勇者の適所、ここにあり?
朝の市場は、相変わらず騒がしかった。
露店の呼び声。
値切る声。
笑い声と、ため息。
ヒロはその真ん中に立ち、少しだけ居心地の悪さを感じていた。
(……戦場より緊張するな、ここ)
「ヒロ、大丈夫?」
隣でモモが小声で聞いてくる。
「う、うん。たぶん」
たぶん、という言葉にモモは首をかしげたが、深くは突っ込まなかった。
リーゼは一歩引いた場所から、周囲を警戒しつつ二人を見ている。
商人たちの視線が、こちらにちらちら向くのを感じ取っていた。
今日の目的は単純だ。
――小さく仕入れて、小さく売る。
英雄でも、勇者でもない。
ただの旅人として、生活費を稼ぐ。
「最初は、これくらいでいいと思う」
ヒロは、露店に並ぶ乾燥薬草を指差した。
見た目は地味で、人気もそこそこ。
「もっと高そうなのもあるよ?」とモモ。
「うん。でも……これは、回転がいい」
その瞬間、ヒロの視界の端がわずかに揺れた。
【行動:乾燥薬草を10束購入】
成功率:82%
(……十分だ)
声には出さず、ヒロはうなずいた。
「これをください」
商人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「いい目してるね。最近、よく売れるんだ」
リーゼはその様子を見て、内心で小さくうなずく。
(また、だ)
戦いの時と同じ。
ヒロは「派手な正解」を選ばない。
でも、結果として一番安全な道を踏む。
それが、これまで何度も仲間を救ってきた。
――だから。
(商売でも、うまくいくのかもしれない)
数時間後。
買った薬草は、半分以上がすでに別の露店に流れていた。
値段はほんの少し上乗せしただけ。
それでも。
「……全部、売れた?」
モモが目を丸くする。
「うん。予想より早かった」
ヒロはそう答えながら、内心では息を吐いていた。
【結果:利益】
小
【失敗リスク】
極小
(よし……)
大勝ちはしない。
でも、負けない。
それが、今のヒロのやり方だった。
「ヒロって……商人だったっけ?」
モモの純粋な疑問に、ヒロは苦笑する。
「いや、全然」
「じゃあ、なんで?」
一瞬、答えに詰まる。
(……言えないよな)
「勘、かな」
モモは納得していない顔だったが、
「すごいね」と素直に笑った。
リーゼは、そのやり取りを少し離れた場所から見つめる。
(理由は分からないけど……)
(ヒロの選択は、信じていい)
剣を振る時も。
退く時も。
そして今、銀貨を数える時も。
ヒロは、自分で考え、選び、進んでいる。
市場の喧騒の中で、
ヒロはふと空を見上げた。
(戦わなくても、生きていける)
(……こういう日があっても、いいよな)
だが。
視界の端で、確率表示が一瞬だけ、消えた。
(……?)
ほんの一瞬。
すぐに元に戻る。
【現在】
安定
ヒロは気づかないふりをした。
まだ――
今は、考えなくていい。
こうして、
勇者は、剣ではなく選択で生きる一日を始めた。




