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優しく悲しい闇

暗い。


けれど、完全な闇じゃない。

音も、匂いも、輪郭もないのに、何かだけが残っている。


(……まだ、ここか)


自分の声なのかどうかも、分からない。


身体の感覚がない。

手も、足も、重さも、痛みも。


ただ――

意識だけが沈んでいる。


数字が、遠くで崩れる音がした。


見慣れたはずの表示。

確率。選択肢。成功率。


それらが、水の中で溶けていく。


(……おかしいな)


考える力も、はっきりしない。


(勝った、はずなのに)


でも、その言葉に、実感は伴わない。


勝った?

何に?


(……間に合わなかった)


その感覚だけが、やけに鮮明だった。


モモの顔が浮かぶ。

泣いていなかった。

責めてもいなかった。


――それが、一番きつかった。


(俺は……)


思考が、途中で途切れる。


何かを掴もうとして、指がないことに気づく。

立ち上がろうとして、地面がないことに気づく。


(……俺は、何をしたかったんだ)


問いが、返ってこない。


代わりに、記憶が滲み出す。


狭い部屋。

薄い壁。

隣から聞こえた、か細い声。


「……たすけて」


あの時も、確率なんてなかった。

正解かどうかも、分からなかった。


怖くて。

震えて。

逃げた方が楽だった。


(それでも……)


行った。


結果がどうなるかなんて、考えなかった。


(今回も……同じだ)


守れなかった。

間に合わなかった。


それでも――

行った。


「……それで、いいのか?」


どこからか、声がした気がした。


自分の声か。

それとも、違う誰かか。


答えは、出ない。


ただ、胸の奥に、微かな熱が灯る。


それは力じゃない。

覚悟でもない。


もっと単純なもの。


離れなかった、という事実。


(……モモ)


名前を呼ぼうとして、声にならない。


けれど、不思議と――

届いている気がした。


暗闇の底で、意識がわずかに揺れる。


まだ、目は覚めない。

身体も、動かない。


それでも。


(……戻らなきゃ)


理由は、ない。

確率も、ない。


ただ、そこに行くと決めた。


沈みきったはずの意識が、

ほんの少しだけ、浮上する。


――昏睡は、続く。


けれど。


この沈黙は、

終わりではなかった。

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