結果の矛盾。スキルの矛盾。
【警告】
敗北確定。
赤い文字が、視界を埋め尽くす。
逃げろ。
諦めろ。
それが――最善。
頭では、分かっている。
この男に勝つ未来は、
どこにも表示されない。
確率は嘘をつかない。
今まで一度も、裏切らなかった。
「……終わりだな」
タカシが、ゆっくりと近づいてくる。
足音が、やけに大きく響いた。
「分からなかったか?」
「お前は“選ぶ側”じゃない」
「俺が、俺こそが“選ぶ側”なんだよ」
ヒロは、伏したまま動かない。
いや。
動けないのではない。
動かないと、決めている。
(……確かに)
(俺は、負ける)
(もう、間に合ってない)
それでも。
胸の奥に、消えないものがあった。
――モモ。
泣きそうなのに、泣かなかった顔。
それでも、名前を呼んだ声。
「……ヒロ」
責める声じゃなかった。
助けを、信じきった声だった。
(あの時も)
(俺は、正解じゃなかった)
金もなくて。
強くもなくて。
格好悪くて。
それでも――
行った。
確率がなくても。
保証がなくても。
「……そうだ」
ヒロの喉から、声が漏れる。
「俺は……」
【選択肢:諦める】
成功率:72%
また、同じ表示だ。
――それでも。
ヒロは、選ばなかった。
「……俺は、諦めない」
その瞬間。
視界が、ひび割れた。
数字が、崩れる。
確率が、意味を失う。
【スキル覚醒】
文字が、今までと違う色で浮かび上がる。
【固有スキル】
《勇者の矛盾》
――敗北が確定した時。
――それでも信じ、立ち向かう意思を持った時。
――“勇者が負ける”という矛盾を、力に変換する。
ヒロの身体を、何かが駆け抜けた。
痛みが、消える。
重さが、消える。
世界が――遅くなった。
「……は?なんだ?」
タカシの目が、初めて揺れる。
「何だ……その動きは」
ヒロは、立っていた。
さっきまでとは、違う。
足が、床を叩く。
一歩で、距離が消えた。
「――っ!?」
タカシの反応より、
ヒロの拳の方が早かった。
衝撃が、空気を裂く。
壁が、砕ける。
「ぐ……っ!」
タカシが、吹き飛ぶ。
「ば、馬鹿な……!」
「確率は……見えてる……!
俺は,正解を選んでいるんだ!」
タカシの視界に、
いつもの“90%以上”が浮かばない。
代わりにあるのは――
空白。
「……表示されない?」
初めての感覚。
正解が、ない。
保証が、ない。
「嘘だ……!」
「俺は……間違えない……!」
ヒロは、静かに言った。
「間違えかどうかは」
「……選んだ後にしか、分からない」
もう一度、踏み込む。
さらに拳が、タカシに届く。
タカシの身体が、崩れる。
「……あ、ああ……」
床に伏したまま、
タカシは天井を見つめる。
「数値が……」
「正解が……」
目が、焦点を失っていく。
「……分からない……」
ヒロはその場を去った。
もう、戦う必要がなかった。
その後。
タカシの姿は、消えた。
倒れていたはずの場所には、
何も残っていなかった。
まるで――
“心”だけを、置いていったみたいに。
ヒロは、深く息を吐く。
(……勝った、のか)
実感は、ない。
ただ。
まだ、やるべきことがあった。
ヒロは、部屋の奥へと走り出した。
――モモの元へ




