めた。
「それだけ? 安くはならないけど」
「構いません」
即答。
【購入確定】
成功率:67% → 73%
(上がった)
理由は一つ。
“迷わなかった”からだ。
⸻
売り先は、市場の外れ。
旅商人が集まる簡易宿の前だった。
「布、補充したい人いませんか?」
最初は反応が薄い。
だが、一人が足を止める。
「丈夫そうだな」
「実用向けです」
派手な言葉は使わない。
誇張もしない。
結果――
布は、ゆっくりだが確実に減っていった。
【販売結果】
利益:中
損失:なし
モモは目を丸くする。
「……増えてる」
「少しだけね」
リーゼは、静かに息を吐いた。
(戦わなくても、ヒロは――)
(仲間を生かす選択ができる)
夕暮れ。
銀貨を数え終えたヒロは、手を止めた。
(……まただ)
一瞬、確率が“揺れた”。
【警告:過信注意】
見たことのない表示。
(なるほど……)
勝ち続けるほど、
“読み”は鈍る。
「今日は、ここまでにしよう」
モモがうなずく。
リーゼも異論はなかった。
商会区画の奥。
高い窓のある建物から、誰かがこちらを見ていた。
ヒロは気づかない。
だが――
確実に、見られていた。
(面白い判断をする男だ)
その視線の主が、
後に“商業の敵”になることを、
まだ誰も知らない。




