勇者、敗れる。
屋敷を見た瞬間、いると分かった。
扉のノブに手をかけた瞬間、ヒロは悟った。
――遅かった。
空気が、重い。
息をするたび、喉の奥が痛む。
部屋の中央に立つ男が、ゆっくりと振り向いた。
「……来たか」
初対面のはずだった。
なのに、背筋が冷える。
(こいつが……)
視界の端が、勝手に歪む。
【対象:タカシ】
脅威度:極高
久しぶりに、表示が出た。
だが――
肝心なものが、足りない。
勝てる未来が、どこにもない。
「どうした? 黙って。
考えてるのか?勝利への道筋が見えるか?」
タカシは笑う。
彼の身体から感じる。
余裕。
確信。
「勇者なんだろ?」
「なら――来いよ」
ヒロは、踏み出した。
その瞬間。
視界が跳ねる。
――速い。
殴られた感触より先に、
床が近づいた。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
立ち上がろうとして――
蹴りが飛んできた。
(……レベルが違う)
(今までと……)
次元が違う。
【選択肢:反撃】
成功率:14%
【選択肢:距離を取る】
成功率:19%
【選択肢:防御に徹する】
成功率:22%
どれも、低い。
どれを選んでも、
“勝利”には繋がらない。
「遅いな」
タカシの声が、上から降る。
「勇者ってのは、もっと派手だと思ってた」
拳が、腹に沈む。
ヒロは、声も出せずに転がった。
(……負ける)
はっきりと、分かる。
これは――
取り返しのつかない差だ。
【選択肢:逃走】
成功率:31%
逃げれば、生き残れる。
頭では、理解していた。
(でも……)
モモの顔が、浮かぶ。
震えた声。
それでも、名前を呼んだ声。
――ヒロ。
【選択肢:立ち上がる】
成功率:6%
低すぎる。
「まだやるか?」
タカシが、首を傾ける。
不敵な笑み。
「無駄だろ。勝利への道筋がみえないんだろ?」
ヒロは、歯を噛みしめた。
【選択肢:諦める】
成功率:72%
久しぶりに見た、高い確率。
諦めれば、終わる。
諦めれば、これ以上傷つかなくて済む。
諦めれば、楽になる。
(……)
床に伏したまま、
ヒロは天井を見た。
現実世界の記憶が、滲む。
小さいけれど助けを求める声。
震えながらした電話。
情けない格好の自分。
――それでも、行った。
正解じゃなくても。
成功率がなくても。
(……俺は)
拳を、ゆっくり握る。
表示が、警告色に変わる。
【警告】
敗北確定。




