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覚醒の匂い

足音が、軽い。

――いや、違う。軽すぎる。


ヒロは走っていた。

舗装の甘い街道を、朝靄の中を、ただ前へ。


理由は、説明できない。

確率も、今はどうでもよかった。


胸の奥に、熱がある。

焦りとも、恐怖とも違う。


「ヒロ、待て!」


背後からガルドの声が飛ぶ。

だが、足は止まらない。


止めようとした瞬間、

身体が、命令を拒んだ。


(……速い。止れない。

 いや、止まらない。)


自分でも分かる。

いつもより、明らかに。


息は乱れていない。

脚も、重くない。


むしろ――

まだ行けると、行けと、身体が言っている。


「ヒロ!」


今度はリーゼの声。

振り返る。


2人の位置は想像以上に後方だ。

一瞬前まで、すぐ後ろにいたはずなのに。


「……ごめん」

口から、勝手に零れた。


謝るつもりなんてなかった。

置いていくつもりもなかった。


でも――

止まれなかった。


足が、前へ前へと進む。


景色が、流れる。

木々が、道が、朝の光が。


(……なんだ、これ)


速い。

異常なほど。


ヒロ自身が一番、困惑していた。


(俺、こんな……)


思考が、追いつかない。


ただ、胸の奥に浮かぶのは一つ。


――モモ。


名前を思い出した瞬間、

速度が、さらに上がった。


「……っ!」


風が、頬を打つ。


ガルドとリーゼの姿が、

完全に視界から消えた。


「ヒロ……!」


最後に聞こえたリーゼの声は、

驚きと、戸惑いが混じっていた。


それでも。


足は、止まらない。


(俺は……)

(仲間を……)


罪悪感が、胸を刺す。

でも、それ以上に――


行かなければならない

という衝動が、すべてを上書きする。


確率も、理屈も、作戦もない。


(……まだ、間に合う)

根拠は、ない。

でも。

でも、

そう思わなければ、

前に進めなかった。


ヒロは知らない。


この瞬間――

彼は変わり始めていることを。


ガルドは、立ち止まっていた。

「……なんだ、今の」


リーゼも、息を整えながら前を見る。

「速い、なんてものじゃないわ」


二人の視線の先には、

もうヒロはいない。


ただ、

朝の街道に残る――

風の余韻だけがあった。


そして、この置き去りが、

後に二人が語ることになる。


「ヒロは、あの時もう――

 覚悟を決めていたんだ」

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