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目覚め

モモは、もう分かっていた。


これは、ただの看病じゃない。


自分の胸の奥から、静かに流れ出るもの。

触れているだけで、ヒロの呼吸が少しずつ整っていく感覚。


(……私、何してるんだろ)


分からない。

でも、やめようとは思わなかった。


ヒロの手を包み込み、額に触れる。

熱はない。

傷も癒えている。


それなのに、目を覚まさない。


(治してる、のとは違う……)


“繋いでいる”

そんな言葉が、しっくりきた。


命を引き留めているわけじゃない。

力を与えているわけでもない。


ただ――

ここに戻ってこられる場所を、作っているだけ。


「……早く、帰ってきて」


返事はない。


その時だった。


「大丈夫だよ」


低くも高くもない、澄んだ声。


いつの間にか、部屋の隅に女が立っていた。

扉は、開いた音がしなかった。


モモは驚いたが、叫ばなかった。

なぜか、邪魔された気がしなかった。


女は、ヒロを見る。

そして、モモの手元を見る。


「続けて」


穏やかな声音。


「それで、合ってる」


「……あなたは?」


問いかけた瞬間、

ヒロの指が、わずかに動いた。


モモは、はっとして視線を戻す。


「……ヒロ?」


胸が、大きく上下する。

呼吸が、はっきりと深くなっていく。


「……っ」


まぶたが、震え――


ゆっくりと、開いた。


「……モモ……?」


掠れた声。

それでも、確かにヒロの声だった。


「ヒロ……!」


モモは、思わず彼を抱きしめた。

力を入れすぎないように、でも離れないように。


「目、覚めた……!」


ヒロは一瞬、状況が分からない顔をしたあと、

ゆっくり息を吐いた。


「……俺、まだ……生きてる?」


「当たり前でしょ……!」


涙声になりながら、モモは笑った。


ふと、思い出して振り返る。


「……あの、あなたは――」


部屋には、もう誰もいなかった。


最初から、いなかったかのように。


ただ、空気だけが少し変わったまま残っている。


ヒロは、天井を見つめたまま言う。


「……なあ」


「俺、勝った気はしない」


「……でも」


モモは、首を振った。


「うん」


「それでいい」


それ以上、何も言わなかった。


その後、宿の廊下で。


ガルドは、見知らぬ女とすれ違った。


言葉は交わさない。

視線も、ほんの一瞬。


(……なんだ?)


理由の分からない、胸のざわめき。


女もまた、歩きながら思った。


(この旅路も……悪くない)


そして去っていった。


その意味を、誰もまだ知らない。

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